国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♠二度目

21.甘く溶けた男

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 イルハは自室の机に置いた、手のひらに乗るサイズの小さな木箱を眺めていた。
 昼間、王宮を抜け出して、急いで買ってきたものである。

 この日のイルハは普段通りに出勤するも、ほとんど仕事らしい仕事をしてこなかった。
 昼間はこの通り抜け出すし、早過ぎると誰もが想う時間には王宮を後にする。

 自身の変わりようには、イルハ自身も笑えてきた。

 コンコンと扉をノックする音が聞こえ、イルハはその木箱を机の引き出し仕舞った。
 するとほとんど同時に扉が開いて、シーラがその隙間から顔を覗かせる。

「入っていい?」

「もちろんですよ」

 ほとんど強制だったが、一日寝て過ごしたシーラは、熱も下がりすっかり元気になっていた。
 ぴょんと撥ねるように部屋に入れば、迷わずにイルハの側へとやって来る。

 シーラの視線は目ざとく、机の上に置かれたグラスを見つけ出していた。

「ねぇ、イルハ。一口でいいから、飲ませてもらえないかな?」

「駄目ですよ。この国の法務省のが法を逸脱するわけにはまいりません」

 イルハが苦笑しながらグラスを持ち上げると、何故かシーラが目を丸くする。

「どうしました?」

「長官になったの?」

 今度はイルハが驚く番だ。

「覚えていたのですか?」

「前は副長官だったでしょう?」

「あなたも面白い人ですね」

 自分の生年月日さえ覚えていないのに、とイルハは懐かしいことを想い出した。
 まだ半年も経たないことなのに、とても古い記憶のように感じるのは、待つ時間がやけに長く感じられたからに違いない。

「舐めるだけならどう?イルハがどんな味を好きか、知りたいだけなの」

 ふぅっと息を吐いたイルハは、微笑みながら飲み掛けのグラスをシーラへと差し出した。
 簡単に折れる男になったものである。

「口外しないと約束してくださいね?どこの国であってもですよ?」

 シーラは嬉しそうに頷くと、グラスを受け取る。
 グラスに口を付けたあと、酒が喉を通り抜ける音が、三度は響いた。
 どこが一口なのか。

 イルハは気付く。今日もシーラは手に例の白い布を巻いていない。
 この意味を勝手に想像すれば、イルハの頬がさらに緩んでも仕方のないことだろう。

「凄く甘いんだね。だけど渋みもあるから、飽きずにいくらでも飲んでいられる味だ」

 酒に慣れ親しんだ者らしい言葉に、イルハは苦笑するしかなかった。




****

※これは物語です。お酒は二十歳になってから。
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