上 下
2 / 5

第2話 美しい歌声に誘われて

しおりを挟む
 群から離れた黄色い小鳥
 仲間と同じ色をしたものを探す

 道端に咲いた黄色い花
 黄色いタイル
 黄色いガラス

 翼を広げると、もっと見つかった

 黄色い帽子
 黄色い宝石
 歩くたびに広がる黄色いドレス

 けれど仲間と同じ姿をしていない
 もっと飛び続ける小鳥

 月はそれをずっと見続けていた
 昼も夜も

 満ちた月は小鳥を照らす
 仲間の方向を教えてくれるかのように


「あぁ、今日もいい歌声」

 自室のバルコニーにある椅子に座りながら、テーブルに肘をつく。行儀が悪いと言われてもやめられない。
 あの歌声が素晴らしいのがいけないのだわ。

「マリタお嬢様。歌が終わったんですから、お部屋に戻ってください。いくら夏でも、夜風は体によくありません」
「そうね。綺麗な満月も見られたし、そろそろ寝ないと」

 三カ月前にお祈りしてから、何故か満月の夜に聞こえ始めた歌声。
 念のために、領主館の使用人たちに出所を調べさせたのだが、分からない。それでも、声の大きさから領主館近辺なのは間違いなかった。

「本来なら夜更かしも控えていただきたいのですが、マリタお嬢様の言う通り、素敵な歌声ですから」
「キーアもすっかり私と同じになったのね」

 あの歌声の虜に。それはキーアだけではなかった。領主館の使用人も同様で、あの歌声を怪しむ者がいなくなってしまった。本来なら警戒すべき案件なのに。

「マリタお嬢様が、首都の劇場でお聞きになった歌声に似ている、なんて言ったからですよ」

 キーアの言葉にぐうの音も出なくなった。


 ***


 その歌声が聞こえるのは、決まって夜だった。
 満月を見ながら、美しい歌を聞く。時間も大体、いつも寝る少し前だから、心地良い気持ちのまま就寝していた。

 それなのに今日は、何故か昼間に聞こえてくる。

 ちょうど領主教育の勉強を終えた後だっただけに、気になって仕方がなかった。キーアは私がまだ勉強をしている、と思っているため、領主館を出ても気がつかないだろう。

 メイドというより、姉のように気さくなキーアに心配をかけたくない気持ちは勿論あった。しかし、こんなチャンスは今しかない。
 夜だとこっそり抜け出すのは難しく、何より私自身が怖くてできない、という理由もあった。けれど今は昼間だ。

「ごめんね、キーア」

 私はこっそり領主館を抜け出し、歌声が聞こえる方へと走って行った。

「あっ」

 すると、歌詞と同じ、黄色い花が小道の両脇に咲いていた。まるで、この道を通れと謂わんばかりに。
 当然私はその道を進んで行く。と、何故か突然、舗装された道に出た。しかもまた歌詞と同じ、黄色いタイルが敷き詰められている。

「次は……黄色いガラス」

 そんなものはここにない、と思いきや、背の低い街灯が等間隔とうかんかくに設置されていた。私はさらに歩みを進める。歌詞はここで翼を広げるとある。つまりその先には――……。

「黄色い、鳥?」
「ようこそいらっしゃいました、マリタ嬢」

 白鳥ほどの大きい鳥が、湖を背景にして優雅に挨拶をする。それも歌声の主と同じ声で。

「貴女が歌っていたの?」
「はい。マリタ嬢にお会いしたくて」
「何故?」

 当然の質問なのに、鳥はおや? という態度を示す。

「月にお願いしたのをお忘れですか? 私はそれを叶えに来ただけのこと」
「え! え! だから、あの女優さんと同じ声なの?」
「はい。如何でしたか?」
「とても良かったです。ウチの使用人たちもファンになるくらい! けれど、どうして今日は昼間なの? 月はまだ出ていないわ」

