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第4章 過去と未来
第19話 眠りと目覚め
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その日はそのまま、私はいつも通りユベールと共にベッドで寝た。
真実を知った私が、このままユベールの傍にいていいのか迷ったけれど、今は一人で寝るのが怖い。
それはユベールも同じだったらしく、サビーナ先生のところへ行こうとしたら止められた。
「僕に遠慮してほしくないんだ。このままサビーナさんについて行かれる方が嫌だから」
「そんなつもりは……」
ないとは言い切れなかった。私の体を熟知しているのはサビーナ先生だし。私はユベールの家族、親戚を不幸にした張本人だから。
「やっぱり……僕は言ったよね。生きる目的のためにリゼットを探したって。それは探し出して終わりじゃないんだよ。一人になりたくないから探したんだ」
「それなら私でなくても……」
いいんじゃない、と言いかけてハッとなった。これは失言だ。ユベールとは何でも言葉にしようと言った間柄だったから、油断した。
「リゼットは、僕じゃない誰かに面倒を見てもらう方がいいの?」
「違います」
「ここを離れる、ということはそういうことだよ。サビーナさんのところに行ったら、僕との接点だってなくなるのに……」
私はベッドから立ち上がり、俯くユベールの頬を撫でた。今はこの距離がもどかしい。
人間だったら、ユベールの頬を包み込める。抱きしめることだって、できるのに……!
「ごめんなさい」
「リゼットにはお祖父様がいるかもしれないけど、僕にはリゼットしかいないんだ……」
「ユベール……」
まるで泣いているかのような声音に胸が締め付けられる。こんなに求められている、と分かるだけで嬉しかった。
「私は何処にも行きません。ユベールの傍にいます。だから――……」
安心してください、と言う前にユベールが横に倒れた。大きく揺れるベッド。それよりもユベールの方が心配で近づくと、規則正しい吐息を立てていた。
「そういえば色々あったから、疲れるのも当然よね。私も眠くなってきたし」
ユベールが見ていないことをいいことに、私は大きな欠伸をした。けれど、まだ寝るわけにはいかない。
私は風魔法で自身を浮き上がらせると、掛け布団の端を掴んだ。
「お、重いっ!」
それでもこのまま寝ては風邪を引いてしまう。
私は持ち上げるのを諦めて、引きずるように掛け布団をユベールの上にかけた。あとはもう、ユベールと掛け布団の間にできた、僅かな隙間に滑り込む。
「おやすみなさい」
一仕事を終えた私はご褒美とばかりに、ユベールに寄り添いながら眠りについた。
***
「おはよう」
いつもは私の方が早く目を覚ますのに、今朝はユベールの方から声をかけられた。しかも私をしっかり腕の中に収めながら。
何処にも行かないと言ったのに。それで私より早く起きたのかしら。
それがまた可愛く思えて、私はユベールに向かって微笑んだ。
「おはようございます」
「っ! 何だろう。前と比べると、表情が豊かになった?」
「え? 私にはよく分かりませんが、恐らく足が動いたのと同じ原理だと思います」
「確か、リゼットの魔力が魔石に定着したから、だっけ」
「はい。サビーナ先生にも、あとで確認してみましょう」
多分、同じ見識の回答をされるかもしれない。けれど、それ以上に有益な情報も得られる可能性もある。
言わなければ、伝えなくては、何も得られない。私はユベールからそう教わったから。
***
「おはようございます」
「おはよう、二人とも。よく眠れて?」
パジャマのまま、ユベールと寝室を出ると、サビーナ先生が出迎えてくれた。何処でいつ寝たのか、分からなかったが気にしている様子はない。
それどころか昨日と同じ、黒いローブにつばの広い三角帽子、といった変わらぬ姿のままだった。そこから流れる美しい金髪も、優しい眼差しさえも。
