20 / 35
Pair.4
ハロルド・アド・ユグミシット
しおりを挟む
――第一騎士団団長を名乗る騎士、ハロルド・アド・ユグミシット。
噂だけなら、かねがね耳にしていた。
隣接するユグミシット侯爵領、現領主の弟で、騎士団長に指名された若き秀才。貴族同士の結婚相手としては一番の有望株。そんな情報を、このわたしが知れるほどの有名人。
パパが真に貴族的で政略結婚を是とする人だったら、わたしは彼と婚礼を挙げる可能性も十分にあっただろう。
ナトミー子爵領は、四つの領地に囲まれている。
反時計回りに、三女モニカ姉様が嫁いだマディル公爵領、次女コデット姉様が嫁いだセドツィア伯爵領、長女オリビア姉様が縁戚へ嫁いだアルム伯爵領、そして最後は皇国の赤銅とも呼ばれるユグミシット侯爵領だ。
並べてみると分かりやすいが、侯爵領のみ血縁関係がない。
ユグミシット侯爵家次男とナトミー子爵家四女の結婚、または婚約はあり得た話だった。
でも、こんなありえない”もしも”は、過去のこと。
「そして、彼は私の補佐であるシァト・ラグラス卿」
黙礼する赤い騎士服の少年、シァト・ラグラス卿。低い背と幼い容姿に似合わず、騎士団の要職に就いているようだ。
「第一騎士団の団長とその補佐……ですか。そのような方々から謝意を受けるほどのことがわたしに?」
「他でもない先月の婚約パレードの日のことです。ご迷惑をおかけしたナトミー子爵令嬢にこの度の正式な謝罪の場を。謝罪の意を込めて、八十八本の白薔薇をご用意致しました」
ユグミシット卿は席を立ち、少年の横に並んだ。
赤い騎士服と白薔薇のコントラストは、幻想的なまでに優美だった。窓から射し込む陽光で揺らめくように光る、少年のオッドアイがこれまた心を引き込む彩色だ。肖像画を描かないことが貴族たちの暗黙の了解でなければ、この一場面は描き残され、後世に名を残す一枚になり得ただろう。
「第一騎士団団長補佐シァト・ラグラスの非礼は、部下の統率を怠った私に責任があります。第一騎士団団長ハロルド・アド・ユグミシット、ならびに団長補佐シァト・ラグラスが謝罪致します。ロザリンド・デ・ナトミー子爵令嬢、大変申し訳ありませんでした」
二人の騎士は息の合った連携を見せた。腰をほぼ垂直に曲げ、頭を下げる。
困ったことになった。席が他の人から見られない、奥まった場所で良かったと真に思う。
「わたしへの謝罪は受け入れます。もとから些細なことですし、きっとそれを重大に受け止めた父やマディル公爵からの抗議を受けて、いらしただけのことでしょう? 頭をお上げください」
本当、団長が直々に頭を下げるようなことではない。直属の部下だとしても、シァトという少年騎士だけで事足りた話だ。
名と顔が知れていない令嬢に、皇国の赤銅とも呼ばれるユグミシット侯爵家の子息で第一騎士団団長の彼が謝罪した。その肩書きの重さも相まって、怖いものがある。
わたしは少し前まで、自領から出たことのない令嬢だった。
しかし、だからこそ、常に尊重されてしまう領主の御令嬢という立場を知っている。
となれば、貴族の子息かつ騎士団の団長というのは……。
肩書きの重さ。それは立場に科せられた判断に伴う重責……だけではない。
肩書きに対する無垢な期待や羨望に尊敬、それら好意の底の微かな嫉妬も付き纏い、積み重ねてきた振る舞いが意図せず人心を煽動すること。
ある意味、その者の人生の重さだ。それを肩書きの重さは内包している。
それが……間接的にわたしへ牙をむくのだ。
たとえば、彼に好意的な者ほど、彼に頭を下げさせた名も顔も知らない令嬢を悪しざまに言うだろう。
これは皇都での将来が不安になる最悪の出だしかもしれない……じゃない!
絶対、行き先不安の出だしだ!