 そういうとまた、鳥は翼を大きく広げた。

「いいえ。月は昼間でも出ていますわ。ほら、あそこに見えますでしょう」
「本当。けれど、白いのね」
「今は光に満ちていますから、空の青さと組み合わさって白く見えるのです。それよりも、もう一つの願いの方を……」
「えっ! 叶えてくれるの?」

 夢見がちな私だけど、さすがに無理が……と思っていると、後ろから足音が聞こえた。

 まさか、ザビエーラ様!? そう思って振り向くと、見知らぬ黒髪の男性が立っていた。けれど、どこかで見たことがあるような気がするのに分からない。

「誰?」

 思わず口にすると、バツが悪そうな表情をした。それはそうだ。初対面の人に私はなんてことを。

「失礼しました。先に名乗りもせずに。私はマリタ・ベルネーリ。ここの領主、ベルネーリ伯爵の娘です」
「ぼ、僕の方こそ、レディに名乗らせるなんて失礼なことを。ルジェダ・テケと申します」
「テケ? もしかして、テケ辺境伯様の?」
「はい。息子です。といっても、次男坊ですが」

 そんな方が何故ここに?

 すると後ろから、再び歌が聞こえてきた。しかもあの日、最高潮さいこうちょうだった場面の歌だ。脳裏に浮かんだ光景と、目の前にいる男性の姿が重なる。もしかして……。

「あの時の俳優さん?」
「思い出してくれましたか」
「はい。とても素晴らしい劇でしたから。その後もエントランスに現れて、握手してくれたじゃないですか」

 その時は演じていた役の衣装を纏っていたから、すぐには思い出せなかったけれど。

「マリタ嬢。このルジェダという男は、一目見て貴女様を気に入ってしまったのです」
「えっ!?」
「ちょっと、それは!」

 私が驚くのと、ルジェダ様が飛んできた鳥を追い払うのが同時だった。

「なかなか本題に入らないんだもの。いいじゃない」
「そういう問題じゃ――……」
「あ、あの! 私のどこが良かったのでしょうか」

 私もザビエーラ様に一目惚れしたから分かる。でも、そんな要素が私にはあるとは思えなかったのだ。

 ルジェダ様に駆け寄ると、少し顔を赤らめる。その姿が少年のように可愛らしかった。
 本当に私のことを? と自惚れてしまうほどに。嬉しいような恥ずかしいような感情が心を支配する。

 それなのにルジェダ様は――……。

「見た目が可愛いのは勿論ですが、キラキラした目が特に」

 あぁ! どうしたいいの!? 私はまだ、ザビエーラ様のことが……!

「ありがとう、ございます。でも、私……」
「分かっています。領地に来たのが、失恋だということも」

 そっか。劇場で働いていると、余計に貴族の事情というか、情報を得やすいのかな。それとも同じ貴族だから?

「だから、マリタ嬢。まずはお友達からお願いできませんか?」
「私でよければ、よろしくお願いします」
「っ! ありがとうございます!」

 差し出した右手を、ルジェダ様は両手で包む。劇場の時と正反対になった態勢に、私は左手でそっと口元を隠した。


 ***


「ふぅ、やれやれ」

 一方、ルジェダに追い払われた鳥は、木陰に移動していた。
 しかも、今の姿は鳥ではない。つばの長い三角帽を被り、紺色のマントを羽織っている。その姿はまさに魔女だった。

「こうでもしないと、マリタ嬢に声をかけられないんだから、嫌になっちゃうわ」

 遠くで初々しさを漂わせながら談笑している二人、主にルジェダを見ながら魔女は苦笑した。

「あぁ。私にもいい人、現れないかな~。恋のキューピットをしてあげたんだから、それくらいご褒美があってもいいんじゃない」

 そんな魔女の愚痴を、薄っすらと見える白い満月は、ただ聞き流すだけだった。
しおりを挟む

処理中です...