24 / 29
第一章 家族編
18話 誰にも譲れない想い
しおりを挟む
予定よりも長く父様を待たせてしまったため早歩きで執務室に向かうと、いつもならドアの前に立っている護衛や使用人が、誰一人として待機していなかった。きっと、リュカを襲おうとした不届き者のところに向かうよう指示されたのだろう。
身内しかいないためノックはしないが、形式的に「失礼いたします」と声をかけて部屋の中に入る。
「来たか。リュカはちゃんと寝たのか?」
「少し起こしてしまいましたが、今はぐっすり眠っています」
「寝起きの息子か……少しは見てみたいものだな」
「だめです」
間髪入れずに否定の言葉を述べた後、「リュカはもう僕のだから」という理由を付け足して再度拒否する。父様の眉間の皺がさらに濃くなった。
「一つ聞いておきたいのだが、その“僕のリュカ”というのは恋愛的な意味なのか?」
「もちろんそうです。リュカも僕にキスしてくれましたしね」
「いや、あれは絶対そういう意味でしてないと思うぞ」
「生まれたばかりのリュカを一目見た瞬間にビビッときたんです……この子は絶対に死なせてはいけないって」
生まれたてでしわくちゃな顔なのに、どこの誰よりもかわいかった。僕は当時5歳で、お披露目も済んでいたから、たくさんの子どもや大人を見てきた。公爵家の長男だから跡継ぎのことも考えなければならない。そんなことはわかっている。でも、気になる人なんていない。そんな気が滅入っているときにリュカが生まれた。
腕に軽々と収まる小さな命にあふれんばかりの庇護欲が生まれて、僕はできる限りのお世話を精一杯した。僕の口から出るのは「かわいい」という賞賛の言葉だけ。
リュカを弟として見ないといけないのはわかっている。でも……それでも、喋れるようになってからもずっと僕にべったりな弟を、いつのまにか好きになってしまっていた。
「僕は……リュカのことが大好きなんです」
「……いいか、この国はたしかに同性婚が認められている。男同士で結婚するのは全く問題ない。だがな、唯一同性の兄弟姉妹で結婚するのは認められていないんだ」
「同性同士だと子を授かることができないから、その家の貴族の血を途絶えさせないためにそう定められているのは知っています」
「知っていてどうして恋愛対象として見る?」
「それは……」
リュカはまだ5歳なのに、同年代の子よりも明らかに人の気持ちを察することに長けている。このままリュカのことを好きでいたら、リュカは僕に気を遣って、自分の気持ちなんて関係なしに僕と付き合ってしまうかもしれない。僕の恋心はリュカの負担になる。
……でも、もういまさら気持ちを隠せない。
「僕がリュカのことを愛しているからです。それ以外に理由なんてありません」
「……まさか5歳と10歳の、しかも自分の息子たちの恋愛に関わるとは思っていなかった」
「早すぎますかね」
「いや、恋愛に早すぎるなんてものはないと思うぞ」
父様は否定の言葉を口にするが、額に手を当てて、何と言おうかと悩んでいる。大体こういうときはそっとしておくのが筋なんだろうけど、将来的にリュカと結婚したい僕は父さまに追い打ちをかける。
「ですので、他の貴族との結婚話は持ってこないでください」
「……実はな、お前がそう言うと予想していた。安心しろ。無理な婚約、結婚をさせるつもりはない。何より私が恋愛結婚であったからその良さを知っている。いや、リュカやクラウスに迷惑をかけてしまったのだから、その悪さも知っているか」
「父様……」
「それに、ただでさえ容易に結婚できない者を好きになった息子に、別の誰かと一緒になれと命令するのは酷な話だ」
言い切った後、安心しろとでもいうように父様は目尻に皺をつくった。
……今日まで一度も、父様が僕に笑顔を向けてくれたことなんてなかった。リュカが僕たちの関係まで良くしてくれたんだ。胸がギューッと苦しくなる。でもそれは悪い意味じゃない。
たった5歳なのにどうしてこんなに存在感が大きいのだろうか。感謝してもしきれない。やっぱりずっと僕の傍にいてほしい。
僕は無意識のうちに頬を緩ませて、胸を押さえていた。お互い何を言えばいいのかと言葉がつまり、シンっとした空気が流れる。その時、コンコンという音が部屋中に響いた。
「入れ」
「夜分遅くに失礼いたします。旦那様にご報告をと思い、参りました」
きちりとした一礼をして、執事のセバスチャンが入ってきた。白髭の生えた老紳士で、使用人の中ではこの家に使えている歴が一番長い。「セバスチャンは信用できる執事だ」と父様から話されたことがある。
「報告?」
「はい。どうやら先程捕らえた者たちの命が絶えたようでして」
「死んだ……?」
父様に向けて話しているのに、思わず声を出してしまった。僕がリュカに渡した魔法陣は、相手を死なせないように精密に練ったもの。水が口にずっと張り付くように設定したのは、舌を噛みちぎったり毒薬を飲み込んで自決したりするのを防ぐという目的も兼ねていた。でも、やっぱり僕が作った魔法なんて完璧じゃなかったのだろうか。
「それがクラウス様の魔法ではなく、爆散して亡くなったようです」
「爆散だと?」
「はい。自決ではなく、外部からの攻撃で死亡したと考えた方が合理的かと思われます」
「なるほど、今回もそうだったのか」
「父様、“今回も”とはどういうことですか?」
リュカに関することは何でも知りたい。前のめりになって父様に尋ねる。
「リュカが4歳の時だったか、1人で平民街に出かけてしまった際に、リュカのことを男娼だと勘違いした者がいたんだ」
「な、なんということですか!」
「まあ、リュカがいた場所がそういった者が集まる場所だったからな。勘違いしたのは仕方ないとしても、一応忠告だけはしておこうと話をするために騎士に命を出していたんだ。だが、騎士が男の家を訪ねたときには、すでに何者かによって命を奪われていた」
「なるほど。だから父様は“今回も”と言ったのですね。つまり、僕達以外にリュカのために手を下した人がいるということですか……」
「そうだ。だが、死体には不自然な点があってだな、まるで男の体内で何かが爆発したかのように、辺りに肉片が散らばっていたらしい」
僕は顎に手を当てて考え込む。火属性の持ち主なら、一人を吹き飛ばす程度の爆発魔法など容易いだろう。しかし、それでも“体内で爆発”というのは不可能だ。なぜなら、爆発魔法というのは体外に当てて発動させるものだから。
仮に体内で爆発魔法を発生させようとするなら、食道などの消化器官に手を突っ込んで行うしかない。ただ、それだと爆発に巻き込まれて術者も負傷してしまう。今回のケースに関して言えば、口元は僕の魔法で塞がれていたはずだ。
____つまり、これは人間には不可能な殺人。
「その報告が真実なら、魔物がリュカの味方をしているということになってしまいますね」
「……やはりお前でもそう思うか」
「ええ、人間には不可能なことですし。それにリュカは黒髪黒目で、魔物と契約している者が持つと言われている闇属性を持っています。魔物が味方していたとしても何も不思議ではありません」
「セバスチャン、妻は生きているのか?」
「はい、現時点で死んだという報告はございません」
「ということは、リュカが心の底から拒絶した者が殺されているということだな」
考え込んでいたせいでいつのまにか引き締まっていた口元が、父様の言葉を聞いてまた緩みだした。リュカはやっぱり優しい子なんだということを思い知らされる。自分を殺そうとしたお母様のことはもちろんだけど、無視してしまっていた僕のことまで心から拒絶していないなんて、あまりにもいい子すぎないだろうか。だめだ、口元が抑えられない。
とりあえずリュカに悪い影響は無いようなので、この爆散して死亡するという事件はいったん保留にする。
「考えても仕方ないですね。リュカに実害はないようですし、お母様も無事生きていらっしゃるみたいなので」
「それはそうなんだが、もうリュカ基準で考えているのだな」
「……貴族だからとか、もう関係ないです。僕はリュカのことを守るって決めたので」
貴族としては誇ってはいけない判断だろう。だけど、もう心に刻んだ。あれほど傷つけてしまったのに、苦しめてしまったのに、懸命に僕のことを信じてくれたリュカを二度と悲しませたくない。僕は真剣な眼差しで父様を見つめる。
「まあ、ただ私もそう思う。これ以上リュカを悲しませてはいけない。私もリュカのことを愛しているからな」
「いえ、僕の方がリュカのことを愛しています」
以前まで一切しなかった些細な言い合い。僕たちの言い合いの内容が穏やかなことを確認したセバスチャンは口元を綻ばせる。
「旦那様方が仲良くなれたようで何よりでございます。クラウス様、もう夜も遅いのでおやすみになられてください」
「そうするよ。わざわざ報告ありがとう、セバスチャン」
「とんでもないことでございます」
セバスチャンに「仲が良い」と言われた僕たちは顔を見合わせてふふっと笑う。丑三つ時の暗闇につつまれた部屋の中で、締め切ったカーテンから微かに入り込む月の光が、貴族らしからぬほどに口角を上げた僕たちの口元を照らす。
父様に礼をしてから執務室を出た僕は、自分の部屋に戻らず、リュカの部屋に直行した。というのも、ベッドに寝かせるときに、浄化魔法をかけるのを忘れてしまっていたから。
いつ見てもリュカは綺麗だから失念していた。僕のせいでリュカのかわいいおでこに泥がついてしまったのだから、最後まで責任を持たないと。
リュカが部屋から出られるようにと隙間が開けられているドアを押して部屋の中に入ると、すぴすぴと鼻息を立てながら寝ている僕の弟の姿があった。もちもちのほっぺたに手を添えて、≪クリーン≫と呟くと、リュカの体が眩い光に包まれる。光が収まって添えていた手を滑らすと、汗でしっとりとしていた感触からすべすべとした感触に変わっていた。
自分にも浄化魔法をかけて、音を立てないように気を付けながらベッドに座り、寝る前の最後の挨拶にとリュカのほっぺたにキスをする。さっきよりも深く眠っているリュカは、僕のキスに全く気付かなかった。
かわいい寝顔を目に焼き付けることができた僕は、自分の部屋に帰るために立ち上がろうとした。だけど眠気が波のように襲ってきて、もう一歩も動くことができなくなってしまっていた。さっきまでは立っていたから溜まった疲れに気付かなかったけど、一日中気を張っていたせいで、いつもより疲れてしまったのだろう。
襲ってきた強すぎる眠気に抵抗することができない僕は、大人しくリュカのベッドに横になって、目の前にある小さな手を握りしめた。むにゃむにゃと口元を動かすかわいいリュカの姿を見て心が満たされた僕は、目を瞑って夢の世界に旅立った。
___________________
第1章(家族編)完結。
ちなみにこの後、リュカの寝顔を一目見ようとした父様がリュカの部屋に忍び入って、リュカと一緒に寝ているクラウスのことを見つけます。自分の息子たちの仲睦まじい姿にほっこり。だけど、リュカの貞操の危機を察知して、ぐっすりと眠っているクラウスを抱っこし、自室に戻します。
朝起きてリュカの部屋じゃないことに気付いたクラウスは、人前でもむすっと拗ねてしまうのですが、「兄さまがすねているなんてめずらしい! 僕がよしよししてなぐさめてあげなきゃ!」と考えたリュカからのなでなで攻撃で全て許してしまうのでした。
身内しかいないためノックはしないが、形式的に「失礼いたします」と声をかけて部屋の中に入る。
「来たか。リュカはちゃんと寝たのか?」
「少し起こしてしまいましたが、今はぐっすり眠っています」
「寝起きの息子か……少しは見てみたいものだな」
「だめです」
間髪入れずに否定の言葉を述べた後、「リュカはもう僕のだから」という理由を付け足して再度拒否する。父様の眉間の皺がさらに濃くなった。
「一つ聞いておきたいのだが、その“僕のリュカ”というのは恋愛的な意味なのか?」
「もちろんそうです。リュカも僕にキスしてくれましたしね」
「いや、あれは絶対そういう意味でしてないと思うぞ」
「生まれたばかりのリュカを一目見た瞬間にビビッときたんです……この子は絶対に死なせてはいけないって」
生まれたてでしわくちゃな顔なのに、どこの誰よりもかわいかった。僕は当時5歳で、お披露目も済んでいたから、たくさんの子どもや大人を見てきた。公爵家の長男だから跡継ぎのことも考えなければならない。そんなことはわかっている。でも、気になる人なんていない。そんな気が滅入っているときにリュカが生まれた。
腕に軽々と収まる小さな命にあふれんばかりの庇護欲が生まれて、僕はできる限りのお世話を精一杯した。僕の口から出るのは「かわいい」という賞賛の言葉だけ。
リュカを弟として見ないといけないのはわかっている。でも……それでも、喋れるようになってからもずっと僕にべったりな弟を、いつのまにか好きになってしまっていた。
「僕は……リュカのことが大好きなんです」
「……いいか、この国はたしかに同性婚が認められている。男同士で結婚するのは全く問題ない。だがな、唯一同性の兄弟姉妹で結婚するのは認められていないんだ」
「同性同士だと子を授かることができないから、その家の貴族の血を途絶えさせないためにそう定められているのは知っています」
「知っていてどうして恋愛対象として見る?」
「それは……」
リュカはまだ5歳なのに、同年代の子よりも明らかに人の気持ちを察することに長けている。このままリュカのことを好きでいたら、リュカは僕に気を遣って、自分の気持ちなんて関係なしに僕と付き合ってしまうかもしれない。僕の恋心はリュカの負担になる。
……でも、もういまさら気持ちを隠せない。
「僕がリュカのことを愛しているからです。それ以外に理由なんてありません」
「……まさか5歳と10歳の、しかも自分の息子たちの恋愛に関わるとは思っていなかった」
「早すぎますかね」
「いや、恋愛に早すぎるなんてものはないと思うぞ」
父様は否定の言葉を口にするが、額に手を当てて、何と言おうかと悩んでいる。大体こういうときはそっとしておくのが筋なんだろうけど、将来的にリュカと結婚したい僕は父さまに追い打ちをかける。
「ですので、他の貴族との結婚話は持ってこないでください」
