88 / 96
番外編
叔父さまはこんな方でした その1
しおりを挟む
「どうして私ばかりがこんな目にっ!」
叫んだ男は、辺境伯の弟でした。
過去形であるのは、本当にそれが過去となったからです。
辺境伯家を代表して王都に入り、重要な任務を与えられていたはずの男は、あろうことか最初から辺境伯当主を陥れることしか考えておらず、そのうえ王都の誘惑に魅了されて自ら落ちていき、ついには辺境伯家から除籍され、兄弟の縁を切られてしまったのでした。
そんな男は、しかも王家から罪に問われ、ただいま牢屋の中です。
男は少し前に面会に来た女を思い出して、醜く顔を歪めておりました。
「お痛が過ぎましたね。お小遣いの範囲における散財程度ならあなたに甘い伯は見逃してくださいましたのに」
「可愛い噂話でしたから、わたくしも寛大に許して差し上げておりましたのよ?我が家のために利用出来ましたからね。うふふ」
「されどさすがに伯を騙っては見過ごせませんわ。他家を惑わし、あろうことか王家にまで軍事費を請求するなんて」
「愚物など見飽きたわたくしですが、ここまでの愚物は知りませんことよ」
男は何度も脳内で繰り返される女の声と、通常扇から鳴るはずの無い音に、頭を抱えて唸り声を上げます。
辺境伯家の次男である自分に対し、兄の夫人になる前から一貫した態度を示してきたこの義姉を、この男は徹底的に嫌い避け続けてきたのです。
それがこんな屈辱的な状況下での再会となってしまったものですから。
夫人がこれまでの不敬を詫びて擦り寄ってくる日を待ち望んできた男には、何度も思い出して叫んでしまうほどに、それは恥ずかしく悔しい出来事でした。
「どうしてだ!どうして私ばかりがこんな目に合う!」
男はここに来てからというもの、似たようなことばかり叫んでいます。
牢屋といっても、男がいるのは貴族用の牢で、庶民の家よりもずっと広い部屋の中でした。
食事は運んでくれる者がおりますし、質素ではありますが、庶民の食事としてはかなりいいもので、それも冷めた料理ではありません。
そのうえ身体を清めるための水も布巾も毎日支給されていて、ベッドはありませんが包まる毛布も与えれているのです。
苦労をしているそこらの庶民たちよりずっと快適な暮らしをしているのですが。
男はそこにある恩恵や配慮には、何ひとつ気付くことが出来ませんでした。
もっと広い屋敷で、使用人に世話をされて当然の身の上であった彼にとっては、この環境もまた屈辱なのです。
「くそっ!母上はどうして私を二番目に産んだのだ!私を一番にすれば!そうすれば、あの忌々しい兄など早々に遠くの砦に飛ばしてやったというのにっ!全部母上のせいだ!」
ここまで来ると逆恨みも甚だしいと初めて聞く者でも眉を顰めてしまう話ですが、この男はある時点からずっとこうだったので、この思考が真面であると信じています。
だから牢の外で見張り役の騎士が聞いていても、おかまいなしで叫ぶのです。
「私の方が顔も良く、背も高く、当主らしいではないか!なのに何故!ただ少し早く産まれたあんな奴に当主の座を奪われなければならない!」
独り言でも、いいところが二つしか出て来ないあたりに、自分が当主に向かないという証明が示されているのですが。
これを真直ぐに受け止めらない男には、自分のことも、そして兄のことも、正しく見定めることが出来ませんでした。
「だいたいあの兄に当主が出来ているわけがなかろう!どうせあの馬鹿力で人を脅し、自分のために働かせているに違いない!」
確かに彼の兄は、一般的な領主という意味では出来た男ではありませんでした。
しかしながら、辺境伯という立場においては別です。
広く国境と接する辺境伯領は、隣国との火種を抱えた危険と隣り合わせの領地でありました。
そのため辺境伯は、通常の領地経営だけをする当主では困るのです。
その点において、当代の辺境伯は優れた人物でした。
敵を前にしたときの、瞬時に状況を把握する観察力や洞察力。
敵の動きを見据えたうえで、先回りして的確な指示を出す判断力。
有事に人をまとめ指揮する強いリーダシップに、彼自身が武人としての能力に長けている点。
戦においてはどれを取っても、辺境伯当主に相応しい男でありました。
彼が当主になってからというもの、荒くれ者揃いの隣国側の国境を守る騎士たちが、あんなにあった戦意を喪失し、おとなしくなっているのですから、それもまた彼が当主として相応しい男であると証明しています。
どうも聞くところ、隣国の騎士たちが恐れる相手は、辺境伯当主夫妻のようですが。
いずれにせよ、この通り彼の辺境伯当主としての適性は疑いようのないものでした。
ただ一人、いえ一人とその家族を除いては──。
叫んだ男は、辺境伯の弟でした。
過去形であるのは、本当にそれが過去となったからです。
辺境伯家を代表して王都に入り、重要な任務を与えられていたはずの男は、あろうことか最初から辺境伯当主を陥れることしか考えておらず、そのうえ王都の誘惑に魅了されて自ら落ちていき、ついには辺境伯家から除籍され、兄弟の縁を切られてしまったのでした。
そんな男は、しかも王家から罪に問われ、ただいま牢屋の中です。
男は少し前に面会に来た女を思い出して、醜く顔を歪めておりました。
「お痛が過ぎましたね。お小遣いの範囲における散財程度ならあなたに甘い伯は見逃してくださいましたのに」
「可愛い噂話でしたから、わたくしも寛大に許して差し上げておりましたのよ?我が家のために利用出来ましたからね。うふふ」
「されどさすがに伯を騙っては見過ごせませんわ。他家を惑わし、あろうことか王家にまで軍事費を請求するなんて」
「愚物など見飽きたわたくしですが、ここまでの愚物は知りませんことよ」
男は何度も脳内で繰り返される女の声と、通常扇から鳴るはずの無い音に、頭を抱えて唸り声を上げます。
辺境伯家の次男である自分に対し、兄の夫人になる前から一貫した態度を示してきたこの義姉を、この男は徹底的に嫌い避け続けてきたのです。
それがこんな屈辱的な状況下での再会となってしまったものですから。
夫人がこれまでの不敬を詫びて擦り寄ってくる日を待ち望んできた男には、何度も思い出して叫んでしまうほどに、それは恥ずかしく悔しい出来事でした。
「どうしてだ!どうして私ばかりがこんな目に合う!」
男はここに来てからというもの、似たようなことばかり叫んでいます。
牢屋といっても、男がいるのは貴族用の牢で、庶民の家よりもずっと広い部屋の中でした。
食事は運んでくれる者がおりますし、質素ではありますが、庶民の食事としてはかなりいいもので、それも冷めた料理ではありません。
そのうえ身体を清めるための水も布巾も毎日支給されていて、ベッドはありませんが包まる毛布も与えれているのです。
苦労をしているそこらの庶民たちよりずっと快適な暮らしをしているのですが。
男はそこにある恩恵や配慮には、何ひとつ気付くことが出来ませんでした。
もっと広い屋敷で、使用人に世話をされて当然の身の上であった彼にとっては、この環境もまた屈辱なのです。
「くそっ!母上はどうして私を二番目に産んだのだ!私を一番にすれば!そうすれば、あの忌々しい兄など早々に遠くの砦に飛ばしてやったというのにっ!全部母上のせいだ!」
ここまで来ると逆恨みも甚だしいと初めて聞く者でも眉を顰めてしまう話ですが、この男はある時点からずっとこうだったので、この思考が真面であると信じています。
だから牢の外で見張り役の騎士が聞いていても、おかまいなしで叫ぶのです。
「私の方が顔も良く、背も高く、当主らしいではないか!なのに何故!ただ少し早く産まれたあんな奴に当主の座を奪われなければならない!」
独り言でも、いいところが二つしか出て来ないあたりに、自分が当主に向かないという証明が示されているのですが。
これを真直ぐに受け止めらない男には、自分のことも、そして兄のことも、正しく見定めることが出来ませんでした。
「だいたいあの兄に当主が出来ているわけがなかろう!どうせあの馬鹿力で人を脅し、自分のために働かせているに違いない!」
確かに彼の兄は、一般的な領主という意味では出来た男ではありませんでした。
しかしながら、辺境伯という立場においては別です。
広く国境と接する辺境伯領は、隣国との火種を抱えた危険と隣り合わせの領地でありました。
そのため辺境伯は、通常の領地経営だけをする当主では困るのです。
その点において、当代の辺境伯は優れた人物でした。
敵を前にしたときの、瞬時に状況を把握する観察力や洞察力。
敵の動きを見据えたうえで、先回りして的確な指示を出す判断力。
有事に人をまとめ指揮する強いリーダシップに、彼自身が武人としての能力に長けている点。
戦においてはどれを取っても、辺境伯当主に相応しい男でありました。
彼が当主になってからというもの、荒くれ者揃いの隣国側の国境を守る騎士たちが、あんなにあった戦意を喪失し、おとなしくなっているのですから、それもまた彼が当主として相応しい男であると証明しています。
どうも聞くところ、隣国の騎士たちが恐れる相手は、辺境伯当主夫妻のようですが。
いずれにせよ、この通り彼の辺境伯当主としての適性は疑いようのないものでした。
ただ一人、いえ一人とその家族を除いては──。
11
あなたにおすすめの小説
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる