27 / 27
高校1年目
変化(2)
しおりを挟む
翌日、学校の授業が終わると足早に阿部が指定した学校裏の河川敷に向かうと、そこには阿部が黒い車の前に立っていて、こちらを見つけるなり軽く手を振っていた。
阿部の家系は駅前の高層マンションの最上階に阿部を住まわせるほどの資産家なのだが、それには似つかわしくない軽自動車が停まっていたのが、妙に俺の中で引っ掛かっていた。
阿部は無言で車のドアを開けて後部座席に乗り込み、俺もそれに続いて車の後部座席に乗り込んだ。
運転手の姿はちゃんと確認出来ないが、バックミラーの反射して見えた姿から結構な年配の白髪のアロハシャツ姿の男性だった。
「鬼頭、車を出して下さい。」
阿部がそう言うと、鬼頭は無言で頷くと車が走り出した。
俺はこのアロハシャツの鬼頭と言う運転手が気になっていて、阿部に要件を確認したいのだが他人に聞かれていると思う、話を切り出すのを躊躇していた。
車が走り出してから、数十秒間ぐらい間が空けて阿部が話を切り出してきた。
「では、登藤にやってもらいたいことの話をします。武田先生の外での活動を探ってる鬼頭から情報を貰ったんですよ。数カ月前から武田先生が登藤の家に出入りしてるようなんです。知ってました?」
急な情報量に俺は頭が混乱していた。
目の前で車を運転している鬼頭と言う男が武田先生を追っていて、阿部にそれを情報共有しているのもそうだが、俺の家に武田先生が出入りしているなんて知らなかった。
俺は何か想像を超えるようなことを言われるのも覚悟していたのだが、驚きのあまりすぐさま隣に座る阿部の顔を見たが、阿部は顔色も表情も変えずに真直ぐ正面を見ているのが妙に不気味だった。
本人にこれまで一度も聞いていないが、阿部が俺の前で笑う以外は表情を作っているのは何となくわかっていたが、阿部は表情をその場の雰囲気に合わせて器用に変えていた。
俺は何とも言えない雰囲気から、主題となる武田先生のことを避ける為にも、車を運転している鬼頭と言う男の素性を知らないので、まず、阿部にそのことについて尋ねた。
「その、鬼頭さんは何者なんだ?阿部にやとわれてる使用人って感じじゃないけど、信頼して良いのか?」
そう言うと阿部は顔を窓の外の方に向けて、顎を撫でながら外を景色を見ながら俺の問いに答えた。
「私の家系で雇っています。でも、私の専任ではなく少し遠い血縁者の専任です。鬼頭、理由は話せる内容ですか?」
そう言うと「お答えできません。」と短く、ハッキリと答え、俺の目とバックミラーに映る鬼頭の目があった。
しかし、阿部は鬼頭の答えが気に食わないらしく、鬼頭を針で突くように脅していた。
「別に良いですよ、私は鬼頭が秘密裏に探っていることがバレた失態、私は口が軽いですし、おしゃべりですからどこで口を滑らそうと関係ないですからね。」
阿部の言葉に鬼頭は落ち着きなく視線をバックミラーと正面を忙しなく動かし始め、肩を落ち着きなく動かし、数十秒後には我慢が出来なくなった鬼頭は阿部に許しを懇願を始めた。
「その、勘弁してください。私も言う通りに車を動かしているのです!言える事なら言いたいのです!」
目の前で数十年も歳の差がある大人が必死になっている状況の中、阿部はこちらに向くと俺の顔色を伺っていた。
鬼頭が武田先生を探っているその理由を聞くのか、それを俺に委ねたらしいが、俺としてはこんなことで他人の人生を滅茶苦茶にするのはどうかと思うところもあったので、阿部に向かって首を横に振って聞かない事を伝えた。
「良かったですね。登藤は寛大な心の持ち主で、話を戻しましょう。登藤にやってもらう事について。」
そう言うと阿部は、また窓の外に顔を向けた。
「ストレートに言います。登藤の家から出てきた武田先生に会って、家に来た理由を確認して頂きたいです。鬼頭や私が確認に行ったら怪しまれますが、登藤が行けば怪しまれません。登藤も自分の家に何故、武田先生が出入りしているのか知りたいと思いませんか?」
俺は腹の内では正直、面と向かって会うことはしたくなかった。
それは俺の腹の内にある、武田先生に対するドス黒い感情が込みあがってきて、不快でしかなかったからだ。
それでも、俺がするべきことは武田先生が何故、出入りしているのか確かめる事だと思ってもいた。
俺の家に来て、何をしているのか、そう思うと自然に拳を硬く握っていた。
「後10分ぐらいで家に着きますよ。私たちは外で様子を見ています。」
阿部はそう言いながら、正面を向いてバックミラーに写る鬼頭の方を見ながら思い出したように鬼頭に言った。
「鬼頭、貴方が取った写真は私に必ずデータで送信してください。もちろん全部です。今回はそれで手打ちとします。」
鬼頭は何かバックミラーで俺の方に視線を泳がして、俺を何とも言えない表情でこちらを見ていた。
それは今まで見たことない、苦虫を噛むような嫌な表情だった。
「はい。言われた通り、これまでの調査で撮った写真は全て渡します。」
鬼頭は諦めたように大袈裟に声を大きくして答え、阿部が言った条件を飲んだが、阿部から微かに焦燥似た必死さが雰囲気から感じていた。
阿部が親指と人差し指で顎を挟むように撫でながら外を眺めているだけで、一見はいつも通りに見えた。
しかし、窓に映ったその表情は眉間に皺が寄り、険しく、睨むような冷たい目をしていた。
車が俺の家の約10メートル手前に停車したので、俺は家に向かう為に車を降りようとするのだが、それを阿部が手を掴んで静止した。
「登藤、必ず接触するのは家を出てきた時にして下さい。待ってる間は車の後ろにでも身を隠しておいて、タイミングを見て接触して下さい。」
