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第4章
9 見捨てないで
しおりを挟む「タカを責めるなよ。納屋さんだって、同じようなもんだろ? あんときはオレが気付いて出てったから大事には至らなかったんだ」
「なっ!」「は?」「ほお」
3人が同時に声を発し、カササギに目を向けた。あいつはいつの間にかイヤホンを外し、ラグの上で起き上がってこちらを見ている。表情は呆れた様子、形のよい唇をわざわざ歪めて笑っていた。
「じゃ、じゃあ、なんだって今回は……」
「それは簡単。オレがここを出て行きたくなかっただけだ」
――――え……。
俺は沸々と優越感が芽生えていくのを感じた。この目の前の刑事に勝利したような感覚だ。同時に恥ずかしさが胸に去来し頬が熱くなった。
「もう落ち着いたし、先生たち帰っていいよ。先生たちも今までタカに言わずにいたこと、話せて良かったでしょ? ま、オレも『陸』が出てくるなんて思ってもみなかったから黙ってたけど。今思えば、話しておかなきゃいけないことだったね」
最後のセリフを、カササギは俺の顔見て言った。確かにそうだ。知っていればもう少しましな対処ができたはずだ。
――――空に手を出すなとカササギは言っていた。もしかしたら、この事態を恐れていたのか? それは考え過ぎか。だが、その懸念はあったはずだ。納屋のところから逃げ出したのを考えれば。
「しかし、カササギ。君は入院するべきだよ」
黙ってしまった納屋に変わって鬼塚が応じた。そうだ。それはどうなんだろう。確か鬼塚のところは入院施設はなかったはずだが。
「それは僕や空本人の同意が必要だよね。オレたちはもう19歳だし」
「そ、それはそうだが……いや、久遠さんが『暴行致傷』を訴えれば……」
俺に下駄を預ける気か、この藪医者っ! 納屋も追随するように首を縦に振っている。冗談じゃない。
「タカはそんなことしない。そうでしょ? タカ」
カササギは胡坐に座り直し、俺の顔いろを窺うように見ている。そうでしょ、って言われても。どう答えればいいんだ。俺が迷ったコンマ2秒の間に、納屋が叫んだ。
「なに言ってるんだ。また陸が出てきたらどうすんだっ」
「そんな心配はないよ、納屋さん。空は驚いただけなんだ。ああいうこと慣れてなくて」
「しかし……」
「タカ、オレが保証する。だから信じて。お願い。オレと空を見捨てないで」
見捨てないで……。俺はその言葉に釘を打ち付けられたような痛みを覚えた。十字架にくさびを打たれた男のように、身動きできない。
「無理を言うんじゃない。久遠さんだって……」
「いえ、大丈夫です」
わかっていた。俺はこう言うしかないって。
「久遠さん……」
声がハモった。
「カササギが言うなら心配ないでしょう。多分、お二人よりずっと、今の状況がわかっているはずだ」
震えそうになる声を、俺は意識的に抑えゆっくりと話した。それに、なんとなく俺にはわかってきたんだ。カササギがなぜ、こうもはっきりと断言するのか。ここを出たくない気持ちだけじゃない。あいつには多分、確信がある。
「わお、やっぱりタカ、わかってるね」
「いいんですか? 久遠さん」
「ええ。鬼塚先生がこの手のひらの治療代を請求されなければ」
事件だと健康保険外になってしまう。まあ、代金は多分大したことはないだろうが、言葉の綾だ。
「それは、まあ。そんなつもりは最初からありませんでしたが」
「久遠さん、あんた、わかって言ってんだろうな」
「もちろんです。あなた以上に理解してますよ」
おまえなんか、お呼びじゃないんだよ。とっとと帰れ。俺は口ほどにものを言う目を納屋に向ける。完全にカササギにいいようにされてかなり馬鹿っぽいが、気持ちいい。
それからしばらく押し問答はあったが、俺たちの結束は固く結局二人は帰っていった。鬼塚医師は精神安定剤の追加をカササギに渡し、通院は必ずするようにと言い残した。
元よりそれを怠るつもりはない。俺は丁重に礼を言い、玄関から二人を追い出した。
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