「……実はな、お前がそう言うと予想していた。安心しろ。無理な婚約、結婚をさせるつもりはない。何より私が恋愛結婚であったからその良さを知っている。いや、リュカやクラウスに迷惑をかけてしまったのだから、その悪さも知っているか」
「父様……」
「それに、ただでさえ容易に結婚できない者を好きになった息子に、別の誰かと一緒になれと命令するのは酷な話だ」
言い切った後、安心しろとでもいうように父様は目尻に皺をつくった。
……今日まで一度も、父様が僕に笑顔を向けてくれたことなんてなかった。リュカが僕たちの関係まで良くしてくれたんだ。胸がギューッと苦しくなる。でもそれは悪い意味じゃない。
たった5歳なのにどうしてこんなに存在感が大きいのだろうか。感謝してもしきれない。やっぱりずっと僕の傍にいてほしい。
僕は無意識のうちに頬を緩ませて、胸を押さえていた。お互い何を言えばいいのかと言葉がつまり、シンっとした空気が流れる。その時、コンコンという音が部屋中に響いた。
「入れ」
「夜分遅くに失礼いたします。旦那様にご報告をと思い、参りました」
きちりとした一礼をして、執事のセバスチャンが入ってきた。白髭の生えた老紳士で、使用人の中ではこの家に使えている歴が一番長い。「セバスチャンは信用できる執事だ」と父様から話されたことがある。
「報告?」
「はい。どうやら先程捕らえた者たちの命が絶えたようでして」
「死んだ……?」
父様に向けて話しているのに、思わず声を出してしまった。僕がリュカに渡した魔法陣は、相手を死なせないように精密に練ったもの。水が口にずっと張り付くように設定したのは、舌を噛みちぎったり毒薬を飲み込んで自決したりするのを防ぐという目的も兼ねていた。でも、やっぱり僕が作った魔法なんて完璧じゃなかったのだろうか。
「それがクラウス様の魔法ではなく、爆散して亡くなったようです」
「爆散だと?」
「はい。自決ではなく、外部からの攻撃で死亡したと考えた方が合理的かと思われます」
「なるほど、今回もそうだったのか」
「父様、“今回も”とはどういうことですか?」
リュカに関することは何でも知りたい。前のめりになって父様に尋ねる。
「リュカが4歳の時だったか、1人で平民街に出かけてしまった際に、リュカのことを男娼だと勘違いした者がいたんだ」
「な、なんということですか!」
「まあ、リュカがいた場所がそういった者が集まる場所だったからな。勘違いしたのは仕方ないとしても、一応忠告だけはしておこうと話をするために騎士に命を出していたんだ。だが、騎士が男の家を訪ねたときには、すでに何者かによって命を奪われていた」
「なるほど。だから父様は“今回も”と言ったのですね。つまり、僕達以外にリュカのために手を下した人がいるということですか……」
「そうだ。だが、死体には不自然な点があってだな、まるで男の体内で何かが爆発したかのように、辺りに肉片が散らばっていたらしい」
僕は顎に手を当てて考え込む。火属性の持ち主なら、一人を吹き飛ばす程度の爆発魔法など容易いだろう。しかし、それでも“体内で爆発”というのは不可能だ。なぜなら、爆発魔法というのは体外に当てて発動させるものだから。
仮に体内で爆発魔法を発生させようとするなら、食道などの消化器官に手を突っ込んで行うしかない。ただ、それだと爆発に巻き込まれて術者も負傷してしまう。今回のケースに関して言えば、口元は僕の魔法で塞がれていたはずだ。
____つまり、これは人間には不可能な殺人。
「その報告が真実なら、魔物がリュカの味方をしているということになってしまいますね」
「……やはりお前でもそう思うか」
「ええ、人間には不可能なことですし。それにリュカは黒髪黒目で、魔物と契約している者が持つと言われている闇属性を持っています。魔物が味方していたとしても何も不思議ではありません」
「セバスチャン、妻は生きているのか?」
「はい、現時点で死んだという報告はございません」
「ということは、リュカが心の底から拒絶した者が殺されているということだな」
考え込んでいたせいでいつのまにか引き締まっていた口元が、父様の言葉を聞いてまた緩みだした。リュカはやっぱり優しい子なんだということを思い知らされる。自分を殺そうとしたお母様のことはもちろんだけど、無視してしまっていた僕のことまで心から拒絶していないなんて、あまりにもいい子すぎないだろうか。だめだ、口元が抑えられない。
とりあえずリュカに悪い影響は無いようなので、この爆散して死亡するという事件はいったん保留にする。
「考えても仕方ないですね。リュカに実害はないようですし、お母様も無事生きていらっしゃるみたいなので」
「それはそうなんだが、もうリュカ基準で考えているのだな」
「……貴族だからとか、もう関係ないです。僕はリュカのことを守るって決めたので」
