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第4章 17歳:婚約
第86話 「行かないで、エリアス!」
しおりを挟む私は恐る恐る目を開けた。
ここはどこだろう。
そうだ。エリアスに話す前に、まずは場所を確認しないと。あと、どのくらい寝ていたのか、知る必要がある。
ハイルレラ修道院に到着したのは、昼食の後だった。そこから計算すると、夕方か夜だと思うんだけど。
私の視界には、窓が一つも見当たらない。
まぁ、修道院と謳っているのだから、救護室に窓がないのも、おかしくはない。と思う、多分……。
とりあえず、起き上がってニナを呼んでもらおう。状況を確認するのは、あとからでもいいのだから。
そう思って腕を引こうとした瞬間、右腕だけが動かなかった。
厳密には、引けなかったのだ。何かに掴まれて。
「っ! エリアス?」
左腕の力だけで起き上がると、驚いた表情のエリアスと目が合った。
途端、私の体は再び仰向けになった。いや、されたのだ。エリアスに押されて。
「医者を呼んでくる」
「え?」
「それまで、大人しくしていてくれ」
「ま、待って! 私、どこも悪くないの。だから行かないで、エリアス!」
私の必死な声に、エリアスは足を止めた。
けれどそれに安堵している場合じゃない。いつ気が変わって、部屋の外へ行くか分からないのだから。
私は掛け布団を捲り、急いで起き上がる。すると、こちらへ駆け寄ってくるエリアスの姿が目に入った。
マズい! また横にされる!
そう思った瞬間、私は両手を伸ばした。エリアスの腕を掴み、先手を打つ。こうすれば、布団の中に戻されないと思ったからだ。
「お願い、エリアス。話が、どうしても聞いてもらいたい話があるの」
自然と手に力が入る。すると、エリアスは私の横に腰かけた。
「分かった。でもその前に、抱き締めていいか」
「え?」
どうしたの? 何で確認を求めるの? と思った途端、エリアスが優しく微笑み、私の手にそっと触れた。
「あっ、ごめんなさい」
私の手が邪魔だったから、わざわざ聞いたのね。なら、そう言ってくれればいいのに。
エリアスは待っていたとばかりに、私の体を包み込んだ。さっき布団に押し込んだ時とは違って、まるで壊れ物を扱うような手つきで。
「いいんだ。それよりも、本当にどこも悪くないのか。顔色はもう良さそうだけど……」
「大丈夫。その、あの時は、頭の中がごちゃごちゃして。一杯一杯になっちゃったの」
それでキャパオーバーで倒れた。情報量と、感情の波の大きさに、耐えきれなくて。
「……話っていうのは、そのことでいいんだな」
「うん」
まだちゃんと整理していないから、上手く説明できる自信はないけど。それでも、エリアスに聞いてほしかった。
「だがその前に、俺の話を聞いてくれるか?」
体を離して、真剣な眼差しで言うエリアス。その有無を言わせない表情に、私は頷くしかなかった。
「食事をとってほしい」
「食事?」
予想外の言葉に、私は思わず反芻してしまった。
***
エリアスの話によると、私は丸一日、寝ていたらしい。
だから、先に食事をすることを求められたのだ。どこも悪くないのなら、尚更のこと。
私は不思議と空腹ではなかった。けれどそんな状態で話を聞くことはできない、とエリアスに押し切られてしまったのだ。
「お嬢様。体調がたとえ良くても、今日はここでゆっくり過ごしてください」
食べ終えた食器を片付けながら、ニナはすかさず私に釘を刺した。
さっき、テーブルで食事をしたいと言ったからだろう。ニナもエリアスと同じで、私をこの部屋から、いやベッドから出したくないらしい。
病人じゃないのに。
礼拝堂で倒れたことが、余程ショックを受けたようだった。食事をしている間、私はその後の状況をニナから聞いた。自分たちが、どれほど心配をしたのかも含めて。
その話によると、ここは、元々宿泊予定だったホテルの一室だと言う。
目を覚ました当初は気がつかなかったが、修道院とは思えないほどのベッドの大きさ。四人掛けのダイニングテーブル。さらにソファまである。
それだけで、並の部屋ではないことくらい、理解できた。さらに何とこの部屋、バルコニーが付いているVIPルームらしい。
窓が一つもない、と思えたのは、ただ単に、ベッドの中にいたせいで見えなかった。けれど起き上がった今なら分かる。
外の景色が一望できるくらい、大きな窓が存在していた。
考えてみたら、私、領主の娘なんだよね。ずっと首都にいたから、その感覚を忘れていたけど。
だからハイルレラ修道院で、休むことはできなかったらしい。万が一、私に何かあった場合、責任を取らされるのが院長だからだ。
というのは、建前で。本当は、私が目を覚ました時に、王太子とバルニエ侯爵令嬢がいない方がいいという、エリアスの気遣いだった。
まぁ、私が倒れたのは、王太子が登場した後だったから、エリアスがそう勘ぐるのも無理はない。むしろ、当たっていたから、その配慮は嬉しかった。
今はまだ、二人に会いたくない。気持ちの整理もできていない状況で、新たな情報が加わったら、また倒れそうだから。
「分かったわ。その代わり、エリアスを呼んできてもらえる?」
「……まだお休みになられていた方がよろしいかと」
「ありがとう。でも、病人じゃないから大丈夫」
少しだけ体を動かして、健康をアピールして見せた。すると、さっきまで不安そうにしていたニナの顔が、何故か複雑な表情へと変わった。
「それが余計、心配なんです」
「どうして?」
ん? と首を傾けても、答えは返ってこなかった。
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