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第1章 ディアス公爵邸編
第5話 一難去ってまた一難
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しめしめ、と思いながら私は続きを話そうとした。しかしその前に、チリィンという呼び鈴に阻まれてしまった。
ハッとなって、私はテーブルの上にあるルシア様の手元を見る。すると、すでに役目を終えたのか、ハンドベルのような形をした小さな呼び鈴が、そっとテーブルに置かれた。
え? どういうこと?
疑問を抱くが、無情にもルシア様は何も言ってくれない。口を開こうとした瞬間、メイドが部屋に入って来た。
さすがは公爵家のメイド。秒で来るとは。ではなくて、何で? もうお払い箱なの!?
いや、そのつもりでいたから構わない。けれど理由くらいは聞きたかった。
「今日の授業はこれで終わりだ。この者の部屋の準備はできているか」
「はい。いつでも使えるようにしてあります」
「案内してやってくれ」
「畏まりました」
それではこちらに、とメイドに促される。
けれど私は納得ができず、ルシア様の前に立ち、抗議の視線を向けた。すると、ルシア様は私ではない何かに向かって、小さく顎をしゃくってみせた。
「授業はいくら遅くなっても、四時までだ。父上に聞かなかったのか」
「あっ、申し訳ありません。失念しておりました」
視線の先にある時計は、長針が十二を指していたが音までは鳴らなかった。もしくはそういう時計なのだろう。
この部屋に来た時間は覚えていないが、いつの間にか短針が四の近くまで来ていたようだった。
「話の続きは明日聞く。それでいいな」
「はい。それでは明日もよろしくお願いいたします」
とりあえず初日でクビになったわけではないことに安堵して、そのままスカートの裾を持ち上げた。一応ここには、男爵令嬢として来たわけではない。だからこれで大丈夫だろう。
視線を前に向けると、ルシア様は再び窓の外を眺めていた。
さっさと行け、ということかな。私は諦めてメイドの後を追った。
もしもここで帰らされたら、養父との取引が白紙になってしまう可能性があったからだ。
なにせ養父は根っからの商人気質。適当に相手をしたから、初日でクビになったのだと疑うだろう。
親子関係ならそれでも構わない。しかし今後、取引をしようとしたらどうなるか。おそらく養父の中の私の評価はガタ落ちするに違いない。いくら私がお祖母様の孫であっても、だ。そんな相手と誰が取引をしようと思うだろう。
私ならしたくない。騙されたくないし、損もしたくないからだ。だからここはせめて二、三日は勤めてもらわなければ、割に合わない、と養父は思うだろう。
ひとまず難関を突破した私は、宛がわれた部屋へと入った。
綺麗に整えられた調度品。必要最低限の物しか置かれていない、簡素な部屋だった。
それでも、実家であるコルテス男爵邸の私室よりも広い。テーブルの質。ソファーの肌触り。さらには天蓋付きのベッドまで用意されている。
一介の学生にしては豪華な部屋に、私は思わず「あっ」と声が出そうになった。けれどすぐに、手で開いた口を塞いだ。
住み込みとはいえ、立場は家庭教師。云わば客人なのだ。そのような者を、使用人たちが使う部屋に通すわけがない。さらに今までの家庭教師のことを思うと、納得のできる部屋だった。そう、男女兼用といっても過言ではない。
よくよく考えてみれば、私のような学生が公女様の家庭教師だなんて、それ自体がおかしいのだ。
「何かありましたらお呼びください」
「は、はい。ありがとうございます」
会釈してメイドを見送った後、私は気が抜けたようにふらふらと部屋の中を彷徨い、そのままふかふかのベッドにダイブした。
***
「あぁ、やってしまった」
何を?
「寝過ごした」
そう、私はあのまま寝てしまったのだ。
時計を見ると九時。窓の外は真っ暗だ。最悪なことに、夕食の時間はとっくに過ぎている。
「これがいけないのよ!」
私は思わず、原因となった物に向かって叫んだ。
「こんなに、こんなにもふかふかなのが!」
アカデミーの寮は勿論のこと、コルテス男爵邸でも、こんな質の良いシーツは使われていない。こんな気持ちがいいほど、柔らかくてふかふかなシーツにお目にかかったのだって、生まれて初めてのことだった。
さすがはディアス公爵家……。
「ではなくて! はぁ、これからどうしよう」
喉の渇きと空腹が私を襲う。
「厨房に……いやいや、来たばかりだから、不審者扱いされるかもしれない」
だからといって、翌朝まで待つか、というには無理がある。さらに再び寝るという選択もあったが、空腹で寝るに寝られない。一度目が覚めてしまったのも原因の一つだった。
「ここは奥の手を使うしかなさそうね」
空腹で動けなくなることを考慮すると、あまり時間はない。すぐに行動へ移す必要があった。
翌朝、メイドが部屋に来た時、餓死寸前の姿を見られるわけにもいかない。もしもそんなあられもない姿を晒したら、速攻クビになってしまう。
それはダメ! 絶対に、ダメ!
私は決意をして、ベッドから降りた。
ハッとなって、私はテーブルの上にあるルシア様の手元を見る。すると、すでに役目を終えたのか、ハンドベルのような形をした小さな呼び鈴が、そっとテーブルに置かれた。
え? どういうこと?
疑問を抱くが、無情にもルシア様は何も言ってくれない。口を開こうとした瞬間、メイドが部屋に入って来た。
さすがは公爵家のメイド。秒で来るとは。ではなくて、何で? もうお払い箱なの!?
いや、そのつもりでいたから構わない。けれど理由くらいは聞きたかった。
「今日の授業はこれで終わりだ。この者の部屋の準備はできているか」
「はい。いつでも使えるようにしてあります」
「案内してやってくれ」
「畏まりました」
それではこちらに、とメイドに促される。
けれど私は納得ができず、ルシア様の前に立ち、抗議の視線を向けた。すると、ルシア様は私ではない何かに向かって、小さく顎をしゃくってみせた。
「授業はいくら遅くなっても、四時までだ。父上に聞かなかったのか」
「あっ、申し訳ありません。失念しておりました」
視線の先にある時計は、長針が十二を指していたが音までは鳴らなかった。もしくはそういう時計なのだろう。
この部屋に来た時間は覚えていないが、いつの間にか短針が四の近くまで来ていたようだった。
「話の続きは明日聞く。それでいいな」
「はい。それでは明日もよろしくお願いいたします」
とりあえず初日でクビになったわけではないことに安堵して、そのままスカートの裾を持ち上げた。一応ここには、男爵令嬢として来たわけではない。だからこれで大丈夫だろう。
視線を前に向けると、ルシア様は再び窓の外を眺めていた。
さっさと行け、ということかな。私は諦めてメイドの後を追った。
もしもここで帰らされたら、養父との取引が白紙になってしまう可能性があったからだ。
なにせ養父は根っからの商人気質。適当に相手をしたから、初日でクビになったのだと疑うだろう。
親子関係ならそれでも構わない。しかし今後、取引をしようとしたらどうなるか。おそらく養父の中の私の評価はガタ落ちするに違いない。いくら私がお祖母様の孫であっても、だ。そんな相手と誰が取引をしようと思うだろう。
私ならしたくない。騙されたくないし、損もしたくないからだ。だからここはせめて二、三日は勤めてもらわなければ、割に合わない、と養父は思うだろう。
ひとまず難関を突破した私は、宛がわれた部屋へと入った。
綺麗に整えられた調度品。必要最低限の物しか置かれていない、簡素な部屋だった。
それでも、実家であるコルテス男爵邸の私室よりも広い。テーブルの質。ソファーの肌触り。さらには天蓋付きのベッドまで用意されている。
一介の学生にしては豪華な部屋に、私は思わず「あっ」と声が出そうになった。けれどすぐに、手で開いた口を塞いだ。
住み込みとはいえ、立場は家庭教師。云わば客人なのだ。そのような者を、使用人たちが使う部屋に通すわけがない。さらに今までの家庭教師のことを思うと、納得のできる部屋だった。そう、男女兼用といっても過言ではない。
よくよく考えてみれば、私のような学生が公女様の家庭教師だなんて、それ自体がおかしいのだ。
「何かありましたらお呼びください」
「は、はい。ありがとうございます」
会釈してメイドを見送った後、私は気が抜けたようにふらふらと部屋の中を彷徨い、そのままふかふかのベッドにダイブした。
***
「あぁ、やってしまった」
何を?
「寝過ごした」
そう、私はあのまま寝てしまったのだ。
時計を見ると九時。窓の外は真っ暗だ。最悪なことに、夕食の時間はとっくに過ぎている。
「これがいけないのよ!」
私は思わず、原因となった物に向かって叫んだ。
「こんなに、こんなにもふかふかなのが!」
アカデミーの寮は勿論のこと、コルテス男爵邸でも、こんな質の良いシーツは使われていない。こんな気持ちがいいほど、柔らかくてふかふかなシーツにお目にかかったのだって、生まれて初めてのことだった。
さすがはディアス公爵家……。
「ではなくて! はぁ、これからどうしよう」
喉の渇きと空腹が私を襲う。
「厨房に……いやいや、来たばかりだから、不審者扱いされるかもしれない」
だからといって、翌朝まで待つか、というには無理がある。さらに再び寝るという選択もあったが、空腹で寝るに寝られない。一度目が覚めてしまったのも原因の一つだった。
「ここは奥の手を使うしかなさそうね」
空腹で動けなくなることを考慮すると、あまり時間はない。すぐに行動へ移す必要があった。
翌朝、メイドが部屋に来た時、餓死寸前の姿を見られるわけにもいかない。もしもそんなあられもない姿を晒したら、速攻クビになってしまう。
それはダメ! 絶対に、ダメ!
私は決意をして、ベッドから降りた。
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