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72.楽しくなってきてしまいまして
ミシェルの呟きは、何も思考のすべてに及んでいるわけではない。
ただ少しばかり興奮が過ぎると、その口からぺらぺらと心の内が零れ散る。
だから辺境伯家お抱えの諜報部員たちは、早々にミシェルの引き抜きを諦めた。
当主の令嬢を引き抜く考えを持つこと自体がどうかと思えるが、ミシェルが無口な令嬢であったなら、それは素晴らしい働きをしてみせたであろう。
身のこなしの素早さでは、辺境伯家の騎士団長も舌を巻くほどだったから。
そんなミシェルがどうしてこのように育ったか。
それは騎士団の訓練場を遊び場として、いつまでも騎士たちと鍛錬を続けてきたからに他ならない。
だからきっと騎士の誰かと結婚するだろう。
それは領内の誰もが信じていた未来だ。
しかしそれを達成するには大き過ぎる壁が聳え立っていて、相手は誰か、という未来だけは誰も描けなかった。
そんなミシェルがこの度遠く離れた領地を持つ侯爵家へと嫁いだのだ。
それは辺境伯領において、大分センセーショナルな事件として知れ渡っていた。
領民たちが今もよく話題にするほどにだ。
皆が口々と発する内容はひとつ。
外に出て姫様はあれで大丈夫だろうか、と。
さて、大丈夫かと言えば。
辺境伯領の価値観に基づけば、大丈夫と言えるのかもしれない。
ミシェルはついに侯爵家で本領を発揮したが、それを咎める者はいなかったからである。
ただ誰もが、覚悟をしながらミシェルの言動を見守っていた。
「お母さま。いいえ、ハル!」
「お、おう。どうした?」
先までと別の意味で背筋が伸びていたハルは、こちらに来たかと動揺しながらそう答えると。
「すぐに二人を連れて王都に戻らないといけないのかしら?」
外に向けて言葉を出していると意識しているときには、ミシェルは騎士風の口調を封印出来た。
これはそこそこの令嬢に擬態するまで特訓を続けた侍女たちの成果だ。
だが彼女たちの腕を持ってしても、行動を起こした彼女の心の声は、どうしても騎士っぽくなっていく。
だから普段から、令嬢らしい言葉遣いでものを考えるようにと、口酸っぱく言われてきたのだ。
それでこうだから。
辺境伯家の侍女たちは、この特殊な令嬢の世話に手を焼いて来たのだろう。
「あぁ、それなら。連れていってはじめて裁判が始まる手筈になっているから、それほど急いではいないんだよ。ここまで来たからにはついでにジンと話しておきたいこともあるし、数日はここの地下牢を借りて──」
「ではここにいる間は、ミーネは私が預かりたいわ。反省するようよく鍛え直しておくから任せてくれる?」
「それは──いいのか?」
ハルはまず辺境伯夫人を見て、それからジンを見たが。
ジンが役に立たないと知って、また隣に立つ夫人を眺めた。
今や夫人の顔は扇で目元まで隠れてしまっていて、その表情は読めない。
余程見せたくないものを隠しているらしい。
しかしその声は、極めて落ち着いていた。
「結果を見て判断いたします。逃がしてはなりませんよ」
「私は鼠一匹逃したことはありませんわ!では、行くわよ、ミーネ」
「は?どこに──って痛い。痛いってば。痛いのよ~」
ミーネの叫びは虚しく、ミシェルには届かなかった。
「シシィ!私の騎士服をこの子に着せるわ!準備をしておいてくれる?一緒に私も着替えるわね!」
「かしこまりました」
いつの間にか、さっと前に出たシシィが頭を下げた。
ミシェルの変わり様に一欠けらの驚きも見せないところは見事だが、しかし順応するには早過ぎないか。
ハルが一人「うん、ここもおかしいな」と呟いていた。
そうしてやっと嵐は去り行くかに思えたが──。
ただ少しばかり興奮が過ぎると、その口からぺらぺらと心の内が零れ散る。
だから辺境伯家お抱えの諜報部員たちは、早々にミシェルの引き抜きを諦めた。
当主の令嬢を引き抜く考えを持つこと自体がどうかと思えるが、ミシェルが無口な令嬢であったなら、それは素晴らしい働きをしてみせたであろう。
身のこなしの素早さでは、辺境伯家の騎士団長も舌を巻くほどだったから。
そんなミシェルがどうしてこのように育ったか。
それは騎士団の訓練場を遊び場として、いつまでも騎士たちと鍛錬を続けてきたからに他ならない。
だからきっと騎士の誰かと結婚するだろう。
それは領内の誰もが信じていた未来だ。
しかしそれを達成するには大き過ぎる壁が聳え立っていて、相手は誰か、という未来だけは誰も描けなかった。
そんなミシェルがこの度遠く離れた領地を持つ侯爵家へと嫁いだのだ。
それは辺境伯領において、大分センセーショナルな事件として知れ渡っていた。
領民たちが今もよく話題にするほどにだ。
皆が口々と発する内容はひとつ。
外に出て姫様はあれで大丈夫だろうか、と。
さて、大丈夫かと言えば。
辺境伯領の価値観に基づけば、大丈夫と言えるのかもしれない。
ミシェルはついに侯爵家で本領を発揮したが、それを咎める者はいなかったからである。
ただ誰もが、覚悟をしながらミシェルの言動を見守っていた。
「お母さま。いいえ、ハル!」
「お、おう。どうした?」
先までと別の意味で背筋が伸びていたハルは、こちらに来たかと動揺しながらそう答えると。
「すぐに二人を連れて王都に戻らないといけないのかしら?」
外に向けて言葉を出していると意識しているときには、ミシェルは騎士風の口調を封印出来た。
これはそこそこの令嬢に擬態するまで特訓を続けた侍女たちの成果だ。
だが彼女たちの腕を持ってしても、行動を起こした彼女の心の声は、どうしても騎士っぽくなっていく。
だから普段から、令嬢らしい言葉遣いでものを考えるようにと、口酸っぱく言われてきたのだ。
それでこうだから。
辺境伯家の侍女たちは、この特殊な令嬢の世話に手を焼いて来たのだろう。
「あぁ、それなら。連れていってはじめて裁判が始まる手筈になっているから、それほど急いではいないんだよ。ここまで来たからにはついでにジンと話しておきたいこともあるし、数日はここの地下牢を借りて──」
「ではここにいる間は、ミーネは私が預かりたいわ。反省するようよく鍛え直しておくから任せてくれる?」
「それは──いいのか?」
ハルはまず辺境伯夫人を見て、それからジンを見たが。
ジンが役に立たないと知って、また隣に立つ夫人を眺めた。
今や夫人の顔は扇で目元まで隠れてしまっていて、その表情は読めない。
余程見せたくないものを隠しているらしい。
しかしその声は、極めて落ち着いていた。
「結果を見て判断いたします。逃がしてはなりませんよ」
「私は鼠一匹逃したことはありませんわ!では、行くわよ、ミーネ」
「は?どこに──って痛い。痛いってば。痛いのよ~」
ミーネの叫びは虚しく、ミシェルには届かなかった。
「シシィ!私の騎士服をこの子に着せるわ!準備をしておいてくれる?一緒に私も着替えるわね!」
「かしこまりました」
いつの間にか、さっと前に出たシシィが頭を下げた。
ミシェルの変わり様に一欠けらの驚きも見せないところは見事だが、しかし順応するには早過ぎないか。
ハルが一人「うん、ここもおかしいな」と呟いていた。
そうしてやっと嵐は去り行くかに思えたが──。
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