国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

文字の大きさ
23 / 349
♦一度目

22.婦人は心配する

しおりを挟む
 貯蔵庫の詳細な検分を役人らに任せ、イルハがシーラを連れて甲板に戻って来ると、遠慮して少し離れたところから様子を窺っていたリタは、堪らずに尋ねた。
 シーラとイルハがどこにあろうと、その会話だけはよく耳を澄ませて聴いていたのだ。

「ねぇ、シーラちゃん。航海中は食事をどうしているの?」

「乾パンとか、缶詰とか。あとはナッツか、干した果物。干し肉を食べることもあるね。日持ちするものを沢山買い込んでおいて、それでお酒を飲むんだ」

 すぐに言葉を返せなかったリタは、青白い顔でよろよろとイルハに近付くと、そっと耳打ちをした。

「坊ちゃま。シーラちゃんが旅立たれる前に、食料をたっぷりと持たせてもよろしいかしら?」

「私からもお願いしたいですね。なるべくそのまま食べられるものを」

「保存食なら得意分野だわ。それから坊ちゃま」

「リタ。ここでそのように呼ぶことは──」

「お洗濯のこともそうですし、お掃除のことも。それに一人だとしたら……」

 リタ主導で二人が話し合う横で、シーラはうーんと両手を上げて再び伸びを見せていた。
 シーラの話をしているというのに、一切の興味を示さない娘をその横目に映し、イルハはリタがどうしたら自分を真面に呼んでくれるのかと真剣に悩んだ。



「しかし本当に一人で船を動かせるのかねぇ」

 小屋の中を検分し終え、疲れ切った顔で外の空気を吸いに来た一人の役人が呟く。
 それはシーラを疑っているというよりも、素直な疑問であった。
 大きな帆をこの小柄な娘が一人で動かす姿は誰だって容易に想像出来ない。

「動かしてみようか?」

 まさか本人から答えを貰えるとは思っていなかった若い役人は、一人では返答が出来ず、すぐに上司の元へと飛んで行った。
 その後、五人の役人は、下の貯蔵庫で無駄に相談する時間を経て、すべてはイルハへと委ねられる。
 何のために彼らはそれなりに長い時間を掛けて話し合ったのか。

「シーラ、このまま堤防の内側を旋回していただけますか?」

 完全に信用していなければ、出ない言葉だ。
 シーラが悪い海賊であったなら、あるいはその海賊をこの小さな船のどこかに隠していたら、タークォンの役人を人質に取って、あるいは誘拐して、そのまま大海原へと旅立ってしまうかもしれない。

 という懸念、やはり誰も持たなかった。
 底抜けに明るい声で、シーラは言う。

「もちろん、いいよ!」

「あら。それなら私は降りた方がいいわね」

 リタは船酔いをする体質だった。
 タークォンには領海を巡る遊覧船があって、海上での食事を提供する船が日々いくつも出たが、リタは若い頃からこれが苦手だ。

 シーラはすぐにリタの事情を察したようで、しかし笑顔で言い切る。

「大丈夫だよ、リタ。揺れないようにするから、安心して乗っていて!」

 シーラの自信たっぷりの笑顔を見て、リタはまた簡単に折れてしまった。
 リタとしても、この船をどうやって少女一人の手で動かすのかという問題には興味を持っていたが、しかし多くはシーラを甘やかしたいという深い愛情から来た対応である。

 昨夜からの付き合いだというのに、リタはもう、シーラという娘を気に入り過ぎた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...