【完結】母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない

春風由実

文字の大きさ
10 / 29

10.公爵令嬢は止められない

 シェーンクルム公爵家が王家の紋章の入った書簡を受け取ってから、私も急ぎ着替えて、公爵と共にお出迎えをすることになった。

 まもなく到着の知らせを受けて、玄関を出て庇の下で待つ。
 しとしととまだ降り続ける雨のせいで、夕刻ではあるものの、外はもう大分暗くなっていた。


「馬車を見ても平気なのだな?」


 もうこの日三度目となる公爵からの同じ問い掛けに、言葉を返さずに頷いたところで、複数の馬の爪音と車輪の音を聴いた。

 見れば大きく立派な馬車が、門からゆったりとした速さでこちらに近付いている。

 やがて馬車は目のまえで止まり、降りてきたのは、第三王子殿下お一人だった。
 すぐに目が合い、見られた表情の変化に、私は少々戸惑う。

 王族らしく、当たり前の澄ました顔をして、現れるものだと思っていたのだ。


「元気そうでよかった」


 王子殿下が私に掛けた言葉は、それだけだった。
 公爵と話があるとのことで、私は部屋に戻って、お見送りのときを待つことになった。

 意外に早く話は終わり、見送るためにと呼ばれた私は、王子殿下から再び短く声が掛けられた。


「次は学院で──」


 ◇◆◇


 雨の中、邸を移動するだけの休日は、あっという間に終わりを迎えて。
 先日から続いていた雨が嘘のように今朝は晴れていた。

 昼休憩に入っても晴れ間は続き、裏庭の花々も、久しぶりの陽光に喜んでいるように思える。
 そして私はいつもの木陰で、殿下の淹れたお茶をいただいていた。

 今日の紅茶は、香りも柔らかく、味も控えめだけれど、口内にほんのりと優しい甘さの余韻を残すものだった。


「今さら言い訳なんて聞きたくないと思うよ。だけど私の口から正しく私の想いを伝えたいから。少しの間、私の話を聞いて欲しい」


 事実を理解した今、王子殿下の仰るように、釈明も謝罪も何も求めてはいなかったけれど、私が王子殿下相手に否と言えるわけもなかった。
 私が「はい」と返事をすれば、王子殿下はどこか申し訳なさそうに事情を話しはじめる。


「君が公爵邸に連れられたと知ったのは、あの日訪問する直前だった。大会議の日を狙い、身内が公爵と協力して動いていたことも、昨日ようやく知ったことだ」


「承知しました。けれどどうか、私のことなどはお気になさらずに──」


 王家と公爵家で決まったことならば、第三王子殿下が事前にそれを知っていようとも、結果は変わらなかったと思われた。

 それにいずれにせよ、これは王子殿下の気にする話ではない。


「私は君を気にしないでは居られないよ」


「ということは、婚約は決定事項でしょうか?」


「そういう話では……いや、その件についても、先に話すべきだね。私の将来の選択肢として、同年齢の令嬢がいるシェーンクルム公爵家に婿入りしてはどうかという話が出ていることは、私もずっと以前から知っていた。君は知らなかったのだね?」


「そうですね。八年王都を不在にしておりましたし、いずれは公爵家から除籍されるものと思っておりましたから」


 王子殿下は、神妙に頷いてから言った。


「身内からは、拗れているシェーンクルム公爵家の当主と次代の仲を取り持つようにとも言われていた。それが出来たら婿入りを決定するとも伝えられていたよ」


 私はこれに、そうだろうなと思うだけだ。
 でなければ、貴族を続けるかも分からない私に、王子殿下が興味を持つはずもない。


「これを今に言っても、言い訳にしか聞こえないだろうけれど。私は公爵家に婿入りしようと考えて動いてはいなかった」


 真直ぐに見詰められると、なんだか急に居心地が悪いように感じて、王子殿下のお話の途中なのに、私は先ほど王子殿下が魔法で温められていたテーブルの上のポットに視線を移してしまった。


「どんな子だろうかと興味を持っていたのは本当。グラスデューラー子爵から幼い君の話を色々と聞いていたこともあるけれど。将来結婚する可能性のある相手として、君を知りたいとは思っていた。何年も待って、やっと学院で出会ってみれば、不思議とますます君のことが知りたいと思うようになってね。それからは公爵との仲を取り持つことも、婿入りの話も忘れて、ここでの時間はすべて君を知ることだけを考えていた」


 私はまだポットから視線を逸らせないでいた。


「君と過ごすうちにね、私にも欲が出て来た。こちらから知ろうとするだけでなく、私に知って欲しいと望んでくれないかなと思うように私の心は変わっていった。それは私自身がそう願っていたからだったのだろう」


 どこかで小鳥が鳴いた。高く細い声だった。


「今日こそは、私のことを聞いてくれないだろうか。なんてね、いつも思っていたよ。そして今日こそは、君の話を聞けるのではないかと、いつも待ち望んでいた。互いに意思を伝え合い、困難があれば共に話し合って解決する、そんな仲になれたらと願いながらね」


 その声に呼応するように、別の場所でも小鳥が鳴いた。同じく高く細い声だった。


「今はこれを猛烈に反省しているところだ。そう願うなら、まずは自分から気持ちを伝えるべきだったと。そうしていれば、私に何が出来たか。情けないことに確実なことは何も伝えられない私だけれど、それでも君に先日のような辛い想いをさせずには済ませられたと思っている。だから私が悪かった。身内も公爵も止められず、苦しい想いをさせて申し訳ない」


 ここ最近の急激な環境の変化に、私は大分疲れていたのかもしれない。


「ごめんなさい。これは殿下のお言葉を理由にしたものではありませんので、どうか殿下は私のことなどお気になさらずに──」


 慌てて目尻を指先で拭ったけれど、次から次へと水分は溢れて来てどうにもならない。


「ここには誰も来ないから安心して。午後の講義も今は気にしないでいい。はい、これを使って」


「お気遣い有難く思いますが、ハンカチは自分の物がありますので」


「もう差し出してしまったから。私を立てると思って、これを使ってよ」


 テーブル越しにハンカチを手渡したあと、王子殿下は発言なさらなくなった。

 枝葉の隙間から注ぐ陽光のおかげだろうか。
 人の声のない自然の音だけが聴こえるこの時間が、私にはとても暖かく感じられて、溢れるものも止まらなかった。

 公爵も、叔父も、侯爵領にいる祖父母も伯父夫婦も。
 皆が私のことを勝手に決めた。

 母もそうだった。





感想 18

あなたにおすすめの小説

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

必要とされなくても、私はここにいます

あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。 口出ししない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 ただ静かに、そこにいるだけ。 そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。 張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。 何かを勝ち取る物語ではない。 誰かを打ち負かす物語でもない。 それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。 これは、 声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、 何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。