【完結】母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない

春風由実

文字の大きさ
22 / 29

22.公爵令嬢は放出する

 あの日以降、同じ令息たちは話し掛けて来なかった。
 他のよく知らない令嬢たちからも、声を掛けられなくなっている。

 それでも日々私を追う視線は、私の声掛けを待っているのだと訴えてくる。
 叔父からの連絡はなく、正しい対処が見えなかった私は、学院では彼らの視線をなるべく受け止めないようにして過ごすようになった。


 そして休日──。

 王家の印もない飾り気のない馬車に乗り、王子殿下がこの小さな邸にやって来た。

 直前まで倒れそうな程に青褪めていたハリマンも、今は私の後ろに控え、家令らしく頭を下げている。


「やぁ。今日は無理を言って悪かったね。これはお詫びではないけれど」


 胃が痛いであろうハリマンには悪いけれど、今日の私はとても気が楽だった。
 邸に公爵が不在だからだ。所用で今は王城に居る。

 それも偶然ではないのだろう。
 思わず探るように見つめていたら、目のまえに花束が差し出された。

 青空の欠片を集めたような花束だった。
 中心となる花は、あの裏庭に数多咲く花の中で一番好きな花だ。

 思わず笑みが零れる。


「ありがとうございます。部屋に飾りますね」


「部屋に……うん。君の部屋に飾ってくれたら嬉しい」


 今日は天気が良く、庭師たちが整えてくれたこの邸の小さな庭へと王子殿下を案内することが出来た。
 ハリマンはこれにも反対していたけれど、今日は私が意思を押し通している。
 狭い室内よりも外の方が使用人たちとも距離を取れ、王子殿下も気楽に話せるだろうと思ってのこと。


「いい庭だね。いつまでもここに居たいと思える場所だ」


 思った通り、王子殿下は小さな庭に眉を顰めるようなことはなかった。
 用意されたテーブル席に私たちが着席すると、待っていた侍女が紅茶を淹れた。

 甘く濃い香りが漂う。

 花の香る庭園で、花の香りの紅茶では香りが強過ぎただろうか。
 憂いつつ、私は王子殿下の反応を待った。


「いい香りだね。この紅茶は初めて飲むと思うな。うん、美味しい」


 お口に合わなければ他の紅茶を用意するようにとお願いしていた侍女と視線を交わして、私は微笑み頷いた。
 侍女が私たちの席から距離を取る。

 王子殿下がカップを置いた。
 私は真直ぐに注がれる視線を受け止める。


「君から話してくれるときを待つつもりだった。けれどもう時間がないようでね」


 陛下が決められようとしているのか。
 公爵がそのように動いたか。
 それとも叔父のせいだろうか。

 すべてが急ぐ理由かもしれない。


「今日は君の願いを──本音を聞かせて貰えないだろうか」


 言ってどうなるだろう?と私が考える必要もないことだった。


「聞くにあたって、私が君の願いをすべて叶えるなどという、無責任なことは言わない。それでも知って──それが成就困難な願いだとしてもだ。より良い結果を得るために、二人で考え行動していけたらと思っている。まったく無責任で情けない聞き方だと思うけれど、君が本当に望んでいることを話してくれる?」


 不思議と迷いはなく、頷いてから声を出すまでに、間も空かなかった。


「私の本音はずっと変わりません。私は公爵になりたくないと思っています。そして、貴族をやめたいとも願ってきました」


「そうか」


「はい。ですが、近頃は、それでいいのかという迷いも抱いています。公爵になりたいわけではないのですが」


 途中侯爵家で育ったとはいえ、公爵家に生まれ育ち、その利を得ながら、義務を果たさないことは許されるのか。
 家門の令嬢を知ったことで、私は迷い始めている。
 
 彼女たちを守れる立場を得なくていいの?心の声が囁くのだ。

 そして王子殿下のことも──。


「私との結婚についてはどう?」


「将来は貴族位を捨てるつもりで生きて参りましたので、結婚は生涯しないものと思っておりました。ですので結婚に対する考えもなく、特に思うことはありません」


 公爵家の血が流れている私が、貴族位を捨てて市井に出たからといって、おいそれと庶民と結婚し、子をなすことは許されない。
 公爵となる義務から逃れようとしていた私も、血を守る義務から逃れようと考えたことはなかった。

 生涯独身でいいから、市井で民に紛れ生きられたなら──それが夢物語で終わろうとしていることは、薄々ではなく、もうはっきりと感じ取っている。

 だからこれは口にしなくてもいいことだった。
 それでも私は、王子殿下に本音を伝えたいと願った。


「とても君らしい正直な意見だね。シェーンクルム公爵とグラスデューラー子爵に願うことは?」


「放っておいて欲しいということでしょうか。もう私のために何もしないでいただきたいです」


 王子殿下は神妙な顔で頷いた。

 それから話が戻った。


「何故公爵になりたくないのか。貴族をやめたいのか。その理由も聞かせて貰っても?」


 どうして理由を聞かれないと思えていたのだろう?
 しばらく息を止めてしまって、王子殿下に大層心配を掛けてしまった。


「無理には言わなくていい。言えないことはあっていいから。君の願いも聞けたし、もうここまでにしようか」


「いいえ。隠したいわけではありません。理由は私の気性が貴族にはとても向いていないからなのです」


 湧き出る泉のように、私の口から言葉が溢れる。
 その勢いに、驚いている自分がいて、まるで今話している者が別の誰かのようだった。


「公爵になるために学ぶうち、私は多くの疑問を抱くようになりました。すると自然に公爵にはなりたくないと思い始めたのです。それがあの日……あの事故があって、私は心から公爵にはなるものかと思うようになりました」


 歴代の公爵がしてきた判断が、私の生まれ持った黙っていられない性分を強く刺激した。

 何故?何故?何故?
 教師も、公爵も、私の質問に困惑するばかりで、私が望む答えを与えてはくれなかった。

 公爵はおかしなことを聞くなと、私を叱るようになっていく。


「私は……出来ません、殿下。たとえ彼に落ち度はあったとして、彼が見落とさなければあの事故はなかったとして……自分も酷い怪我を負いながら、私たちを必死に助けようとしてくれたあの御者を処分など。私には出来ないことです」
 

 目覚めたあとに御者の処遇を聞いて、私はとても立派な公爵にはなれないと悟った。
 母が望んだ未来はないことが分かったのだ。

 馬車の潰れ方が悪く、母の身体は馬車の壁に挟まれ身動きが取れなくなっていた。
 抱えられた私も動けないでいた。
 僅かな隙間から傷だらけの身体で馬車を破壊しようと試みる御者の姿を見た。
 そんな御者を母も気に留めなかった。

 目覚めたときが遅すぎて。早く目覚めたところで何も出来なかったかもしれないけれど。
 せめて名誉を回復しようと。
 御者が私たちを助けようと尽力してくれた事実を伝えても、それが何だという反応が返って来る。
 公爵だけではない。
 家令ハリマンも。どの侍女も。祖父母も。伯父夫婦も。そして叔父も──。
 誰もが私の言葉を理解出来ないという顔をした。
 皆が一様に、私が幼く、事故の後で混乱しているものと理解して、事故の話から私を遠避けるようになった。

 あの症状が出て、それは強化されていく。
 私から事故の話に触れることも許されなくなった。

 私が名誉を回復したい者たちは、御者だけではない。


「騎士もそうです。あの日、家族水入らずで過ごしたいと望んだのは母で、これを認めたのが公爵でした。安全な王都だからと護衛の数を減らし、あげくあの馬車から距離を取らせた。彼らは事故の後、急いで駆け付け、人数が足りないからと本邸に馬を走らせてくれたことを聞いています。彼らがいなければ私はどうなっていたか分からないと言われました。それなのに、どうして処分されるのです?」


 邸で待機を命じられていた護衛騎士までが処分されていた。
 幼い私によくしてくれていた護衛騎士隊長も責任を取って職務から退いている。

 本当に何故?

 あの私への失言を責められていた公爵も、彼がした事故後の始末については、誰にも責められることはなかった。


 だから殴ったのかもしれない。
 私は母ではないことを知らせ、正気に戻すつもりで、手を上げたものだと思っていたけれど。

 目覚めた直後の私は、聞く前から悟っていたのではないだろうか。
 もう御者にはお礼を伝えられない。
 助けてくれた騎士たちにも会えない。

 そうして本邸のあの部屋が、それらのどうにもならない感情と折り重なるようにして、私の記憶に刻まれたのだろう。

 馬車も、本邸のあの部屋も、私には──。


「彼らに偉そうに言った後で、これでは私も示しがつかないな。許可なく触れてしまったことは、令嬢たちにも秘密にしてくれる?」


 私の両手が覆われていた。
 そこで私は、身体が震えていたことに気が付けた。
 








感想 18

あなたにおすすめの小説

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。