俺は阿部が急に細かく行動を指定してきたのと、俺自身も気が立っていた事もあり、静止されたことに苛立ちを感じていた。
普段ならこんな小さいことで突っかかる事も無かったが、無意識に阿部に理由を問いただしていた。
「なんでだ、家の中で会うのに何か問題があるのか?」
そう言うと、阿部が何とも言えない苦虫を嚙むような顔するのだが、そこで鬼頭さんが会話に割って入ってきた。
「もし、万が一があった場合を考えると外で会うのが賢明だとおもいます。」
鬼頭の言葉で冷静に思考が動きは始め、危険があるのか、ないのかと言うところを考えた場合、やはり万が一があるとは思いたくないが、想定する必要はあった。
阿部は俺の手を片手で掴みながら、器用にもう片方の手でスマホを操作して電話を掛け始めた。
「ああ、私です。現地に着きました。相手はまだ家の中ですか?ああ、そうですか。じゃあ、彼が配置に着きます。ええ、合図を教えておきます。終わったら連絡しますので、そこで待機してください。ええ、それじゃ後で。」
会話から阿部はどうやら鬼頭以外にも誰かを見張りを配置しているようで、武田先生が家にいることを確認して、電話で話していた合図を俺に伝えてきた。
「登藤、危なくなったら両手を頭の高さまで上げて下さい。それを合図に助けが入ります。」
そう言うと阿部は手を離したので、俺は後部座席からドアを開けると外に出た。
「登藤、気を付けてください。特に表情や声のトーンや言葉のチョイスで勘づかれるなんてことないように、相手にこちらが監視しているのを悟られるようなことになれば、面倒なことになります。」
阿部は後部座席のほんの少し空いたドアの隙間から顔をのぞかせながら言ってきた。
俺は小さく頷くと後部座席のドアを静かに閉めて車の後ろに隠れ、家の玄関を様子を覗いて武田先生を出てくるのを待った。
俺は頭の中で武田先生にどう声を掛ければ良いのか考えて、いくつか頭の中でシミュレーションを行っていた。
武田先生が聞かれて困るような話を、俺の中にある淀みの様で、火種のように燻っている悪意を悟られない様に、自然な言い回しを繰り返しシミュレーションをしていた。
どれくらいの時間が過ぎたのか、正確にはわかっていないが、指先が冷えてきた感じから恐らく数十分ぐらいだったろう。
俺の視界で玄関のドアが開くのが見えて、ドアが閉じたと同時に武田先生の姿が現れた瞬間、緊張とは違う胸の騒めきを感じていた。
俺は如何にも今ちょうど返ってきたような素振りで、車の陰から出ていくと武田先生と目が合ったタイミングで声を掛けた。
「先生、こんにちわ。今日はどうしたんですか。」
先生から数メートル離れた位置から声をかけると、足早に近づき、玄関前の塀の金属製の戸に寄りかかる様に両腕を置いて、邪魔になる様に戸の上に体重をかけて抑えるようにして、ここから逃げにくくする為の策だった。
俺の大柄の体型で無理矢理に寄り掛かろうとすると、腰を75度ぐらい前傾に曲げて、更に膝を曲げないと体勢が安定しなかった。
武田先生は一瞬だが視線は俺ではなく、全く違う方向に泳いでいて、明らかに不意な予想外の遭遇に気不味そうな感じでだった。
「よう、今日は学校から生徒の家庭訪問でね、特別にアルバイトを許可している事もあってだな、その後の経過を確認しなくちゃならないんだ。」
武田先生は笑顔でそう答えたが、俺の勘違いかも知れないが笑った目はこちらを睨んでいた。
戸に寄り掛かっていた、俺の顔が低い位置にあるからなのか、それは見下すような攻撃的で嫌な目つきだった。
俺も無意識に攻撃的な言葉を出来るだけ静かに先生に投げていた。
「じゃあ、先生から見て、経過は良い方向に進んでいると思いますか?」
そう言うと武田先生から笑みは消え、一瞬、唇がへの字に曲がるほどに強く噤むと唸るだけだったので、俺はここで追い打ちとばかりに言葉を投げつける。
「あんまり、芳しくない事はわかりました。今日は母さんとどんな話をしたんです?」
ほんの数秒だが、武田先生は何か視線を泳がして下唇を歯で軽く噛むような口の動きの後、俺の質問に答えた。
「それは、君と両親で良く話せば良いと思うんだ。私は教師で家庭のプライバシーにおいそれと踏み込む訳にはいかないんだよ。」
武田先生が俺の質問に対して答えを濁した言葉に、俺は違和感を感じていた。
俺と先生が接触する数分前、本当に母さんと話をしていたのなら具体的な話した内容が断片的に出てくるはずで、例えば、お前の事を褒めていた、バイトの帰りが遅いから心配だ、勉強についていけてるか不安等、話した内容が具体的な部分が出てくるべきだった。
その他にも、家庭的な理由でアルバイトの許可を出しているのだから、その経過を確認していると言いつつ、数秒後にはそれに踏み込むべきではないと滅茶苦茶な事を言ったことを俺は聞き逃さなかった。
武田先生が何のために俺の家に何度も足を運ぶのか、家に来て何を聞きに来ているのか、この疑問については俺はこの場では考えるのを止め、出来る限り情報を集める為に質問を続けた。
「そう言えば、先生って結構な頻度で家に来てたりするんですか?夏の終わりごろでしたっけ?その時もこんな感じで玄関でばったり会ったとおもうんですが、数カ月に一度ぐらいで来てたりしてるんですか?」
俺の質問の連続に武田先生は苦笑いをこぼした、先生はここから逃げたいのだろうか、体がゆっくりと左右に揺れだし落ち着きがなくなっていた。
俺が先生に対して、訪問頻度を確認したのには理由があり、先生が家を訪問していた事に対して嘘をついて隠したいのか、そうではないのかと言うところを探りたかった。
