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♥選ぶもの
6.リリーの災難
しおりを挟む今日のリリーは、落ち着かない。
その視線がちらちらと客席に座るイルハに向かうが、イルハがちょっとリリーを見るような素振りを見せるだけで、リリーはさっと視線を逸らした。
実際イルハは隣に座ったシーラの世話に忙しくて、リリーには注文をする、料理を提供される、以外に何の興味もないのだが。
リリーは不思議に思う。
イルハがこの店にいるだけで、悪いことをした覚えはなくとも、何か知らずに法を犯したような気がしてくるのだ。
しまいには、無いはずの悪事まで自白して、謝りたくなってくる。
だからずっと、リリーの顔色は晴れない。
何度来たって、お客さまとしてのイルハには慣れなかった。
一応イルハはリリーに申し訳なさを感じていたが、シーラたちは不思議に思うばかりである。
いつもは懸命にイルハの優しさについてリリーに語っているシーラだったけれど、今日は違った。
イルハがどれだけシーラを気にしていようと、今日のシーラの重要事項はテンにある。
おっかなびっくり出来立ての料理を配膳したリリーは、さっと客席から離れ、厨房へと戻って行った。
イルハがいなければ、シーラに話し掛けて、しばらく空いた客席に居座っておくところだ。
何せ、もう他に客がない。昼時は過ぎていた。
「ねぇ、テン。これも食べてみない?とても美味しいよ?」
食事に関して、テンは素直だ。
朝もそうだったので、変わらぬ様子にシーラはほっとした顔でテンの方へと自分の皿を差し出そうとしたところである。
「僕にも一口貰えるかな?」
「いやー!!!」
甲高い叫び声は店内に響き渡った。
同時にガンっという鈍い音が鳴る。
「シーラ。脛は辞めようか」
男がすでに、シーラの隣に座っていた。
それも他の席から椅子を移動して、座っているのだ。
声がするまで、王子もイルハも彼の存在に気付かなかったというのに。
いつ椅子ごとやって来たのか。
「ここで何をしているの!」
「何って、愛しい君と共に──」
再びガンという音が鳴った。
見目麗しい男が眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべている。
どうやらシーラはテーブルの下で男の脛を蹴っているらしい。
暴力的なシーラなど知らない王子は、ついイルハを見やるが、イルハも驚いた顔をしてシーラを見ていた。
そこでやっと入口の扉に備え付けられた鐘が鳴る。
店内にある者の視線が、一斉にそちらに向かった。
「シーラ。いつも悪いな。また迷惑を掛けるぜ!」
先頭の男が言って、その後も男ばかりがぞろぞろと続いて店に入って来た。
リリーは叫び声に驚いて厨房から飛び出してきたところだ。
「なんだい、シーラ。どうしたんだい?料理に何か……あぁ、新しいお客さんだね。いらっしゃい、よく来てくれたね、お兄さんたち。好きな席にどうぞ」
むすっと頬を膨らませたシーラより接客を優先させるリリーだった。
そういうところは、イルハがいても変わらない。
王子がひっそりとこれに感心していた。
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