貴族としては誇ってはいけない判断だろう。だけど、もう心に刻んだ。あれほど傷つけてしまったのに、苦しめてしまったのに、懸命に僕のことを信じてくれたリュカを二度と悲しませたくない。僕は真剣な眼差しで父様を見つめる。
「まあ、ただ私もそう思う。これ以上リュカを悲しませてはいけない。私もリュカのことを愛しているからな」
「いえ、僕の方がリュカのことを愛しています」
以前まで一切しなかった些細な言い合い。僕たちの言い合いの内容が穏やかなことを確認したセバスチャンは口元を綻ばせる。
「旦那様方が仲良くなれたようで何よりでございます。クラウス様、もう夜も遅いのでおやすみになられてください」
「そうするよ。わざわざ報告ありがとう、セバスチャン」
「とんでもないことでございます」
セバスチャンに「仲が良い」と言われた僕たちは顔を見合わせてふふっと笑う。丑三つ時の暗闇につつまれた部屋の中で、締め切ったカーテンから微かに入り込む月の光が、貴族らしからぬほどに口角を上げた僕たちの口元を照らす。
父様に礼をしてから執務室を出た僕は、自分の部屋に戻らず、リュカの部屋に直行した。というのも、ベッドに寝かせるときに、浄化魔法をかけるのを忘れてしまっていたから。
いつ見てもリュカは綺麗だから失念していた。僕のせいでリュカのかわいいおでこに泥がついてしまったのだから、最後まで責任を持たないと。
リュカが部屋から出られるようにと隙間が開けられているドアを押して部屋の中に入ると、すぴすぴと鼻息を立てながら寝ている僕の弟の姿があった。もちもちのほっぺたに手を添えて、≪クリーン≫と呟くと、リュカの体が眩い光に包まれる。光が収まって添えていた手を滑らすと、汗でしっとりとしていた感触からすべすべとした感触に変わっていた。
自分にも浄化魔法をかけて、音を立てないように気を付けながらベッドに座り、寝る前の最後の挨拶にとリュカのほっぺたにキスをする。さっきよりも深く眠っているリュカは、僕のキスに全く気付かなかった。
かわいい寝顔を目に焼き付けることができた僕は、自分の部屋に帰るために立ち上がろうとした。だけど眠気が波のように襲ってきて、もう一歩も動くことができなくなってしまっていた。さっきまでは立っていたから溜まった疲れに気付かなかったけど、一日中気を張っていたせいで、いつもより疲れてしまったのだろう。
襲ってきた強すぎる眠気に抵抗することができない僕は、大人しくリュカのベッドに横になって、目の前にある小さな手を握りしめた。むにゃむにゃと口元を動かすかわいいリュカの姿を見て心が満たされた僕は、目を瞑って夢の世界に旅立った。
___________________
第1章(家族編)完結。
ちなみにこの後、リュカの寝顔を一目見ようとした父様がリュカの部屋に忍び入って、リュカと一緒に寝ているクラウスのことを見つけます。自分の息子たちの仲睦まじい姿にほっこり。だけど、リュカの貞操の危機を察知して、ぐっすりと眠っているクラウスを抱っこし、自室に戻します。
朝起きてリュカの部屋じゃないことに気付いたクラウスは、人前でもむすっと拗ねてしまうのですが、「兄さまがすねているなんてめずらしい! 僕がよしよししてなぐさめてあげなきゃ!」と考えたリュカからのなでなで攻撃で全て許してしまうのでした。
27
あなたにおすすめの小説
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
メインキャラ達の様子がおかしい件について
白鳩 唯斗
BL
前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。
サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。
どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。
ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。
世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。
どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!
主人公が老若男女問わず好かれる話です。
登場キャラは全員闇を抱えています。
精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。
BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。
恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる