人形にされた伯爵令嬢~時を紡ぐ愛と家族~

有木珠乃

文字の大きさ
28 / 43
第5章 戸惑い

第28話 再び人へ

しおりを挟む
 ここは何処だろう。ふわふわする。

 夢の中? それとも……死後の世界なのかしら。

 けど想像より、薄暗い。もっと明るいところだと思っていたのに。
 ううん。私はユベールのお祖母様やお父様方、ご兄弟を不幸にした身。薄暗い方が似合っている。

 でも……。

「あんなに『死』を願っていたのに、今は……」

 死にたくない。死が怖いんじゃなくて、ユベールを残していくのが怖かった。

 私がサビーナ先生のところに行くことさえも、嫌がったユベール。
 一人になりたくないと言ったユベール。
 傍にいて、と懇願したユベール。

 今の私は、そんなユベールが愛おしかった。ヴィクトル様に似ているからじゃない。私を求めてくれるからだ。必要だと、言ってくれるからだった。

 何もできなくても、ただ傍にいてほしい、と。
 役に立たない私の世話を焼きたがって、逆にその姿にアタフタしてしまった。

 でもそれは、人形としての私に対しての行為だ。
 ユベールは人間の私も必要としてくれるかな……。
 いざという時でさえ、必要な時に必要な魔法が使えない私を、責めないでいてくれるかな……。

 私に失望しないで、いてくれる……?

 怖い……。もしも、否定されたら、と思うと聞くのが怖かった。けれど言わなければ、ユベールに伝わらない。

 出会ってまだ三カ月。私もユベールの知らないところが多いように、ユベールもまた私のことをよく知らない。だから聞いてみないと。怖くても、勇気を出して。

「こんな私でも……ユベールの傍に、いていい?」


 ***


「勿論だよ。そう約束したじゃないか」
「約束?」
「あれ? もう忘れちゃった? それなら何度でも言うよ。僕はどんなリゼットでも傍にいてほしいって」

 夢……なのかな。自分の望む言葉が返ってきた。だから今度は手を伸ばす。虚無に向かって。それなのに、あっさりと手を握られてしまった。

 凄い。どこまでも都合のいい夢。このまま、ここにいたいな。

「だから、目を覚まして? 僕はここにいるから」

 そうだ。心地よい夢の中にずっといたら、本物のユベールを一人にさせてしまう。

「一人にしないって、約束した」

 私は手を伸ばした先の方を見据える。すると、その場所を中心に、一気に明るくなり始めた。その光があまりにも眩し過ぎて、私は思わず目を瞑る。

 それでもユベールの声は聞こえて来た。

「そうだよ、リゼット。良かった、憶えていてくれて」
「うん。だって私も……一人になりたくない……から!」

 叫ぶ勢いに任せて、私は目を開けた。途端、ユベールの顔が至近距離にあって、思わず飛び出しそうになる。けれど、その当人に肩を掴まれていて、身動きが取れなかった。

 えっと、えっと、ここはどこ? というか、何が何で、何が起こったのーー!!

「良かった。なかなか目を覚まさないから、心配したんだ。おまけに寝言? みたいなのを言うから」
「え? え? もしかして声に出ていたの? さ、さっきの……会話……」
「うん」

 キャャャャャャャャャャーーー!!

 ……つまり、あの時の会話は夢であって夢じゃなかったってこと?

「ど、どこから?」
「返事? それとも寝言? 『こんな私でも……ユベールの傍に、いていい?』って言うから、勿論だよって答えた」

 それは……ほぼ全部……!

 寝言を聞かれていたこと自体、すでに恥ずかしいことなのに。そんな平然と答えないで……!

 私は毛布を鼻の高さまで上げた。けれどすぐに、ユベールによって剥ぎ取られてしまった。

「あー!」
「ダメ。リゼットの顔をよく見せてよ。ちゃんと赤い瞳を見たい」
「な、なんでー!?」
「だって、人形の時は小さくてよく見えなかったからだよ」

 え?

「人形の時はって?」
「う~ん。自覚なしか。近くに鏡もないし……」

 私の質問に応えずに、思案し出したユベール。説明し辛いことなのだろう、と思っていた矢先、突然、覆いかぶさるように抱き締めた。

「ゆ、ユベール!」

 体を横にしていたから、さらに困惑してしまう。背中に回った腕のお陰で、ユベールの重みは感じない。が、今度は上半身を起こされた。

 私は咄嗟に、宙に浮いた手をユベールの背に回し、服を掴む。と、そこで違和感を覚えた。

 腕が余る。もう少し伸ばせば、抱き返せそうな感じがしたのだ。私はそのまま掴んでいた手を離し、腕を伸ばす。すると考えていた通りの結果になった。

 さらにもう一つ感じる、違和感。
 そう、目線だ。ユベールの肩越しに見える景色がいつもより高い。いや、上半身を起こしたのに、ユベールの背後にある家具が、そもそも見えるはずがないのに……どうして?

「どう? 少しは分かった?」
「……もしかして、私……人間に戻れたの?」
「うん。あと敬語も取れたかな」
「あっ!」

 思わず体を引くと、ユベールは簡単に私を離してくれた。
 人形の時も、ずっと傍にいたはずなのに、ユベールの顔をこんなにも近い距離で見たのは初めてだった。いや、見つめ合ったのは。

 こうして見ていると、ヴィクトル様と似ていると思っていたユベールの顔が、違うように見えてきた。
 幼さは勿論のこと、いたずらっぽい笑みが特徴的なユベール。硬い表情が多かったヴィクトル様と違って、柔らかくて居心地がとてもいい。

 今だって、向き合っている体勢が気恥ずかしいと感じるのに、それほど嫌だとは思わない。むしろ、このままがいい……って何を私は!

「リゼット」

 心の中で百面相をしていると、突然、名前を呼ばれて、額にキスをされた。思わず後ずさりをするが、ベッドの上にいるため、これ以上はできない。

「ゆ、ユベール!」

 一体、何を! と言いたいのに、名前を呼ぶだけで精一杯だった。けれどユベールは、そんな私を宥めるように、頬を優しく撫でる。

「ありがとう」
「え?」
「人間に戻れたのとか、敬語が取れたとか、色々あるけど、一番これを伝えたかったんだ。リゼットが助けてくれなかったら、僕はあのまま焼け死んでいたはずだから」
「焼け……っ!」

 そうだ。思い出した。赤毛の少女が松明を持って、ユベールはそれを止めようと……。でも結果的に炎はユベールと少女を包み込み、さらに家や草木にまで燃え移ったのだ。

 それなのに、ユベールを見ても傷がない。あんなに勢いよく燃えていたのに、どうして?

「……私はあの時、火を消すことができなかった。ユベールも酷い有り様だったはずなのに。あれ? 私、火の中に飛び込んだんだっけ?」
「どうやら、人形になった時と同じだね。人間に戻った時の前後の記憶が曖昧になっているんだよ」

 確かに。私はいつ、どのタイミングで人間に戻ったんだろう。サビーナ先生の力を借りることなく。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...