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第2章 誰?
第7話 知っている、人?
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名前を呼ばれたような気がした。幼き日のように、優しく「リゼット」と。そう、ヴィクトル様に。
だから答えたのに、『ヴィクトル様』は不思議な顔で私を見た。思わず「何で?」と聞こうとした口をギュッと噤む。
そうだ。そうだった。優しく呼ばれたような気がしただけで、『ヴィクトル様』は私に婚約破棄を言い渡した人。私をいらないと、役立たずだと言った人たちと同じ……。
ううん、違う。サビーナ先生が現れて、何だった、かな。よく思い出せない。
「危ない!」
「っ!」
混乱していたからか、頭が振らつき、その重みで体が傾いた。すると、『ヴィクトル様』が手を差し伸べて、何故か助けてくれた。
どうして? 貴方は私を見放したのに……。
そう言いたいのに、いざ口を開けると言葉にできなかった。優しく接してくれる『ヴィクトル様』がまた、冷たくなったら、と思うと言えなかったのだ。
「大丈夫?」
私は体を縮こまらせながら、頷いた。背中に回される『ヴィクトル様』の手が温かい。勇気を持って見上げると、安堵した表情と共に、笑顔を向けられた。
良かった。これで合っていたんだ。
ホッとしたのも束の間、『ヴィクトル様』はそっと、私を同じところに座らせてくれる。と同時に、離れていく距離。途端、私は寂しいと感じてしまう。
多分、『ヴィクトル様』に優しくされたからだ。もう、随分となかったことだから、余計にそう思ったのかもしれない。
けれど次の瞬間、私は再び『ヴィクトル様』から信じられない言葉を聞かされることになる。
「確認なんだけど、君はリゼット、でいいのかな?」
「っ!」
思わずギュッと目を瞑る。
五歳の頃からずっと共にいたのに、私を認識できないなんて……。婚約破棄を言い渡された時よりも、悲しかった。
悲しくて悲しくて、顔を両手で覆う。けれど涙は出なかった。泣かないと決めていた習慣が、まだ残っていたなんて。それさえも悲しさに消えていった。
「ごめん! 泣かせるつもりはなかったんだ。ただ確認したくて」
必死に謝る『ヴィクトル様』の声に、私は両手を離した。直後、自分の手に驚く。
私の手、こんなに小さかった?
五本指はあるものの、違和感が先に生じてしまう。まじまじと見つめても、その正体が分からない。
よく見ると、足もおかしい。
固まる私を見て、何か察したのか、頭上から『ヴィクトル様』の声が降ってきた。
「あっ、えっと、やっぱり気になる?」
「……はい。上手く言葉にはできない違和感があるんですが、これは何なのでしょうか?」
見上げながらそう尋ねると、『ヴィクトル様』は困ったような顔をした。
あっ、これは聞いてはいけなかったこと、だったみたい。
「もし、君に今の状態を受け止められる覚悟があるのなら、教えてあげることができる。でも、そうじゃなかったら……」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます。けれど今は、知らないことよりも知りたいです。貴方のことも……。その……ヴィクトル様ではないんですよね」
私をリゼットかどうか尋ねるところや、優しさ、気遣いなど、ヴィクトル様との相違点を感じる。間違って怒られても構わない。呆れられてもいい。
それでも、確認したかった。彼が私に尋ねたように。
「うん。ごめん。僕は……ユベールって言うんだ」
「やっぱり……そうだったんですね。私はリゼット・バルテ……です。先ほどはお答えできずに申し訳ありません」
さすがに伯爵令嬢、とまでは名乗れず、私はそう言って立ち上がり、挨拶をしようとした。が、足がうまく上がらない。まるで棒のように硬く、固まっているかのようだった。
もたつく私の姿を見たユベール……くん? さん? は「ちょっとごめん」と言い、私を抱き上げた。
「あっ」
ヴィクトル様と似た容姿をしているせいか、不謹慎にも胸が高鳴った。すでに婚約破棄を言い渡された身なのに、未練がましい……と思う。彼はヴィクトル様ではないのに。
「多分、今の自分の姿を見れば、立ち上がれなかった理由が分かると思うんだ。覚悟はいい?」
「……はい」
いまいちユベールの言っていることが理解できなかったが、今は前に進むべきだと思った。
ここで足踏みしていても何も分からない。分からないのなら、怖くても進んだ方がいい、と私の何かが言う。
多分、彼の優しさが、私の背中を押してくれているのだろう。
私を抱えたユベールは、室内を歩いて行く。
すでにその抱え方や、彼との対比を考えれば、自ずと答えは出てくるはずなのに。けれど私はただ、ユベールの服を掴むことしかできなかった。
覚悟を決めても、やっぱり怖いものは怖かったから。
「リゼット……」
「は、はい!」
思わず声が上ずり、再び目をギュッと瞑る。するとユベールは、優しく私の頭を撫でてくれた。
「心の準備ができたら、目を開けて振り向いて。後ろに鏡があるから」
「ありがとうございます」
優しく語りかけてくれるその言葉が、私の気持ちを和らげ、さらに勇気を持たせてくれた。
焦らないでいい。自分のペースで。そうユベールは言ってくれているのだ。
私はそっと目を開けて、後ろを振り向く。
ヴィクトル様に似たユベール。同じ銀髪と紫色の瞳をしているけれど、最後に会ったヴィクトル様より幼く見える。
その腕の中には、黒髪の人形が……。
私が目を瞬きさせると、その人形も……。
短くなった髪に触れる、その手の動きさえも……!
「どうして?」
何でこんな姿に?
