カササギは雨の夜に啼く【R18】

紫紺

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第5章

4 融合

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「ところで……診察中に空は出てきましたか?」

 いつもカウンセリングで、鬼塚は空を呼び出すのだとカササギが言っていた。今日ここに来たのも、それを期待してのことだった。

「ええ。少しだけ。すぐ引っ込んでしまいましたが」
「なんて言ってました? 空……」

 鬼塚は俺が前にめりになるのを、そっと宥めるように顎を引き、口元に微妙な影を作った。

「眠い。と」
「眠い?」
「はい。もう少ししたら、起きるから。それまで寝かせて。と言ってました」
「もう少ししたら起きる……起きるって言ったんですね?」

 そうか。疲れた心を空は自分で休めているんだ、きっと。

「まあ、本人の言うことを信じればですが……」
「え……違うんですか?」

 鬼塚はふっと小さな息を吐く。そして目の前に置かれた珈琲カップを手に取った。

「わからないです。今までの症例も、この病気にはあまりあてにはなりません。ただ、このように出てこない人格は、別人格の場合が多くて、そのまま消えてしまうタイプのようにも思えるんです」
「え、でもそれは……」

 空は主人格だ。それが消えることはない。俺が得た情報ではそうなっていた。

「ええ。もちろん空の主人格は『潮崎空』です。戸籍も住民票にも存在している人格です。なので、消えることはないのですが。ただ……」
「ただ、なんですか?」

 一口珈琲を含み喉を潤したのか、鬼塚は勿体ぶるように続けた。

「カササギの人格が大きくて。もしかしたら、空はそちらの人格に近づいていく方向なのかもしれません。カササギが料理を始めたと聞いたとき、その可能性が高いと感じました」
「そんなことが、あるのでしょうか?」
「ですから、わからないです。けど、精神的に安定していればそれでいいんです。カササギの性格はもっと空に近づいていき、『空』と呼ばれたいと言い出す可能性もあります。
 二つの人格の境界がだんだんとなくなっていく。それはある意味理想的な展開です。もしそうなれば、多重人格障害が本来の意味で寛解したと言える」

 カササギの性格が空に近づいていく。そう言えば、あいつは今日、ピアスもネックレスもしていなかった。空はあれが嫌いだったようだ。入れ替わるとすぐ、外していたから……。

 ――――本当にそうだろうか。あれはやはり、空とカササギが融合している兆しなのか?

「まずは慎重に見守っていくしかありません。それは、久遠さん、あなたに全てがかかっている」

 突然、険しい表情で厳しい視線を投げてきた。俺はつと身構える。

「カササギは『陸』は二度と現れないと断言しています。でも、それは信用できるとは言い難い。あなたはまた危険な目に合うかもしれないんです。それを、許容できるんでしょうか」

 あの夜、俺が『陸』に襲われた夜、俺は納屋と鬼塚に言った。

『カササギが言うなら心配ない。多分、お二人よりずっと、今の状況がわかっているはずだ』

 そうはっきりと言ったのだ。『あんたら以上に理解している』とも。こっちは馬鹿げた優越感と嫉妬からだが。

「元々、そのつもりで今も一緒にいるんです。良い方向にあるのなら、俺の判断は間違ってなかった。そういうことですよね?」

 少しの間。なにをこの銀縁の医師は思い巡らしただろう。数秒の沈黙の後、鬼塚医師はグラスの向こうの双眸を細めた。

「私はそう思っています。どうぞ、これからも空を……空とカササギをよろしくお願いします」

 深々と首を垂れる。親でもないのに、どうしてそんな姿を見せるのか。医師として、面倒をみれないことを責めているのか? 
 俺からしてみれば、空たちの意向を汲んで自由にさせてるのを感謝こそすれ、無責任と攻撃するつもりはない。

「こちらこそ、俺だけではどうにもならないこともあります。今後ともよろしくお願いします」
「もちろんです」

 鬼塚医師は、深く顎を引いた。



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