ここで嘘をつくなら訪問については後ろめたい理由がある可能性があり、嘘をつかないなら知られても問題ないと言う自信があると言うことだ。
「そうだな、数カ月に一度とか細かくは決まってないが、一ヶ月に一度ぐらいで訪問させて貰っている。そうだ、今度は来る時は登藤も参加したらどうだ。」
武田先生は嘘をついてまで、俺の家を結構な頻度で訪問している事を隠そうとしていた。
先ほど車で阿部が言ってた話では結構な頻度で訪れていると言う話で、未確認だが証拠の写真もあるのはわかっていた。
「そしたら、俺から母さんに伝えておきますので、今度、家に来る日が決まったら連絡下さい。」
俺がそう言うと武田先生が戸に手をかけると、押して開けようとしたので、俺が力を込めて戸を抑えて先生を引き留めた。
「武田先生、もう少し話をしませんか。もう一つだけ聞きたいことがあるんですよ。」
武田先生は眉毛が八の字にして困ったような顔をしていたが、門を開けようとする力が徐々に強くなってくるのがわかった。
「先生はこの後、学校に戻らないといけないんだ、スマンが、話はまた今度だ。」
ここで変に無理矢理に引き留めると違和感を持たれる、そう思うとそろそろ潮時だと思い、戸を抑えるのを止めた途端、戸を開けようとして押していた武田先生が転びはしなかったが、バランスを崩しながらも勢いよ良く道路に三歩踏み出して止まった。
「じゃあな、この後、バイトなんだろ。頑張れよ。」
こちらを振り返ることなく、武田先生は足早に逃げるように学校に向かって歩く後ろ姿を俺は眺めていたが、何とも言えない胸の騒めきを感じていた。
翌日、俺は阿部の家で昨日の武田先生の事で阿部と話をしていた。
阿部は俺の話を聞きながら、タブレットにメモを書き込み、唇を舐め回し深い思考の海を潜っている様だった。
「参考に聞きますが、登藤、貴方は武田先生が何を目的だったのかわかりますか?」
阿部は話が終わるタイミングで俺に尋ねてきた。
俺は正直、武田先生の目的が想像がついていないが、俺の家に通わないといけない理由があるんじゃないかと推測で仮説を話した。
「俺の行動パターンを探っていたんじゃないか?例えば、俺のアルバイトの予定を知りたかったとか、俺が普通にアルバイトに行っている日と、お前に頼まれて仕事をやってる日、それを探っていたとか。」
俺の頭に浮かんだのは、武田先生が俺の弱みを握る為に行動を探っているって言う仮説だった。
証拠は無いが、武田先生が俺のスマホを盗み出した理由を考えれば、俺の家に来て探りたかったことはこの辺じゃないのかと思っていた。
それを聞いた阿部は何となく、タブレットのメモを見返しながらその可能性を否定してきた。
「私が思うに登藤のアルバイトの予定は既に割られているかもしれませんね。武田先生は帰る際に登藤がこの後アルバイトに行くことを知っていて、口に出しています。それに登藤の家に行かなくても調べる方法はいくらでもあります。例えば、働いている先に直接、自分の身分を明かして話をすれば怪しまれずに入手することも出来ますし、登藤に直接理由をつけて出させることも可能です。」
阿部は俺に見えるように顔の高さまでタブレットを持ち上げ、メモを指してその発言があった事を示した。
阿部の指摘通り、俺のアルバイトの予定の為ではないと言う言い分はわかるが、何度も俺の家に足を運ぶのかと理由がわからなかった。
「阿部、写真だといつぐらいから、俺の家に足を運んでいたかわかったのか?」
そう言うと、阿部はタブレットに写真のリストを表示してから俺に手渡してきたので、俺はそのタブレットを指で操作して一番古い写真を確認すると、今年の九月頃の中頃の日付だった。
「九月から毎月四回程度です。私も訪問回数が多すぎると思うんですよ。」
俺は阿部の言葉を聞きながら写真を見ていると、腹の中に黒い渦の様な溶岩に似た感情が湧き上がっていた。
それは不快と嫌悪と怒りが混じり合い、腹の奥が燃えている様だった。
急に手に持っていたタブレットを阿部が取り上げると、何か気付いたようにメモに何か書き始めた。
「そう言えば、登藤は武田先生が訪問していることについて、自身のお母さんには確認を取ったんですよね。でも、武田先生はそんなに何度も来ていないと言われたんですよね。」
阿部が俺に聞いているのは、俺の家に武田先生が何度も足を運んでいるなら、母さんにそのことを確認を取ったのかと言う事だった。
武田先生と別れた後は、アルバイトに間に合わなくなる為、急いで仕度をして家を出たので聞けなかった。
アルバイトが終わり、家に帰ってから母さんにそのことについて尋ねたら、昨日、偶々に家に来ただけだと答えられた。
「落ち着いて聞いてください。恐らく貴方のお母さんは嘘をついている可能性があります。事実、証拠として武田先生が家に来ている写真があります。これを見せて本当の事を聞いても良いですが、それが良い結果を生むかわかりません。」
確かに、阿部の言う通りに母さんが嘘をついているのは事実で、俺にはその事実を覆すことが出来なかった。
しかし、それを受け入れるのを拒んでいて、身内を疑うことなんてしたくなかったが、事実を確認しないと真実を知る事も嘘の理由も知る事が出来ないとわかっていた。
それでも、俺は家族とこれまでの頑張りを信じたかったが、信じたいと思う程に心が締め付けられていた。
「登藤、こういう時は他のところから当たるのが吉です。例えば、武田先生の周り、大島さんとかどうですかね。彼女の行動を探ったらどうですか?」
阿部の言葉に無性に苛立ちを感じていたのは、何も武田先生の行動や目的を掴むことが出来ていない焦りもあったが、それより俺の家族の周りで不審な動きをしている武田先生を止めることが出来ないと言う自身の無力さで、阿部が決して役に立っていないとは思っていなかった。
でも、俺が感じるこの腹の底に渦巻く煮えたぎる感情を何処にどうすれば良いのかわからなかった。
「阿部、じゃあ、どうすれば良い。俺は何も出来ないで指を咥えて黙って、好きなだけ家に出入りさせておけって言うのかよ!」
わかっていても、感情を抑えられずに声を荒げていた。
それに対して阿部は表情を崩さず、それでいてしっかりと瞳を見つめて諭すように俺に語り掛けた。
「腸が煮えくりかえるような気持ちはわかります。でも、安易な行動で破滅する事を考えれば、今は静かに耐えなくてならないです。実際、相手も手詰まりだからこそ、登藤の家に足を運んでいるじゃないでしょうか。」
阿部の言いたいことが十分理解していたが、簡単に俺の中の感情を抑え込むなんて出来ない事も阿部はわかっていた。
阿部はしっかりとここで新たな手を俺に提案してきた。
「まず、登藤の家で何が起こっているのか会話を録音しましょう。出来れば、四ヵ所でリビング、キッチン、玄関、固定電話で御願いします。物は今週中に用意しておきますので、連絡するので取りに来てください。会話が録音できれば、何かわかるかも知れません。もう一つあるなら、スマホの中を見れれば間違いなく何かわかります。」
俺は阿部の提案を聞いて、現状を打開する未来が微かに見えた事で少し感情が落ち着いてきたが、俺は完全に阿部の不審な点を見落としていた。
それは阿部が俺に対する対応が非常に用意周到で、これから起こる事、今起こっていること、情報と言う無数の点を線で繋げて、全て見通していたのを俺が気付いたのは全てが終わった後だった。
「それに、鬼頭が武田先生を探っているので、私たちが他の事に手をつければ良いと思うんです。」
その言葉で俺は鬼頭さんが武田先生をなんで探っているのか、その理由を知っておきたいと言う思いがあって尋ねてみた。
昨日の車の中では、鬼頭さんは阿部の為ではなく、他の誰かに頼まれて武田先生を探っているような会話内容を思い出して、別の目的で動いている鬼頭さんが俺に害を与えないとは限らなかったからだ。
「鬼頭さんは何が目的で武田先生を探っているんだ?」
そう言うと阿部は、タブレットをテーブルに置くと立ち上がり、飲み物を取りに行くようだったが、キッチンの方に向かいながらこちらに聞こえるように声で話を始めた。
「簡潔に言うと、武田先生を学校から追放する為の証拠を抑える。それが鬼頭の目的です。」
俺は驚いて、阿部の方に視線を向けるとキッチンからコップと大きめの紙パックを持って戻ってくる阿部の方に視線を向けた。
阿部はテーブルに俺と自身のコップを置くとジュースを注ぎながら話を続けた。
「まず、学校の校長は私の遠い親戚、鬼頭に指示を出しているのも校長、私から見たら叔父にあたります。そもそも、武田先生は叔父と同じ大学の後輩で、自分が校長として働いてるところに教師として雇用するなんて、とても仲が良かったようですね。しかし、校長と仲が良いことに理由に色々と好き勝手してたようで見限られたと言う感じですね。」
阿部の話が本当なら武田先生はもう遅かれ早かれ終わりだと思うと、腹の底の熱が呼吸をするたびに抜けていくのを感じられたが、どうしても一つ気になった点を阿部に尋ねた。
「鬼頭さんは証拠を抑えられていないだろ。」
そう言うと阿部は、ゆっくり頷くとジュースを一口飲んだ。
「なかなか尻尾を捕まえられないようです。恥ずかしい話ですが、叔父は武田先生の起こした問題を二度か三度ぐらい揉み消したらしいです。それゆえに、叔父は事を大きくしたくないようです。」
阿部の遠い親戚の叔父が学校の校長だったと言う事も驚きだが、阿部が自身の親戚が隠してきた悪事を知る事になった阿部の心中を考えると、どう言葉をかければ良いかわからなかった。
「私の心配は不要です。私自身は家系の中では存在しない者と扱われているので、叔父がどうなろうと知った事ではありません。叔父には社会的に消えて貰いたいとも思っているところがあります。登藤、私が言いたいことがわかりますか?」
阿部と眼が合ったが、その瞬間、直感的に阿部が何をしたいのか、電撃が走るような速さで感じ取った。
俺はその事について、阿部の頭が可笑しいとか、俺の頭が可笑しいとか、色々思う事があったが、理性的な考えでブレーキがかかるような内容を、俺は言葉として口にしていた。
「誰よりも先に秘密を握って、それを社会的に大事にして阿部の叔父も武田先生も社会的に殺す。」
阿部はあの独特な笑い方をしながら、一度、右手で膝を叩くと俺を人差し指で指しながらながらこう言った。
「正解、登藤は話が早くて助かりますよ。」
こうして、俺と阿部は切っても切れない仲になっていた。
いや、もっと前からそう言う仲だったかもしれないが、俺はそれを認めたくなかった。
もう認めるしかない、それを否定する気持ちが無くなってしまった俺は、阿部の提案を突っぱねる理性も良心も持ち合わせていなかった。
阿部の家系は駅前の高層マンションの最上階に阿部を住まわせるほどの資産家なのだが、それには似つかわしくない軽自動車が停まっていたのが、妙に俺の中で引っ掛かっていた。
阿部は無言で車のドアを開けて後部座席に乗り込み、俺もそれに続いて車の後部座席に乗り込んだ。
運転手の姿はちゃんと確認出来ないが、バックミラーの反射して見えた姿から結構な年配の白髪のアロハシャツ姿の男性だった。
「鬼頭、車を出して下さい。」
阿部がそう言うと、鬼頭は無言で頷くと車が走り出した。
俺はこのアロハシャツの鬼頭と言う運転手が気になっていて、阿部に要件を確認したいのだが他人に聞かれていると思う、話を切り出すのを躊躇していた。
