罪人は今世を復讐に、前世と来世を彼に捧ぐ

宮枝ゆいり

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Pair.4

独善と多善

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「その謝罪を真に必要とするのは侮辱を受けた第二騎士団の騎士です。もちろん、わたしが諍いに巻き込まれて迷惑を被ったことは事実ですが」
「先に卑怯なことをしたのは第二騎士団だ」

 吠えるように赤い騎士服の少年が声を出した。

「だから相手を貶しても良いと? 理由さえあれば人を傷付けても良いとおっしゃるのですか」
「そうだ。俺達には大義名分があってやっている。そもそも理不尽に第一騎士団を蹴落としたのはあいつらだ」

 赤い騎士服の少年が前のめりに主張した。

 第一騎士団団長はそれを手で制する。

「我々は立場上、第二騎士団とは複雑な関係にあります。我々と彼らをモノで例えるなら、火薬庫に火の灯るランタンを持ち込んでいるような状況でしょう。爆発もせず、未だに引火すらしていない現状が可笑しいものです」

 予想より良い経過を見せた人災のようにたとえ、第一騎士団団長ユグミシット卿は苦笑いの表情を見せた。

「人はモノとは違うのですから、消してしまえば二度と元には戻りません」
「確かに人はモノではない。だからこそ、そう簡単に管理できるものではありません。私も衝突を抑える努力はしていますが、親や子を、兄弟姉妹やいとこ達、親族を失った感情が先走るのは無理からぬことでしょう」

 婉曲な表現で戦勝会の日悪魔の報復が引き合いに出される。

 確かに、第二騎士団の団長となったサンドレス伯爵の活躍によって、結果的に悪魔の報復が起こり、多くの領地持ちの貴族に死がもたらされた。

 その原因に一瞬の嫌悪すら抱かない貴族は稀だろう。

「しかし、それが親愛の情であっても、皇国に害をなす行動に至るのならば、皇帝陛下に忠誠を誓った貴族としてどうなのですか。上に立つ者が感情を自制できないのならば、何をもって貴族だと、自身と領民に証立てるのです」

 十年近くの時をかけて肥大した憎悪の思うようにさせる――それは理知的な、貴族たりうる者とは言い難い。

「上に立つ者として、貴族は、領民のために皇帝陛下に忠誠を誓った前提をお忘れですか」
「忘れることなどありません。とはいえ、領主の親類は、領民にとって窓口となり、我々の大きな助けになったことでしょう。だから、損失の対価精神的な捌け口を要求した」

 両の手のひらを上に広げて、仕方のないことだとユグミシット卿は困ったように微笑んだ。

「そうであっても騎士団にまで争いを持ち込み、互いに相反していては、皇国が窮地に陥った時、誰が剣となり盾となります」
「第一騎士団に他なりません。それとも、第一騎士団では手に負えない事態が起こり得るとおっしゃりたいのですか?」

 ワラや木の枝でつくられた家が壊れないと信じていた兄豚たちのように彼は言う。

「第二騎士団に助力を求めなければならないほどの?」

 第一騎士団団長のその言葉に同調し、赤い騎士服の少年が会話の応酬に割り込んだ。

「第二騎士団の助けなんて必要ない」

 直情的な少年の断言に、わたしは仮定をまじえて問い返した。

「助けを求める状況が思いつかないのならば、立場を変えましょうか。もし、第二騎士団が助けを求めてきた時、第一騎士団はどうされますか」
「………助ける。助けてやるよ」
「残念ながら、第二騎士団は第一騎士団に助力を請われないと思いますよ」
「何で前提をひっくり返すんだよ。第二騎士団の手に負えないのなら、第一騎士団に任せるのが当然だろ」
「なぜだなんて、簡単なことではないですか。第一騎士団と第二騎士団は反目しあっているからですよ。互いに信頼もしていないし、尊敬もしていない。そんな相手に誰が背中を預けたりするのです。そして、たとえ求めたとしても、先程のラグラス卿のようにあなたがたは躊躇するでしょうから」
「………」

 少年はむっと黙り込むと、反論の二言ふたこと目はなかった。

 その頃合いを見計らったように、第一騎士団団長ユグミシット卿が口を開く。

「第一騎士団は驕りのために、第二騎士団は諦めのために。万が一の窮地を取り返しのつかないものにしてしまうだろう……ということで?」
「理解しておきながら、見過ごされているのですか。ユグミシット卿は」

