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第7話 最後もやらかしました!
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ガラス工房に寄った後、私とスティグは他のお店も覗いた。
毎回、何か買おうとするスティグを止めるのは大変だったが、それでも私はとても楽しかった。この異世界に来て、ようやく充実した日々を過ごしているように感じたからだ。
それが隙になったのだろう。私はとんだミスをしていることに、気づいていなかった。
「可愛い~」
港町のゴール地点といえば、船の停泊場所。
そこには勿論、可愛い猫たちの姿があった。ちょっと歩いただけでも、塀や屋根の上に可愛い猫たちが気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
転生前でも見慣れた三毛猫、茶トラ、キジトラ。その姿に思わず駆けて行きたくなる。しかし今の私は一人で行動することができない。
傍を離れるな、と言われているし、何より左手はスティグにしっかりと握られている。
これは素直に聞いてみる? 猫のところに行きたいって。
でも、貴族令嬢が猫を触りに行くのは、さすがにアウトな気がした。私自身は淑女教育を受けていなくても、カティアは違う。いや、スティグにはしたないと思われるのも嫌だったのだ。
けれど声までは抑えられない。
「あっちの猫も可愛い~」
癒される~。猫の可愛さは、いや可愛いに癒されるのは、どの世界でも一緒!
それに私は、入院する前まで猫を飼っていたのだ。
余命宣告を受けた時は、その後のことも考えて、すぐに引き取り先を探した。せめて私が生きている間に、新しい飼い主さんと環境に慣れてほしくて。
一応、連絡を受けられるまでは、関係が良好だと聞いた。だから今頃、快適な生活をしていると思う。
そう言えば、貴族物の話で犬を飼っている場面はあったけど、猫はどうなのかな。飼えるなら飼いたい。
私はスティグの名前を呼ばないように気をつけながら、横を見た。すると、なぜか優しい眼差しを向けられる。
なんで、そんな反応をするの?
「猫が好きなんだな」
私はその瞬間、色々やらかしていたことに気がついた。
もしかして、カティアは猫に興味がなかった? 海はどうだろう。
そもそも自分の家の近くにある街を、十八歳の女の子が興味津々な態度を取るのは不自然だった。
さらによくよく考えてみると、私は異世界にはしゃぎすぎて、カティアを演じていた自覚すらない。
貴族令嬢としての振る舞いは……スティグと手を繋いでいたから、問題はないはず。あとは何かおかしなことを言っていないか、だった。
おそらく今の私の顔は、青くなっていただろう。
ゆっくりと右から左へ頭を動かす。そして、体も右へそっと横に移動した。左手もさりげなく外そうと、指を広げる。が、それにスティグは気づいたのか、強く握り返された。
「っ!」
痛っ! 一瞬、目を瞑ると、庭園のガゼボでテーブルが叩かれた時のことを思い出す。
「すまない」
あの時と同じセリフが返って来た。違うのは、スティグの手が私の頬に届いたことと、優しい声音だったことだ。
「……顔色が悪いな。今日はもうここまでにしよう」
心配そうな声にいたたまれなくなった私は、そのまま黙って頷く。すると突然、スティグに抱き上げられてしまった。
「ま、待ってください。いくらなんでも歩けます」
「ダメだ」
「人が見ています」
「病人を運んでいるんだ。誰も不思議には思わない」
「わ、私は病人じゃありません」
「じゃ、なんで顔が青いんだ?」
「それは……」
私がカティアじゃないってバレたから、とは言えず、口を閉じた。その間にも、スティグは私を横抱きにしたまま街中を歩いて行く。
「君がカティアじゃないことは、もう知っている」
「!!」
「そんなに怯えないでくれ。責めているわけじゃないんだ」
スティグは私を宥めるように、優しい口調を保ったまま言った。だから、私も暴れずに聞くことができたのだ。
「いつ、からですか?」
「君が質問をしてきた時、かな。カティアはすでに知っていることを、改めて聞くようなことはしないから」
「カティアも聞いたんですか? どこを好きになったかを」
「……告白した後、すぐに聞かれた」
そっか。つまり、スティグの中では最近、耳にした質問だったから、すぐに私がカティアじゃない、と分かったんだ。
その前に求婚書を送り返してもいたし。おそらくメイだけでなく、お父様から聞いたと言っていたのも、あながち嘘じゃないのだろう。
転生直後は、随分周りの人たちに迷惑と心配をかけたから。
それを総合した結果、導き出した答えだったのだ。けれど私は質問を続ける。
「カティアの性格が変わった、と思ってもよさそうなのに、別人と判断したのは何故ですか?」
「俺がカティアを見間違えるはずはない」
「っ!」
胸に強く突き刺さった。
分かっていたことじゃない。スティグは物凄くカティアが好きなのよ。私はただその体に入ってしまっただけ。
これ以上、何も言わなければいいのに、悲しくなる気持ちが溢れて、抑えられなかった。口に出さなければいいものの、それでも言葉が飛び出した。
「それならどうして、私の相手をしてくれるんですか? 体裁が悪いからですか?」
「違う。あの時、君が俺を好きになってくれたように、俺も好きになったんだ」
「なっ!」
「そうだろう。『好きでもない人と結婚なんてできません!』と言う君のことだ。好きでもない人に、髪をキスされて、拒否しなかったのは、そう言うことだろう?」
私がわなわなしていると、いつの間にか馬車が置いてある場所に着いたらしい。車内に入り、ようやく人の目がなくなって安堵したが、私たちの体勢はそのままだった。
「カティアのこと、凄く好きじゃないですか。それなのに、すぐに心変わりするなんて」
「信用できないのは無理もない。だが、嘆いていてカティアが返ってくるのか?」
「それは、断言できません」
今まで見てきた異世界転生ものでも、中の人と意思の疎通ができた案件はある。けれど今の私は、カティアの存在を感じることができない。
だから、本当に成り代わってしまったのか、別の所にいるのか。確かめようもなかった。
「なら、いいじゃないか。正直、カティアの姿をした君が他の男と一緒にいるところは見たくない」
あっ、一目惚れって言っていたよね、確か。それに、ずっと思っていた相手だ。その姿形は忘れたくても忘れることはできない。
「君は俺が他の女と一緒にいても、構わないだろうが」
「そ、それはズルいです。まだ何も知らない私に対して」
「他の男に目が行く前に、牽制する必要があるからな」
「現れてもいないのに、大袈裟すぎませんか?」
「それくらい、君が好きだと思ってほしいんだが」
私が真っ赤な顔を横に向けると、スティグは目の前に現れた、赤い頬に向かって口付けた。
してほしくて、横に向けたわけでも、差し出したわけでもないんですけど!
私は頬を触りながら、抗議の目を向けた。
スティグはその手すら取って口付ける。
「だから改めて、いや君には初めて言うから、そうだな。シンプルに聞いてほしい、だろうか」
「何がですか?」
「今度こそ、求婚書を受け取って貰える言葉だよ」
確信を得た言葉だった。私も否定しない。それが嬉しかったのか、スティグは表情を和らげた。
「俺と結婚してくれますか? ティア」
「喜んで」
私は笑顔でそう言うと、スティグの首に腕を回してキスをした。カティアの体では初めてじゃないだろうけど、私にとっては初めてのキス。
スティグは空いていた腕も私の背中に回して、強く抱き締めてくれた。
***
「ところで、ティアってなんですか?」
唇が離れ、息を整えると、私は一つ疑問を投げかけた。
「君のことだよ。カティアじゃないのに、カティアというのはおかしいだろ。だが、他の呼び名だと周りに不審がられる。だから、愛称ではないけれど、周りが愛称だと思えるようなものなら、不便に感じないだろうと思って。ティアと名付けてみたんだが、気に入らなかったか?」
思った以上に色々と考えてくれていたことに、反対する通りはない。
「いいえ。気に入りました。それと今更なんですが」
「何だ?」
スティグの声が硬かった。
「敬語が取れる自信がないんです。こんな私でもいいですか?」
「それは、取れるまで待たなくていいと言う風にも聞こえるんだが」
え? そこまでは考えていなかった。が、私もスティグの意地悪さが移ったのだろう。
「了承してくれるのなら、もう求婚書を返却しません」
「分かった。諦めるよ。求婚書を返されるのは、もうこりごりだからな」
「ふふふっ、すみません」
そう言って、再びスティグにキスをした。私ができる精一杯の謝罪を込めて。
毎回、何か買おうとするスティグを止めるのは大変だったが、それでも私はとても楽しかった。この異世界に来て、ようやく充実した日々を過ごしているように感じたからだ。
それが隙になったのだろう。私はとんだミスをしていることに、気づいていなかった。
「可愛い~」
港町のゴール地点といえば、船の停泊場所。
そこには勿論、可愛い猫たちの姿があった。ちょっと歩いただけでも、塀や屋根の上に可愛い猫たちが気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。
転生前でも見慣れた三毛猫、茶トラ、キジトラ。その姿に思わず駆けて行きたくなる。しかし今の私は一人で行動することができない。
傍を離れるな、と言われているし、何より左手はスティグにしっかりと握られている。
これは素直に聞いてみる? 猫のところに行きたいって。
でも、貴族令嬢が猫を触りに行くのは、さすがにアウトな気がした。私自身は淑女教育を受けていなくても、カティアは違う。いや、スティグにはしたないと思われるのも嫌だったのだ。
けれど声までは抑えられない。
「あっちの猫も可愛い~」
癒される~。猫の可愛さは、いや可愛いに癒されるのは、どの世界でも一緒!
それに私は、入院する前まで猫を飼っていたのだ。
余命宣告を受けた時は、その後のことも考えて、すぐに引き取り先を探した。せめて私が生きている間に、新しい飼い主さんと環境に慣れてほしくて。
一応、連絡を受けられるまでは、関係が良好だと聞いた。だから今頃、快適な生活をしていると思う。
そう言えば、貴族物の話で犬を飼っている場面はあったけど、猫はどうなのかな。飼えるなら飼いたい。
私はスティグの名前を呼ばないように気をつけながら、横を見た。すると、なぜか優しい眼差しを向けられる。
なんで、そんな反応をするの?
「猫が好きなんだな」
私はその瞬間、色々やらかしていたことに気がついた。
もしかして、カティアは猫に興味がなかった? 海はどうだろう。
そもそも自分の家の近くにある街を、十八歳の女の子が興味津々な態度を取るのは不自然だった。
さらによくよく考えてみると、私は異世界にはしゃぎすぎて、カティアを演じていた自覚すらない。
貴族令嬢としての振る舞いは……スティグと手を繋いでいたから、問題はないはず。あとは何かおかしなことを言っていないか、だった。
おそらく今の私の顔は、青くなっていただろう。
ゆっくりと右から左へ頭を動かす。そして、体も右へそっと横に移動した。左手もさりげなく外そうと、指を広げる。が、それにスティグは気づいたのか、強く握り返された。
「っ!」
痛っ! 一瞬、目を瞑ると、庭園のガゼボでテーブルが叩かれた時のことを思い出す。
「すまない」
あの時と同じセリフが返って来た。違うのは、スティグの手が私の頬に届いたことと、優しい声音だったことだ。
「……顔色が悪いな。今日はもうここまでにしよう」
心配そうな声にいたたまれなくなった私は、そのまま黙って頷く。すると突然、スティグに抱き上げられてしまった。
「ま、待ってください。いくらなんでも歩けます」
「ダメだ」
「人が見ています」
「病人を運んでいるんだ。誰も不思議には思わない」
「わ、私は病人じゃありません」
「じゃ、なんで顔が青いんだ?」
「それは……」
私がカティアじゃないってバレたから、とは言えず、口を閉じた。その間にも、スティグは私を横抱きにしたまま街中を歩いて行く。
「君がカティアじゃないことは、もう知っている」
「!!」
「そんなに怯えないでくれ。責めているわけじゃないんだ」
スティグは私を宥めるように、優しい口調を保ったまま言った。だから、私も暴れずに聞くことができたのだ。
「いつ、からですか?」
「君が質問をしてきた時、かな。カティアはすでに知っていることを、改めて聞くようなことはしないから」
「カティアも聞いたんですか? どこを好きになったかを」
「……告白した後、すぐに聞かれた」
そっか。つまり、スティグの中では最近、耳にした質問だったから、すぐに私がカティアじゃない、と分かったんだ。
その前に求婚書を送り返してもいたし。おそらくメイだけでなく、お父様から聞いたと言っていたのも、あながち嘘じゃないのだろう。
転生直後は、随分周りの人たちに迷惑と心配をかけたから。
それを総合した結果、導き出した答えだったのだ。けれど私は質問を続ける。
「カティアの性格が変わった、と思ってもよさそうなのに、別人と判断したのは何故ですか?」
「俺がカティアを見間違えるはずはない」
「っ!」
胸に強く突き刺さった。
分かっていたことじゃない。スティグは物凄くカティアが好きなのよ。私はただその体に入ってしまっただけ。
これ以上、何も言わなければいいのに、悲しくなる気持ちが溢れて、抑えられなかった。口に出さなければいいものの、それでも言葉が飛び出した。
「それならどうして、私の相手をしてくれるんですか? 体裁が悪いからですか?」
「違う。あの時、君が俺を好きになってくれたように、俺も好きになったんだ」
「なっ!」
「そうだろう。『好きでもない人と結婚なんてできません!』と言う君のことだ。好きでもない人に、髪をキスされて、拒否しなかったのは、そう言うことだろう?」
私がわなわなしていると、いつの間にか馬車が置いてある場所に着いたらしい。車内に入り、ようやく人の目がなくなって安堵したが、私たちの体勢はそのままだった。
「カティアのこと、凄く好きじゃないですか。それなのに、すぐに心変わりするなんて」
「信用できないのは無理もない。だが、嘆いていてカティアが返ってくるのか?」
「それは、断言できません」
今まで見てきた異世界転生ものでも、中の人と意思の疎通ができた案件はある。けれど今の私は、カティアの存在を感じることができない。
だから、本当に成り代わってしまったのか、別の所にいるのか。確かめようもなかった。
「なら、いいじゃないか。正直、カティアの姿をした君が他の男と一緒にいるところは見たくない」
あっ、一目惚れって言っていたよね、確か。それに、ずっと思っていた相手だ。その姿形は忘れたくても忘れることはできない。
「君は俺が他の女と一緒にいても、構わないだろうが」
「そ、それはズルいです。まだ何も知らない私に対して」
「他の男に目が行く前に、牽制する必要があるからな」
「現れてもいないのに、大袈裟すぎませんか?」
「それくらい、君が好きだと思ってほしいんだが」
私が真っ赤な顔を横に向けると、スティグは目の前に現れた、赤い頬に向かって口付けた。
してほしくて、横に向けたわけでも、差し出したわけでもないんですけど!
私は頬を触りながら、抗議の目を向けた。
スティグはその手すら取って口付ける。
「だから改めて、いや君には初めて言うから、そうだな。シンプルに聞いてほしい、だろうか」
「何がですか?」
「今度こそ、求婚書を受け取って貰える言葉だよ」
確信を得た言葉だった。私も否定しない。それが嬉しかったのか、スティグは表情を和らげた。
「俺と結婚してくれますか? ティア」
「喜んで」
私は笑顔でそう言うと、スティグの首に腕を回してキスをした。カティアの体では初めてじゃないだろうけど、私にとっては初めてのキス。
スティグは空いていた腕も私の背中に回して、強く抱き締めてくれた。
***
「ところで、ティアってなんですか?」
唇が離れ、息を整えると、私は一つ疑問を投げかけた。
「君のことだよ。カティアじゃないのに、カティアというのはおかしいだろ。だが、他の呼び名だと周りに不審がられる。だから、愛称ではないけれど、周りが愛称だと思えるようなものなら、不便に感じないだろうと思って。ティアと名付けてみたんだが、気に入らなかったか?」
思った以上に色々と考えてくれていたことに、反対する通りはない。
「いいえ。気に入りました。それと今更なんですが」
「何だ?」
スティグの声が硬かった。
「敬語が取れる自信がないんです。こんな私でもいいですか?」
「それは、取れるまで待たなくていいと言う風にも聞こえるんだが」
え? そこまでは考えていなかった。が、私もスティグの意地悪さが移ったのだろう。
「了承してくれるのなら、もう求婚書を返却しません」
「分かった。諦めるよ。求婚書を返されるのは、もうこりごりだからな」
「ふふふっ、すみません」
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