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バンダルの地下迷宮
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七日七夜続く大祝祭、バンダルの大祭がはじまった。五年に一度の祭は大盛況だ。
開催日はそれぞれ一日ずつ、聖なる七柱の神々に捧げられている。
たとえば、豊穣の神リーベルの日には大祝宴が、愛と美の神クロアキアの日には太守殿前の大広場に楽団が出る舞踊の会が、そして、戦神マウォロスの日には闘技大会が開かれるのだ。
大祭三日目がその日である。
ジェラルドは闘技大会の出場者控え室にいた。
正午から行われる試合に先立ち、出場者は装備品と身体検査を受けなければならないのだ。
確認する役人が五人、集まった男たちを見渡した。いや、二人ほど女もいる。屈強そうな闘士風のと、痩せた術士風だ。男たちは似たり寄ったりの荒くれ具合で、討伐者ギルドですれ違った顔もいくつかあった。
役人達は面倒臭そうな表情を隠す気もないらしい。が、気持ちはわからなくもない。
闘技大会に出場する男たちは大体がならず者、流れ者、夜になれば賊になるような連中ばかり。地道役人達には見苦しいに違いない。
闘技大会の出場には出自は問われない上、優勝者に与えられる褒美が大きい。バンダル貴族の身分が与えられるし、報奨金も手に入る。前回の優勝者は領地を望み、さっさとその地へ移ったという。
闘技大会が盛り上がるのは、命がけの戦いはもちろんだが、賭け事が絡むからだ。上手くやれば、大金を稼げる。
出場者は自分に賭けるのが決まりなので、勝ち残れば賭け金まで受け取れるという寸法である。
但し、最悪死ぬこともある闘技場だ。
一攫千金を夢見る荒くれ男たちを見渡し、一番背の低い役人が口を開いた。
「ここから先、お前たちが身につけていいのは出場申請した武器と防具のみだ。魔法、薬物の類による強化は、ここまでに受けているものは許可とする。闘技場以外での戦闘、喧嘩は禁止だ。規則を破った者は処刑だ。質問がある者はいるか」
返事はない。
決められた場所で戦って勝つだけの話だ。確認することは何もない。
「よろしい。では壁際に並べ。順に確認する」
役人の指示に、男たちが動いた。ジェラルドも従う。
確認役は手元の書き付けと比べながら、手前の男、顔が髭で隠れている大男の前に立った。
「名前」
「ヴァブ」
「出場時の装備で」
「おうよ」
男はチュニックを脱ぎ、鎖帷子と腰の剣だけの格好になった。足元は裸足だ。
「武器を隠し持っていたら失格だぞ」
「ねーよ」
簡単なやりとりの後、役人は頷いた。終わりらしい。次がジェラルドだ。役人が横にずれて動き、ジェラルドの目の前に立った。
「名前」
「ジェラルド。家名はない」
「……出場時の装備で」
「承知した」
ジェラルドも、先の男と同様に身につけていたものを脱いだ。チュニック、シャツ、ブーツ、ホーズ、グローブも外す。剣ごと剣帯も取った。簡単に言えば丸裸だ。脱いだものはまとめて、革製の袋に入れた。大会参加者のための荷物入れで、事前に渡された。生きていれば、闘技場の出口で返してくれるのだそうだ。
「……は?」
役人は呆然とジェラルドを見上げ、書き付けを確認した。
「装備、無し、だと? 剣も持たないのか?」
「倍率が一番高くなると聞いた。違うのか?」
「その通りだが……本当に裸で出るのか?」
役人はジェラルドの顔をもう一度見て、視線を落とした。
「……これ、魔法紋だな? 効果は?」
「淫紋だ」
「い、いんも……淫紋?」
「ここから西の港国あたりでは、奴隷娼婦に入れるものだ。これも元はそうだが、書き換えていただいた」
ジェラルドは自分の腹に手を置き、イドル・リリーを思い描いた。
あの苦しいばかりの淫熱を追い払ってくれるのは淫魔の王だけだ。
ああ、愛しい方!
