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近くにあるものについて

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その音楽イベントは、もともと早瀬君と行く予定だった。


「クスリやってるとさ、すごく照明が眩しく感じるじゃない?目が開けられないくらい。下向きながらとか、ステージに背を向けて踊ってる人を見つけると、ああ、あの人はキメてんだな~って、思って。」

「・・・ふーん」

「クラブとか夜中になると結構増えてくるの。見てみて?」


何が面白いんだか、楽しそうにしゃべる女。
おあいそで、薄ら笑いする俺。


早瀬君担当の仕事に大幅な変更が出てしまい行けないとのことで、急遽代わりに来た女だった。


「女の子ですけど、夕方からは彼氏も合流するって言ってるんで。」
関西方面から、最近東京に来たとのことだった。
露出の激しい女。
クスリを嗜むのを自慢する女。
友だちは選べよ、早瀬君・・・。


「私は、たまにしかやらないの。」

「彼氏もやるの?」

「ううん、彼はやらない。」

どうでもいいこと聞いたな。

「・・・あ、・・・前原君はやる?」


誘われてんのか、買える相手を探してるのか。めんどくさい。
もう別に律儀に付き合わなくとも、どっかに置いてくればいいか。


「俺も、やらないよ」

「・・・そっか。」

「次の演者がはじまるから」


女はついてきた。


「あのさ、最近東京に来たばかりだから、土地勘なくて。彼氏も仕事忙しくてどこにも連れてってくれないし。よかったら今度どこか観光に連れてってくれない?」


なんで、俺が?
せっかくイギーが観られると今日は朝からすごい楽しみにして来たのに、気分は台無しだ。
千川さんに言いつけたら、この女を退治してくれるだろうか。

もう夕方だ。本当に彼氏は来るのか。


俺の顔が無表情になったので、戸惑っている。一応、顔色はうかがえるんだな。


「俺、前の方行くから。君は危ないよ」
そう言って無視した。


激しいパフォーマンスに会場は大盛り上がり。神の降臨だ。俺はもみくちゃにされながら興奮して叫びまくった。
血湧き肉躍り、涙が出る。神も倒れそうだが、俺も倒れそうだ。生きててよかった・・・
そして女のことはすっかり忘れて、感動を何度も反芻しながら、ふわふわと夢見心地で帰った。


「早瀬君、ごめん。お友だちとは後半はぐれて」
「ああー、ぜんぜんいいっすよ。チケットさえ渡してくれれば。どうでした?」
「ニュース!観た?俺は歴史的瞬間に立ち会ったよ・・・」
「わはー、羨ましいっす!」


・・・早瀬君は、たぶん知らないだろう。
じゃなきゃ、とう子さんと付き合ってる俺にあんな女を引き合わせない。


ほんのわずか、線を外れるだけで、存在しているもの。いつの間にか、入ってしまう場所。

二度と来るなと言った、フレドを思い出す。あの後、彼もあそこから消えたのだろうか。
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