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称号・発明王女返還式
「本当に……よくぞ帰ってきてくれました。アロップ」
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キラティアーズと自己紹介を交わした翌日。
さっそく、アーロドロップの帰還を受けて、剥奪された称号の返還式が執り行われることになった。
式典行事ということで、慶汰は寝間着の浴衣から、紺色の着物に着替えている。蛇や龍の鱗のような模様が、かっこよくあしらわれているデザインだ。
高級そうな深い青の絨毯と、堅牢かつ芸術的な鉄の壁。ゆったりと五段高くなった先に豪華な玉座があり、そこにアーロドロップの母親が堂々と座っていた。玉座の左には、磨かれた台座の上に、白銀に輝く王杯が、威厳を示すように存在感を放っている。
慶汰は、アーロドロップの左後ろで、女王陛下を見上げるように、片膝を突いて頭を垂れていた。靴はなく、白い足袋に二本の歯の下駄を履いており、歯が短いとはいえ気を抜けば転びそうである。
「よくぞ、玉手箱を持ち帰ってくれました。アーロドロップ・マメイド・マリーン」
ハイドローナ・マメイド・マリーン乙姫陛下は、娘二人とそっくりな銀髪碧眼の美女だった。年は慶汰の母の渚紗より若そうだ。
ハイドローナの乙姫羽衣には、胸元で金色のバッジが二つ輝いている。
「その成果を認め、剥奪した身分を附与します」
粛々と進む式の流れに従い、アーロドロップが一人、立ち上がる。段々になったところの手前まで進んで、足を止める。
アーロドロップは玉座を見上げて、顎を引くように頭を下げた。両手はストールの端を持ち、胸の前で合わせている。
すると、端に控えていた紅い髪の少女が動き出す。青緑色の華やかな振り袖に、白いエプロンを着けた人だ。指輪ケースを少し大きくしたようなものを両手に乗せて、アーロドロップの横に立った。
アーロドロップが身体ごと九十度横に向き直る。
頷いたハイドローナが、厳かに言った。
「称号〝発明王女〟」
ケースの中から金色のバッジが浮かびあがる。紅い髪の少女の浮遊術なのだろう。
シャンデリアの形をしたそれは、悠然と空中をスライドして、アーロドロップの左胸、乙姫羽衣の水色の羽織にくっついた。
「謹んで拝受します」
アーロドロップの横顔がとても幸せそうで、慶汰までつられて頬が緩む。
「本当に……よくぞ帰ってきてくれました。アロップ」
優しさの宿ったハイドローナ乙姫様の声を聞いたアーロドロップは、顔を綻ばせて頷いた。
「はいっ。母上っ!」
歳相応の元気な返事に、臣下たちも表情を緩める。
張り詰めていた厳かな緊張感が、少しだけ和らいだ。その空気感のまま、ハイドローナの視線が慶汰へ向かう。
「浦島慶汰様、でしたね。大切な娘を助けていただき、感謝してもし尽くせません」
話しかけられ、慶汰は咄嗟に立ち上がる。
「い、いえ!」
こういう時、動作やしぐさは不敬になるのだろうかと心配になって、慶汰は直立不動で答えた。
「国のトップという立場上、経緯も経緯だったので、表立って擁護するわけにもいかず……本当にもどかしい思いをしていたのです。こうして公の場で娘と会話できることが、どれだけ幸せなことか……!」
ハイドローナは瞳に涙を浮かべていた。震えかけた声を誤魔化すように、彼女はひとつ咳払いする。
「アロップから貴方の事情についても伺いました。お姉さんが意識不明の重体で、玉手箱を用いた龍脈術での治癒を試みたい、と」
「は、はい! ご助力、願えませんか……?」
政治的なコミュニケーションは苦手だ。おそるおそるといった様子の慶汰に、ハイドローナは優しく微笑む。
「もちろん、そのつもりです。ですが、玉手箱に関しては我々も未知数。できる限り手を尽くしますが、果たしてそう都合のいいものかどうか……」
「乙姫陛下。それはわたくしに任せていただけませんか?」
アーロドロップが横から割り込み、ハイドローナが頷く。
「なにか手立てがあるのですか?」
「打てる手はあります。玉手箱の中には、地上の伝承を記録したモルネアが閉じ込められているので、無事なら有力な手がかりになるかと。それと、〝発明王女〟の称号が戻ったということは、再びシードランの再結成も可能ですね?」
「ええ」
「であれば、以前わたくしが玉手箱の入手のためにここを発つ際、姉上が見つけてくれた資料もください。シードランに古文書の解析が得意な部下がいます。解析させて、玉手箱の龍脈術に迫る手がかりを探させます」
堂々と段取りを示すその姿は、十三歳とは思えない迫力を放っていた。
「わかりました。そういうことなら、浦島慶汰様への恩返しの件については、正式にアーロドロップに一任しましょう。……ですが、くれぐれも前のような失態には気をつけなさい。今回は奇跡的に生還できましたが、本来であれば貴方はもう王家から永久追放されていたのですよ」
「……肝に銘じます」
いくらなんでも責任が過酷ではないか、と心配になった慶汰だが、それが竜宮城の王族に求められるあたりまえなのだとすれば、口出しするのも憚られる。
