国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♦三度目

36.叫ぶ王子様

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「なんだと!船が大破していたのか!それでよく無事だったな!」

 王子の執務室に続く入口から見て右隣りの部屋は、王子がくつろぐためだけに用意された場所だ。
 その部屋のソファーにどっしりと腰掛けた王子が、今は前のめりになって叫んでいる。

 その前には、テーブルを挟んで、テン、シーラ、そしてイルハがソファーに並び座っていた。

 二人に挟まれた状態のシーラが、肩を竦めながら王子へと言葉を返す。

「落ち着いてよ、王子。大破したなんて言っていないよ!ちょっと穴が空いただけなんだってば」

「ちょっと穴が空いたって、船には大事だろうよ。それも新しい船を作るほどに酷かったんじゃねぇのか?」

「違うってば。ちゃんと聞いていた?」

「よく聞いていたが、お前の話は分かりにくいんだよ」

「そんなぁ」

 シーラが助けを乞うようにイルハを見れば、もう話手は交替となろう。

 そこへ。
 ちょうど良いタイミングで、この部屋付きの使用人がガラガラとカートを押して、飲み物とケーキを運んできた。

 普段から王子がこの部屋では序列を気にするなと言ってきたこと、そしてテンが子どもだったからだろう。
 真っ先にどのケーキが良いかと問われたテンは、「全部」とぶっきらぼうに答え、使用人を笑顔にさせた。
 さすがの王宮の使用人は、それから落ち着いた様子でケーキを選びテンの前に置くと、テンはすぐさまこれを食べ始め、また使用人を笑顔にさせている。

 朝もたっぷり食べていて、先にも王子から何か貰っていたが、まだこの少年はお腹が空いていたということだろうか。

 続いてケーキにありつけたのは、シーラだった。
 シーラはテンと違って使用人とも気安く話し、おすすめを聞き出せば、そのケーキを貰って礼も伝えている。

 その後には、嬉々として顔の前で両手を合わせ、「いただきます」と言っては、それは幸せそうな顔をして食べ始め、シーラもまた使用人を喜ばせるのだった。

 しかしこの使用人は、微笑ましいと笑っていられないほどにここから忙しくなる。

 シーラが食べ始めたときには、テンの皿からすでにケーキが消えていたからだ。
 上品に小さく切り分けられたものだといっても、早過ぎやしないか。

 そうこうしている間に、シーラの皿も空いていく。

 こうして一人の使用人がテンとシーラに付きっ切りとなってしまったので、ケーキを辞退した王子とイルハの給仕は、別の使用人が行うことになった。
 と言っても、二人の男が望んだのは、珈琲を一杯であるが。


 よく食べる二人に驚きながら、王子は珈琲を味わい、イルハを見やった。
 イルハはシーラを見ながら、珈琲を味わっていたところである。

 その幸せそうな臣下の顔に無性に苛立った王子は、イルハに声を掛け、気を逸らしてやる。

「おい、お前は話せよ」

 王子を見据え、カップを置いたイルハだったが。
 無礼にも煙たがるように息を吐いてから、口を開いた。

 ここがどこか、まさかこの男まで分からなくなってはいないはずだが……。

「昨夜のうちにすべて聞き終えております。殿下には、私から簡単に説明させていただきましょう」

 イルハの説明はシーラが話すよりもずっと分かりやすいものだった。
 さすが一晩掛けて、ついでに抱き締めながら、重箱の隅をつつくようにして仔細聞き出した男である。




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