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2章-華のデリンクォーラ帝国
大公爵
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---デリン・ガル貴族街---
時間帯は7時を過ぎた所、すっかり空は夜の帳が降りて魔力灯の黄色い光だけが道を照らしている。
だがその中をてくてくと歩く、なかなかに目立つ4人組がいた。
言わずもがな、これから大公爵家-もといバルトロメオの実家へ向かう三馬鹿。
そして彼等の案内を任された騎士団長である。
「申し訳ありません。勝手な理由で退団したのに案内してもらうなんて」
「お前たちだけでは門前払いされるのが目に見えている、私以外適任はいないだろう。それに」
「それに?」
騎士団長のシンが聞き返すと、彼女は少し笑いながら答える。
まるで悪戯っ子を諭すような口調で-しかしどこか懐古感に満ちた様子で。
「大公爵様に勘当されたときもそんな顔をしていたな、バルトロメオ。
お前はいつもそうだ、何かと理由を付けては私に泣きついてきたな」
「……その節はご迷惑をおかけいたしました。ですが今回は……」
「わかっているよ。ただ懐かしくなっただけだ、気にするな」
騎士団長はかつてのバルトロメオを知っている。
貴族社会に馴染めず騎士学校でも孤立し、いつも一人でいた彼を。
そして騎士団長として、彼の面倒を見ていたのも彼女だった。
そんな過去を持つ彼女だからこそ、バルトロメオの覚悟もわかるのだろう。
「……着いたぞ。私はここで待つ、何かあったらすぐ駆けつけるから安心してくれ」
「ありがとう団長さん、あんた貴族なのにいいやつね」
「貴族にも色々いるさ、ではな」
三人は改めて帝国宰相にしてバルトロメオの父-アルベルト・ヴァンクリーフの屋敷を見上げる。
貴族街だけあってどの家々も豪奢だったが、今まで見てきた中で一番大きい。
ここは別格だと入口の時点でわかった。
「これにバル住んでたの……すごい家……」
「……クソが」
バルトロメオの口から思わず汚い言葉が漏れてしまう。無理もないだろう。
彼の家は大公爵という地位に恥じぬ豪邸で、庭も広く噴水まで設置されていた。
そんな家に生まれながら彼は騎士となり、そして家を捨てたのだから。
戻りたくなかった我が家、だが必ず向き合わねばならない我が家。
バルトロメオは下唇を噛んでドアを二度叩く。
「すみません。大公爵様はお休……み!?」
「……」
「ぼっちゃま、ですか……!?」
ドアを半分ほど開けた初老の女性-メイド長は見間違いかもと眼鏡を拭き直す。
しかし目の前にいたのは紛れもなく、ぼっちゃまことバルトロメオ・ヴァンクリーフその人である。
「……お久しぶりでごぜーます」
「ええ、ええ!よくぞご無事で!」
メイド長は思わず目頭が熱くなるが、すぐに気を取り直すとシン達に視線を向ける。
そして訝し気に目を細めながら言うのだった。
「この者達は?」
「僕の友達だよ。父上はお休み中らしいけど……急いで起こしてくれ、時間があんまりないんだ」
「かしこまりました!公爵様ぁ!公爵様~!!」
10年もの間消息不明だった三男坊がいきなり帰って来たのだ。
しかもその顔はいつになく凛々しく、そして決意に満ちていた。
「……あたしたちはここで待てばいいの?」
「うん。まぁ座ってよ、ずっと石畳の上歩いて疲れたろ?」
「ありがと。でも大丈夫、あたしこう見えても体力あるから」
「じゃ俺が座るぜ」
シンは慣れないチャイナドレス姿で歩いてきた恥ずかしさからか。
ルッツより先にソファに座って扇子で顔を隠す。
貴族街にメイドと女装男、そして御曹司がいるという異様な光景が出来上がった。
(父上……)
ルッツとシンがリラックスした様子を見せるのを横目に見やり。
バルトロメオは10年ぶりに会う父との対面への緊張を抑えるように、手の甲をつねるのだった。
「公爵さま!公爵さま!」
「……なんだ、私は見ての通り身を休んでおるのだが?」
大公爵の寝室では、普段は冷静なメイド長が大慌てで主を叩き起こす。
余程慌てているのか、眼鏡のズレにも気づいていない。
「ぼっちゃまがお帰りになりました!それも10年前行方不明になったご子息が!」
「……なに?」
アルベルト・ヴァンクリーフ公爵-バルトロメオの父であり帝国宰相である彼は、ゆっくりと身を起こす。
だがその顔はどこか不機嫌そうで……そして何かを恐れているように見えた。
「父上、バルトロメオ・ヴァンクリーフ……只今戻りました!」
「何をしておったバカ息子が!貴様の兄はもう他国の貴族と婚約を結んだというのに」
「申し訳ありません、ですがどうしても叶えたい願いがあったのです」
「ほぅ、申してみよ」
「はい……ユピテル殿下についてです、次いでの話はこの男に」
指差した先には足を閉じ行儀よく座ったルッツと、チャイナドレスを着た黒髪の男-シンがいた。
男だと直ぐ気づいたのは女としては手足が太かったのと、骨格がしっかりしていたからだろう。
10年ぶりに顔を出したと思えば、ハーフエルフと女装男を連れてきた。
相変わらずの放蕩息子ぶりに怒りを通り越し呆れが勝る。
「バルトロメオ、芸人が板についたようだが私の屋敷は見世物小屋ではないぞ」
「父上!話をお聞きください、ユピテル殿下の事で僕は戻ってきたのです!」
「断る!大体殿下がどうされたのだ!?ユピテル殿下について何を知っている!」
「ユピテル殿下は……悪魔です」
そう告げるバルトロメオの表情は真剣そのもの、嘘偽りはないように見えた。
しかしだからといって簡単に信用はできない。
そもそもバルトロメオの言っていることが本当かどうかもわからないのである。
だがここで追い返してしまうと、息子はおそらく二度と戻ってこない。
どうしたものかと考えていると後ろから声がした。
「ヴァンクリーフ卿、その者たちの話をお聞きになってみてはいかがでしょう?」
振り向くとそこには黒髪の女性が立っていた、服装を見るにデリン・ガル騎士団のものか。
ここは貴族街のド真ん中、勘当息子とはいえバルトロメオだけでは追い返されかねない。
騎士が付き添ったと考えるのは不自然でない。
だが、その騎士が帝国宰相に意見するというのは異例である。
「いえ、私も当初はこの者たちの言葉は妄言の類だと思っておりました。
しかし殿下が時折見せる不穏な振る舞いと、この者たちが言うことは驚くほど一致しております。
まずは話だけでも聞いてみては?」
「ふむ……確かにそうだな、ではバルトロメオ。話してみよ」
「……はい!」
話を整理する。
雷将-もといユピテルがデリン・ガルに来たのはちょうど1年前。
彼は亡国の王子という体で現皇帝にしてルチアの義父に謁見した。
彼が何を言ったのかは想像がつく、大方国を失った身なので保護してほしいと言ったのであろう。
だが問題はその後に起こったらしい、まず皇帝はユピテルのことをいたく気に入り。
すぐに臣下として取り立てたのだという。
「やはりダリル皇子がお亡くなりになられたのは大きかった。
次期皇帝として民からも、我々貴族からも 期待されていたのだから」
普通はどこの馬の骨とも知れぬユピテルを臣下にするはずがない。
そうなった理由は単に愛息子の死が関係している。
誰からも未来の皇帝として期待された第一皇子ダリルはその期待を裏切らず。
帝国のために力を尽くし、民からも慕われる存在であった。
だがダリルは病により、23歳という若すぎる年齢でこの世を去った。
当然、皇帝の悲しみようはすさまじく。ダリルの国葬を終え数日は部屋に閉じこもったと聞く。
ダリルの死は皇帝に深い悲しみを与え、 そして悪魔に付け入る隙を与えた。
ユピテルは時々皇帝の耳元で何かを囁くことがある。
まるで彼の望む言葉を言うように誘導されているようにも見えた。
極めつけに皇女ルチアを異様なまでに気に入っているのだと言う。
「それで、そのユピテルとやらは何をしたいのだ?
まさか本当にこの国を乗っ取るつもりか?」
「いいえ。ユピテルは蘇らせようとしています、貴方たちを脅かした存在を」
「……魔王?」
「……この顔の傷が痛むときは決まって、あの野郎が何か企んでいるときです」
(なるほど、そういうことね……ならやることは1つだわ)
(ああ、わかってるさ……一芝居打ってやろうじゃないか)
こうして舞台は整った、後は役者次第である。
「じゃ城に戻ろう。舞踏会はこれからだよ、貴族たちが踊りだす時間だ」
「え!?またメイド服着るの!」
「当たり前じゃないか、いま仮装中だよ?シンちゃん見なよ、女になり切ってる」
「だからシンちゃんって言うな!」
シンは不満たらたらなルッツに対し(脱ぐのが面倒なのもあるが)優雅に足を組んでいた。
その態度が気に食わなかったのか、ルッツはシンの足をヒールで踏んづけた。
「いてっ」
「ほら行くよ!」
こうして三人は舞踏会へと戻る。
この夜が長い戦いになることを予感しながら-。
煌びやかな会場、豪勢な料理の数々、着飾った貴族たち。
そんな華やかな場所に不釣り合いな少女が一人いる、ルチアだ。
彼女はとても退屈そうにしていた、何故ならここには面白いものが何もないから。
ダンスなど嫌いだった、少しでもステップを間違えれば咎められる。
何より自分が踊っている姿を見ることが恥ずかしいと思っていたからである。
だが周囲が、とくに今自分と手をつなぎ夢心地になっているユピテルが許してくれない。
「ルチア?元気を出して、明日には俺たちは夫婦になるンだよ。嬉しいだろう?俺と結婚できることが」
「うん……ユピテル、私幸せだよ?」
そう答えると彼はとても嬉しそうに笑う。
笑顔を見ると胸が高鳴り、もっと彼の喜ぶ顔が見たいと思ってしまうのだ。
だが同時に不安にもなる、自分は本当にこの人を好きなのだろうかと……。
(ううん!好きよ!だってこんなに優しい人なんだもの。
でもなんで……私を見てるようで、見てないような)
「どンな挙式にしようか?ルチアが望むものにしよう。
俺は君が望むことを全て叶えたいんだ、それが夫たる俺の務めだからネ」
「そ、そう?私は……お花一杯のチャペルがいいな……」
「っ!あぁそうかい!可愛いなぁルチアは!」
強く抱きしめられる。嬉しいけど少し痛い、そして胸の奥にびりっと電気が流れ込むような感触。
この人に抱きしめられるたび感じる痛み、それがどんどん痛くなっていることへの不安。
そしてユピテルが時折浮かべる据わった目への恐怖、好きな人なのに-なんでこんなに不安になるのか。
(たすけて……)
心の奥で小さく助けを求めたときである、あの3人組がドアを開け入ってきた。
エルフ、おぼっちゃま、チャイナドレス……この代わり映えしない舞踏会で輝いていた彼らだ。
「あら?あの真ん中の男の顔は」
「聞いたことあるわ。ヴァンクリーフ卿には放蕩息子がいて、名前は確か……バルトロメオ」
貴族時代の格好をしていたことで他貴族も思い出したようにざわつきだす。
窮屈な貴族時代を思い出したのか、バルトロメオの顔が少し歪む。
だがすぐに表情を戻し、ユピテルに話しかけた……ルチアを庇うようにして。
「ユピテル殿下!お初にお目にかかります。アルベルト宰相の息子バルトロメオ・ヴァンクリーフです」
「ン?アルベルト宰相の息子の名前はアルフレードじゃなかったかイ?」
「アルフレードは僕の兄です。それで……先ほどまで皇女様と何の話をされておられたのでしょう?」
「ああ、実はね……俺はルチアと夫婦になるンだ。ちょうどどんな挙式をあげるか話をしていてね」
「ほう、それはおめでとうございます」
(キズ野郎、こいつの本性を暴けないの!?)
