【完結】あなたを愛するつもりはないと言いましたとも

春風由実

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50.私の知らないお話の続きです

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 ジンとは対照的に、ハルの表情に陰りはなかった。
 声色も変えることなく、ただしみじみと過去を懐かしむように言うのである。

「なんであれがミシェルの親戚なんだろうねぇ。昔からの最大の疑問だよ」

 ジンはなお鋭い目をしていたが、ハルの言葉には心からの同意を示す。

「本当にな。他人であればあの頃に切り捨ててやったものを」

「あの頃も大変だったよなぁ。君も大分擦れた子どもだったけれどね?」

 ジンの眉がぴくりと上がった。

「お前たちに何かした覚えはないぞ?」

「うんうん、君はミシェルの前でだけ天使だったからね」

 鋭かった眼光にたちまち弱さが滲み、ハルはやれやれと肩を竦めるのだった。

「──喜んでくれていただろう?」

「ミシェルだけがね。僕らの前との差があんまりだとは思っていたよ。それで侯爵となった今や本性を隠し通せる気がしなくて、普段に近く振舞ってみたのかな?どうせもうかつての天使な容姿は保てていないし?」

「ぐっ──そうではない。勝手な憶測を語るな」

「あはは、図星だね。そのうえ昔の君と言動が変わっているせいで、ミシェルには気付いても貰えなったと。ミシェル憧れのかの騎士団長を手本に頑張っていたのに、君も報われないな」

「ふん。すでに報われた!」

「それはそれは。でもそれだって僕のおかげだろう?」

「そうではない。いちいち恩に着せるな」

「よく言うよ。アルも心配していたんだよ?」

「またあいつか。どうせ、そんなことだろうとは思っていたが」

 ここに来てジンがやっと座った。
 ハルの向かいの席に腰を下ろすと、すぐに珈琲が運ばれてきて、ハルにも新しいカップに入った珈琲が用意された。

「アルから連絡があったんだ?ミシェルをちゃんと大事にしろと言ってきた?それともあれかな、早く気持ちを伝えろって?」

「そうではない。実はあの方が領内に入られた。それで何か動きがあると察しただけだ」

「は?」

「お前とは砦でニアミスだったな。まもなくこちらに到着される頃だろう」

「……僕、帰ろうかな」

 酷く白けた目が、ハルを見詰めていた。

「いや、だってあの方がいらっしゃるなら。あとは頼んだ方がいいと思わない?」

 すでにハルの腰は浮いていたが、ジンは容赦なかった。

「思わないし、ここまで来て逃げるな。陛下からの任なのだろう?」

「陛下というか、直接的には兄上だけど。えー、そういうことになっていたの?」

「あぁ、まだ例の誤解もあるようだから。それも解いてくださるはずだ」

「誤解って?え?まさかまだ?」

「伯はアルの手にも負えなかったんだろうな」

「あー、うん、あの伯はなぁ。辺境伯としては優秀なんだけれどね。うーん、こんなことなら僕は来なかったのに」

「諦めろ。逃げたと知られた方がどうなるか分かっているのだろう?最後まで付き合え」

 早々に諦めたようでハルは椅子に腰を落とすと、カップを持ってまた優雅に珈琲を味わいはじめた。

「ふぅ、言ったね?それじゃあ、僕にもミシェルとデートをさせてくれる?」

 同じく優雅に珈琲を飲んでいたジンのカップがカチャリと音を立ててソーサーに戻された。

「ふざけるな!」

「なんでさ!別に取って食おうってわけじゃないんだから。昔のように遊びたいだけだよ!」

「断る!」

「なら勝手に遊ぶからいいさ。一応聞いてあげたけど、君の許可なんてどうでもいいんだ」

「何故だ?私の妻だぞ?」

「僕だってミシェルの幼馴染だからね!親友だよ!」

「今まで連絡もしていないくせに、何が親友だ」

「誰に気遣って皆が遠慮をしていたか忘れたのかい?」

「ぐぅっ」

「君も伯のことはとやかく言えないと思うのだけれどね。娘でも生まれたら、同じ道を歩んでいきそうだよ」

「なっ!気が早いぞ」

「何を照れているのさ。今さら……え?これだけ僕を放置してまだだとか言わないよね?」

 探る視線を避けるように、ジンは再びカップを手に取ると珈琲を飲み干した。
 それが急いでここから逃げ出そうとしているようにも見える。

「まさかねぇ。まさかだよね?」

「誰が語るか。にやにやするな。探るな。もう帰ってくれ」

「え?帰っていいの?じゃあ、今すぐ帰るね」

「だめだ。ならん。これから来る面倒事を全部引き連れて帰ってくれ」

「えーーー」

 こうしてしばらく罵り合いは続いたが。
 ハルがこの日、ミシェルに会うことは叶わなかった。




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