感情の高鳴りと共に、胸元に付いている赤い宝石がキラリと光った。
だから答えたのに、『ヴィクトル様』は不思議な顔で私を見た。思わず「何で?」と聞こうとした口をギュッと噤む。
そうだ。そうだった。優しく呼ばれたような気がしただけで、『ヴィクトル様』は私に婚約破棄を言い渡した人。私をいらないと、役立たずだと言った人たちと同じ……。
ううん、違う。サビーナ先生が現れて、何だった、かな。よく思い出せない。
「危ない!」
「っ!」
混乱していたからか、頭が振らつき、その重みで体が傾いた。すると、『ヴィクトル様』が手を差し伸べて、何故か助けてくれた。
どうして? 貴方は私を見放したのに……。
そう言いたいのに、いざ口を開けると言葉にできなかった。優しく接してくれる『ヴィクトル様』がまた、冷たくなったら、と思うと言えなかったのだ。
「大丈夫?」
私は体を縮こまらせながら、頷いた。背中に回される『ヴィクトル様』の手が温かい。勇気を持って見上げると、安堵した表情と共に、笑顔を向けられた。
良かった。これで合っていたんだ。
ホッとしたのも束の間、『ヴィクトル様』はそっと、私を同じところに座らせてくれる。と同時に、離れていく距離。途端、私は寂しいと感じてしまう。
多分、『ヴィクトル様』に優しくされたからだ。もう、随分となかったことだから、余計にそう思ったのかもしれない。
けれど次の瞬間、私は再び『ヴィクトル様』から信じられない言葉を聞かされることになる。
「確認なんだけど、君はリゼット、でいいのかな?」
「っ!」
思わずギュッと目を瞑る。
五歳の頃からずっと共にいたのに、私を認識できないなんて……。婚約破棄を言い渡された時よりも、悲しかった。
悲しくて悲しくて、顔を両手で覆う。けれど涙は出なかった。泣かないと決めていた習慣が、まだ残っていたなんて。それさえも悲しさに消えていった。
「ごめん! 泣かせるつもりはなかったんだ。ただ確認したくて」
必死に謝る『ヴィクトル様』の声に、私は両手を離した。直後、自分の手に驚く。
私の手、こんなに小さかった?
五本指はあるものの、違和感が先に生じてしまう。まじまじと見つめても、その正体が分からない。
よく見ると、足もおかしい。
固まる私を見て、何か察したのか、頭上から『ヴィクトル様』の声が降ってきた。
「あっ、えっと、やっぱり気になる?」
「……はい。上手く言葉にはできない違和感があるんですが、これは何なのでしょうか?」
見上げながらそう尋ねると、『ヴィクトル様』は困ったような顔をした。
あっ、これは聞いてはいけなかったこと、だったみたい。
「もし、君に今の状態を受け止められる覚悟があるのなら、教えてあげることができる。でも、そうじゃなかったら……」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます。けれど今は、知らないことよりも知りたいです。貴方のことも……。その……ヴィクトル様ではないんですよね」
私をリゼットかどうか尋ねるところや、優しさ、気遣いなど、ヴィクトル様との相違点を感じる。間違って怒られても構わない。呆れられてもいい。
それでも、確認したかった。彼が私に尋ねたように。
「うん。ごめん。僕は……ユベールって言うんだ」
「やっぱり……そうだったんですね。私はリゼット・バルテ……です。先ほどはお答えできずに申し訳ありません」
さすがに伯爵令嬢、とまでは名乗れず、私はそう言って立ち上がり、挨拶をしようとした。が、足がうまく上がらない。まるで棒のように硬く、固まっているかのようだった。
もたつく私の姿を見たユベール……くん? さん? は「ちょっとごめん」と言い、私を抱き上げた。
「あっ」
ヴィクトル様と似た容姿をしているせいか、不謹慎にも胸が高鳴った。すでに婚約破棄を言い渡された身なのに、未練がましい……と思う。彼はヴィクトル様ではないのに。
「多分、今の自分の姿を見れば、立ち上がれなかった理由が分かると思うんだ。覚悟はいい?」
「……はい」
いまいちユベールの言っていることが理解できなかったが、今は前に進むべきだと思った。
ここで足踏みしていても何も分からない。分からないのなら、怖くても進んだ方がいい、と私の何かが言う。
多分、彼の優しさが、私の背中を押してくれているのだろう。
私を抱えたユベールは、室内を歩いて行く。
すでにその抱え方や、彼との対比を考えれば、自ずと答えは出てくるはずなのに。けれど私はただ、ユベールの服を掴むことしかできなかった。
覚悟を決めても、やっぱり怖いものは怖かったから。
「リゼット……」
「は、はい!」
思わず声が上ずり、再び目をギュッと瞑る。するとユベールは、優しく私の頭を撫でてくれた。
「心の準備ができたら、目を開けて振り向いて。後ろに鏡があるから」
「ありがとうございます」
優しく語りかけてくれるその言葉が、私の気持ちを和らげ、さらに勇気を持たせてくれた。
焦らないでいい。自分のペースで。そうユベールは言ってくれているのだ。
私はそっと目を開けて、後ろを振り向く。
ヴィクトル様に似たユベール。同じ銀髪と紫色の瞳をしているけれど、最後に会ったヴィクトル様より幼く見える。
その腕の中には、黒髪の人形が……。
私が目を瞬きさせると、その人形も……。
短くなった髪に触れる、その手の動きさえも……!
「どうして?」
何でこんな姿に?
感情の高鳴りと共に、胸元に付いている赤い宝石がキラリと光った。
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