国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♥選ぶもの

69.守られしお姫さま

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 二人の男がすやすやと眠る娘の顔を、ベッドの両側から覗き込んでいた。

「君、本当にいい度胸をしているよね。何が言いたいのかな?」

 お互いに目を合わせているわけではないのに、片方の男からそんな声が漏れている。
 そう言いながら、彼の視線だってまだ眠る娘に向かっているのに。

「何も言っておりませんが?」

 一方の男もまた眠る娘しか見ずに答えていた。

「君の目がうるさいのだよ。君のその目がね!」

 お互いに目を見ていないのに、どうしてそうなるのか。

 フリントンは子どものようにぷりぷりと怒ると、シーラの額をそっと撫でた。
 じんわりと熱を帯びた額には薄っすらと汗が滲んでいたのに。
 彼の指が触れていない部分からも肌の湿り気は消え失せた。

 その後心なしか娘の寝顔が和らいだように見える。

「まだまだ子どもだからね?」

「そうでしょうか?」

 相変わらず二人は、シーラの顔を見ながら話した。

「まだまだ、これからも子どもなんだよ!」

「そうですかね?」

 イルハが二度も疑問を返せば、フリントンは子どものようにムッとする。
 一体誰が子どもであるか。

「いや、分かっているよね?ねぇ、分かっているよね?」

「無理強いするようなことはしませんのでご安心を」

 しれっといつかはするぞと宣言するイルハに、フリントンは目を吊り上げる。

「くぅ~っ。やっぱりだめだ。君なんかにシーラはやらん」

 この男を知っている者からすれば、これは良からなぬ宣言となろうが、イルハは小さく息を吐いて笑っていた。

「シーラに嫌われますよ?」

「ぐぅ~っ。君の声を少し気に入ったばかりに、こんなことになるなんて!話を聞いたあのときに、さっさと消しておくんだった!」

 不穏な言葉も聞き流し、イルハは笑顔で言葉を返すのだった。

「この声で生まれたことを幸せに思います。ところでフリントン殿は、どれくらい女性を囲っておられるのですか?」

「なにその呼び方!それに何その話題!」

「同じように呼んでみたのですが。それでは、別の呼び方にしましょうか。では、ち──」

「それだけはだめ。だめ、だめ、だめ」

 イルハの顔がシーラ相手でなく緩むのは珍しいことだ。
 この場でイルハは、完全にシーラの身内として彼を認めたのだろう。

 フリントンの方はそうでないようだが。

「そうですね。順序というものがありました」

「そうだとも。そうだ──待て待て、違うよ!君がそう呼ぶ日は来ないからね!」

 ぷりぷりと怒る様は、あの少年よりも子どもらしく。
 この見目まで若々しい青年は、イルハよりずっと年上のはずなのだ。

 中身も完全に子どもかと言えば、そうではない。
 この世を知り尽くした、そんな大人の魅力も合わせ持っていた。

 この歪さに、これぞ海かとイルハは妙に感心してしまう。



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