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エピローグ
しおりを挟む大きなスーツケースをゴロゴロと、僕はエレベーターホールへ運んでいる。
夏はもう終わりだというのに、まだまだ暑い。東さんの車から降りた途端、もうこんなに汗を掻いてる。
「これ、全部お土産ですか? 相変わらず凄い買い物ですね」
隣で僕の荷物を持ってる東さんは呆れ顔で言った。
「だって……見てるとついつい買っちゃうんだ」
会えないストレスを解消するにはそれが一番なんだよ。
「はいはい、あ、エレベーター来ましたよ」
「東さん、ここでいいよ。毎回部屋まで送らなくても……」
「絶対にダメです。本当は部屋の中を改めたいくらいなのに」
「そ……それは止めて」
僕が享祐のファンに襲われた事件から、早くも半年が経っている。
僕は二週間の入院とそれからひと月のリハビリを経て、無事、職場復帰することができた。
当然注目され、退院するときは報道陣に囲まれたりで大変だったけど、享祐や事務所のお陰で事なきを得た。
その後、オンラインの取材を受け、ようやく僕も享祐との交際を自分の口で公表することができた。
「それじゃ、ありがとう。今度は二日後かな?」
「はい。わずかな時間ですが、ゆっくり休んでくださいね」
復帰直後は雑誌のインタビューやラジオの仕事等をこなし、六月、ついに映画の仕事が始まった。例のオーディションで勝ち取った役だ。
大型新人作家さんの作品で、シリーズ化されたら引き続き出演可能だ。だからめっちゃ頑張ってる。今日は沖縄ロケが終わって帰って来たんだ。
「おかえり、あ、日焼けしたな」
「享祐! 今日は家にいたの!?」
「伊織が二週間ぶりに帰ってくる日だ。都合付けたさ」
僕はスーツケースを玄関に置いたまま、享祐に抱きついた。いつもの逞しい腕と厚い胸板が僕を迎えてくれる。慣れ親しんだ享祐の香りが僕を包んだ。
「会いたかったぁ。向こうでは、電話もなかなか出来なくて……」
「時間が合わなかったからなあ。俺も寂しかったよ」
享祐の胸に顔をうずめ、僕は鼻をすりすりとこすり付けた。
「こら、何してる。こっち向け」
享祐の右手が僕の顎にかかる。くいっと上を向かせるとお決まりのキスが降ってきた。
享祐はそのまま僕をお姫様だっこして、リビングのソファーへと連れて行く。僕の心臓はたくさんのことを期待して、百メートルダッシュしたみたいに打ち逸った。
僕らは今、享祐の部屋で一緒に暮らしている。お互い仕事が不規則で忙しいから、一緒に住むのが同じ時間を共有するのに一番効率的なんだ。
享祐も僕も、あからさまに仕事が減るようなことはなかった。何事もなかったように日々を過ごせば、人の噂もいつの間にかずっとついていたシミのように日常に埋没していく。
僕が現場に復帰したころには、時折口の端に昇る程度になっていた。これもそれも、我が道を行くとばかりに突き進んだ享祐のお陰だけどね。
今では、東さんが僕の護衛に気を配り過ぎることだけがあの時の名残かな。僕はでも、とても感謝しているよ。僕が仕事を失わなかったのも、きっと東さんや事務所が、変わらず僕を支援してくれたからなんだ。
「伊織……シャワー行こうか」
「う……ん。バスタブにもお湯入れて……」
僕らはソファーで抱き合うのでは物足りなくなった。久しぶりに会ったのだもの。もっと享祐に溺れたい。僕に溺れて欲しい。明日は休みだし。
「あ、享祐、明日は仕事あるの?」
僕はバスルームに向かいながら享祐に尋ねた。自分だけ良くても……。
「え? そんなこと、どうでもいい。なんで俺が待っていたと?」
ぐいっと肩を抱いて享祐は僕の頬にキスをする。
「そうだな。うん」
これがたとえ、『最初で最後』じゃなくてもいいんだ。僕は知ってる。僕らの関係は特別であって、どこにでもある『ホントの恋』なんだ。
「好きだよ、伊織」
享祐の声がシャワーの音にかき消される。僕は彼の首の後ろに腕を絡ませキスをせがんだ。濡れた唇が触れ合えば、甘い時間が始まる。
「僕も……」
唇を重ねながら、僕は応える。
シャワーのお湯は僕らの肌に小さな球を作って弾け流れていく。享祐はもう何も言わず、さらに強く深く、僕を抱きしめた。
完結
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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