と、そんなこととは別に、マディル公爵の名を挙げてもユグミシット卿が否定しない所から、確実に公爵も騎士団に抗議済のようだった。
騎士団同士の諍いに大事な愛娘が巻き込まれたとあって、パパにこってり絞られたマディル公爵が第一騎士団・第二騎士団の双方に抗議をしたのだろう。
やはり、皇国の黒鉄マディル公爵家の権力は絶大だった。
謝罪の場がマディル公爵家所有の糖菓子店なのも、抗議主が謝罪の遂行を把握するための根回し。また、アレンに下された命令が子爵令嬢の歓待という不自然さにも、辻褄があう。
つまり、言いがかりを付けた第一騎士団は場を設けて謝罪をさせ、庇ったとはいえ、事態を悪化させた第二騎士団には若い騎士に皇都の案内をさせるよう軽い圧力をかけた。
それなら、この最悪と思われる出だしも、正式な抗議に対する謝罪であれば、批判されるものではなくなるだろうか。
………まあ、実際の内情は分からない。
騎士たちは一旦頭を上げたが、テーブルの脇に控えたままだった。
「些細なことではありません。部下の非礼は団長である私の責任です。そして、令嬢の赦しが無ければ、我々は騎士団としての責務を果たすことができません」
彼の言葉は、嘘偽りのない言葉だ。
だからこそ、わたしは言葉になる前に抜け落ちた嘘や偽りを慎重に精査しなくてはならない。
わたしは考えをまとめ上げて、彼らに返答した。
噂だけなら、かねがね耳にしていた。
隣接するユグミシット侯爵領、現領主の弟で、騎士団長に指名された若き秀才。貴族同士の結婚相手としては一番の有望株。そんな情報を、このわたしが知れるほどの有名人。
パパが真に貴族的で政略結婚を是とする人だったら、わたしは彼と婚礼を挙げる可能性も十分にあっただろう。
ナトミー子爵領は、四つの領地に囲まれている。
反時計回りに、三女モニカ姉様が嫁いだマディル公爵領、次女コデット姉様が嫁いだセドツィア伯爵領、長女オリビア姉様が縁戚へ嫁いだアルム伯爵領、そして最後は皇国の赤銅とも呼ばれるユグミシット侯爵領だ。
並べてみると分かりやすいが、侯爵領のみ血縁関係がない。
ユグミシット侯爵家次男とナトミー子爵家四女の結婚、または婚約はあり得た話だった。
でも、こんなありえない”もしも”は、過去のこと。
「そして、彼は私の補佐であるシァト・ラグラス卿」
黙礼する赤い騎士服の少年、シァト・ラグラス卿。低い背と幼い容姿に似合わず、騎士団の要職に就いているようだ。
「第一騎士団の団長とその補佐……ですか。そのような方々から謝意を受けるほどのことがわたしに?」
「他でもない先月の婚約パレードの日のことです。ご迷惑をおかけしたナトミー子爵令嬢にこの度の正式な謝罪の場を。謝罪の意を込めて、八十八本の白薔薇をご用意致しました」
ユグミシット卿は席を立ち、少年の横に並んだ。
赤い騎士服と白薔薇のコントラストは、幻想的なまでに優美だった。窓から射し込む陽光で揺らめくように光る、少年のオッドアイがこれまた心を引き込む彩色だ。肖像画を描かないことが貴族たちの暗黙の了解でなければ、この一場面は描き残され、後世に名を残す一枚になり得ただろう。
「第一騎士団団長補佐シァト・ラグラスの非礼は、部下の統率を怠った私に責任があります。第一騎士団団長ハロルド・アド・ユグミシット、ならびに団長補佐シァト・ラグラスが謝罪致します。ロザリンド・デ・ナトミー子爵令嬢、大変申し訳ありませんでした」
二人の騎士は息の合った連携を見せた。腰をほぼ垂直に曲げ、頭を下げる。
困ったことになった。席が他の人から見られない、奥まった場所で良かったと真に思う。
「わたしへの謝罪は受け入れます。もとから些細なことですし、きっとそれを重大に受け止めた父やマディル公爵からの抗議を受けて、いらしただけのことでしょう? 頭をお上げください」
本当、団長が直々に頭を下げるようなことではない。直属の部下だとしても、シァトという少年騎士だけで事足りた話だ。
名と顔が知れていない令嬢に、皇国の赤銅とも呼ばれるユグミシット侯爵家の子息で第一騎士団団長の彼が謝罪した。その肩書きの重さも相まって、怖いものがある。
わたしは少し前まで、自領から出たことのない令嬢だった。
しかし、だからこそ、常に尊重されてしまう領主の御令嬢という立場を知っている。
となれば、貴族の子息かつ騎士団の団長というのは……。
肩書きの重さ。それは立場に科せられた判断に伴う重責……だけではない。
肩書きに対する無垢な期待や羨望に尊敬、それら好意の底の微かな嫉妬も付き纏い、積み重ねてきた振る舞いが意図せず人心を煽動すること。
ある意味、その者の人生の重さだ。それを肩書きの重さは内包している。
それが……間接的にわたしへ牙をむくのだ。
たとえば、彼に好意的な者ほど、彼に頭を下げさせた名も顔も知らない令嬢を悪しざまに言うだろう。
これは皇都での将来が不安になる最悪の出だしかもしれない……じゃない!
絶対、行き先不安の出だしだ!
と、そんなこととは別に、マディル公爵の名を挙げてもユグミシット卿が否定しない所から、確実に公爵も騎士団に抗議済のようだった。
騎士団同士の諍いに大事な愛娘が巻き込まれたとあって、パパにこってり絞られたマディル公爵が第一騎士団・第二騎士団の双方に抗議をしたのだろう。
やはり、皇国の黒鉄マディル公爵家の権力は絶大だった。
謝罪の場がマディル公爵家所有の糖菓子店なのも、抗議主が謝罪の遂行を把握するための根回し。また、アレンに下された命令が子爵令嬢の歓待という不自然さにも、辻褄があう。
つまり、言いがかりを付けた第一騎士団は場を設けて謝罪をさせ、庇ったとはいえ、事態を悪化させた第二騎士団には若い騎士に皇都の案内をさせるよう軽い圧力をかけた。
それなら、この最悪と思われる出だしも、正式な抗議に対する謝罪であれば、批判されるものではなくなるだろうか。
………まあ、実際の内情は分からない。
騎士たちは一旦頭を上げたが、テーブルの脇に控えたままだった。
「些細なことではありません。部下の非礼は団長である私の責任です。そして、令嬢の赦しが無ければ、我々は騎士団としての責務を果たすことができません」
彼の言葉は、嘘偽りのない言葉だ。
だからこそ、わたしは言葉になる前に抜け落ちた嘘や偽りを慎重に精査しなくてはならない。
わたしは考えをまとめ上げて、彼らに返答した。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる