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Pair.4
騎士団の対立
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アレンに睨まれる程度では。
第一騎士団団長ハロルド・アド・ユグミシット卿の余裕は崩れなかった。
「痛いじゃないか。アレン従騎士」
「その手をおさめれば済む話です」
音もなく銀色に光る白刃が、アレンの喉元に突きつけられた。
「お前こそ手を離せ」
赤い騎士服の少年は、抜身のレイピアをアレンの首めがけて突かんとする勢いだ。
「よせよせ、シァト。規律を守りなさい」
「………チッ」
赤い騎士服の少年は不服そうにしながらも、レイピアを鞘に収める。
第一騎士団団長は、頑なに手首を掴んだままのアレンに問いかけた。
「君。これは誰の評判が落ちるのかを理解していての行動かい?」
その脅しに、アレンは血の気が引いたような表情になった。半ば振り払うようにして、相手の手首を放す。
「行きましょう、ロザリンド様。此処にいても、貴族の匂いで気分を悪くされるだけです」
そうやって、わたしの手はユグミシット卿にたどりつく前に、アレンに引き取られた。
彼はすぐに第一騎士団の二人に背を向け、私を引っ張りつつ階段へと向かう。
「――失礼いたします。ユグミシット卿、ラグラス卿」
アレンはどんどん先に進んでいく。
第一騎士団の彼らに、わたしは最低限の挨拶だけ残して席を後にした。
***
人の疎らな皇都の街路。
わたしよりも土地勘のある彼は知ったように道を進み、此処でようやく足を止めた。
そして、開口一番。わたしを問いただす。
「何故、第二騎士団への謝罪を、彼ら――第一騎士団に求められたのですか」
「そこから聞かれていたのですね」
「ええ。ロザリンド様がされたことは無茶で無謀以外の何物でもありません」
アレンの声は低く、言葉遣いは崩れていないが語気が荒い。
彼は危険な行動を取ったわたしに腹を立てているようだった。
「それは………わたしは思ったのです。報復の過去があろうとも、皇国を守護する騎士同士が反目し合うこと、その影響を。あなたがたが忠誠を誓った皇帝陛下、皇太子殿下が許容されるとは思えません」
「……ええ、ロザリンド様がおっしゃる通り、第二騎士団と彼ら第一騎士団の関係が険悪なのは、紛れもない事実です。第二騎士団が忠誠を誓った皇太子殿下も心を痛められていると思います。ただ、そこまでこじれた関係は、こんな小競り合いの謝罪ひとつでは改善されません」
「しかし、謝罪ひとつできないようであれば、協力など夢のまた夢です」
「協力? 第二騎士団とあの貴族達が? どうしてそんなことをしなきゃいけないんですか。頼みごとをすれば真っ先に邪魔をしてくるような連中ですよ」
わたしから納得を引き出せないことに、しびれを切らしたアレンは詰め寄った。
「そんなことも理解できないくせに、貴女は騎士団のことを何も知らないじゃないか」
彼は空色の瞳を非難に染めて、無知なわたしへの糾弾を口にした。
その向けられた拒絶の言葉の冷たさは、心がかじかむように震えて、誰にとっても哀しいものだった。
黙りこくったわたしを、アレンはじっと見て、何か言いたげな様子だ。
「っロザリンド様、オレはそういうつもりじゃ……」
「大丈夫です、何も知らないのは百も承知のことです。だからわたしに友人として、皇都のこと、騎士団のこと、そしてあなたのことを教えてくださいますか」
赦しを得ようとしたあの騎士たちのように、わたしもアレンに頭を下げた。
マディル公爵から聞いていた騎士団にまつわる因縁……それだけの情報しか得られていないのに、問答無用で彼らは仲良くすべきだとわたしは決めつけていた。
彼らが折り合いを付けているところに、わたしが善いと思える理想を押し付けていた。
まさに独善。
それは赤髪の騎士――第一騎士団団長のユグミシット卿にも指摘されたことだ。
けれど、本当に皇国の秩序を守る騎士団がこのままで良いのだろうか。
少なくとも、第一騎士団の団長や団長補佐、第二騎士団のアレンも、心のどこかで今の状況が望ましくないと気付いているのに。
……まったく同じ独善を抱いているはずなのに。
「貴女に教えることなんて…………嫌だ。オレ達は悪魔の報復を引き起こした。貴族の仇だ。貴女に頭を下げられるよりも、拳を振り下ろされるべきだ。オレ達は貴女方に憎まれてしかるべき存在だ」
「アレン自身がそう思ったのですか?」
彼の断言に対して、そう問わずにはいられなかった。
貴族が第二騎士団に対して持つ認識と、ほぼ一致する弁明のない自らへの責め。それは自己嫌悪に苛まれるよう、誰かから刷り込まれたように思えたから。
アレンは首を振った。
「……いいえ。でも、オレ達は貴族から散々、そういう言葉を投げかけられてきました。彼らや彼女らが大切にしていた誰かの名前と一緒に。それで、多くの貴族達の仇なんだと、考えれば納得した……自分の家族や友人の安全と引き換えに、見ず知らずの人を酷い目に合わせてしまったんだ」
わたしは俯くアレンの両頬に手を添えて、こちらを向かせた。
「皇帝陛下の未来予知の加護でも知りえなかったことを、どうして責めることができますか」
陰の宿った空色の瞳に再び陽の光が射し込むように……。
わたしは願いながら言葉を紡ぐ。
「そんな方々の言葉を自戒以上に気に病む必要はありません。彼らや彼女らは、誰も責めることができないから、より弱い人に酷い言葉を投げつけて心の平穏を保とうとしている風上にも置けない方々です。だから、死力を尽くして戦ったあなた達は称賛こそがふさわしく、真に憎むべきは報復をした悪魔でしょう。先に戦争を仕掛けた悪魔でしょう?」
見下ろす彼の空色の瞳が幾ばくの瞬きをして、微笑みの形に結ばれる。
「……あぁ。そうやって、あいつらに簡単に言い返せれば良かった」
アレンの頬に添えたわたしの左手へ、彼の鍛えられた武骨な手のひらが触れる。
何と喩えるべき温かさか。
わたしに向けられている、その実直な感情に応えてみたくなる。
重ねられた彼の手に、身を任せて。
見返し、見返された瞳の中のわたしの表情を見て気付く。
近過ぎだ。
照れるような思いと、少しの焦りが今更ふつふつと首筋から這い上がってくる。
「っ……え、ええ、抵抗もせず、悪魔が皇国の内側まで侵入しても良かったのかと言い返してあげるべきです」
さっと引き抜いた左手を、わたしは後ろ手にして隠した。
だが、勢いのあまり、くるりと回って背を向ける格好になってしまった。
でも振り返って、このはしたない表情を見せるのは恥ずかしい。
妙なほてりを冷ますように、わたしは深呼吸をして、なるべく黙っていた。
「わかりました。どうして騎士団がいがみ合っているのか、ロザリンド様にお教えしましょう」
パッと驚いた表情になったわたしは振り返り、訊ねる。
「許していただけるのかしら……?」
アレンは頷いた。
「勿論ですよ。この話を他の人から聞かされるより、オレ自身の口から説明した方が、誤解されずに済むと……こほん、私は思います」
彼は片手で自らの髪を触り、ぎこちない笑みを浮かべた。
アレンはぽつりぽつりと、第一騎士団と第二騎士団が置かれている状況を話してくれた。
「第一騎士団は貴族ばかり、第二騎士団は辺境であくせく戦っていた傭兵ばかりで、どうせ最初から仲が悪かったと思います。けれど、それを決定的にしたのは、サンドレス伯爵の活躍と忠誠の主が違うことでした」
彼は息を継ぎ、こちらを見た。
わたしの理解度を確かめたいようだ。
一本、わたしは指を立てる。
「サンドレス伯爵の活躍は、つまり、ジキルライン防衛戦の結果、辺境伯領の喪失が回避されたことで、戦勝会の日に悪魔の報復が起こり、大勢の領地持ちの貴族が亡くなったことですね」
サンドレス伯爵の活躍は、マディル公爵との話題で出たから正しいはず。
わたしは二本目の指を立てて、「あれ?」と気付く。
「『忠誠の主が違う』……第一騎士団と第二騎士団はどちらもリヴウィル皇太子殿下に忠誠を誓っているのではないのですか?」
「残念ながら、第一騎士団と第二騎士団は別々の主に忠誠を誓っています。第二騎士団は、もちろんリヴウィル殿下に。第一騎士団は元皇太子の第一王子に……です」
驚く聴き手に対し、アレンはその感覚が正しいものだと肯定の言葉を付け足す。
「前代未聞のことだったようです。第一騎士団が忠誠を誓った後の日に、第一王子の皇位継承権が剝奪され、当時第三王子だったリヴウィル殿下が皇太子になられました。重大な出来事でありながら、皇帝陛下の預言にすら無かった出来事です」
「それは本来、預言されていた未来――辺境伯領の喪失が回避された所為で起こったかもしれない、ということですか」
「恐らくは」
ひとつの預言を回避した為に、預言に無かったはずの出来事が起きたのだ。
「忠誠を誓った主が皇太子の座を追われ、悪魔の報復によって家族も死んでしまった……彼らが我々を恨んでも仕方ありません」
ひとつだけでも争いの理由になる火薬がいくつもランタンの近くにある。
第一騎士団の団長ユグミシット卿が喩えたように、これが引火しない現状は可笑しく思えてもしようがない。
「不思議に思ったのですが、その割には第一騎士団で団長のユグミシット卿は冷静でしたね」
団長補佐の少年シァト・ラグラス卿は激情を露わにしていたが。
あの態度が第一騎士団の普通と考えると、騎士団を統率する立場であっても、ユグミシット卿の対応は生易しい。
侯爵家で悪魔の報復による直接の被害はなくとも、領内の直臣であった貴族は何人も亡くなられていたはずなのに。
「ユグミシット卿は……現在もですが、当時の皇太子に忠誠を誓っていません。確か十年前の儀礼の日は、何か事件で日程が合わなかったからだと聞いています。ですが、だからこそ団長に任命されたのでしょう」
「団長までもが恨みを抱いていれば、騎士団の対立は決定的になったでしょうね」
でも、実際はそうではないのだ。
ならば案外、団長が率先して手を取り合えば、第一騎士団と第二騎士団は歩み寄れるかもしれない……?
わたしにはそう思えたが、アレンは眉を寄せていた。
残念そうに、彼は逆接で話を続ける。
「しかしながら、第一騎士団の団長が彼である為に、問題が起こったのです。ロザリンド様は、ユグミシット侯爵領と辺境伯領の領境を流れる大河をご存じですか?」
「ええ。ヴァール大河でしょう? 十年前、辺境伯領の喪失という預言に際して、その領境の大河まで喪失してしまうことが危惧されていたのよね。それで、皇国議会の承認を得て、一時的に領境を動かし、辺境伯領側の岸辺を覆うようにしたと」
ユグミシット侯爵領と辺境伯領の間には、ちょうど大河が流れている。以前は、その大河の中央線が領境と両家の間で取り決めてられていたのだ。
だが、辺境伯領の喪失という皇帝陛下の預言によって事態は一変してしまう。
大河を中央線で割った向こう半分を奪われるというその預言は、侯爵領にとってみれば、物資の輸送を始め、河川漁業に危険が伴うことや、将来の沿岸部侵攻のリスクの予見である。是が非でも侯爵家は一時的な領境の移動を皇国議会に承認させる他なかったのだ。
一方、辺境伯領からすれば、その措置は実質、無条件の領土の割譲である。
結果、決められた期間とはいえ、当時の辺境伯領側の不満が、現在の対立に結びついてしまったのだろう。
……あれ、ちょっと待った。
一時的とは聞いていたけれど、十年経っても未だ、大河を含むように拡張された領境が元の大河の中央線に戻った話は耳にしたことがない。
「ロザリンド様が御察しのように、辺境伯家の領土から割譲された大河周辺の土地は、ユグミシット侯爵家から返還されておりません」
「それで起こった問題というのが、第二騎士団による第一騎士団団長への反発……」
「第二騎士団と呼ばれていても元はただの傭兵。雇い主の辺境伯家や辺境伯領に金銭の額以上の恩義はなかったはずでしたが……。流れ者でも、与えられた居場所が奪われるのは悔しい気持ちになるものです」
望郷の念が、アレンの少し苦しげな表情から透けてみえる。
そういえば、騎士を名乗っているが、第二騎士団に所属する以上、アレンも元は傭兵なのだ。
傭兵にならなければいけないほどの何かが、アレンの過去にあったのだろうか……?
「と、まあ、そんなところです。第一騎士団と第二騎士団の仲が険悪である理由は」
現在は、水と油のように相容れない第一騎士団と第二騎士団。
第一騎士団は、第二騎士団そのものが、親族の命や主君の皇太子の座を奪われる原因となったから。
第二騎士団は、第一騎士団団長がユグミシット侯爵家の者で、その侯爵領に辺境伯領の一部が割譲されたままであるから。
互いを敵視している。
……いつか、彼らの間を橋渡しできるものが見つけられれば良いのにと思う。
「ありがとう、アレン。わたし、よーく分かりました」
第一騎士団団長ハロルド・アド・ユグミシット卿の余裕は崩れなかった。
「痛いじゃないか。アレン従騎士」
「その手をおさめれば済む話です」
音もなく銀色に光る白刃が、アレンの喉元に突きつけられた。
「お前こそ手を離せ」
赤い騎士服の少年は、抜身のレイピアをアレンの首めがけて突かんとする勢いだ。
「よせよせ、シァト。規律を守りなさい」
「………チッ」
赤い騎士服の少年は不服そうにしながらも、レイピアを鞘に収める。
第一騎士団団長は、頑なに手首を掴んだままのアレンに問いかけた。
「君。これは誰の評判が落ちるのかを理解していての行動かい?」
その脅しに、アレンは血の気が引いたような表情になった。半ば振り払うようにして、相手の手首を放す。
「行きましょう、ロザリンド様。此処にいても、貴族の匂いで気分を悪くされるだけです」
そうやって、わたしの手はユグミシット卿にたどりつく前に、アレンに引き取られた。
彼はすぐに第一騎士団の二人に背を向け、私を引っ張りつつ階段へと向かう。
「――失礼いたします。ユグミシット卿、ラグラス卿」
アレンはどんどん先に進んでいく。
第一騎士団の彼らに、わたしは最低限の挨拶だけ残して席を後にした。
***
人の疎らな皇都の街路。
わたしよりも土地勘のある彼は知ったように道を進み、此処でようやく足を止めた。
そして、開口一番。わたしを問いただす。
「何故、第二騎士団への謝罪を、彼ら――第一騎士団に求められたのですか」
「そこから聞かれていたのですね」
「ええ。ロザリンド様がされたことは無茶で無謀以外の何物でもありません」
アレンの声は低く、言葉遣いは崩れていないが語気が荒い。
彼は危険な行動を取ったわたしに腹を立てているようだった。
「それは………わたしは思ったのです。報復の過去があろうとも、皇国を守護する騎士同士が反目し合うこと、その影響を。あなたがたが忠誠を誓った皇帝陛下、皇太子殿下が許容されるとは思えません」
「……ええ、ロザリンド様がおっしゃる通り、第二騎士団と彼ら第一騎士団の関係が険悪なのは、紛れもない事実です。第二騎士団が忠誠を誓った皇太子殿下も心を痛められていると思います。ただ、そこまでこじれた関係は、こんな小競り合いの謝罪ひとつでは改善されません」
「しかし、謝罪ひとつできないようであれば、協力など夢のまた夢です」
「協力? 第二騎士団とあの貴族達が? どうしてそんなことをしなきゃいけないんですか。頼みごとをすれば真っ先に邪魔をしてくるような連中ですよ」
わたしから納得を引き出せないことに、しびれを切らしたアレンは詰め寄った。
「そんなことも理解できないくせに、貴女は騎士団のことを何も知らないじゃないか」
彼は空色の瞳を非難に染めて、無知なわたしへの糾弾を口にした。
その向けられた拒絶の言葉の冷たさは、心がかじかむように震えて、誰にとっても哀しいものだった。
黙りこくったわたしを、アレンはじっと見て、何か言いたげな様子だ。
「っロザリンド様、オレはそういうつもりじゃ……」
「大丈夫です、何も知らないのは百も承知のことです。だからわたしに友人として、皇都のこと、騎士団のこと、そしてあなたのことを教えてくださいますか」
赦しを得ようとしたあの騎士たちのように、わたしもアレンに頭を下げた。
マディル公爵から聞いていた騎士団にまつわる因縁……それだけの情報しか得られていないのに、問答無用で彼らは仲良くすべきだとわたしは決めつけていた。
彼らが折り合いを付けているところに、わたしが善いと思える理想を押し付けていた。
まさに独善。
それは赤髪の騎士――第一騎士団団長のユグミシット卿にも指摘されたことだ。
けれど、本当に皇国の秩序を守る騎士団がこのままで良いのだろうか。
少なくとも、第一騎士団の団長や団長補佐、第二騎士団のアレンも、心のどこかで今の状況が望ましくないと気付いているのに。
……まったく同じ独善を抱いているはずなのに。
「貴女に教えることなんて…………嫌だ。オレ達は悪魔の報復を引き起こした。貴族の仇だ。貴女に頭を下げられるよりも、拳を振り下ろされるべきだ。オレ達は貴女方に憎まれてしかるべき存在だ」
「アレン自身がそう思ったのですか?」
彼の断言に対して、そう問わずにはいられなかった。
貴族が第二騎士団に対して持つ認識と、ほぼ一致する弁明のない自らへの責め。それは自己嫌悪に苛まれるよう、誰かから刷り込まれたように思えたから。
アレンは首を振った。
「……いいえ。でも、オレ達は貴族から散々、そういう言葉を投げかけられてきました。彼らや彼女らが大切にしていた誰かの名前と一緒に。それで、多くの貴族達の仇なんだと、考えれば納得した……自分の家族や友人の安全と引き換えに、見ず知らずの人を酷い目に合わせてしまったんだ」
わたしは俯くアレンの両頬に手を添えて、こちらを向かせた。
「皇帝陛下の未来予知の加護でも知りえなかったことを、どうして責めることができますか」
陰の宿った空色の瞳に再び陽の光が射し込むように……。
わたしは願いながら言葉を紡ぐ。
「そんな方々の言葉を自戒以上に気に病む必要はありません。彼らや彼女らは、誰も責めることができないから、より弱い人に酷い言葉を投げつけて心の平穏を保とうとしている風上にも置けない方々です。だから、死力を尽くして戦ったあなた達は称賛こそがふさわしく、真に憎むべきは報復をした悪魔でしょう。先に戦争を仕掛けた悪魔でしょう?」
見下ろす彼の空色の瞳が幾ばくの瞬きをして、微笑みの形に結ばれる。
「……あぁ。そうやって、あいつらに簡単に言い返せれば良かった」
アレンの頬に添えたわたしの左手へ、彼の鍛えられた武骨な手のひらが触れる。
何と喩えるべき温かさか。
わたしに向けられている、その実直な感情に応えてみたくなる。
重ねられた彼の手に、身を任せて。
見返し、見返された瞳の中のわたしの表情を見て気付く。
近過ぎだ。
照れるような思いと、少しの焦りが今更ふつふつと首筋から這い上がってくる。
「っ……え、ええ、抵抗もせず、悪魔が皇国の内側まで侵入しても良かったのかと言い返してあげるべきです」
さっと引き抜いた左手を、わたしは後ろ手にして隠した。
だが、勢いのあまり、くるりと回って背を向ける格好になってしまった。
でも振り返って、このはしたない表情を見せるのは恥ずかしい。
妙なほてりを冷ますように、わたしは深呼吸をして、なるべく黙っていた。
「わかりました。どうして騎士団がいがみ合っているのか、ロザリンド様にお教えしましょう」
パッと驚いた表情になったわたしは振り返り、訊ねる。
「許していただけるのかしら……?」
アレンは頷いた。
「勿論ですよ。この話を他の人から聞かされるより、オレ自身の口から説明した方が、誤解されずに済むと……こほん、私は思います」
彼は片手で自らの髪を触り、ぎこちない笑みを浮かべた。
アレンはぽつりぽつりと、第一騎士団と第二騎士団が置かれている状況を話してくれた。
「第一騎士団は貴族ばかり、第二騎士団は辺境であくせく戦っていた傭兵ばかりで、どうせ最初から仲が悪かったと思います。けれど、それを決定的にしたのは、サンドレス伯爵の活躍と忠誠の主が違うことでした」
彼は息を継ぎ、こちらを見た。
わたしの理解度を確かめたいようだ。
一本、わたしは指を立てる。
「サンドレス伯爵の活躍は、つまり、ジキルライン防衛戦の結果、辺境伯領の喪失が回避されたことで、戦勝会の日に悪魔の報復が起こり、大勢の領地持ちの貴族が亡くなったことですね」
サンドレス伯爵の活躍は、マディル公爵との話題で出たから正しいはず。
わたしは二本目の指を立てて、「あれ?」と気付く。
「『忠誠の主が違う』……第一騎士団と第二騎士団はどちらもリヴウィル皇太子殿下に忠誠を誓っているのではないのですか?」
「残念ながら、第一騎士団と第二騎士団は別々の主に忠誠を誓っています。第二騎士団は、もちろんリヴウィル殿下に。第一騎士団は元皇太子の第一王子に……です」
驚く聴き手に対し、アレンはその感覚が正しいものだと肯定の言葉を付け足す。
「前代未聞のことだったようです。第一騎士団が忠誠を誓った後の日に、第一王子の皇位継承権が剝奪され、当時第三王子だったリヴウィル殿下が皇太子になられました。重大な出来事でありながら、皇帝陛下の預言にすら無かった出来事です」
「それは本来、預言されていた未来――辺境伯領の喪失が回避された所為で起こったかもしれない、ということですか」
「恐らくは」
ひとつの預言を回避した為に、預言に無かったはずの出来事が起きたのだ。
「忠誠を誓った主が皇太子の座を追われ、悪魔の報復によって家族も死んでしまった……彼らが我々を恨んでも仕方ありません」
ひとつだけでも争いの理由になる火薬がいくつもランタンの近くにある。
第一騎士団の団長ユグミシット卿が喩えたように、これが引火しない現状は可笑しく思えてもしようがない。
「不思議に思ったのですが、その割には第一騎士団で団長のユグミシット卿は冷静でしたね」
団長補佐の少年シァト・ラグラス卿は激情を露わにしていたが。
あの態度が第一騎士団の普通と考えると、騎士団を統率する立場であっても、ユグミシット卿の対応は生易しい。
侯爵家で悪魔の報復による直接の被害はなくとも、領内の直臣であった貴族は何人も亡くなられていたはずなのに。
「ユグミシット卿は……現在もですが、当時の皇太子に忠誠を誓っていません。確か十年前の儀礼の日は、何か事件で日程が合わなかったからだと聞いています。ですが、だからこそ団長に任命されたのでしょう」
「団長までもが恨みを抱いていれば、騎士団の対立は決定的になったでしょうね」
でも、実際はそうではないのだ。
ならば案外、団長が率先して手を取り合えば、第一騎士団と第二騎士団は歩み寄れるかもしれない……?
わたしにはそう思えたが、アレンは眉を寄せていた。
残念そうに、彼は逆接で話を続ける。
「しかしながら、第一騎士団の団長が彼である為に、問題が起こったのです。ロザリンド様は、ユグミシット侯爵領と辺境伯領の領境を流れる大河をご存じですか?」
「ええ。ヴァール大河でしょう? 十年前、辺境伯領の喪失という預言に際して、その領境の大河まで喪失してしまうことが危惧されていたのよね。それで、皇国議会の承認を得て、一時的に領境を動かし、辺境伯領側の岸辺を覆うようにしたと」
ユグミシット侯爵領と辺境伯領の間には、ちょうど大河が流れている。以前は、その大河の中央線が領境と両家の間で取り決めてられていたのだ。
だが、辺境伯領の喪失という皇帝陛下の預言によって事態は一変してしまう。
大河を中央線で割った向こう半分を奪われるというその預言は、侯爵領にとってみれば、物資の輸送を始め、河川漁業に危険が伴うことや、将来の沿岸部侵攻のリスクの予見である。是が非でも侯爵家は一時的な領境の移動を皇国議会に承認させる他なかったのだ。
一方、辺境伯領からすれば、その措置は実質、無条件の領土の割譲である。
結果、決められた期間とはいえ、当時の辺境伯領側の不満が、現在の対立に結びついてしまったのだろう。
……あれ、ちょっと待った。
一時的とは聞いていたけれど、十年経っても未だ、大河を含むように拡張された領境が元の大河の中央線に戻った話は耳にしたことがない。
「ロザリンド様が御察しのように、辺境伯家の領土から割譲された大河周辺の土地は、ユグミシット侯爵家から返還されておりません」
「それで起こった問題というのが、第二騎士団による第一騎士団団長への反発……」
「第二騎士団と呼ばれていても元はただの傭兵。雇い主の辺境伯家や辺境伯領に金銭の額以上の恩義はなかったはずでしたが……。流れ者でも、与えられた居場所が奪われるのは悔しい気持ちになるものです」
望郷の念が、アレンの少し苦しげな表情から透けてみえる。
そういえば、騎士を名乗っているが、第二騎士団に所属する以上、アレンも元は傭兵なのだ。
傭兵にならなければいけないほどの何かが、アレンの過去にあったのだろうか……?
「と、まあ、そんなところです。第一騎士団と第二騎士団の仲が険悪である理由は」
現在は、水と油のように相容れない第一騎士団と第二騎士団。
第一騎士団は、第二騎士団そのものが、親族の命や主君の皇太子の座を奪われる原因となったから。
第二騎士団は、第一騎士団団長がユグミシット侯爵家の者で、その侯爵領に辺境伯領の一部が割譲されたままであるから。
互いを敵視している。
……いつか、彼らの間を橋渡しできるものが見つけられれば良いのにと思う。
「ありがとう、アレン。わたし、よーく分かりました」
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涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
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