 彼はわたしの糾弾にこたえず、会話を畳み掛けた。

「貴女の考えも、よく理解できた。騎士団長の立場から申し上げれば……」

 軽く息を吸い、薄くため息を吐いた。

「ナトミー子爵令嬢、それは貴女の独善だ」
「感情的な善が正道や王道だとは思いません」

 即座に言い返されたことで、赤髪の騎士ユグミシット卿は少し驚いたようだった。

 一瞬、今まで徹頭徹尾感じていた彼の余裕が消え失せていた。代わりに等身大のハロルド・アド・ユグミシットなる人物の素の表情が垣間見える。

「……もうそこまでにしたら? きっと平行線だよ。この難しそうな議論ってやつ」

 飽き飽きとした態度で、赤い騎士服の少年がだらけながら言った。

「シァト・ラグラス卿。あなたの行動から生じた問題ですよ」

 わたしは呆れてしまったけれど、第一騎士団団長ユグミシット卿はシァト・ラグラスの主張に納得するところがあったようだ。

「いえ、シァトは場に適ったことを申しました。私と彼が此処にいるのは、貴女への謝罪の為。だが、これまでの主張を照らし合わせた限り、我々の方法では貴女の赦しは得られず、そして貴女が示した方法も、我々には履行できない」

 ユグミシット卿は悩まし気に眉をひそめる。

「その上、主張は平行線――そこから歩み寄り、主張の境界線上へと至る以前に、ナトミー子爵令嬢はまだご存じではないことがあるようだ」

 数秒の沈黙。

 視線は交わり、感情のない探り合いが始まった。

 わたしは、ユグミシット卿の指摘を肯定すべきか迷った。

 今までの会話から、話が食い違っているとは思えなかったが、明日の帰路でモニカ姉様から皇都のより詳しい情報を教えてもらう予定だったのだ。偶々話が噛み合っていた可能性は捨てきれない。

 いや、ユグミシット卿は………もしかすると、この疑問を持つように誘導した?

 返答の断絶を、無言の肯定と捉えた彼は微笑みの表情をしてみせた。

「しかし、それでは第一騎士団、そして騎士団長としての沽券にかかわるでしょう」

 ユグミシット卿は顎に手を当てて、考えるような仕草をする。

 続く提案の流暢さから、それが考えるフリであることをわたしは察した。

「今回の一件と引き替えに、今後、我々の立場に支障が出ない範囲で、一度だけ貴女の要望を聞き届けましょうか」
「……どんなことでも?」
「ええ、勿論」

 それは第一騎士団の団長に対するひとつの貸しだった。

 交換条件としては格別の待遇だ。

 そのせいでわたしの頭の中にある損得勘定の計算機が桁あふれを起こしていた。衝動的に『はい?』と声に出さないだけ上出来。ただし素直なので、表情には出た。

 こんな条件、ナトミー子爵家の一員としても、受け入れないことがまずありえない。

 第一騎士団の職務で得た貴族絡みの情報の提供や、彼らの職務遂行にも干渉できる提案なのだから。

 しかし、そんな好条件だからこそ、何か裏があると疑いたくなる。

 利用価値という合理性ゆえの選択か。好意という感情ゆえの申し出か。

 そういう思考の逡巡を、赤い騎士服の少年は簡単に切り捨てた。

飼い主ハロルは恩着せがましいな」
「領地の隣人として懇意にしていただきたいだけですよ」

 部下に引き出されたユグミシット卿の言葉は、弱気で、それも好意の表現に近しい。どことなく表情も自信なさ気だ。

 いったい、どこまでが駆け引きに含まれているのか。

 猜疑心さいぎしんばかりが募る。

 ……ダメだ、時間切れだ。

「そして、できれば、貴女には受け取って頂きたいものがあります」

 ユグミシット卿は場所を移すつもりらしい。

 彼からエスコートの為の手が差し出された。

 流されるまま、わたしが彼の手をとろうとした時。

 突如、横から素手がパッと出てきて、白い手袋に包まれた第一騎士団団長の手首を掴んだ。



「ロザリンド様に第一騎士団が何の用ですか」



 息を切らしたアレンが、ユグミシット卿の手首を掴んでいた。
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