国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♠国にあるもの

23.秘密の夜に

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 卓上のランプがひとつだけ灯る薄暗い部屋の中で。
 イルハは椅子に腰かけ、ベッドに眠るシーラの手を握り締めていた。

 側にいても苦しくなるなんて聞いていない。
 イルハは自嘲気味に微笑むと、額を隠す痛々しい包帯に目を向けた。

 これは誰のせいか。
 王子を責めることは出来るけれど。
 頻繁に王子の執務室に足を向け、仕事中のシーラから集中力を削いできたのは自分だ。
 イルハはそう感じていた。だから王子に少しの嫌味くらいは伝えるかもしれないが、責めるつもりはない。

 それに王子を誘導し、シーラにあの仕事を与えたのはイルハだった。
 それもイルハが身勝手にも描いていた、イルハに都合の良い二人の未来のために、そうしたのだ。


 イルハはもう今夜眠る気がなかった。
 頭を打っていたらと思えば、目を離す気にはなれない。

 けれどもそれも、自分が安心したいからというだけではないか。
 どこまで己は身勝手なのか。

 イルハはこうして自嘲するけれども、だからと言って、この手を離す気は起きなかった。


 手から流れてくるもの。
 はっきりと伝わるそれは、あの祭りの日よりも確実に、どのときよりも強く。

 これがイルハを安心させる。

 気付いたのは、熱で倒れたあとに支えたときだったろうか。

 シーラがひた隠す感情も手を通せば読み取れる。
 気のせいだと思ってきたそれが確信に変わったのは、ようやく会えたあとに重ねてきた夜の中である。

 王宮に向かう際にはシーラは必ずその手に布を巻き付けているから、直に触れることは叶わない。
 けれども夜に湯浴みを終えたあと、シーラはレンスター邸宅ではもう何も巻こうとしなかった。
 それでイルハは──。


 不意に伝わるものが変化して、イルハは手を繋いだまま、シーラの顔を凝視する。

 そして声を落として言った。

「大丈夫ですよ、シーラ。安心して、そのままに」

 イルハの言葉に反して、シーラの目元にぐっと力が籠る。眉も歪められていた。

 痛むのであれば、痛み止め薬を。

 起こそうか悩むイルハが動く前に、目が開いた。
 薄闇の中で互いの目が合っている。

「……わっ!え?イルハ?」

「大丈夫ですか?」

「あ、あれ?あ、ごめんなさい!」

 慌てて引かれたその手を、イルハは決して離さずに微笑み掛ける。

「大丈夫です。そのままで」

 寝ぼけているのか、手を引く力が緩まると、口を開けたまましばしシーラは固まった。
 ぽかんとイルハを見ているシーラにも、「大丈夫ですよ」とイルハがもう一度伝えると。
 見る間にシーラが眉を下げていく。

 手を介しイルハへと伝わるものがまた変わっていた。


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