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第7話 ヤキモチ
しおりを挟む救急治療室のベッドに腰かけ、僕はシャツのボタンを嵌めながら泣いてしまった。精神的に追い詰められ、熱さにも負けて道端で倒れた。
そこに先輩は仕事中にも関わらず駆けつけてくれたんだ。優しい言葉と表情に僕のボロボロだった心は包まれ、涙が零れた。
「優しいかあ……俺は優しくなんかないぞ」
「そんなことないですよっ」
僕はティッシュで鼻をかみながら訴える。ムキになるとこじゃないのに。先輩は僕の頭を子供をいたわるように軽く撫ぜた。
「ん? よしよし。そうだな。俺は優しい人間じゃないけど、ハチの前では優しいかもな」
「え?」
「大切な人には誰でもそうだろ? さ、行くぞ。コンビニでお泊りセット買っていこう。メシは俺が作ってやるから安心しろ」
「あ……はい。ありがとうございますっ」
大切な人。大切な後輩という意味だろうか。僕にとっても先輩は大切な人に違いない。その時の僕は深くそれを考えることはしなかった。
僕はその夜、先輩に苦しい日々や弱音をグジグジと吐露した。病んでた僕を、先輩は責めることなく黙って聞いてくれた。
その後だ。先輩が僕には普通の企業の会社員より研究員のがいいんじゃないかと、今の研究所を教えてくれたんだ。先輩に勧められて勇気が出たのか、僕は無事就職することができた。
人は死ぬ前にその人生を走馬灯のようにフラッシュバックさせるらしい。いや、もちろん今は死に直面しているわけではない。
酔っ払って帰宅した僕は同じくほろ酔い加減の先輩に遭遇した。そして、なぜか壁ドンされている。先輩の綺麗な顔は、あの日僕を優しく包んでくれた表情とはだいぶん違うのに、どうして思い出したんだろう。
――――大切な人……。先輩はそう言ってくれたな。
「あ、ははっ!」
そんなチクチクと胸が痛む思い出に浸っていた僕の目の前で、先輩がお腹を抱えて笑い出した。当然ドンしてた腕はもうない。
「な、なにを……」
「なんて顔してんだよ。乙女かっ」
「え、そんな、酷いな」
なんだか恥ずかしすぎて、酔いも冷める。優しく慰めてくれた先輩の顔は瞬時に霧散した。
「いや、ごめんごめん。なんか、ちょっとヤキモチ妬いた」
「ヤキモチ……」
「気にするな。ハチの自慢を聞くのはまたにするよ」
「あ、はい……」
もしかして先輩、送別会で嫌なことがあったのかもしれないな。合コンで上手くいったんで、つい調子に乗ってしまった。悪いことしたかも。
「じゃあな、ハチの切羽詰まった顔。可愛かったぞ」
先輩が片目を瞑ってみせる。黒いロングコートを翻し、さっさと階段を昇って行ってしまった。
――――可愛かったって。なんだよ……。
どう考えても先輩にからかわれてる。振り回されキャラなのかな、僕は。先輩には心底感謝してるけど、なんだか最近は様子が違う。もちろん、今でも大切な先輩だけど。
――――まあいいや。さっさと帰って、彼女にメールしよう。今日は楽しかったって。そんでデートに誘う。
僕はまた新しい恋に一歩を踏み出した。今度こそ、踏み外さないように頑張ろう。
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