なにより、真剣な顔で熱弁する彼女の姿に、目を奪われていた。
さっそく、アーロドロップの帰還を受けて、剥奪された称号の返還式が執り行われることになった。
式典行事ということで、慶汰は寝間着の浴衣から、紺色の着物に着替えている。蛇や龍の鱗のような模様が、かっこよくあしらわれているデザインだ。
高級そうな深い青の絨毯と、堅牢かつ芸術的な鉄の壁。ゆったりと五段高くなった先に豪華な玉座があり、そこにアーロドロップの母親が堂々と座っていた。玉座の左には、磨かれた台座の上に、白銀に輝く王杯が、威厳を示すように存在感を放っている。
慶汰は、アーロドロップの左後ろで、女王陛下を見上げるように、片膝を突いて頭を垂れていた。靴はなく、白い足袋に二本の歯の下駄を履いており、歯が短いとはいえ気を抜けば転びそうである。
「よくぞ、玉手箱を持ち帰ってくれました。アーロドロップ・マメイド・マリーン」
ハイドローナ・マメイド・マリーン乙姫陛下は、娘二人とそっくりな銀髪碧眼の美女だった。年は慶汰の母の渚紗より若そうだ。
ハイドローナの乙姫羽衣には、胸元で金色のバッジが二つ輝いている。
「その成果を認め、剥奪した身分を附与します」
粛々と進む式の流れに従い、アーロドロップが一人、立ち上がる。段々になったところの手前まで進んで、足を止める。
アーロドロップは玉座を見上げて、顎を引くように頭を下げた。両手はストールの端を持ち、胸の前で合わせている。
すると、端に控えていた紅い髪の少女が動き出す。青緑色の華やかな振り袖に、白いエプロンを着けた人だ。指輪ケースを少し大きくしたようなものを両手に乗せて、アーロドロップの横に立った。
アーロドロップが身体ごと九十度横に向き直る。
頷いたハイドローナが、厳かに言った。
「称号〝発明王女〟」
ケースの中から金色のバッジが浮かびあがる。紅い髪の少女の浮遊術なのだろう。
シャンデリアの形をしたそれは、悠然と空中をスライドして、アーロドロップの左胸、乙姫羽衣の水色の羽織にくっついた。
「謹んで拝受します」
アーロドロップの横顔がとても幸せそうで、慶汰までつられて頬が緩む。
「本当に……よくぞ帰ってきてくれました。アロップ」
優しさの宿ったハイドローナ乙姫様の声を聞いたアーロドロップは、顔を綻ばせて頷いた。
「はいっ。母上っ!」
歳相応の元気な返事に、臣下たちも表情を緩める。
張り詰めていた厳かな緊張感が、少しだけ和らいだ。その空気感のまま、ハイドローナの視線が慶汰へ向かう。
「浦島慶汰様、でしたね。大切な娘を助けていただき、感謝してもし尽くせません」
話しかけられ、慶汰は咄嗟に立ち上がる。
「い、いえ!」
こういう時、動作やしぐさは不敬になるのだろうかと心配になって、慶汰は直立不動で答えた。
「国のトップという立場上、経緯も経緯だったので、表立って擁護するわけにもいかず……本当にもどかしい思いをしていたのです。こうして公の場で娘と会話できることが、どれだけ幸せなことか……!」
ハイドローナは瞳に涙を浮かべていた。震えかけた声を誤魔化すように、彼女はひとつ咳払いする。
「アロップから貴方の事情についても伺いました。お姉さんが意識不明の重体で、玉手箱を用いた龍脈術での治癒を試みたい、と」
「は、はい! ご助力、願えませんか……?」
政治的なコミュニケーションは苦手だ。おそるおそるといった様子の慶汰に、ハイドローナは優しく微笑む。
「もちろん、そのつもりです。ですが、玉手箱に関しては我々も未知数。できる限り手を尽くしますが、果たしてそう都合のいいものかどうか……」
「乙姫陛下。それはわたくしに任せていただけませんか?」
アーロドロップが横から割り込み、ハイドローナが頷く。
「なにか手立てがあるのですか?」
「打てる手はあります。玉手箱の中には、地上の伝承を記録したモルネアが閉じ込められているので、無事なら有力な手がかりになるかと。それと、〝発明王女〟の称号が戻ったということは、再びシードランの再結成も可能ですね?」
「ええ」
「であれば、以前わたくしが玉手箱の入手のためにここを発つ際、姉上が見つけてくれた資料もください。シードランに古文書の解析が得意な部下がいます。解析させて、玉手箱の龍脈術に迫る手がかりを探させます」
堂々と段取りを示すその姿は、十三歳とは思えない迫力を放っていた。
「わかりました。そういうことなら、浦島慶汰様への恩返しの件については、正式にアーロドロップに一任しましょう。……ですが、くれぐれも前のような失態には気をつけなさい。今回は奇跡的に生還できましたが、本来であれば貴方はもう王家から永久追放されていたのですよ」
「……肝に銘じます」
いくらなんでも責任が過酷ではないか、と心配になった慶汰だが、それが竜宮城の王族に求められるあたりまえなのだとすれば、口出しするのも憚られる。
なにより、真剣な顔で熱弁する彼女の姿に、目を奪われていた。
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