国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♦海にあるもの

14.すぐに反省を忘れる王子様

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「おい、どの辺だ?いねぇぞ」

 なんとか現状を受け入れた王子は、用意された双眼鏡で窓の外を眺めてみるが、目当ての二人は見付からなかった。
 その手に持つ王家の紋章入りの双眼鏡には、何かとてつもない過去が隠されている気がしてならない王子だが、今はとにかく考えないようにしている。
 そうして双眼鏡の映す景色に集中するが、使い慣れていない王子には二人の姿を容易には探せない。

「それより殿下、人さらいではありませんよね?抱えられて、船に乗せられているのですが」

 イルハも臣下としての態度は酷いもので、王子の言葉を無視して双眼鏡を覗いたままに問い掛けた。

「何だと!」

 焦る王子は双眼鏡を覗きながら左右に顔を揺らしたが、まだ二人は見付からない。


 そんな二人に、新たに近付く男があった。
 ちょうど書類を持って入って来た男で、二人の背を見て固まっている。

 ここは、王子の執務室で間違いないだろうか。

 男は自問して首を捻った。その男にすぐに小さな声が掛かる。

 どうぞ、書類はそちらに置いて行かれてください。ただ今、殿下は取り込み中ですので。後ほど、貴殿の訪問と書類の件はお伝えしておきます。

 部屋付き侍従の一人に指示を出された男は、すぐに書類を置いて部屋を出て行った。

 とりあえず彼の中でイルハの奇行は見ていないことになる。
 王子ならあり得そうだが、イルハの行動としては信じられず。
 忙しくて気が触れたかな、とさらに思った彼は、すべて忘れることにして、王宮の廊下を足早に進んでいった。
 逃げたとも言える。


 そのようにして知らず人を動揺させている男たちは、窓辺に並び立ってまだ双眼鏡を覗き込んでいた。
 説明がなければ、不埒なことをしているように見えなくもない怪しさだ。


「くそ、見付からねぇぞ。双眼鏡ってやつはこんなにも使いにくいものなんだな」

「素早く動かすよりは、じっくり確認しながら場所を移動していった方が早く見つかりますよ。ちなみにもっと右側ですね。青い帆の船の上です」

「それを早く言え!どれ……青、青……あぁ、あれか。見付けたぜ」

 しばらく男たちは無言で双眼鏡を眺めていたが。

「はしゃいでいるし、大丈夫そうじゃねぇか」

「ひとまずは安心しました」

 シーラとテンは、知らぬ船の甲板を駆け回っていた。
 傍らにいる男たちが、特に彼女たちを追い掛けるようなこともせず、自由にさせているからには問題ないのだろう。

 王子が覗きをやめたのに、イルハはまだ双眼鏡を覗くことをやめず。

「あいつらが元気そうで何よりだが。改めて詫びておくぞ。今日はすまなかったな」

「いえ。本当に謝罪には及びませんよ。殿下にお願いした時点でいずれはこうなると思っていましたからね」

 だから自身の責だとイルハは言っているのだが。

「はぁ?なんだって?」

 王子は聞き捨てならないと不満そうに聞き返した。
 自身の失態に責任を感じ悪いと思っていた気持ちも吹き飛んでいる。

「女性からの頼みを断れる殿下ではございませんでしょう」

「……俺をなんだと思っていやがるんだ?」

「断れましたか?」

「う……そうは言うが、お前なら断れていたのかよ」

「そうですね。断らずとも私ならば共に付いていきました」

 イルハは本当に王子を責めてはいなかった。
 だが王子は、臣下からねちねちと嫌味を言われ続けている気分である。

「それでよく俺に預けておいたな?今日は何かトラブルでも起きていたのか?」

「いえ。仕事が溜まっていただけです。……っ!」

 しれっと嘘を吐いたイルハの息が、王子にも知れず止まった。


 まさか。ありえない。


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