(蛇の道は蛇だ、今の俺たちはバルトロメオを信じるしかねぇ)
貴族同士、腹の探り合いだ。
証拠に向き合うユピテルとバルトロメオは表情こそにこやかだが、目の奥は笑っていない。
「それでねルチア?式は二人きりで挙げることにしたんだ」
「う、うん……そうなの?」
「ああ!だからバルトロメオも他の貴族達も呼ばないつもりなんだ」
(二人きり……ガイ君が言っていることが本当なら)
バルトロメオは内心舌打ちをする。
この悪魔はルチアを自分のモノにするつもりだ。
二人きりの挙式といってルチアの中に眠る魔王を引き摺りだす儀式を行うのだろう。
「おやそれは困りますねぇ!未来の皇帝の挙式が見られないなんて、民は悲しみますよ!」
「そうかい?でも大事な……そう、とても大事な挙式なンだ。誰にも邪魔されたくないくらい」
「……それは本当にルチア様と行うものでしょうか」
チャンスは今しかない、と切り込むように声のトーンを変える。
先ほどまでの貴族らしい声とは一転、底冷えするような低い声。
「どういう意味だ?」
「ルチア様は貴方様の婚約者なのでしょう?ならば何故二人きりで挙式を行う必要があるのです」
「……それは……」
「それに貴方は先ほど仰った、『ルチア様と行う』と。他の誰かをルチア様の代わりにするつもりでは?」
「……っ!そ、そんなことはないよ。俺はルチアを愛しているンだからネ!」
動揺している。バルトロメオはそう確信し、畳み掛ける。
「ええ。本当にルチア様を祝福されたいなら陛下にも進言し盛大に見せるべきです!
それではまるで何か後ろめたいことがあるようではありませんか?」
「……くっ!もういい!俺たちはこれで失礼する!」
「あ、ユピテ……」
「急ぐよ!」
そう言い放つとユピテルはルチアの手を引き舞踏会の会場から急いで去っていった。
バルトロメオがまさかここまで舌戦が上手いとは思わなかった。
なんにせよ助かった。これで第一関門は突破だ。
「さて、ユピテルは相当動揺してるよ。もう1回畳みかければ完全にボロが出る」
「あぁ。じゃ次は俺に任せな」
「……作戦はあるのかい?」
「あいつの怒らせ方はよく知ってんのさ」
シン-ガイウスは優雅に扇を翻しながら口角を吊り上げる。
その顔は勇者というには獰猛で、魔王というには清々しかった。
時間帯は7時を過ぎた所、すっかり空は夜の帳が降りて魔力灯の黄色い光だけが道を照らしている。
だがその中をてくてくと歩く、なかなかに目立つ4人組がいた。
言わずもがな、これから大公爵家-もといバルトロメオの実家へ向かう三馬鹿。
そして彼等の案内を任された騎士団長である。
「申し訳ありません。勝手な理由で退団したのに案内してもらうなんて」
「お前たちだけでは門前払いされるのが目に見えている、私以外適任はいないだろう。それに」
「それに?」
騎士団長のシンが聞き返すと、彼女は少し笑いながら答える。
まるで悪戯っ子を諭すような口調で-しかしどこか懐古感に満ちた様子で。
「大公爵様に勘当されたときもそんな顔をしていたな、バルトロメオ。
お前はいつもそうだ、何かと理由を付けては私に泣きついてきたな」
「……その節はご迷惑をおかけいたしました。ですが今回は……」
「わかっているよ。ただ懐かしくなっただけだ、気にするな」
騎士団長はかつてのバルトロメオを知っている。
貴族社会に馴染めず騎士学校でも孤立し、いつも一人でいた彼を。
そして騎士団長として、彼の面倒を見ていたのも彼女だった。
そんな過去を持つ彼女だからこそ、バルトロメオの覚悟もわかるのだろう。
「……着いたぞ。私はここで待つ、何かあったらすぐ駆けつけるから安心してくれ」
「ありがとう団長さん、あんた貴族なのにいいやつね」
「貴族にも色々いるさ、ではな」
三人は改めて帝国宰相にしてバルトロメオの父-アルベルト・ヴァンクリーフの屋敷を見上げる。
貴族街だけあってどの家々も豪奢だったが、今まで見てきた中で一番大きい。
ここは別格だと入口の時点でわかった。
「これにバル住んでたの……すごい家……」
「……クソが」
バルトロメオの口から思わず汚い言葉が漏れてしまう。無理もないだろう。
彼の家は大公爵という地位に恥じぬ豪邸で、庭も広く噴水まで設置されていた。
そんな家に生まれながら彼は騎士となり、そして家を捨てたのだから。
戻りたくなかった我が家、だが必ず向き合わねばならない我が家。
バルトロメオは下唇を噛んでドアを二度叩く。
「すみません。大公爵様はお休……み!?」
「……」
「ぼっちゃま、ですか……!?」
ドアを半分ほど開けた初老の女性-メイド長は見間違いかもと眼鏡を拭き直す。
しかし目の前にいたのは紛れもなく、ぼっちゃまことバルトロメオ・ヴァンクリーフその人である。
「……お久しぶりでごぜーます」
「ええ、ええ!よくぞご無事で!」
メイド長は思わず目頭が熱くなるが、すぐに気を取り直すとシン達に視線を向ける。
そして訝し気に目を細めながら言うのだった。
「この者達は?」
「僕の友達だよ。父上はお休み中らしいけど……急いで起こしてくれ、時間があんまりないんだ」
「かしこまりました!公爵様ぁ!公爵様~!!」
10年もの間消息不明だった三男坊がいきなり帰って来たのだ。
しかもその顔はいつになく凛々しく、そして決意に満ちていた。
「……あたしたちはここで待てばいいの?」
「うん。まぁ座ってよ、ずっと石畳の上歩いて疲れたろ?」
「ありがと。でも大丈夫、あたしこう見えても体力あるから」
「じゃ俺が座るぜ」
シンは慣れないチャイナドレス姿で歩いてきた恥ずかしさからか。
ルッツより先にソファに座って扇子で顔を隠す。
貴族街にメイドと女装男、そして御曹司がいるという異様な光景が出来上がった。
(父上……)
ルッツとシンがリラックスした様子を見せるのを横目に見やり。
バルトロメオは10年ぶりに会う父との対面への緊張を抑えるように、手の甲をつねるのだった。
「公爵さま!公爵さま!」
「……なんだ、私は見ての通り身を休んでおるのだが?」
大公爵の寝室では、普段は冷静なメイド長が大慌てで主を叩き起こす。
余程慌てているのか、眼鏡のズレにも気づいていない。
「ぼっちゃまがお帰りになりました!それも10年前行方不明になったご子息が!」
「……なに?」
アルベルト・ヴァンクリーフ公爵-バルトロメオの父であり帝国宰相である彼は、ゆっくりと身を起こす。
だがその顔はどこか不機嫌そうで……そして何かを恐れているように見えた。
「父上、バルトロメオ・ヴァンクリーフ……只今戻りました!」
「何をしておったバカ息子が!貴様の兄はもう他国の貴族と婚約を結んだというのに」
「申し訳ありません、ですがどうしても叶えたい願いがあったのです」
「ほぅ、申してみよ」
「はい……ユピテル殿下についてです、次いでの話はこの男に」
指差した先には足を閉じ行儀よく座ったルッツと、チャイナドレスを着た黒髪の男-シンがいた。
男だと直ぐ気づいたのは女としては手足が太かったのと、骨格がしっかりしていたからだろう。
10年ぶりに顔を出したと思えば、ハーフエルフと女装男を連れてきた。
相変わらずの放蕩息子ぶりに怒りを通り越し呆れが勝る。
「バルトロメオ、芸人が板についたようだが私の屋敷は見世物小屋ではないぞ」
「父上!話をお聞きください、ユピテル殿下の事で僕は戻ってきたのです!」
「断る!大体殿下がどうされたのだ!?ユピテル殿下について何を知っている!」
「ユピテル殿下は……悪魔です」
そう告げるバルトロメオの表情は真剣そのもの、嘘偽りはないように見えた。
しかしだからといって簡単に信用はできない。
そもそもバルトロメオの言っていることが本当かどうかもわからないのである。
だがここで追い返してしまうと、息子はおそらく二度と戻ってこない。
どうしたものかと考えていると後ろから声がした。
「ヴァンクリーフ卿、その者たちの話をお聞きになってみてはいかがでしょう?」
振り向くとそこには黒髪の女性が立っていた、服装を見るにデリン・ガル騎士団のものか。
ここは貴族街のド真ん中、勘当息子とはいえバルトロメオだけでは追い返されかねない。
騎士が付き添ったと考えるのは不自然でない。
だが、その騎士が帝国宰相に意見するというのは異例である。
「いえ、私も当初はこの者たちの言葉は妄言の類だと思っておりました。
しかし殿下が時折見せる不穏な振る舞いと、この者たちが言うことは驚くほど一致しております。
まずは話だけでも聞いてみては?」
「ふむ……確かにそうだな、ではバルトロメオ。話してみよ」
「……はい!」
話を整理する。
雷将-もといユピテルがデリン・ガルに来たのはちょうど1年前。
彼は亡国の王子という体で現皇帝にしてルチアの義父に謁見した。
彼が何を言ったのかは想像がつく、大方国を失った身なので保護してほしいと言ったのであろう。
だが問題はその後に起こったらしい、まず皇帝はユピテルのことをいたく気に入り。
すぐに臣下として取り立てたのだという。
「やはりダリル皇子がお亡くなりになられたのは大きかった。
次期皇帝として民からも、我々貴族からも 期待されていたのだから」
普通はどこの馬の骨とも知れぬユピテルを臣下にするはずがない。
そうなった理由は単に愛息子の死が関係している。
誰からも未来の皇帝として期待された第一皇子ダリルはその期待を裏切らず。
帝国のために力を尽くし、民からも慕われる存在であった。
だがダリルは病により、23歳という若すぎる年齢でこの世を去った。
当然、皇帝の悲しみようはすさまじく。ダリルの国葬を終え数日は部屋に閉じこもったと聞く。
ダリルの死は皇帝に深い悲しみを与え、 そして悪魔に付け入る隙を与えた。
ユピテルは時々皇帝の耳元で何かを囁くことがある。
まるで彼の望む言葉を言うように誘導されているようにも見えた。
極めつけに皇女ルチアを異様なまでに気に入っているのだと言う。
「それで、そのユピテルとやらは何をしたいのだ?
まさか本当にこの国を乗っ取るつもりか?」
「いいえ。ユピテルは蘇らせようとしています、貴方たちを脅かした存在を」
「……魔王?」
「……この顔の傷が痛むときは決まって、あの野郎が何か企んでいるときです」
(なるほど、そういうことね……ならやることは1つだわ)
(ああ、わかってるさ……一芝居打ってやろうじゃないか)
こうして舞台は整った、後は役者次第である。
「じゃ城に戻ろう。舞踏会はこれからだよ、貴族たちが踊りだす時間だ」
「え!?またメイド服着るの!」
「当たり前じゃないか、いま仮装中だよ?シンちゃん見なよ、女になり切ってる」
「だからシンちゃんって言うな!」
シンは不満たらたらなルッツに対し(脱ぐのが面倒なのもあるが)優雅に足を組んでいた。
その態度が気に食わなかったのか、ルッツはシンの足をヒールで踏んづけた。
「いてっ」
「ほら行くよ!」
こうして三人は舞踏会へと戻る。
この夜が長い戦いになることを予感しながら-。
煌びやかな会場、豪勢な料理の数々、着飾った貴族たち。
そんな華やかな場所に不釣り合いな少女が一人いる、ルチアだ。
彼女はとても退屈そうにしていた、何故ならここには面白いものが何もないから。
ダンスなど嫌いだった、少しでもステップを間違えれば咎められる。
何より自分が踊っている姿を見ることが恥ずかしいと思っていたからである。
だが周囲が、とくに今自分と手をつなぎ夢心地になっているユピテルが許してくれない。
「ルチア?元気を出して、明日には俺たちは夫婦になるンだよ。嬉しいだろう?俺と結婚できることが」
「うん……ユピテル、私幸せだよ?」
そう答えると彼はとても嬉しそうに笑う。
笑顔を見ると胸が高鳴り、もっと彼の喜ぶ顔が見たいと思ってしまうのだ。
だが同時に不安にもなる、自分は本当にこの人を好きなのだろうかと……。
(ううん!好きよ!だってこんなに優しい人なんだもの。
でもなんで……私を見てるようで、見てないような)
「どンな挙式にしようか?ルチアが望むものにしよう。
俺は君が望むことを全て叶えたいんだ、それが夫たる俺の務めだからネ」
「そ、そう?私は……お花一杯のチャペルがいいな……」
「っ!あぁそうかい!可愛いなぁルチアは!」
強く抱きしめられる。嬉しいけど少し痛い、そして胸の奥にびりっと電気が流れ込むような感触。
この人に抱きしめられるたび感じる痛み、それがどんどん痛くなっていることへの不安。
そしてユピテルが時折浮かべる据わった目への恐怖、好きな人なのに-なんでこんなに不安になるのか。
(たすけて……)
心の奥で小さく助けを求めたときである、あの3人組がドアを開け入ってきた。
エルフ、おぼっちゃま、チャイナドレス……この代わり映えしない舞踏会で輝いていた彼らだ。
「あら?あの真ん中の男の顔は」
「聞いたことあるわ。ヴァンクリーフ卿には放蕩息子がいて、名前は確か……バルトロメオ」
貴族時代の格好をしていたことで他貴族も思い出したようにざわつきだす。
窮屈な貴族時代を思い出したのか、バルトロメオの顔が少し歪む。
だがすぐに表情を戻し、ユピテルに話しかけた……ルチアを庇うようにして。
「ユピテル殿下!お初にお目にかかります。アルベルト宰相の息子バルトロメオ・ヴァンクリーフです」
「ン?アルベルト宰相の息子の名前はアルフレードじゃなかったかイ?」
「アルフレードは僕の兄です。それで……先ほどまで皇女様と何の話をされておられたのでしょう?」
「ああ、実はね……俺はルチアと夫婦になるンだ。ちょうどどんな挙式をあげるか話をしていてね」
「ほう、それはおめでとうございます」
(キズ野郎、こいつの本性を暴けないの!?)
(蛇の道は蛇だ、今の俺たちはバルトロメオを信じるしかねぇ)
貴族同士、腹の探り合いだ。
証拠に向き合うユピテルとバルトロメオは表情こそにこやかだが、目の奥は笑っていない。
「それでねルチア?式は二人きりで挙げることにしたんだ」
「う、うん……そうなの?」
「ああ!だからバルトロメオも他の貴族達も呼ばないつもりなんだ」
(二人きり……ガイ君が言っていることが本当なら)
バルトロメオは内心舌打ちをする。
この悪魔はルチアを自分のモノにするつもりだ。
二人きりの挙式といってルチアの中に眠る魔王を引き摺りだす儀式を行うのだろう。
「おやそれは困りますねぇ!未来の皇帝の挙式が見られないなんて、民は悲しみますよ!」
「そうかい?でも大事な……そう、とても大事な挙式なンだ。誰にも邪魔されたくないくらい」
「……それは本当にルチア様と行うものでしょうか」
チャンスは今しかない、と切り込むように声のトーンを変える。
先ほどまでの貴族らしい声とは一転、底冷えするような低い声。
「どういう意味だ?」
「ルチア様は貴方様の婚約者なのでしょう?ならば何故二人きりで挙式を行う必要があるのです」
「……それは……」
「それに貴方は先ほど仰った、『ルチア様と行う』と。他の誰かをルチア様の代わりにするつもりでは?」
「……っ!そ、そんなことはないよ。俺はルチアを愛しているンだからネ!」
動揺している。バルトロメオはそう確信し、畳み掛ける。
「ええ。本当にルチア様を祝福されたいなら陛下にも進言し盛大に見せるべきです!
それではまるで何か後ろめたいことがあるようではありませんか?」
「……くっ!もういい!俺たちはこれで失礼する!」
「あ、ユピテ……」
「急ぐよ!」
そう言い放つとユピテルはルチアの手を引き舞踏会の会場から急いで去っていった。
バルトロメオがまさかここまで舌戦が上手いとは思わなかった。
なんにせよ助かった。これで第一関門は突破だ。
「さて、ユピテルは相当動揺してるよ。もう1回畳みかければ完全にボロが出る」
「あぁ。じゃ次は俺に任せな」
「……作戦はあるのかい?」
「あいつの怒らせ方はよく知ってんのさ」
シン-ガイウスは優雅に扇を翻しながら口角を吊り上げる。
その顔は勇者というには獰猛で、魔王というには清々しかった。
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
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