「はい。サビーナ先生は?」
「私は……そうね。特別に種明かしをしてあげるわ。これからはリゼットの様子を見に来るのに、気を遣わせたくはないから」
「そんなこと、言わないでください。サビーナ先生には今も、お世話になっているんですから」
人間だった頃の私はサビーナ先生の教え子だけど、契約していたのはマニフィカ公爵家だった。お礼を渡したくても、罪悪感を抱いているせいで、貰ってはくれないだろう。
それならばせめて、私のできる範囲内で恩返しがしたかった。多分、それも嫌だと仰るだろうから、こっそりと。
「ありがとう、リゼット」
「いいえ。それで今後は、どれくらいの間隔でいらっしゃるんですか?」
「う~ん、そうね。いくら私が、魔石に魔力が定着する時間を短縮させたからといっても、まだ完了はしていないのよ。リゼットの体に負担をかけてしまうから」
「では、来ていただく度に短縮させてくれる、ということですか?」
「それは定着の仕方次第ね」
「定着した後はどうなるんですか?」
私が納得していると、キッチンから飲み物を持って来たユベールが質問をする。
「折を見て、人間に戻る魔法を徐々にかける。リゼットが自力で戻るのが一番いいのだけれど、手助けをさせてほしいの。私がリゼットを人形にしてしまったから」
「気にしないでください。サビーナ先生がどれだけ後悔したのか、痛いほど分かるので」
「リゼット……」
サビーナ先生はテーブルに手を伸ばし、ユベールが持って来た飲み物ではなく、私を持ち上げた。
「本当に可愛い子ね。連れて帰りたいくらい」
「サビーナさん! ダメですよ!」
「あら、少しの間くらいいいじゃない」
「ダメです。昨日、リゼットが約束してくれたんですから。それをすぐに破らせないでください」
「まぁ! 二人とも可愛いわね。これならリゼットが人間に戻るのも早くなりそうだわ」
口を隠していたからだろうか。後半は私にしか聞こえないほど小さな声で言った。だから私も小声で質問をする。
「早くなる、とはどういうことですか?」
「ふふふっ。そろそろ人間に戻りたいと思う頃合いだと感じたからよ」
人間に……戻れば抱きしめられるのに、と昨夜は思ったけど……!
「幸せになってね、リゼット」
サビーナ先生の言葉に私は胸が締めつけられた。私にそんな資格はあるのだろうか。ユベールにはここにいて、と懇願されたけど……それさえも私は迷ってしまった。
幸せになってもいいの? ヴィクトル様の孫であるユベールと、これからも一緒にいていいの?
答えの返ってこない質問が、浮かび上がっては消えていく。悲しい感情は沈んでいくのに、嬉しい感情はたくさん出てきても、何故か苦にはならなかった。
真実を知った私が、このままユベールの傍にいていいのか迷ったけれど、今は一人で寝るのが怖い。
それはユベールも同じだったらしく、サビーナ先生のところへ行こうとしたら止められた。
「僕に遠慮してほしくないんだ。このままサビーナさんについて行かれる方が嫌だから」
「そんなつもりは……」
ないとは言い切れなかった。私の体を熟知しているのはサビーナ先生だし。私はユベールの家族、親戚を不幸にした張本人だから。
「やっぱり……僕は言ったよね。生きる目的のためにリゼットを探したって。それは探し出して終わりじゃないんだよ。一人になりたくないから探したんだ」
「それなら私でなくても……」
いいんじゃない、と言いかけてハッとなった。これは失言だ。ユベールとは何でも言葉にしようと言った間柄だったから、油断した。
「リゼットは、僕じゃない誰かに面倒を見てもらう方がいいの?」
「違います」
「ここを離れる、ということはそういうことだよ。サビーナさんのところに行ったら、僕との接点だってなくなるのに……」
私はベッドから立ち上がり、俯くユベールの頬を撫でた。今はこの距離がもどかしい。
人間だったら、ユベールの頬を包み込める。抱きしめることだって、できるのに……!
「ごめんなさい」
「リゼットにはお祖父様がいるかもしれないけど、僕にはリゼットしかいないんだ……」
「ユベール……」
まるで泣いているかのような声音に胸が締め付けられる。こんなに求められている、と分かるだけで嬉しかった。
「私は何処にも行きません。ユベールの傍にいます。だから――……」
安心してください、と言う前にユベールが横に倒れた。大きく揺れるベッド。それよりもユベールの方が心配で近づくと、規則正しい吐息を立てていた。
「そういえば色々あったから、疲れるのも当然よね。私も眠くなってきたし」
ユベールが見ていないことをいいことに、私は大きな欠伸をした。けれど、まだ寝るわけにはいかない。
私は風魔法で自身を浮き上がらせると、掛け布団の端を掴んだ。
「お、重いっ!」
それでもこのまま寝ては風邪を引いてしまう。
私は持ち上げるのを諦めて、引きずるように掛け布団をユベールの上にかけた。あとはもう、ユベールと掛け布団の間にできた、僅かな隙間に滑り込む。
「おやすみなさい」
一仕事を終えた私はご褒美とばかりに、ユベールに寄り添いながら眠りについた。
***
「おはよう」
いつもは私の方が早く目を覚ますのに、今朝はユベールの方から声をかけられた。しかも私をしっかり腕の中に収めながら。
何処にも行かないと言ったのに。それで私より早く起きたのかしら。
それがまた可愛く思えて、私はユベールに向かって微笑んだ。
「おはようございます」
「っ! 何だろう。前と比べると、表情が豊かになった?」
「え? 私にはよく分かりませんが、恐らく足が動いたのと同じ原理だと思います」
「確か、リゼットの魔力が魔石に定着したから、だっけ」
「はい。サビーナ先生にも、あとで確認してみましょう」
多分、同じ見識の回答をされるかもしれない。けれど、それ以上に有益な情報も得られる可能性もある。
言わなければ、伝えなくては、何も得られない。私はユベールからそう教わったから。
***
「おはようございます」
「おはよう、二人とも。よく眠れて?」
パジャマのまま、ユベールと寝室を出ると、サビーナ先生が出迎えてくれた。何処でいつ寝たのか、分からなかったが気にしている様子はない。
それどころか昨日と同じ、黒いローブにつばの広い三角帽子、といった変わらぬ姿のままだった。そこから流れる美しい金髪も、優しい眼差しさえも。
「はい。サビーナ先生は?」
「私は……そうね。特別に種明かしをしてあげるわ。これからはリゼットの様子を見に来るのに、気を遣わせたくはないから」
「そんなこと、言わないでください。サビーナ先生には今も、お世話になっているんですから」
人間だった頃の私はサビーナ先生の教え子だけど、契約していたのはマニフィカ公爵家だった。お礼を渡したくても、罪悪感を抱いているせいで、貰ってはくれないだろう。
それならばせめて、私のできる範囲内で恩返しがしたかった。多分、それも嫌だと仰るだろうから、こっそりと。
「ありがとう、リゼット」
「いいえ。それで今後は、どれくらいの間隔でいらっしゃるんですか?」
「う~ん、そうね。いくら私が、魔石に魔力が定着する時間を短縮させたからといっても、まだ完了はしていないのよ。リゼットの体に負担をかけてしまうから」
「では、来ていただく度に短縮させてくれる、ということですか?」
「それは定着の仕方次第ね」
「定着した後はどうなるんですか?」
私が納得していると、キッチンから飲み物を持って来たユベールが質問をする。
「折を見て、人間に戻る魔法を徐々にかける。リゼットが自力で戻るのが一番いいのだけれど、手助けをさせてほしいの。私がリゼットを人形にしてしまったから」
「気にしないでください。サビーナ先生がどれだけ後悔したのか、痛いほど分かるので」
「リゼット……」
サビーナ先生はテーブルに手を伸ばし、ユベールが持って来た飲み物ではなく、私を持ち上げた。
「本当に可愛い子ね。連れて帰りたいくらい」
「サビーナさん! ダメですよ!」
「あら、少しの間くらいいいじゃない」
「ダメです。昨日、リゼットが約束してくれたんですから。それをすぐに破らせないでください」
「まぁ! 二人とも可愛いわね。これならリゼットが人間に戻るのも早くなりそうだわ」
口を隠していたからだろうか。後半は私にしか聞こえないほど小さな声で言った。だから私も小声で質問をする。
「早くなる、とはどういうことですか?」
「ふふふっ。そろそろ人間に戻りたいと思う頃合いだと感じたからよ」
人間に……戻れば抱きしめられるのに、と昨夜は思ったけど……!
「幸せになってね、リゼット」
サビーナ先生の言葉に私は胸が締めつけられた。私にそんな資格はあるのだろうか。ユベールにはここにいて、と懇願されたけど……それさえも私は迷ってしまった。
幸せになってもいいの? ヴィクトル様の孫であるユベールと、これからも一緒にいていいの?
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