【完結】母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない

春風由実

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7.公爵令嬢はお願いされる

 一人の令嬢が職員に声を掛ければ、どこからか現れた別の職員が令嬢たちに美しく編まれたカゴを渡していく。
 彼女たちが膝に乗せたカゴからは、これまた美しく色づけられた小箱が現れた。


「まぁ、可愛らしい髪飾りですわ。これなら学院でも使えますわね」

「素敵なブローチね。制服にとても合うわ」

「私は、お揃いの万年筆を用意しましたの。良ければ学院で使ってくださいます?」

「私からは、持ち歩ける小物入れですわ。こうして開きますのよ」


 学院では華美な装いを禁じられていた。
 そういうことも考えて、彼女たちはこの品物を贈り物として選んでくれたのだろう。

 並ぶ小箱を前にして、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


「ごめんなさい。私は何も用意していなくて」


 祖母の心配を無下にして、そのせいで私だけでなく、他者にまで迷惑を掛けることになるとは。
 想像出来なかった私は、自分の幼く浅慮な思考を恥じていた。

 すると令嬢たちは一度皆で視線を交わしたあとに、次々に言う。


「違いますのよ、エルリカ様。これは本当に偶然ですの」

「私たちは、誰も相談してはおりませんのよ」

「ですからどうか、エルリカ様は何もお気遣いなさらずに」

「それに私たち、エルリカ様に受け取っていただけることが何より嬉しいことですのよ」


 彼女たちがいつもより早口であるのも、私を気遣ってのことだと分かった。

 それでもその気遣いに甘えて、私が何も贈らないわけにはいかない。
 近いうちにお礼をすると告げた私は、ここでも正直に問い掛けることにした。


「お聞きするものではないと分かっているのですが。ご希望はございませんか?」

 
 令嬢とお茶をすることが初めてであることも明かして、私は聞いた。

 邸に戻って侍女たちに相談しても、あとで叔父に聞いても、次の朝には適した品物が用意されていることだろう。
 けれどそれは何か違うような気がしたから。

 令嬢たちがまた視線を交わし、やがて一人の令嬢が言った。


「では、ハンカチをいただきたいですわ。出来ればエルリカ様がいつも使われているものと同じものを」


 ここで私が怪訝に眉を顰めてしまったから、何か勘違いさせたのかもしれない。


「ごめんなさい、エルリカ様。あまりに過ぎた願いでしたわ」

「えぇ、どうかお気になさらずに。エルリカ様のお選びになったものがよろしいですわ」

「そもそも私たちは勝手に贈りものをしたのですから。エルリカ様は何もしなくてよろしいのですよ?」


 これには私も少々慌てて、彼女たちの考えを否定することになる。


「私が学院で使っているハンカチは、暇潰しに作ったようなものでして。とても他人様にお渡しできるものではなく。皆さまにはもっと素晴らしいものをと思っただけです」


 令嬢たちが押し黙った。

 もしかしてこれは貴族流の遠慮の仕方で、ハンカチを望まれても、こちらはもっと素晴らしいものを贈らなければならないのではないだろうか。
 それが伝わらず、彼女たちも困惑している?

 私はそんなことを考えていた。


「もしかして、エルリカ様が刺繍の図案から依頼されたものでした?」

「まぁ、それでしたら私たちには過ぎたお品になりますわね」

「エルリカ様のお持ちのものですもの。私たちが願っては、身に余ることでしたのよ」


 んんん?


「学院で使っているハンカチはどれも、どの商会でも扱っているような、よくある絹のハンカチに、私が刺繍しただけのもので。ですから皆さまにはもっと素晴らしいお品を──」


 令嬢たちの令嬢らしくない声に、私は言葉を続けられなかった。


「なんですって!あの薔薇園の中にいるほどに薔薇にまみれたハンカチもそうですの?」

「あのうっとりと見入りたくなる冬の森も、エルリカ様の作品でしたの!」

「草原に寝転んで空を見上げたときのような、草花や枝葉に囲まれて、小鳥が可憐に飛び交う、あの感動的なハンカチもエルリカ様のお手のものですの?」


 いつの間に、私の持つハンカチを観察していたのだろう。
 刺繍の柄まで覚えているとは……。
 これが令嬢として当然の振舞いか、それとも彼女たちに特殊能力があるのか、経験のない私には判断出来なかった。

 それに彼女たちはどうしてこれほどに驚くのだろう?

 私に教えてくれた侍女に比べれば、私の作品は拙いものばかりだ。

 母を亡くしているから、何も出来ない令嬢だとでも思われていたのだろうか。
 それとも正規の公爵令嬢は、刺繍をしない?

 公爵夫人であった母も、よく手を動かして何かを作っていたものだけれど……これこそが特殊事例だった?


 令嬢たちはますます私のハンカチが欲しくなったと言う。
 許されるならどうかお願いしますと、声を揃え、きらきらした目で訴えられた。


「分かりました。柄のご希望はございますか?」


「「「「出来ればお揃いでお願いしたいですわ!」」」」


 揃った声の強さに驚きながら、私は了承した。


「では、皆さまにお揃いの柄を刺繍いたしますね」


 彼女たちがまた目を合わせている。
 私は何か間違い続けているのかもしれない。


「あぁ、違いますわ。いえ、そうなのですけれど」

「私たち、さすがに烏滸がましいかしら」


 令嬢たちは思わせぶりに視線を交わしながら、随分と悩んでいる様子を見せた。


「ご希望があれば、教えていただける方が助かります」


 私がそう告げてみれば、意を決したように一人の令嬢は言った。


「あの!出来ましたら、エルリカ様とお揃いのものを」


「私とお揃いですか?」


「ごめんなさい。さすがに過ぎた願いでしたでしょうか?」


「いいえ。では五枚、同じものを作りましょう」


 令嬢たちが手を取り合って喜んでいる。

 実はこのとき、私も喜んでいた。

 生き方は分かつとも、私が作ったものがこの子たちの手に届く、そんな未来もあるかもしれないと考えてみることが、意外に楽しいものだったから。

 雨音を遠くに置いて、令嬢たちの止まらないお喋りを耳にしながら、ケーキと紅茶を味わう時間は、思いのほか心地好く過ぎ行き、未来に今日このサロンで過ごした時間を思い出すことは、私の中で確定しつつあった。

 しかしこの日まだ続く予期せぬ出来事が、これをあやふやな未来へと戻していく。


「ご歓談中失礼いたします。お迎えが来てございますが、いかがいたしましょう?」


 席に近付きそう言った学院の職員の視線が、私を捉える。


「私ですか?」


 職員はおいそれと貴族の子女の名を呼ぶことはない。
 だから視線で訴えてくるし、こうした名を問う声掛けには首を振るか頭を下げる。

 今は頭を下げた。


「待つように伝えてください。小玄関から待合室までの案内をお願い出来ますか?」


 長く待たせたことはないから、迎えの護衛たちは主玄関側にある待合室を知らないだろう。
 たとえ場所を知っていても、学生でもない彼らは案内役なしに学院内を好き勝手に歩くことも出来ない。

 また人を歩かせてしまう申し訳なさを感じながら、私は職員にお願いしたのだけれど。


「いえ。お待ちの方は小玄関ではなく……」


 困ったような顔をされて、私も困った。

 主玄関に迎え?誰かと間違えていないか。




 
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