国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♥選ぶもの

74.少年の過去

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 フリントンは、イルハの答えを気に入らなかったようだ。
 なおその心の内を暴こうとする、光の届かない海底のような瞳を向けて来る。

「あの少年はこの地に向いているとは思わないけれどねぇ。君だって調べたのだろう?」

「えぇ、それなりには」

 テンの祖国ララエール王国。
 あの国は、十歳から兵士として認められる国だった。

 戦争が激化してくると、ララエール王国は躊躇なく子どもたちを前線に送り出して武器を持って戦わせた。
 
 そんな国の少年が怪我をして海に浮いていた理由は明白。

 それが当然として教育された少年が、この平和な国で穏やかに暮らせるかどうか。
 これはなかなか難しい話となろう。

 落ち着いたら学びの場にも、と考えてはいるが、生まれたときから平和を享受して安心して暮らす子どもたちと打ち解けられるかどうかは分からない。

 そのうえ、幼くして戦争に駆り出され、怪我をして死に掛けた程であるのに、今なお消えない愛国心だ。
 愛国心は素晴らしく捉えがちだが、偏って強まればそれは他国への敵対心に通じるものである。

 対応を間違えれば、タークォンを憎む懸念がテンにはあった。

 だから引き取るうえでは覚悟が必要であって、イルハとて軽い気持ちで提案しているわけではない。

「シーラは自分も辛いのに、自分よりこの子を助けてって泣いていたんだ」

 イルハの懸念に同調するように、フリントンは懐かしそうにそう言った。

「そうでしょうね」

 海に浮かぶ怪我をして瀕死の少年。

 イルハの少しの切り傷であれほどのことになったのだから、いくら見ず知らずの少年だったとしても魔力暴走は起きたのだろう。
 それをきっとテンは知らないのだ。

「あのときも泣いて泣いて、それはもうとっても可愛かったんだ。うん、本当に可愛い泣き方だったなぁ。僕にちゃんと甘えてくれてね」

 苦しんでいたときのことを可愛いと称するあたりも、やはりこの男はこちら側の常識からずれているのだろう。

「それでねぇ。あまりに可愛く泣くから、まだ僕の大事なシーラを泣かせた礼をしていなくてね。これ以上シーラの害になるなら、そろそろ僕が預かろうと考えていたところなんだ。君もその方が楽になるのではないかな?」

 シーラがいなければ、この男がテンを助けることはなかったのだろう。

 ほんの少しの間に、イルハは自分ならどうするかと考えた。

 国にあって目のまえで人が倒れていたら、助けることは間違いないが。
 そこは戦場。しかも海だ。
 海に浮かび、すでに受け答えも出来ない状態にあったなら、船上からでも助けたとはっきり断定することは出来ない。
 状況によっては、その場から離れる選択をすることもあるだろう。
 たった一人を助けたことによって戦争に巻き込まれる可能性は十分にあるのだから。

 だからフリントンを軽蔑する立場にはないとイルハは考える。
 けれどもここはタークォンだ。

「害にならないように育てます」

「君が面倒を見ているわけではないのだろう?」

 やはり何もかもお見通しだった。


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