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第26話 のめり込めないワケ
しおりを挟む朝、カーテンを開けると、そこは僕が知っている街ではなくなっていた。
雪はチラチラと舞うくらいになっていたが、目に映るところは全て雪に覆われている。車もほとんど走っていない。時たまスノータイヤを履いているであろう車がゆっくりと通り過ぎるぐらいだ。少し向こうでは玄関前の雪を掃いている人もいた。
――――まるで雪国だな。
テレビをつけると、思った通り、交通網は混乱を極めていた。僕らがいつも使う地下鉄は辛うじて動いていたが、外を走る電車の類はほぼ運休していた。
「あ、おはよう。良かった。電話に出てくれて」
散々迷ったけれど、菜々美ちゃんに電話した。やっぱり心配だったし、会社から何か言われていたのなら、謝らなければと思ったからだ。
見も知らない番号からの電話に出てくれるか不安だったが、数回コールの後、怪訝そうな声色の菜々美ちゃんが応じてくれた。
『ハチ君? この番号……』
「ああ、ごめん。会社の携帯なんだよ。今、これしか使えなくて。菜々美ちゃん、雪、大丈夫だった?」
『雪は……大丈夫。うちの地域は停電もしなかったし』
「そうか。良かったよ。心配してたから」
『ハチ君……何かあったの?』
警戒をまだ解けないような、いつもとは違う菜々美ちゃんの声。やっぱり、監査部からなにかアクションがあったんだな。
「ごめん。もしかして迷惑かけたかな。僕の会社から何か言ってきた?」
僕の問いかけに、菜々美ちゃんは少しだけ間を開けてから言葉にした。
『あったよ。私だけじゃなくて、この間合コンに参加した全員に連絡があったみたい。おかげで上司にお小言もらうし。失礼しちゃうわ』
「ああ……ホントにごめん。申し訳ないっ」
『ハチ君に謝ってもらわなくていいけど。三週間も前の話なのにね。鞄をすり替えられたの、気付かなかったのかしら。まさかそれ、ハチ君じゃないよね?』
え? 話が一瞬見えなくなった。監査部はどういうストーリーを作って彼女たちに電話をしたんだろう。
「もちろん、僕じゃないよ。僕なら菜々美ちゃんにまずは確かめるだろ?」
とりあえず話を合わせてみた。
『そうよね。会社の重要な書類が入ってたって、そんなの持ち歩いてるほうがおかしいのよ。それをなんだか私たちが盗んだみたいな言い方してさ。店に置き忘れて誰かに持ってかれたのを、人のせいにしてんのよ、きっと』
菜々美ちゃんはよっぽど頭に来てたのか、怒り口調だ。どうやら監査部は、合コンに参加した女性陣の身辺調査をするべく、店で鞄をすり替えられたか間違えて持って帰ったかみたいな話にしたみたいだ。
こんなの誰が信じるんだろう。もし、彼女たちのなかにスパイがいたら、すぐに気づく。
――――それともそれが狙いか。
「本当にごめんね。このお詫びは必ずするから」
『うーん、そうね。でもしばらく会わない方がいいかも。落ち着いたらまた連絡して』
「あ、ああ。うん」
随分とあっさり言われてしまった。そりゃ、僕のことで相当気分を害したのは理解できる。泥棒扱いされる悔しさは、今の僕にはわかり過ぎるくらいわかる。
だけど、なんだか簡単だな。まさかと思うけど、もう情報が取れそうもないからさっさと別れる、みたいな。考え過ぎか。
ただ、僕はそれならそれでいいと思った。僕が彼女との恋愛にのめり込めなかったワケが、ようやくわかったのだから。
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