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第6章 家族になろう

第38話 思いやりの深さ

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 サビーナ先生と初めて会ったのは、十歳の頃。魔術の授業はそれ以前からあったのだが、とある問題が発生して、交代を余儀なくされた。
 あの頃はまだ、ヴィクトル様も頻繁に会いに来られていた時だった。たまたま私が前任の先生に暴言を吐かれ、体罰を受けている姿を見てしまい、その場で退去命令を出されたのだ。

 本当はたまたまではなく、マニフィカ公爵夫妻やヴィクトル様の目を盗んでは、同じようなことをしていた。
 他の教師たちも、わざと私の成績を下げて報告をしていたのも知っている。

 使用人たちに何か吹き込まれたのかは定かではないが。恐らく、その影響を受けていたのだろう。

 けれど魔術の授業だけは、本当に成績を伴わなかったから、完全に否定はできなかった。むしろ、軽視していると思われたらしく、前任の先生は私に強く当たった。

『何でこれくらいの魔法ができないのですか! 他の授業は違うと聞きましたよ!』

 その声と共に聞こえてくる鞭のしなる音は、今でも怖い。体が震えるほどに。

 しかし、次に来たサビーナ先生は違った。できなかった時は、別の魔法を。時には気分転換と称して屋敷の外に連れ出してくれた。

『あんなジメジメした部屋にいたら、できるものもできないでしょう?』

 後々聞くと、サビーナ先生は色々な街を旅するのが好きなのだと語ってくれた。魔術の話とは関係のない話だったが、私はそれを聞くのが好きだった。
 まさか、永久の時を生きる魔女だから、点々としていたなんて、その時は思いもよらなかったけれど。

 それでも私にとっては唯一、楽しい授業だった。

 だから正直に言うと、魔術師協会の本部で働くこと自体は構わない。同年代の人たちがいる、という話も魅力的だったし、何よりサビーナ先生と一緒なら大丈夫な気がしたのだ。

 恩返しがしたい。ユベールに出会えたこと。新たな道標を作ってくれたこと。その全てに。だから……。

「この話、是非、引き受けさせてください。ようやく得意な魔法が分かって、一からその道を学びたいんです。勿論、サビーナ先生の補佐も頑張ります」

 私は立ち上がって、サビーナ先生の前で頭を下げた。

「ありがとう、リゼット。引き受けてくれて。これで多少、私の肩の荷が下りたわ」
「そんなっ。養女にしていただいたばかりか、ここまでされて感謝しかないのに」
「でも、本来なら今の私のポジションはリゼットのものだったのよ」
「えっ」

 ポジションって、魔女のことではないとすると、魔術師協会の理事!?

「マニフィカ公爵様と一緒に、竜を退治できていれば、魔術師としての功績は絶大。現にユベールくんのお祖母様は、マニフィカ公爵家が没落した後、魔術師協会本部に身を寄せていたからね。理事として」
「サビーナさん、言っていましたよね。リゼットをエルランジュ姓ではなく、マニフィカ姓にしたいって。それがあるべき形に戻すことだって。これもその一環なんですか?」

 あるべき、形……?

「どういうことですか? サビーナ先生」
「そのままの意味よ。本来、享受すべきものを享受させる。魔術師協会の理念にも則ったやり方。これは元々、魔女たちの考えなのよ。人形にしなくても、もっと他に道があったんじゃないかって、ずっと後悔していたから。でも、ユベールくんと過ごすリゼットを見ていたら、そんな考えも吹っ飛んだの」
「サビーナ先生……そこまで……」
「これは私が勝手に思っていたことだから、リゼットに責任はないのよ。これから二人の世話ができると思うと、ワクワクしちゃうくらいなんだから。あっ、勿論、お給料は出るから安心して。二人が自立できるようになるまでが、私の仕事だと思っているから」

 気にしないで、とでも言うように、私の手を取るサビーナ先生。

「あと、養女の件。勝手に決めて、手続きしてしまって、ごめんなさいね」
「そんなことはありません。むしろ嬉しかったので、謝られると逆に困ってしまいます」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。事件直後、ユベールくんの立場では、私が後ろ盾になることは難しかったの。没落したとはいえ、元貴族だから。魔術師協会もうるさくてね。でもリゼットなら、同じ魔術師だから簡単に手続きできたってわけ」
「魔術師を保護する名目、でしたっけ?」
「そうよ。よく覚えていたわね、リゼット。上出来よ」

 サビーナ先生の言葉に頬が緩んだ。昔もこうやって、褒めてもらうのがとても嬉しかったから。
 すると後ろから、何かを引きずる音がした。振り向こうとした瞬間、肩を掴まれてそのまま下に。椅子に座らされたのだ。ユベールによって。

「可愛い娘なら、いつまでも立たせておかないでくださいよ」
「あら、私としたことが。でも、私の隣に座らせたくはなかったでしょう?」
「まぁ、そうですが」

 気まずくなったのか、ユベールは自分の椅子も持って来て、私の隣に腰を下ろした。

「僕を除け者にしないでください」
「するわけないでしょう。未来の息子に対して。それでユベールくんも、私の提案に同意してくれた、と思ってもいいのかしら」
「はい。行く当てもありませんし、今まで通りの内容で、仕事ができるのなら断る理由なんてありません」
「ふふふっ、良かったわ。それでこれからのことなんだけど――……」
「あ、あの! その前に、一つだけいいでしょうか」

 これからと聞いて、私は慌ててサビーナ先生の言葉を遮った。どうしても譲れない案件があったからだ。それは……。

「何? リゼット」
「アコルセファムに行く前に、どうしても行きたいところがあるんです」
「行きたい、ところ?」

 この時代の人間ではないリゼットに、そんなところがあるの?

 口には出されなかったが、ユベールとサビーナ先生の顔には、そう書いてあった。
 確かに昔だって、ろくに外へ出かけたこともなかった私に、行きたいところなど、あるはずもない、と思われても全然おかしくはなかった。

 けれど、これだけは譲れない。前を向くためには、過去と決別をする必要があるから。

 私は頷く代わりに目を閉じた。そして、二人を見据えて告げる。その行先を。

「ヴィクトル様の、眠る土地へ」

 今はもう、会うことが叶わない人に、会いに行きたいと願った。
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