車が走り出してから、数十秒間ぐらい間が空けて阿部が話を切り出してきた。
「では、登藤にやってもらいたいことの話をします。武田先生の外での活動を探ってる鬼頭から情報を貰ったんですよ。数カ月前から武田先生が登藤の家に出入りしてるようなんです。知ってました?」
急な情報量に俺は頭が混乱していた。
目の前で車を運転している鬼頭と言う男が武田先生を追っていて、阿部にそれを情報共有しているのもそうだが、俺の家に武田先生が出入りしているなんて知らなかった。
俺は何か想像を超えるようなことを言われるのも覚悟していたのだが、驚きのあまりすぐさま隣に座る阿部の顔を見たが、阿部は顔色も表情も変えずに真直ぐ正面を見ているのが妙に不気味だった。
本人にこれまで一度も聞いていないが、阿部が俺の前で笑う以外は表情を作っているのは何となくわかっていたが、阿部は表情をその場の雰囲気に合わせて器用に変えていた。
俺は何とも言えない雰囲気から、主題となる武田先生のことを避ける為にも、車を運転している鬼頭と言う男の素性を知らないので、まず、阿部にそのことについて尋ねた。
「その、鬼頭さんは何者なんだ?阿部にやとわれてる使用人って感じじゃないけど、信頼して良いのか?」
そう言うと阿部は顔を窓の外の方に向けて、顎を撫でながら外を景色を見ながら俺の問いに答えた。
「私の家系で雇っています。でも、私の専任ではなく少し遠い血縁者の専任です。鬼頭、理由は話せる内容ですか?」
そう言うと「お答えできません。」と短く、ハッキリと答え、俺の目とバックミラーに映る鬼頭の目があった。
しかし、阿部は鬼頭の答えが気に食わないらしく、鬼頭を針で突くように脅していた。
「別に良いですよ、私は鬼頭が秘密裏に探っていることがバレた失態、私は口が軽いですし、おしゃべりですからどこで口を滑らそうと関係ないですからね。」
阿部の言葉に鬼頭は落ち着きなく視線をバックミラーと正面を忙しなく動かし始め、肩を落ち着きなく動かし、数十秒後には我慢が出来なくなった鬼頭は阿部に許しを懇願を始めた。
「その、勘弁してください。私も言う通りに車を動かしているのです!言える事なら言いたいのです!」
目の前で数十年も歳の差がある大人が必死になっている状況の中、阿部はこちらに向くと俺の顔色を伺っていた。
鬼頭が武田先生を探っているその理由を聞くのか、それを俺に委ねたらしいが、俺としてはこんなことで他人の人生を滅茶苦茶にするのはどうかと思うところもあったので、阿部に向かって首を横に振って聞かない事を伝えた。
「良かったですね。登藤は寛大な心の持ち主で、話を戻しましょう。登藤にやってもらう事について。」
そう言うと阿部は、また窓の外に顔を向けた。
「ストレートに言います。登藤の家から出てきた武田先生に会って、家に来た理由を確認して頂きたいです。鬼頭や私が確認に行ったら怪しまれますが、登藤が行けば怪しまれません。登藤も自分の家に何故、武田先生が出入りしているのか知りたいと思いませんか?」
俺は腹の内では正直、面と向かって会うことはしたくなかった。
それは俺の腹の内にある、武田先生に対するドス黒い感情が込みあがってきて、不快でしかなかったからだ。
それでも、俺がするべきことは武田先生が何故、出入りしているのか確かめる事だと思ってもいた。
俺の家に来て、何をしているのか、そう思うと自然に拳を硬く握っていた。
「後10分ぐらいで家に着きますよ。私たちは外で様子を見ています。」
阿部はそう言いながら、正面を向いてバックミラーに写る鬼頭の方を見ながら思い出したように鬼頭に言った。
「鬼頭、貴方が取った写真は私に必ずデータで送信してください。もちろん全部です。今回はそれで手打ちとします。」
鬼頭は何かバックミラーで俺の方に視線を泳がして、俺を何とも言えない表情でこちらを見ていた。
それは今まで見たことない、苦虫を噛むような嫌な表情だった。
「はい。言われた通り、これまでの調査で撮った写真は全て渡します。」
鬼頭は諦めたように大袈裟に声を大きくして答え、阿部が言った条件を飲んだが、阿部から微かに焦燥似た必死さが雰囲気から感じていた。
阿部が親指と人差し指で顎を挟むように撫でながら外を眺めているだけで、一見はいつも通りに見えた。
しかし、窓に映ったその表情は眉間に皺が寄り、険しく、睨むような冷たい目をしていた。
車が俺の家の約10メートル手前に停車したので、俺は家に向かう為に車を降りようとするのだが、それを阿部が手を掴んで静止した。
「登藤、必ず接触するのは家を出てきた時にして下さい。待ってる間は車の後ろにでも身を隠しておいて、タイミングを見て接触して下さい。」
俺は阿部が急に細かく行動を指定してきたのと、俺自身も気が立っていた事もあり、静止されたことに苛立ちを感じていた。
普段ならこんな小さいことで突っかかる事も無かったが、無意識に阿部に理由を問いただしていた。
「なんでだ、家の中で会うのに何か問題があるのか?」
そう言うと、阿部が何とも言えない苦虫を嚙むような顔するのだが、そこで鬼頭さんが会話に割って入ってきた。
「もし、万が一があった場合を考えると外で会うのが賢明だとおもいます。」
鬼頭の言葉で冷静に思考が動きは始め、危険があるのか、ないのかと言うところを考えた場合、やはり万が一があるとは思いたくないが、想定する必要はあった。
阿部は俺の手を片手で掴みながら、器用にもう片方の手でスマホを操作して電話を掛け始めた。
「ああ、私です。現地に着きました。相手はまだ家の中ですか?ああ、そうですか。じゃあ、彼が配置に着きます。ええ、合図を教えておきます。終わったら連絡しますので、そこで待機してください。ええ、それじゃ後で。」
会話から阿部はどうやら鬼頭以外にも誰かを見張りを配置しているようで、武田先生が家にいることを確認して、電話で話していた合図を俺に伝えてきた。
「登藤、危なくなったら両手を頭の高さまで上げて下さい。それを合図に助けが入ります。」
そう言うと阿部は手を離したので、俺は後部座席からドアを開けると外に出た。
「登藤、気を付けてください。特に表情や声のトーンや言葉のチョイスで勘づかれるなんてことないように、相手にこちらが監視しているのを悟られるようなことになれば、面倒なことになります。」
阿部は後部座席のほんの少し空いたドアの隙間から顔をのぞかせながら言ってきた。
俺は小さく頷くと後部座席のドアを静かに閉めて車の後ろに隠れ、家の玄関を様子を覗いて武田先生を出てくるのを待った。
俺は頭の中で武田先生にどう声を掛ければ良いのか考えて、いくつか頭の中でシミュレーションを行っていた。
武田先生が聞かれて困るような話を、俺の中にある淀みの様で、火種のように燻っている悪意を悟られない様に、自然な言い回しを繰り返しシミュレーションをしていた。
どれくらいの時間が過ぎたのか、正確にはわかっていないが、指先が冷えてきた感じから恐らく数十分ぐらいだったろう。
俺の視界で玄関のドアが開くのが見えて、ドアが閉じたと同時に武田先生の姿が現れた瞬間、緊張とは違う胸の騒めきを感じていた。
俺は如何にも今ちょうど返ってきたような素振りで、車の陰から出ていくと武田先生と目が合ったタイミングで声を掛けた。
「先生、こんにちわ。今日はどうしたんですか。」
先生から数メートル離れた位置から声をかけると、足早に近づき、玄関前の塀の金属製の戸に寄りかかる様に両腕を置いて、邪魔になる様に戸の上に体重をかけて抑えるようにして、ここから逃げにくくする為の策だった。
俺の大柄の体型で無理矢理に寄り掛かろうとすると、腰を75度ぐらい前傾に曲げて、更に膝を曲げないと体勢が安定しなかった。
武田先生は一瞬だが視線は俺ではなく、全く違う方向に泳いでいて、明らかに不意な予想外の遭遇に気不味そうな感じでだった。
「よう、今日は学校から生徒の家庭訪問でね、特別にアルバイトを許可している事もあってだな、その後の経過を確認しなくちゃならないんだ。」
武田先生は笑顔でそう答えたが、俺の勘違いかも知れないが笑った目はこちらを睨んでいた。
戸に寄り掛かっていた、俺の顔が低い位置にあるからなのか、それは見下すような攻撃的で嫌な目つきだった。
俺も無意識に攻撃的な言葉を出来るだけ静かに先生に投げていた。
「じゃあ、先生から見て、経過は良い方向に進んでいると思いますか?」
そう言うと武田先生から笑みは消え、一瞬、唇がへの字に曲がるほどに強く噤むと唸るだけだったので、俺はここで追い打ちとばかりに言葉を投げつける。
「あんまり、芳しくない事はわかりました。今日は母さんとどんな話をしたんです?」
ほんの数秒だが、武田先生は何か視線を泳がして下唇を歯で軽く噛むような口の動きの後、俺の質問に答えた。
「それは、君と両親で良く話せば良いと思うんだ。私は教師で家庭のプライバシーにおいそれと踏み込む訳にはいかないんだよ。」
武田先生が俺の質問に対して答えを濁した言葉に、俺は違和感を感じていた。
俺と先生が接触する数分前、本当に母さんと話をしていたのなら具体的な話した内容が断片的に出てくるはずで、例えば、お前の事を褒めていた、バイトの帰りが遅いから心配だ、勉強についていけてるか不安等、話した内容が具体的な部分が出てくるべきだった。
その他にも、家庭的な理由でアルバイトの許可を出しているのだから、その経過を確認していると言いつつ、数秒後にはそれに踏み込むべきではないと滅茶苦茶な事を言ったことを俺は聞き逃さなかった。
武田先生が何のために俺の家に何度も足を運ぶのか、家に来て何を聞きに来ているのか、この疑問については俺はこの場では考えるのを止め、出来る限り情報を集める為に質問を続けた。
「そう言えば、先生って結構な頻度で家に来てたりするんですか?夏の終わりごろでしたっけ?その時もこんな感じで玄関でばったり会ったとおもうんですが、数カ月に一度ぐらいで来てたりしてるんですか?」
俺の質問の連続に武田先生は苦笑いをこぼした、先生はここから逃げたいのだろうか、体がゆっくりと左右に揺れだし落ち着きがなくなっていた。
俺が先生に対して、訪問頻度を確認したのには理由があり、先生が家を訪問していた事に対して嘘をついて隠したいのか、そうではないのかと言うところを探りたかった。
ここで嘘をつくなら訪問については後ろめたい理由がある可能性があり、嘘をつかないなら知られても問題ないと言う自信があると言うことだ。
「そうだな、数カ月に一度とか細かくは決まってないが、一ヶ月に一度ぐらいで訪問させて貰っている。そうだ、今度は来る時は登藤も参加したらどうだ。」
武田先生は嘘をついてまで、俺の家を結構な頻度で訪問している事を隠そうとしていた。
先ほど車で阿部が言ってた話では結構な頻度で訪れていると言う話で、未確認だが証拠の写真もあるのはわかっていた。
「そしたら、俺から母さんに伝えておきますので、今度、家に来る日が決まったら連絡下さい。」
俺がそう言うと武田先生が戸に手をかけると、押して開けようとしたので、俺が力を込めて戸を抑えて先生を引き留めた。
「武田先生、もう少し話をしませんか。もう一つだけ聞きたいことがあるんですよ。」
武田先生は眉毛が八の字にして困ったような顔をしていたが、門を開けようとする力が徐々に強くなってくるのがわかった。
「先生はこの後、学校に戻らないといけないんだ、スマンが、話はまた今度だ。」
ここで変に無理矢理に引き留めると違和感を持たれる、そう思うとそろそろ潮時だと思い、戸を抑えるのを止めた途端、戸を開けようとして押していた武田先生が転びはしなかったが、バランスを崩しながらも勢いよ良く道路に三歩踏み出して止まった。
「じゃあな、この後、バイトなんだろ。頑張れよ。」
こちらを振り返ることなく、武田先生は足早に逃げるように学校に向かって歩く後ろ姿を俺は眺めていたが、何とも言えない胸の騒めきを感じていた。
翌日、俺は阿部の家で昨日の武田先生の事で阿部と話をしていた。
阿部は俺の話を聞きながら、タブレットにメモを書き込み、唇を舐め回し深い思考の海を潜っている様だった。
「参考に聞きますが、登藤、貴方は武田先生が何を目的だったのかわかりますか?」
阿部は話が終わるタイミングで俺に尋ねてきた。
俺は正直、武田先生の目的が想像がついていないが、俺の家に通わないといけない理由があるんじゃないかと推測で仮説を話した。
「俺の行動パターンを探っていたんじゃないか?例えば、俺のアルバイトの予定を知りたかったとか、俺が普通にアルバイトに行っている日と、お前に頼まれて仕事をやってる日、それを探っていたとか。」
俺の頭に浮かんだのは、武田先生が俺の弱みを握る為に行動を探っているって言う仮説だった。
証拠は無いが、武田先生が俺のスマホを盗み出した理由を考えれば、俺の家に来て探りたかったことはこの辺じゃないのかと思っていた。
それを聞いた阿部は何となく、タブレットのメモを見返しながらその可能性を否定してきた。
「私が思うに登藤のアルバイトの予定は既に割られているかもしれませんね。武田先生は帰る際に登藤がこの後アルバイトに行くことを知っていて、口に出しています。それに登藤の家に行かなくても調べる方法はいくらでもあります。例えば、働いている先に直接、自分の身分を明かして話をすれば怪しまれずに入手することも出来ますし、登藤に直接理由をつけて出させることも可能です。」
阿部は俺に見えるように顔の高さまでタブレットを持ち上げ、メモを指してその発言があった事を示した。
阿部の指摘通り、俺のアルバイトの予定の為ではないと言う言い分はわかるが、何度も俺の家に足を運ぶのかと理由がわからなかった。
「阿部、写真だといつぐらいから、俺の家に足を運んでいたかわかったのか?」
そう言うと、阿部はタブレットに写真のリストを表示してから俺に手渡してきたので、俺はそのタブレットを指で操作して一番古い写真を確認すると、今年の九月頃の中頃の日付だった。
「九月から毎月四回程度です。私も訪問回数が多すぎると思うんですよ。」
俺は阿部の言葉を聞きながら写真を見ていると、腹の中に黒い渦の様な溶岩に似た感情が湧き上がっていた。
それは不快と嫌悪と怒りが混じり合い、腹の奥が燃えている様だった。
急に手に持っていたタブレットを阿部が取り上げると、何か気付いたようにメモに何か書き始めた。
「そう言えば、登藤は武田先生が訪問していることについて、自身のお母さんには確認を取ったんですよね。でも、武田先生はそんなに何度も来ていないと言われたんですよね。」
阿部が俺に聞いているのは、俺の家に武田先生が何度も足を運んでいるなら、母さんにそのことを確認を取ったのかと言う事だった。
武田先生と別れた後は、アルバイトに間に合わなくなる為、急いで仕度をして家を出たので聞けなかった。
アルバイトが終わり、家に帰ってから母さんにそのことについて尋ねたら、昨日、偶々に家に来ただけだと答えられた。
「落ち着いて聞いてください。恐らく貴方のお母さんは嘘をついている可能性があります。事実、証拠として武田先生が家に来ている写真があります。これを見せて本当の事を聞いても良いですが、それが良い結果を生むかわかりません。」
確かに、阿部の言う通りに母さんが嘘をついているのは事実で、俺にはその事実を覆すことが出来なかった。
しかし、それを受け入れるのを拒んでいて、身内を疑うことなんてしたくなかったが、事実を確認しないと真実を知る事も嘘の理由も知る事が出来ないとわかっていた。
それでも、俺は家族とこれまでの頑張りを信じたかったが、信じたいと思う程に心が締め付けられていた。
「登藤、こういう時は他のところから当たるのが吉です。例えば、武田先生の周り、大島さんとかどうですかね。彼女の行動を探ったらどうですか?」
阿部の言葉に無性に苛立ちを感じていたのは、何も武田先生の行動や目的を掴むことが出来ていない焦りもあったが、それより俺の家族の周りで不審な動きをしている武田先生を止めることが出来ないと言う自身の無力さで、阿部が決して役に立っていないとは思っていなかった。
でも、俺が感じるこの腹の底に渦巻く煮えたぎる感情を何処にどうすれば良いのかわからなかった。
「阿部、じゃあ、どうすれば良い。俺は何も出来ないで指を咥えて黙って、好きなだけ家に出入りさせておけって言うのかよ!」
わかっていても、感情を抑えられずに声を荒げていた。
それに対して阿部は表情を崩さず、それでいてしっかりと瞳を見つめて諭すように俺に語り掛けた。
「腸が煮えくりかえるような気持ちはわかります。でも、安易な行動で破滅する事を考えれば、今は静かに耐えなくてならないです。実際、相手も手詰まりだからこそ、登藤の家に足を運んでいるじゃないでしょうか。」
阿部の言いたいことが十分理解していたが、簡単に俺の中の感情を抑え込むなんて出来ない事も阿部はわかっていた。
阿部はしっかりとここで新たな手を俺に提案してきた。
「まず、登藤の家で何が起こっているのか会話を録音しましょう。出来れば、四ヵ所でリビング、キッチン、玄関、固定電話で御願いします。物は今週中に用意しておきますので、連絡するので取りに来てください。会話が録音できれば、何かわかるかも知れません。もう一つあるなら、スマホの中を見れれば間違いなく何かわかります。」
俺は阿部の提案を聞いて、現状を打開する未来が微かに見えた事で少し感情が落ち着いてきたが、俺は完全に阿部の不審な点を見落としていた。
それは阿部が俺に対する対応が非常に用意周到で、これから起こる事、今起こっていること、情報と言う無数の点を線で繋げて、全て見通していたのを俺が気付いたのは全てが終わった後だった。
「それに、鬼頭が武田先生を探っているので、私たちが他の事に手をつければ良いと思うんです。」
その言葉で俺は鬼頭さんが武田先生をなんで探っているのか、その理由を知っておきたいと言う思いがあって尋ねてみた。
昨日の車の中では、鬼頭さんは阿部の為ではなく、他の誰かに頼まれて武田先生を探っているような会話内容を思い出して、別の目的で動いている鬼頭さんが俺に害を与えないとは限らなかったからだ。
「鬼頭さんは何が目的で武田先生を探っているんだ?」
そう言うと阿部は、タブレットをテーブルに置くと立ち上がり、飲み物を取りに行くようだったが、キッチンの方に向かいながらこちらに聞こえるように声で話を始めた。
「簡潔に言うと、武田先生を学校から追放する為の証拠を抑える。それが鬼頭の目的です。」
俺は驚いて、阿部の方に視線を向けるとキッチンからコップと大きめの紙パックを持って戻ってくる阿部の方に視線を向けた。
阿部はテーブルに俺と自身のコップを置くとジュースを注ぎながら話を続けた。
「まず、学校の校長は私の遠い親戚、鬼頭に指示を出しているのも校長、私から見たら叔父にあたります。そもそも、武田先生は叔父と同じ大学の後輩で、自分が校長として働いてるところに教師として雇用するなんて、とても仲が良かったようですね。しかし、校長と仲が良いことに理由に色々と好き勝手してたようで見限られたと言う感じですね。」
阿部の話が本当なら武田先生はもう遅かれ早かれ終わりだと思うと、腹の底の熱が呼吸をするたびに抜けていくのを感じられたが、どうしても一つ気になった点を阿部に尋ねた。
「鬼頭さんは証拠を抑えられていないだろ。」
そう言うと阿部は、ゆっくり頷くとジュースを一口飲んだ。
「なかなか尻尾を捕まえられないようです。恥ずかしい話ですが、叔父は武田先生の起こした問題を二度か三度ぐらい揉み消したらしいです。それゆえに、叔父は事を大きくしたくないようです。」
阿部の遠い親戚の叔父が学校の校長だったと言う事も驚きだが、阿部が自身の親戚が隠してきた悪事を知る事になった阿部の心中を考えると、どう言葉をかければ良いかわからなかった。
「私の心配は不要です。私自身は家系の中では存在しない者と扱われているので、叔父がどうなろうと知った事ではありません。叔父には社会的に消えて貰いたいとも思っているところがあります。登藤、私が言いたいことがわかりますか?」
阿部と眼が合ったが、その瞬間、直感的に阿部が何をしたいのか、電撃が走るような速さで感じ取った。
俺はその事について、阿部の頭が可笑しいとか、俺の頭が可笑しいとか、色々思う事があったが、理性的な考えでブレーキがかかるような内容を、俺は言葉として口にしていた。
「誰よりも先に秘密を握って、それを社会的に大事にして阿部の叔父も武田先生も社会的に殺す。」
阿部はあの独特な笑い方をしながら、一度、右手で膝を叩くと俺を人差し指で指しながらながらこう言った。
「正解、登藤は話が早くて助かりますよ。」
こうして、俺と阿部は切っても切れない仲になっていた。
いや、もっと前からそう言う仲だったかもしれないが、俺はそれを認めたくなかった。
もう認めるしかない、それを否定する気持ちが無くなってしまった俺は、阿部の提案を突っぱねる理性も良心も持ち合わせていなかった。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
おもいでにかわるまで
名波美奈
青春
失恋した時に読んで欲しい物語です。
高等専門学校が舞台の王道純愛青春ラブストーリーです。
第一章(主人公の水樹が入学するまで)と第二章(水樹が1年生から3年生まで)と第三章と第四章(4年生、5年生とその後)とで構成されています。主人公の女の子は同じですが、主に登場する男性が異なります。
主人公は水樹なのですが、それ以外の登場人物もよく登場します。
失恋して涙が止まらない時に、一緒に泣いてあげたいです。
現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話
そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん!
好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。
ほのぼのラブコメというか日常系小説
オチなどはなく、ただひたすらにまったりします
挿絵や文章にもAIを使用しております。
苦手な方はご注意ください。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
一話を読みました。
濃厚な青春描写に、各スポーツに対する独特な表現が素晴らしいですね。クスリと笑えました。
ここからどうなるのか、凄く気になる引きもありましたっ。期待します!