ジェラルドが控え室に入る前、イドル・リリーは観客席に案内した。できるだけ近くで見て戴くために、席代を弾んで用意したのだ。
イドル・リリーは闘技場に入ったのも初めてだったようで、珍しそうにあちこちを眺めていた。
「つ、つまり、力を上げるものではないのだな?」
「性交時の感度があがる。以前のものは『もっと欲しいの/物足りないの』だったが、これは『大きく得る/深い悦び』だ」
ジェラルドには読めない文言の通り、夜毎に深い悦楽を得ている。効果は抜群だ。
「……あー……うん、それで、真っ裸で出場するのか? 本気で?」
「本気に見えないか?」
「いや、見えます……。ちょっと待ってろ」
役人は慌てた様子で他の役人たちを集め、ひそひそと何かやりとりをかわした。ジェラルドは待つしかない。
石組と質素な柱を眺めたところで面白くもないが、腕組みして突っ立って待った。
周囲、他の出場者たちがジェラルドを見ている。
突きあって何か言い合っているものもいるが、おおよそ、友好的ではない視線だ。あからさまに嘲笑っている者もいる。
人間の悪意にはすっかり慣れているジェラルドにはまったく痛くも痒くもない。
役人が戻ってきて、布を一枚手渡された。
「腰布だ。頼むから、股間だけは覆ってくれ」
「倍率に影響は?」
「ない。これは風紀の問題だ」
言われてみれば、闘技場には子供は入れない規則だが、婦人はいる。男根など見たくない淑女もいるかもしれない。
「承知した」
ジェラルドは申し訳程度の布切れを腰骨のあたりに巻きつけた。バンダルの公衆浴場で使われる腰布と同じもののようで、ぎりぎり股間が隠れた。
動いて捲れれば見えるだろうが、今は熱を帯びていないからどうということもない。
下着の類がないと固定できないのが難点なくらいだ。
全員の確認が終わると、組み合わせ表が出された。
闘技大会は一対一で戦うトーナメント式である。
ジェラルドは最初の試合に出ることになった。
興奮した群衆の声が轟く円形闘技場は、かつての大帝国が残したものだ。浴場設備もそうだが、バンダルには大帝国の建物や文化が色濃く残っている。最後の帝国都市と呼ばれる理由だ。
円形闘技場は中央部が戦いの場であり、それを見下ろす客席がぐるりと階段壁のように聳える造りになっている。ところどころ補修の跡が見えるのが、大帝国時代からの歴史を示している。
控えの間から開かれた鉄柵門を抜けたジェラルドは闘技場へ出た。天井のない闘技場は、中天の陽射しに明るく、少し眩しい。
群衆の声が一際大きくなった。
ジェラルドを指し、笑ったり囃し立てているようだが、見上げる位置から聞こえる声は音の塊でしかない。
闘技場の中央に立ったジェラルドは、対戦相手を見るより先にイドル・リリーを探した。
いつものメガネと長衣姿のイドル・リリーは最前列にいる。こちらに手を振ってくれていた。
ジェラルドは胸に手を当てて一礼し、改めて対戦相手に向き直った。
大柄な男だ。ジェラルドよりも背も幅も大きく、肌は浅黒い。両腕には派手な入れ墨がある。伸び放題の蓬髪はまとめていないから、とても見苦しい。胸当てと両手で握る大型の槌が獲物のようだ。
大槌は強い。男が持っている、打撃面に鉄のトゲがいくつも付いているものは特に殺傷力が高い。ああいう武器で騎馬を狙われると厄介だ。
「イカれた助兵衛騎士崩れか」
男が茶色染みた前歯を見せて笑った。
「ヒンヒン言わせてやるぜ。イイ声で善がれよなぁ!」
確かに今から戦う相手だが、煽りに乗ってやる義理はない。ジェラルドは軽く足を開いて立ち、拳を握って構えた。
男も大槌を構える。
闘技場の怒声と喧騒が少しだけ静まったところで、審判係の役人が赤い手旗を振り下ろした。試合開始だ。
男が踏み込んで来る。一歩、振り上げられた槌、空を斬る鋭い音。
ジェラルドは半身を流して体勢を変え、挙げた左腕で大槌の首のあたりを受け止めた。
がつん、と衝撃。
だがそれだけだ。
躱されても、受け止められるとは思っていなかったのだろう。至近になった男が血走った目を見開いた。臭い息が顔に掛かるのが不快だ。
ジェラルドは腰を入れ、右腕を下から垂直に繰り出した。拳を男の顎下に叩き込んだのだ。
男の体が大槌ごと浮き、飛び、後ろに弾きとんだ。
ほんの一瞬の出来事に、闘技場は静まり返り。そして地鳴りのような歓声が湧き上がった。
「し……勝者、ジェラルド……!」
審判の声が細く告げる。
ジェラルドは頷き、観客席のイドル・リリーを見た。愛する魔王は骨そのもののように白く細い指先で口元を覆っていた。珍しく、驚いているように見える。
まるで、初めて雷雨を見た子猫のようで愛らしい、が。
勝利はイドル・リリーのものだ。ジェラルドは淫魔の王の騎士である。勝利を捧げ、褒めていただかねばならない。
なのに、イドル・リリーの様子がおかしい。
ジェラルドは戸惑いながら控え室に下がった。
二戦目が始まる。勝者は次の対戦まで待機だ。
「客席に行ってもいいか」
「ダメだ」
「厠は?」
控え室を監視している役人に問うと、石造りの部屋の隅を顎で示された。申し訳のようにカーテンが掛けられたところに糞尿用の桶があるようだ。
ジェラルドは裸足で石床を踏み、カーテンを開けた。
そこに、イドル・リリーがいた。
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