1 / 5
第1話 恋に恋する令嬢の失恋
しおりを挟む
ある満月の夜、私は願った。
「お願いです。あの歌をもう一度聞かせてください」
「それなら、首都へ帰ったら如何ですか? マリタお嬢様」
窓辺で祈るように跪いている私に、後ろからメイドのキーアが冷たく言い放った。まるでオレンジ色の髪を引っ張られたかのように。
ベルネーリ領までついてきてくれたのに酷い。
「嫌よ。どこにいても、ザビエーラ様のご婚約話で持ち切りなんだもの。そんな所に帰りたくはないわ!」
「仕方がありませんでしょう。ザビエーラ様はこの国、ペネーベッジの王子様なのです。長いこと、浮いた話がなかったところに、今回のご婚約。国民ならば、喜ぶべきところです」
「私は悲しんでいるわ。今も」
そう、失恋したのだ。一方的にだけど。告白すらできなかったけど……。多分、相手の目にすら入っていなかったレベルだけど。それでも、それでも! 好きだった。
初めて参加した舞踏会で、迷っている私に親切に道を教えてくれたザビエーラ様。
一目惚れだった。美しい金髪にアメジストのような瞳。恋に落ちるには十分すぎるほど完璧な容姿。思い出すだけでうっとりしてしまう。
そんな方の恋人に、などと考えたことは……あるにはあるけど……。
「マリタお嬢様は伯爵令嬢です。ザビエーラ様とお話できただけでも幸運だと思わなくては」
「そんなことはないわ。物語だと、男爵令嬢が王子と結婚までできるんだから。伯爵令嬢の私だって!」
「物語は作者、または読者の理想を書くものです。現実と一緒にしてはなりません。もう恋に恋する年齢ではありませんでしょう?」
キーアの言う通り、私は今年で十八歳になる。両親にも、もっと大人になりなさいとも言われている。だから今回、領地に引き籠もることにしたのだ。傷心を癒すために。
しかし、静かなベルネーリ領は思った以上に私を退屈にさせた。何せ、生まれてからずっと首都で過ごしてきたのだ。
何もない領地は……耐えられない。
「あぁ。あの時の歌が聞きたいわ」
「さっきも仰っていましたが、あの時、とはいつのことですか?」
「私がお父様たちを説得して、首都にある劇場に行った時のことよ。憶えている?」
半年ぐらい前だろうか。友人からの情報で、どうやらザビエーラ様がお忍びでいらっしゃる、というので見に行ったのだ。
ザビエーラ様は勿論のこと、元々物語が好きだったこともあって、すぐさまオペラに夢中になった。
「そんなこともありましたね。一度のことでしたから、記憶から抜け落ちていました」
「仕方がないでしょう。我がベルネーリ家はあまり裕福ではないんだから」
「卑下なさらないでください。マリタお嬢様が爵位をお継ぎになって盛り立てればよろしいではないですか」
キーアの言う通り、一人娘である私は必然的にベルネーリ伯爵となる未来が決まっている。だからどう足掻いても、ザビエーラ様と結婚することは不可能なのだ。
「そうね。一緒に盛り立ててくれる人、いないかしら」
「それこそ、お月様にお祈りすることですよ、マリタお嬢様」
最もな意見に、私は再び窓の外に向かって跪いた。黄色い瞳を閉じて。
いい人が現れますように、と。
「お願いです。あの歌をもう一度聞かせてください」
「それなら、首都へ帰ったら如何ですか? マリタお嬢様」
窓辺で祈るように跪いている私に、後ろからメイドのキーアが冷たく言い放った。まるでオレンジ色の髪を引っ張られたかのように。
ベルネーリ領までついてきてくれたのに酷い。
「嫌よ。どこにいても、ザビエーラ様のご婚約話で持ち切りなんだもの。そんな所に帰りたくはないわ!」
「仕方がありませんでしょう。ザビエーラ様はこの国、ペネーベッジの王子様なのです。長いこと、浮いた話がなかったところに、今回のご婚約。国民ならば、喜ぶべきところです」
「私は悲しんでいるわ。今も」
そう、失恋したのだ。一方的にだけど。告白すらできなかったけど……。多分、相手の目にすら入っていなかったレベルだけど。それでも、それでも! 好きだった。
初めて参加した舞踏会で、迷っている私に親切に道を教えてくれたザビエーラ様。
一目惚れだった。美しい金髪にアメジストのような瞳。恋に落ちるには十分すぎるほど完璧な容姿。思い出すだけでうっとりしてしまう。
そんな方の恋人に、などと考えたことは……あるにはあるけど……。
「マリタお嬢様は伯爵令嬢です。ザビエーラ様とお話できただけでも幸運だと思わなくては」
「そんなことはないわ。物語だと、男爵令嬢が王子と結婚までできるんだから。伯爵令嬢の私だって!」
「物語は作者、または読者の理想を書くものです。現実と一緒にしてはなりません。もう恋に恋する年齢ではありませんでしょう?」
キーアの言う通り、私は今年で十八歳になる。両親にも、もっと大人になりなさいとも言われている。だから今回、領地に引き籠もることにしたのだ。傷心を癒すために。
しかし、静かなベルネーリ領は思った以上に私を退屈にさせた。何せ、生まれてからずっと首都で過ごしてきたのだ。
何もない領地は……耐えられない。
「あぁ。あの時の歌が聞きたいわ」
「さっきも仰っていましたが、あの時、とはいつのことですか?」
「私がお父様たちを説得して、首都にある劇場に行った時のことよ。憶えている?」
半年ぐらい前だろうか。友人からの情報で、どうやらザビエーラ様がお忍びでいらっしゃる、というので見に行ったのだ。
ザビエーラ様は勿論のこと、元々物語が好きだったこともあって、すぐさまオペラに夢中になった。
「そんなこともありましたね。一度のことでしたから、記憶から抜け落ちていました」
「仕方がないでしょう。我がベルネーリ家はあまり裕福ではないんだから」
「卑下なさらないでください。マリタお嬢様が爵位をお継ぎになって盛り立てればよろしいではないですか」
キーアの言う通り、一人娘である私は必然的にベルネーリ伯爵となる未来が決まっている。だからどう足掻いても、ザビエーラ様と結婚することは不可能なのだ。
「そうね。一緒に盛り立ててくれる人、いないかしら」
「それこそ、お月様にお祈りすることですよ、マリタお嬢様」
最もな意見に、私は再び窓の外に向かって跪いた。黄色い瞳を閉じて。
いい人が現れますように、と。
10
あなたにおすすめの小説
エレナは分かっていた
喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。
本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる