国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♦一度目

5.オルヴェとリタ

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「いつもはどうしているの?別々に食べるの?」

 答えを得るべき者を見極めたシーラが、少女らしい純粋な瞳で見上げイルハへと問い直す。

「我が家では使用人と食事を分け隔てる習慣はありませんが、その日によって違います。私も仕事で遅くなることが多いので、二人には先に食べて頂くようにしているのです」

 イルハが改まった口調を変えないところに、常日頃からの使用人への振舞い方が見て取れた。

 しかし、シーラがそれを察してこれからの発言をしたのではないだろう。
 シーラのそれは、シーラにとってのいつも通りの振る舞いだと、短時間でも気付かされる。

「今日はもう食べちゃった?」

 今度のシーラは、直接リタへと尋ねた。
 リタもまた、穏やかに微笑むと、子どもにするように優しい声色で返答する。

「私たちもまだですよ」

「じゃあ、みんなで一緒に食べようよ。ねぇ、イルハ!」

 イルハを見上げて、シーラは嬉しそうに笑った。
 イルハは深いため息を漏らしてから言う。

「リタ。今日は皆で食べましょう。そのように用意してください」

「リタって言うんだ。私はシーラだよ。よろしくね、リタ」

 老婦人にも、敬称を付ける習慣はないらしい。
 シーラが手を差し出すと、リタは優しく手を握り返した。

「よろしく、シーラちゃん」

「シーラでいいよ」

「シーラちゃんって呼びたいのよ。駄目かしら?」

「それならいいよ」

「あなた、あなた、ちょっと来てちょうだい」

 リタが呼ぶと、オルヴェはリタよりさらに重そうな体を揺らし、駆け寄って来る。

「なんだい、どうかしたかい?今、部屋を整えて──」

「可愛いお嬢さんが、わたしたちと食事をご一緒してくれるそうよ」

「これは嬉しいね」

「こちらはオルヴェと言うのよ」

「シーラって言うんだ。よろしくね、オルヴェ」

「シーラちゃんかい、よろしくね」

 また握手が交わされた。リタよりももっと分厚い手のひらを、シーラはしっかりと握り返す。

「二人とも同じように呼ぶんだね」

「あら?夫婦だからかしら」

「リタも、オルヴェも、今日は急に来てごめんね。仕事を増やしてしまったね。私はどこでも寝られるから、汚れていてもいいし、物置小屋でも平気だよ!」

「あらあら。私たちは仕事があった方が嬉しいのよ」

「老人には、たまにこういう刺激がないとね」

「ありがとう。気を遣ってくれて」

「まぁ、気なんて遣っていないのよ!それより疲れたでしょう。お部屋で座ってらして。坊ちゃま、すぐにお食事のご用意が出来ますから、それまでお二人で楽しんでくださいね」

 イルハは答えなかった。
 自分以外で作り出された雰囲気に圧倒されていたからである。

 しかし使用人たちは勝手にその場を離れていき、イルハはシーラと残された。

「素敵な二人だね。後でお礼が出来るかな?」

「お礼なんて要りませんよ。私が勝手にあなたを連れて帰って来たのです」

「返せない恩を残すのは嫌だもの」

「それは旅で得た信条か何かですか?」

「そんな難しい意味はないよ」

 シーラは豪快に愉快気に笑ってみせた。
 何がそんなにおかしいのか、イルハには何一つ分かっていなかったが、その喜びは確かに胸に伝わっている。



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