6 / 96
6.長い夜を過ごすことになりそうです
しおりを挟む
私が安心したと言ったせいで、侯爵様はしばらくの間、不審そうに目を細めて私を見詰めていました。
それでも相変わらず、私の手は握ったままです。
謝罪も終わりましたし、そろそろお手を離してくださってもよろしいのでは?
目で訴えたそれは伝わらず、侯爵様は沈黙を解いて言葉を掛けてくださいました。
「どの辺に安心したのだろうか?」
すでに何か間違えた可能性もありましたが、それが何か分からなかった私は、素直に自身の考えを口にします。
そこで私は、元々貴族らしく取り繕える人間ではないことを思い出しました。
白い結婚上等、お飾りの妻らしく振舞うつもりで嫁いできたのですが。
これは……なかなかの試練になりそうです。
「結婚相手のためにほいほいと出掛け、領地の指揮を安易に人任せにするような方ではないと分かりましたから」
たとえば我が家のことを考えますと、弟はまだ爵位を継いではおりませんから、出掛けるときに止めることはありません。
しかしながら当主である父が、それこそ往復で半年も掛かる距離に、単なる個人的な理由で出掛けると言い始めたら。
えぇ、それはもう。全力で止めるでしょう。
物理的にも、精神的にも、二度とそのような考えを持つことのないように……。
え?いえ、令嬢ですもの。暴力的なことはいたしませんよ?
いえ、もう夫人になったのですね。
夫人としましても、安易な暴力に訴えるようなことは致しません。たぶん。
という私の内心の騒がしさなど知りもしない侯爵様は、ほっとした顔をされてから、深く頷かれました。
「君ならそう言ってくれると思っていた」
私なら?
驚いて侯爵様を見ますと、侯爵様はまた目を細めて渋いお顔で私を観察しておりました。
何か試されているのでしょうか?
もしかするとお飾りの妻としての適性を確認中ですか?
しかしお顔が近いですねぇ。
もう少し離れませんこと?
目で訴えてみましたけれど、またしてもこれは届きません。
目力には自信がありましたのに、どうしてでしょう?
領内の者でしたら、だいたいこの目で通用しました。
従姉妹たちからはその目が怖いから辞めてと散々言われてきたくらいです。
あれは自領にしか通用しない意思疎通の方法だったのでしょうか。
逆にそうなると、こちらでは発言せずにどのように意思の疎通をはかっているか、知りたいですね。
これから学べるでしょうか?
「だが、やはりよく話し合う必要があるようだ。夜は長い。今夜はとことん話を詰めていきたいが……旅の疲れはどうだろうか?」
「お気遣いは不要です。もう十分に休ませていただきましたので」
これは本当のことです。
侯爵領に入ってからも、この邸まで馬車で三日も掛かりましたが。
到着してから結婚式までは完全にお客様として、先に言いました通り客間に案内されて、侍女たちからも客人としてあれこれと世話をしていただきました。
邸に到着した日には、結婚式の準備をお手伝いしなくていいのか、ご挨拶回りなどはないか、侯爵夫人として覚えるべき仕事はあるか、といったことを確認しましたけれど。
結婚式までは旅の疲れを癒し、磨かれておけばいいとのことでしたので、有難くそうしていたのです。
その間、侯爵様とはほとんど会うこともなく。
食事も客間で頂いておりました。
お姿が一切見えないことには、不思議に感じておりましたけれど。
おそらくは結婚までの僅かな時間、想い人と過ごされていたのではないでしょうか?
私の方でも、客人として扱われている手前、結婚する前から侍女たちに女主人のように振る舞う気にもなれず、誰にも事情を聞かず、本当にただのんびりと過ごしていたのです。
そんな呑気な暮らしをしていたら、それはもう身体は回復するどころか、鈍ってしまったくらいで。
明日からどうしたらいいのかしら?と考え始めていたところです。
「では今宵はじっくりと語り合うことにしよう」
そう言った侯爵様は廊下に出て家令を呼ぶと、彼としばらく小声で話していました。
その家令が去っていくと、今度は侍女たちが部屋に入ってきて、新しいお茶と共に軽食や菓子を運んでくれます。
……広いテーブルがもの凄い勢いで埋め尽くされていきました。
夜分に何故、これほどの食べ物を即座に持って来られるのでしょうか?
どうやら本当に長い夜になりそうです。
最後の晩餐……ではありませんよね?
ちらと顔を確認したら、侯爵様と目が合ってしまいました。
あ、やっぱり隣に座るんですね。
ようやく解放された手を握ったり広げたりしていたら、何を想ったか、その手がまた掴まれたのです。
もしやこれは侯爵領におけるお作法なのですか?
それでも相変わらず、私の手は握ったままです。
謝罪も終わりましたし、そろそろお手を離してくださってもよろしいのでは?
目で訴えたそれは伝わらず、侯爵様は沈黙を解いて言葉を掛けてくださいました。
「どの辺に安心したのだろうか?」
すでに何か間違えた可能性もありましたが、それが何か分からなかった私は、素直に自身の考えを口にします。
そこで私は、元々貴族らしく取り繕える人間ではないことを思い出しました。
白い結婚上等、お飾りの妻らしく振舞うつもりで嫁いできたのですが。
これは……なかなかの試練になりそうです。
「結婚相手のためにほいほいと出掛け、領地の指揮を安易に人任せにするような方ではないと分かりましたから」
たとえば我が家のことを考えますと、弟はまだ爵位を継いではおりませんから、出掛けるときに止めることはありません。
しかしながら当主である父が、それこそ往復で半年も掛かる距離に、単なる個人的な理由で出掛けると言い始めたら。
えぇ、それはもう。全力で止めるでしょう。
物理的にも、精神的にも、二度とそのような考えを持つことのないように……。
え?いえ、令嬢ですもの。暴力的なことはいたしませんよ?
いえ、もう夫人になったのですね。
夫人としましても、安易な暴力に訴えるようなことは致しません。たぶん。
という私の内心の騒がしさなど知りもしない侯爵様は、ほっとした顔をされてから、深く頷かれました。
「君ならそう言ってくれると思っていた」
私なら?
驚いて侯爵様を見ますと、侯爵様はまた目を細めて渋いお顔で私を観察しておりました。
何か試されているのでしょうか?
もしかするとお飾りの妻としての適性を確認中ですか?
しかしお顔が近いですねぇ。
もう少し離れませんこと?
目で訴えてみましたけれど、またしてもこれは届きません。
目力には自信がありましたのに、どうしてでしょう?
領内の者でしたら、だいたいこの目で通用しました。
従姉妹たちからはその目が怖いから辞めてと散々言われてきたくらいです。
あれは自領にしか通用しない意思疎通の方法だったのでしょうか。
逆にそうなると、こちらでは発言せずにどのように意思の疎通をはかっているか、知りたいですね。
これから学べるでしょうか?
「だが、やはりよく話し合う必要があるようだ。夜は長い。今夜はとことん話を詰めていきたいが……旅の疲れはどうだろうか?」
「お気遣いは不要です。もう十分に休ませていただきましたので」
これは本当のことです。
侯爵領に入ってからも、この邸まで馬車で三日も掛かりましたが。
到着してから結婚式までは完全にお客様として、先に言いました通り客間に案内されて、侍女たちからも客人としてあれこれと世話をしていただきました。
邸に到着した日には、結婚式の準備をお手伝いしなくていいのか、ご挨拶回りなどはないか、侯爵夫人として覚えるべき仕事はあるか、といったことを確認しましたけれど。
結婚式までは旅の疲れを癒し、磨かれておけばいいとのことでしたので、有難くそうしていたのです。
その間、侯爵様とはほとんど会うこともなく。
食事も客間で頂いておりました。
お姿が一切見えないことには、不思議に感じておりましたけれど。
おそらくは結婚までの僅かな時間、想い人と過ごされていたのではないでしょうか?
私の方でも、客人として扱われている手前、結婚する前から侍女たちに女主人のように振る舞う気にもなれず、誰にも事情を聞かず、本当にただのんびりと過ごしていたのです。
そんな呑気な暮らしをしていたら、それはもう身体は回復するどころか、鈍ってしまったくらいで。
明日からどうしたらいいのかしら?と考え始めていたところです。
「では今宵はじっくりと語り合うことにしよう」
そう言った侯爵様は廊下に出て家令を呼ぶと、彼としばらく小声で話していました。
その家令が去っていくと、今度は侍女たちが部屋に入ってきて、新しいお茶と共に軽食や菓子を運んでくれます。
……広いテーブルがもの凄い勢いで埋め尽くされていきました。
夜分に何故、これほどの食べ物を即座に持って来られるのでしょうか?
どうやら本当に長い夜になりそうです。
最後の晩餐……ではありませんよね?
ちらと顔を確認したら、侯爵様と目が合ってしまいました。
あ、やっぱり隣に座るんですね。
ようやく解放された手を握ったり広げたりしていたら、何を想ったか、その手がまた掴まれたのです。
もしやこれは侯爵領におけるお作法なのですか?
40
あなたにおすすめの小説
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる