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第1章 ディアス公爵邸編
第4話 家庭教師としての初仕事
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「話、だと? 授業ではないのか」
「授業の方が良かったですか?」
「そういうわけではないが……」
私の意外な切り出しに、ルシア様は戸惑っている様子だった。
まぁ、普通の家庭教師ならば「早速、授業を始めたいと思います」と言って、教材を渡すのだろう。しかし、ディアス公爵様の要望は違う。勉強は二の次。やる気を出させることが私の役目だった。
とりあえず、すぐに追い出されないという第一関門は突破した。さらに、私に対して少なからず興味を抱いてくれている。それだけで上々の出来ではないだろうか。
たとえクビになることが前提にあったとしても、きちんと依頼を遂行するべきである。将来、教授になった時、ルシア様経由であらぬ噂を立てられないようにするためにも、それが最善の策だった。
あとは、こんな狭い世界で燻ってほしくない、という気持ちも大きい。
五歳差だから、偉そうなことは言える立場ではないけれど、お祖母様が養父にしたように、私もルシア様を少しでも導けたらいいと思ってしまったのだ。
まぁ、そんな御託を並べてみたが、結局のところ、美少女を前にした途端、お節介を焼きたくなってしまった、というわけである。
私はクイッと眼鏡を押し上げた。
「そもそもルシア様は、家庭教師がお好きではないとお聞きしました。そのため、授業は行いません。学ぶ意欲がなければ、知識を吸収するのは皆無に等しい。そう思いませんか?」
「……私をバカにしているのか」
「いいえ。事実を述べたまでです。だから私の話を聞いていただきたいのです」
「意味が分からん」
そういうとルシア様はまた、そっぽを向いてしまった。
「そのようなことはありません。私はルシア様のことを何も知らないのです。何が好きで、何が嫌いなのか。どのような性格をされているのかさえも」
「噂くらいは知っているだろう」
「それも最低限です。ずっとアカデミーにいたため、社交界のことは……お恥ずかしい話、縁がないものでして」
ははは、と笑って見せたが、やはりこちらを向いてくれない。
別に、興味を引くためについた、嘘ではないのだけれど……まぁいいや、誤解されたままでも構わない。私の話をこのまま聞いてくれさえすれば、それでいいのだ。
だから私は返事を待たずに話し続けた。
「ルシア様はアカデミーがどういうところか、ご存知ですか?」
「やはり、私をバカにしているのではないか。それくらいは知っている。優秀な学生たちが通う場所だ」
「おっしゃる通りです。さらに正確に言うと、貴族が通う学校でもあります。一応、平民も入学できますが、学費がとても高いため、ほとんどいません」
かくいう私もその一人。コルテス男爵家の養女となって、ようやく通うことができたほどである。
「どうです? アカデミーに、少しは興味を持っていただけたでしょうか」
「興味がない、と誰が言った。……これでも知り合いが通っているから、多少なりとはある方だ」
「それは良かったです。これから私のちょっとした、アカデミーでのお話をしたいと思っていたところでしたので。聞いていただけますか?」
すると、ルシア様は目を閉じた。
これはいいというサインだろうか。私は近くにある椅子に座り、ゆっくりと話し始めた。
「先ほどルシア様が言ったように、アカデミーには優秀な学生が集まっています。しかし、優秀と頭が良いのは違います。天才と秀才があるように」
「そうだな。頭の回転が早いのがいれば、頭でっかちもいる。そう言いたいのだろう」
「さすがです」
平民の私と違い、ルシア様は貴族令嬢。それも大貴族と称されるディアス公爵家のご令嬢だ。
生まれた時から使用人がいる生活をしていることもあって、人にはそれぞれ得意不得意があるのをご承知のようだった。
まぁ、それを理解しない者もいるが、ルシア様はきちんと理解されている。
病弱とはいえ、さすがは王子の婚約者候補に選ばれるだけのことはあるわ。態度はアレだけど……。
別にお淑やかであれとは言わない。ただ、その傲慢な態度は、周りに角が立つのではないだろうか。いずれ王妃となるなら、余計に正さなければならないような気がした。
けれど、そこまで世話をする義理はない。私は気にせずに話を続けた。
「いくら優秀でも、頭の回転が遅くてはいざという時に、役に立ちません。逆に頭の回転が早くても、知識がなければ大惨事を起こすこともあるでしょう」
「極端だが……まぁ、そうだな」
「これは為政者にも当てはまることです。そこで先日、面白い課題が出されました」
気だるそうにしながらも、ルシア様はその青い瞳を私に向ける。
「過去、百年より前の国王を一人選び、その方の人柄を論じろ、と」
「何だと。それはあまりにも漠然とし過ぎだろう。一人でやるのか?」
「いいえ、五、六人のチームでやります。それに人柄ですから、漠然でいいのです。先ほど言った、天才か秀才かについても論じてもいい。そういう課題なのです」
そう、優秀な宰相のお陰で名君と呼ばれたのか、それとも自身の力のみで得た名声なのか、を論じてもいいのである。
「一介の学生が偉そうに」
「学生だからですよ、ルシア様。現国王陛下や宰相閣下が同じことをしたら大騒動ですが、私たち学生は未熟です。今時の学生はこんなことを思うのか、程度にしか思われません」
「それでも論じるのか?」
「アカデミーの学生のほとんどは貴族ですから、いずれ自分の役に立ちます。為政者の研究というのは特に。過去から学ぶ、というではありませんか」
「なるほどな……」
おや、少しは私の話に、興味を持ってくれたのかな。
私は小さいけれど、確かな手応えを感じて嬉しくなった。
「授業の方が良かったですか?」
「そういうわけではないが……」
私の意外な切り出しに、ルシア様は戸惑っている様子だった。
まぁ、普通の家庭教師ならば「早速、授業を始めたいと思います」と言って、教材を渡すのだろう。しかし、ディアス公爵様の要望は違う。勉強は二の次。やる気を出させることが私の役目だった。
とりあえず、すぐに追い出されないという第一関門は突破した。さらに、私に対して少なからず興味を抱いてくれている。それだけで上々の出来ではないだろうか。
たとえクビになることが前提にあったとしても、きちんと依頼を遂行するべきである。将来、教授になった時、ルシア様経由であらぬ噂を立てられないようにするためにも、それが最善の策だった。
あとは、こんな狭い世界で燻ってほしくない、という気持ちも大きい。
五歳差だから、偉そうなことは言える立場ではないけれど、お祖母様が養父にしたように、私もルシア様を少しでも導けたらいいと思ってしまったのだ。
まぁ、そんな御託を並べてみたが、結局のところ、美少女を前にした途端、お節介を焼きたくなってしまった、というわけである。
私はクイッと眼鏡を押し上げた。
「そもそもルシア様は、家庭教師がお好きではないとお聞きしました。そのため、授業は行いません。学ぶ意欲がなければ、知識を吸収するのは皆無に等しい。そう思いませんか?」
「……私をバカにしているのか」
「いいえ。事実を述べたまでです。だから私の話を聞いていただきたいのです」
「意味が分からん」
そういうとルシア様はまた、そっぽを向いてしまった。
「そのようなことはありません。私はルシア様のことを何も知らないのです。何が好きで、何が嫌いなのか。どのような性格をされているのかさえも」
「噂くらいは知っているだろう」
「それも最低限です。ずっとアカデミーにいたため、社交界のことは……お恥ずかしい話、縁がないものでして」
ははは、と笑って見せたが、やはりこちらを向いてくれない。
別に、興味を引くためについた、嘘ではないのだけれど……まぁいいや、誤解されたままでも構わない。私の話をこのまま聞いてくれさえすれば、それでいいのだ。
だから私は返事を待たずに話し続けた。
「ルシア様はアカデミーがどういうところか、ご存知ですか?」
「やはり、私をバカにしているのではないか。それくらいは知っている。優秀な学生たちが通う場所だ」
「おっしゃる通りです。さらに正確に言うと、貴族が通う学校でもあります。一応、平民も入学できますが、学費がとても高いため、ほとんどいません」
かくいう私もその一人。コルテス男爵家の養女となって、ようやく通うことができたほどである。
「どうです? アカデミーに、少しは興味を持っていただけたでしょうか」
「興味がない、と誰が言った。……これでも知り合いが通っているから、多少なりとはある方だ」
「それは良かったです。これから私のちょっとした、アカデミーでのお話をしたいと思っていたところでしたので。聞いていただけますか?」
すると、ルシア様は目を閉じた。
これはいいというサインだろうか。私は近くにある椅子に座り、ゆっくりと話し始めた。
「先ほどルシア様が言ったように、アカデミーには優秀な学生が集まっています。しかし、優秀と頭が良いのは違います。天才と秀才があるように」
「そうだな。頭の回転が早いのがいれば、頭でっかちもいる。そう言いたいのだろう」
「さすがです」
平民の私と違い、ルシア様は貴族令嬢。それも大貴族と称されるディアス公爵家のご令嬢だ。
生まれた時から使用人がいる生活をしていることもあって、人にはそれぞれ得意不得意があるのをご承知のようだった。
まぁ、それを理解しない者もいるが、ルシア様はきちんと理解されている。
病弱とはいえ、さすがは王子の婚約者候補に選ばれるだけのことはあるわ。態度はアレだけど……。
別にお淑やかであれとは言わない。ただ、その傲慢な態度は、周りに角が立つのではないだろうか。いずれ王妃となるなら、余計に正さなければならないような気がした。
けれど、そこまで世話をする義理はない。私は気にせずに話を続けた。
「いくら優秀でも、頭の回転が遅くてはいざという時に、役に立ちません。逆に頭の回転が早くても、知識がなければ大惨事を起こすこともあるでしょう」
「極端だが……まぁ、そうだな」
「これは為政者にも当てはまることです。そこで先日、面白い課題が出されました」
気だるそうにしながらも、ルシア様はその青い瞳を私に向ける。
「過去、百年より前の国王を一人選び、その方の人柄を論じろ、と」
「何だと。それはあまりにも漠然とし過ぎだろう。一人でやるのか?」
「いいえ、五、六人のチームでやります。それに人柄ですから、漠然でいいのです。先ほど言った、天才か秀才かについても論じてもいい。そういう課題なのです」
そう、優秀な宰相のお陰で名君と呼ばれたのか、それとも自身の力のみで得た名声なのか、を論じてもいいのである。
「一介の学生が偉そうに」
「学生だからですよ、ルシア様。現国王陛下や宰相閣下が同じことをしたら大騒動ですが、私たち学生は未熟です。今時の学生はこんなことを思うのか、程度にしか思われません」
「それでも論じるのか?」
「アカデミーの学生のほとんどは貴族ですから、いずれ自分の役に立ちます。為政者の研究というのは特に。過去から学ぶ、というではありませんか」
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おや、少しは私の話に、興味を持ってくれたのかな。
私は小さいけれど、確かな手応えを感じて嬉しくなった。
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