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3章-異国 虎龍
鬼と人魚
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---「ヴァンクリーフ邸」
ユピテルと言う嵐が過ぎ去って、放蕩息子との再会を果たした翌日。
バルトロメオの父アルベルト・ヴァンクリーフは元の厳格な帝国宰相へ戻っていた。
いや正しくは宰相の仕事がてら調べていた、ダリル皇子は本当に急病で崩御されたのか?その真相を。
ダリル殿下は23の若さで病に伏せられ、罹ってから一週間足らずで崩御された。
その死はあまりにも不自然だ、まるで誰かが手を下したかのように。
そして調べていくうちにある情報へ行き当たった。
「……呪い?」
考えられるのは、何者かがダリル殿下を呪ったことである。
しかし誰が何を目的に?再び袋小路に入った宰相の部屋に青年が入って来る。
バルトロメオとどことなく似た雰囲気の彼が「長男」ことアルフレード。
既に他国の令嬢と婚約し実家を出た身だが、今日はたまたま用事があり帝国へ来ていた。
そして父が皇子の不審死についで探っていると聞き、手伝っていたのだ。
「父上、ダリル殿下の不審死についての情報がまとまってきたので報告いたします」
「うむ、話してみろ」
「はい。先ず殿下は元老院メンバーの一人であり。
腐敗政治を行っていた大臣の一派によって殺害された可能性が高いと思われます。
死因は毒殺でした。毒の種類は不明ですが、恐らく遅効性の神経毒かと……」
「そうか……他には?」
「さらに大臣の部屋を徹底的に調べ上げたところ……。
魔王軍との内通と見られる、魔界言語で書かれた書類が発見されました。
ユピテルが皇子を偽り入り込めたのもおそらく……!」
「やはりか、私が甘かったということか!」
怒りに任せ机を叩く父の姿に、アルフレードは身をすくめた。
ここにあの放蕩三男がいたら余計なことを言って、火に油を注いでいただろう。
そう思いながら頬の冷や汗をぬぐう。
デリンクォーラ帝国は大国である、とうぜん黒い話も枚挙に暇がない。
そんな国の頂点に立つ者が正義感の強い人物であるはずもないのだ。
先代も、先々代も悪政を重ねてきた輩である、もはや血は争えないのだ。
そして今の皇帝は現皇帝の妾の子で、血統的には正統性に欠ける部分がある。
ゆえに帝位継承権を持つ者は限られ、必然的に争いは激化していくのだ。
そんな中でもダリル皇子は温厚かつ聡明で、皇位継承の最有力候補であった。
しかし彼は何者かの手によって暗殺されてしまったのである。
「父上……私の推察に過ぎませんが、殿下を殺したのはユピテルではないと思っています」
「なぜそう思う?申してみよ」
「ユピテルは必ず雷魔法でとどめを刺します、しかし殿下の御遺体は雷魔法特有の焦げ痕がなく。
殿下は病死として処理されています、毒の入手経路と時期を考えても辻褄が合いません」
「……そうか」
「それにダリル皇子はユピテルがこの国に来る前から不審死を遂げておられます。
元老院メンバーが魔族と内通していたことは明白でありますが」
結局皇子は誰が殺したのかはわからなかった、しかしそれでもアルフレードの協力により。
元老院と魔王軍の癒着と言う証拠が手に入ったのである。
おそらく帝国はこれを機に、ユピテルの件も含め調査に乗り出すだろう。
誰の仕業なのか?誰がなんの目的で殺したのか?
いまだ謎は解けない、ドア越しに聞こえてくる会話を聞きながら。
「…ふふふっ」
メイドの一人がティーワゴンを押しながら口元を押さえ笑い。
そして次の瞬間にはもとの従者の顔となってドアを開け声をかける。
「お茶をお持ちいたしました、今日はフランボワーズムースでございますよ」
こうして今日も帝都にはいっときの平和が訪れるのだった。
—-フーロン国境「麒麟峠」
「ちょっとぉ~!わたくし五魔将ですのよ?顔パスくらいしてくださらないの」
「申し訳ありませんネプトゥヌス様、マルス様が本人か確認せよと」
「もう面倒な男……ユピテルが討たれたというのに、コホン。本人確認でしたら、ここに」
ネプトゥヌスは関所の兵士に向かって、掌の中でこすり合わせるように水の魔力を練ると。
目の前で即興の水鏡を作り出す。数ある魔族の中でもネプトゥヌス位しか出来ない芸当だ。
そこにはガイウスとの戦いで2つに折れたユピテルの愛刀-舞雷が映っていた。
それを見て兵士はネプトゥヌス本人で間違いないと判断を下したようで。
「……失礼いたしました、ではどうぞお通り下さい」
関所を通ることを許されたネプトゥヌスだが、その表情には不満が浮かんでいた。
(ふん!このわたくしが顔パスで通れないなんて屈辱だわ!)
峠の先は虎龍(フーロン)-デリンクォーラ帝国と対を成す、大陸の覇者である。
人間主義の帝国と多民族国家のフーロンは建国当初からライバル関係にあり。
いつ武力衝突が起きてもいいよう、関所という名の要塞が築かれているのだ。
(しかしあの男が皇の右腕なんて、よほどの節穴か……はたまた)
皇自らが認めるとはマルスは一体何をしたのやら?それとも今代の皇が余程節穴なのか。
しかしその考えを振り払うように頭を振ると、夜逃げで唯一連れ出してきた白馬に跨る。
「ではわたくしは急ぎの身ですので、あぁそうそう」
「?……はい、なんでしょう」
「瞳が虹色の男が通ったら気をつけなさい。あれは災厄を齎しますわ」
「わかりました、ご忠告ありがとうございます。お気をつけて」
兵士に見送られながら峠を越えると眼前には巨大な湖が広がっていた。
これがフーロンの大動脈-漣江(れんこう)である。その水はやがて皇国へ流れ着くのだ。
ネプトゥヌスはそれを横目で見つつ、愛馬に鞭打ち駆け抜けていく。
長い金色の髪がまるでたてがみのように風にたなびく。
その姿はさながら天の遣いの如く美しくも残酷だった。
-----どこかの竹林
竹の風に揺れる音だけが響く中、ネプトゥヌスが「皇の右腕になった」と人づてに聞いた男。
マルスは胡坐をかいて目を閉じていた。
赤い肌に角は誰が見ようと魔族のそれなのだが。
その出で立ちは和装に下駄に肩に掛けた布と仙人かなにかのようだ。
彼のそばには小さな丸机が置いてあり、その上には一枚の和紙と筆が置かれている。
マルスは目を瞑ったままで筆を取り、和紙にさらさらと何かを書き記した。
そしてふぅー、と長い溜息を吐くと目を開く。
その眼差しに感情はなく、どこか空虚に見えるのであった。
(……まだだ。今の身で私は名を残せん)
マルスは1つの強い夢がある、魔王について行ったのも単にその夢の為だ。
歴史に名を刻むのだ、名声でも悪名でも何でもいい。
50年先も、100年先も「マルス」の名が語り継がれるような。
「歴史」という大きな物語に名を残すのだ。
人は忘れっぽい生き物だ、1年前まであれだけ恐れていた魔王の存在を既に忘れている。
だが自分は違う、マルスの名は未来永劫語り継がれるだろう。
その日まで「悪名」を積み上げていくのだ、それこそが自分の使命だ。
「……さて」
和紙にはこう書かれていた。
『轟雷は驕りによって討たれた。ユピテルの名は己が傲慢に身を焼かれた』
つい先週ガイウスたちに討ち取られた同胞の名が、真新しい墨で書かれている。
そしてそれを竹の筒に入れると、マルスは立ち上がり和紙を懐へしまう。
動くことはしない、あの女は自分からやって来るだろうと思っていたからだ。
そして彼の予感は正しく、すぐに竹林にネプトゥヌスの声が響く。
「ご機嫌よう、マルス」
「……ネプトゥヌスか。ユピテルの件か?」
「ええ、後ろ盾のユピテルが処刑されてしまったので、言い方は悪いですが保護されに来ましたわ」
「保護か。あの気位の高い貴様が、それも私へ助力を願うとはよほど参っているのだな」
「そうなんですのよぉ~本当に困ってしまいましたわぁ~」
わざとらしい演技をしながらネプトゥヌスは言う。
五魔将に助けなど必要ないだろう、 あの強さがあれば大抵の敵はどうにでもなる筈だ。
だが万が一に備えて保険を掛けているということだろうか?
それとも単に面倒事から逃げ出してきたか、とにかく今は現状確認といこう。
「ウラヌスとプルトは?彼女たちは何処へ」
「ああ、ウラヌスはアルキード王国に潜伏。プルトは例の件を行わせている」
「そうですの……顔合わせをしたかったのですが」
「なんだ。私しか出迎えなかったのが不満か?……ふっ」
始めて其処でマルスが笑みを見せた、先ほどまでの物静かなものでなく。
口の端を釣り上げ、まるで嘲笑うかのような笑みだ。
「ユピテルは死んだ、ガイウスと連れ共を見くびるからだ。
私はそうしない、何者であろうと相対する」
「ふふ、さすがですわね」
「ふん、当然だ。ところでネプトゥヌスよ……」
「はい?」
「他に何か言うことはないのか?」
「……あ、えっと……」
急に真顔になり、問い詰めてくるマルスに対しネプトゥヌスは言葉を詰まらせるしかなかった。
正直なところ、騎士団が自分の素性を調べだす前にとデリン・ガルを急ぎ足で出てきた。
持ち金がない。もっといえば食事していない、持ち前のプライドから言い出すことはなかったが。
「私は仙道の賜物で平気だがな、丁度いい。そこの林で筍でも掘ってくるがいい」
「わたくし、タケノコ掘りにフーロンへ来たわけではないのですのよ!?」
「なら空腹で倒れるがいい、誇り高き魔族ならば死を選ぶべきだ」
「ぐっ……わかりましたわよ!食料を分けてくださるのでしょうね?」
「いいや、この私がわざわざ施しを与えると思ったのか?」
「くっ……!」
なんという屈辱、このような辱めを受けるくらいならいっそ……。
いや待て、冷静になれ。ここでキレたらそれこそ思う壺だ。
それに怒ったらますます腹が減る、前からこの男とは反りが合わない。
なら自分なりのやり方でやらせてもらおう……!
「ではマルス、あとで筍がないなんて言わないでくださいねぇ~」
ネプトゥヌスは怒りを噛み殺しつつ、竹林の中へ消えていった。
その様子をマルスはほくそ笑みながら見送るのだった。
(ふふふ、ネプトゥヌスまで来たか……これで私の計画が更に進むというものだ)
マルスの思惑、それはフーロン皇国の指導者「皇(すめらぎ)」に取り入り。
アルキード王国への悪しき工作を行おうというものだった。
五魔将は全員ルチア皇女を覚醒させるため動いており、今も各地に散って活動しているのだ。
「魔王様が討たれ早一年……ガイウス、ヴィヌス、メルクリウス、サタヌス。
あの4人は必ずやルチア皇女を目覚めさせに来るはず。
そして奴等がルチア皇女の前へ来たときこそ、我が宿願が果たされるとき」
独り言ち、マルスは目を閉じ再び瞑想に戻るのだった。
–その頃、ネプトゥヌスはと言うと。
「……この竹林、景色がちっとも変わりませんわね!?
目印らしい目印もありませんわよ!?」
頭を抱えていた、無理もないだろう。
何しろ手ぶら同然で飛び出してきたのだから。
せめて換金しやすい宝石類を持ってくれば良かったものを、彼女はそれをしなかった。
何故なら質屋を通し目を付けた賞金稼ぎに狙われるかもしれなかったからだ。
まぁその用心深さが却って今の空腹を生んでいるわけだが。
「はぁ……とにかく筍とかいうものを掘ればいいんでしょ、これでしょうか」
フーロンの民は他国にない文化が多く在る。
例えば今の彼女のように、まだ成長していない竹を掘って食べるといったものだ。
爪を土で汚しつつ思う、魔王の腹心たる五魔将がなんてざまだと。
だがプライドで腹は膨れない、背に腹は代えられないのである。
「……こんな泥臭いことをするだなんて、惨めですッ……おのれマルスゥ!!」
彼女は燃えた、空腹と屈辱から来る怒りによって。
マルスは彼女をからかっているわけではなかった、本当に食料はないのだ。
この竹林は瞑想するための場所で、食べられるものと言えば竹の芽しかないのだから。
怒りに任せ本来なら鍬で掘り出す者を素手で掘っているとようやく出てきた。
もうこの際味付けはどうでもいい、空腹を満たすためネプトゥヌスはそれを口に運ぶ。
「う~ん……味気ないですわね」
しかしそれは想像通り、味付けしていないため大して美味しくない。
だが贅沢は言っていられない、今はただ腹を満たすことが重要だ。
「はぁ……」
筍を齧りながら彼女は思う、自分は何をしているのだろうと。
魔王が討たれて早一年、魔族達は新たなる王を戴こうと動き出しているというのに。
自分ときたら空腹で野垂れ死ぬ寸前ではないか。
このままフーロンに居続けてもいずれ嗅ぎつけられる、そうなれば終わりだ。
だからといって都を離れるわけにも……そこで案が浮かんだ。
あの男の同僚になるのは嫌だが、確実な方法が浮かんだのだ。
「……マルスに話しましょう、我ながら不本意ですが仕方ありません」
水を飲み、腹を満たしてネプトゥヌスは庵へ向かう。
その足取りは重く、顔は苦虫を嚙み潰したようだった。
一方、マルスは囲炉裏の炎をジッと見つめながら考え事をしていた。
「そろそろだな……」
パチパチと薪が爆ぜる音、薄暗い部屋に暖かな光が揺らめく。
ゆらゆらと揺れる火を見つめながら、すっと火の方に指をさす。
火はまるで彼に操られるように渦を巻いて。遠くの景色を写していく。
そして、程なくし向こう側から「繋がった」相手の声が聞こえてきた。
「はいはいは~い。本日は晴天なり……かわいさ無形文化遺産のウラちゃんよ~★」
「ウラヌスよ、アルキード王国には潜り込めたか?」
「もうマルたんノリわる~い、それが人にものを頼む態度かしらぁ?」
「いいから答えろ、どうなんだ?」
「……まぁいいけどぉ、ちゃんと通信以外は潜伏に徹してるわよ~ん。
でもちょっとつまんないわね、いつまでやるのコレ~?」
「私が皇様に取り入り、アルキード王国に侵攻させるまでは。
それまでは演技に付き合ってもらうぞ?」
「うへぇ~マジめんど~い、アタシは自由にやりたいのにさぁ~?」
「貴様の勝手は今に始まったことではない、さっさとやれ」
「ハイハイ、りょーかいしましたっと♪じゃあね~」
かれこれ数ヶ月ぶりに通信したが相変わらずの調子であった。
ウラヌスは誰相手にもあんな感じである、まぁ元気な証と受け取ろう。
「さて、私も動くとしよう」
ウラヌスとの通信を済ませマルスは静かに立ち上がり。
竹林の外に出ると夜空を見上げる。
空には主-ルナを写し取ったような満月が浮かんでいた。
ユピテルと言う嵐が過ぎ去って、放蕩息子との再会を果たした翌日。
バルトロメオの父アルベルト・ヴァンクリーフは元の厳格な帝国宰相へ戻っていた。
いや正しくは宰相の仕事がてら調べていた、ダリル皇子は本当に急病で崩御されたのか?その真相を。
ダリル殿下は23の若さで病に伏せられ、罹ってから一週間足らずで崩御された。
その死はあまりにも不自然だ、まるで誰かが手を下したかのように。
そして調べていくうちにある情報へ行き当たった。
「……呪い?」
考えられるのは、何者かがダリル殿下を呪ったことである。
しかし誰が何を目的に?再び袋小路に入った宰相の部屋に青年が入って来る。
バルトロメオとどことなく似た雰囲気の彼が「長男」ことアルフレード。
既に他国の令嬢と婚約し実家を出た身だが、今日はたまたま用事があり帝国へ来ていた。
そして父が皇子の不審死についで探っていると聞き、手伝っていたのだ。
「父上、ダリル殿下の不審死についての情報がまとまってきたので報告いたします」
「うむ、話してみろ」
「はい。先ず殿下は元老院メンバーの一人であり。
腐敗政治を行っていた大臣の一派によって殺害された可能性が高いと思われます。
死因は毒殺でした。毒の種類は不明ですが、恐らく遅効性の神経毒かと……」
「そうか……他には?」
「さらに大臣の部屋を徹底的に調べ上げたところ……。
魔王軍との内通と見られる、魔界言語で書かれた書類が発見されました。
ユピテルが皇子を偽り入り込めたのもおそらく……!」
「やはりか、私が甘かったということか!」
怒りに任せ机を叩く父の姿に、アルフレードは身をすくめた。
ここにあの放蕩三男がいたら余計なことを言って、火に油を注いでいただろう。
そう思いながら頬の冷や汗をぬぐう。
デリンクォーラ帝国は大国である、とうぜん黒い話も枚挙に暇がない。
そんな国の頂点に立つ者が正義感の強い人物であるはずもないのだ。
先代も、先々代も悪政を重ねてきた輩である、もはや血は争えないのだ。
そして今の皇帝は現皇帝の妾の子で、血統的には正統性に欠ける部分がある。
ゆえに帝位継承権を持つ者は限られ、必然的に争いは激化していくのだ。
そんな中でもダリル皇子は温厚かつ聡明で、皇位継承の最有力候補であった。
しかし彼は何者かの手によって暗殺されてしまったのである。
「父上……私の推察に過ぎませんが、殿下を殺したのはユピテルではないと思っています」
「なぜそう思う?申してみよ」
「ユピテルは必ず雷魔法でとどめを刺します、しかし殿下の御遺体は雷魔法特有の焦げ痕がなく。
殿下は病死として処理されています、毒の入手経路と時期を考えても辻褄が合いません」
「……そうか」
「それにダリル皇子はユピテルがこの国に来る前から不審死を遂げておられます。
元老院メンバーが魔族と内通していたことは明白でありますが」
結局皇子は誰が殺したのかはわからなかった、しかしそれでもアルフレードの協力により。
元老院と魔王軍の癒着と言う証拠が手に入ったのである。
おそらく帝国はこれを機に、ユピテルの件も含め調査に乗り出すだろう。
誰の仕業なのか?誰がなんの目的で殺したのか?
いまだ謎は解けない、ドア越しに聞こえてくる会話を聞きながら。
「…ふふふっ」
メイドの一人がティーワゴンを押しながら口元を押さえ笑い。
そして次の瞬間にはもとの従者の顔となってドアを開け声をかける。
「お茶をお持ちいたしました、今日はフランボワーズムースでございますよ」
こうして今日も帝都にはいっときの平和が訪れるのだった。
—-フーロン国境「麒麟峠」
「ちょっとぉ~!わたくし五魔将ですのよ?顔パスくらいしてくださらないの」
「申し訳ありませんネプトゥヌス様、マルス様が本人か確認せよと」
「もう面倒な男……ユピテルが討たれたというのに、コホン。本人確認でしたら、ここに」
ネプトゥヌスは関所の兵士に向かって、掌の中でこすり合わせるように水の魔力を練ると。
目の前で即興の水鏡を作り出す。数ある魔族の中でもネプトゥヌス位しか出来ない芸当だ。
そこにはガイウスとの戦いで2つに折れたユピテルの愛刀-舞雷が映っていた。
それを見て兵士はネプトゥヌス本人で間違いないと判断を下したようで。
「……失礼いたしました、ではどうぞお通り下さい」
関所を通ることを許されたネプトゥヌスだが、その表情には不満が浮かんでいた。
(ふん!このわたくしが顔パスで通れないなんて屈辱だわ!)
峠の先は虎龍(フーロン)-デリンクォーラ帝国と対を成す、大陸の覇者である。
人間主義の帝国と多民族国家のフーロンは建国当初からライバル関係にあり。
いつ武力衝突が起きてもいいよう、関所という名の要塞が築かれているのだ。
(しかしあの男が皇の右腕なんて、よほどの節穴か……はたまた)
皇自らが認めるとはマルスは一体何をしたのやら?それとも今代の皇が余程節穴なのか。
しかしその考えを振り払うように頭を振ると、夜逃げで唯一連れ出してきた白馬に跨る。
「ではわたくしは急ぎの身ですので、あぁそうそう」
「?……はい、なんでしょう」
「瞳が虹色の男が通ったら気をつけなさい。あれは災厄を齎しますわ」
「わかりました、ご忠告ありがとうございます。お気をつけて」
兵士に見送られながら峠を越えると眼前には巨大な湖が広がっていた。
これがフーロンの大動脈-漣江(れんこう)である。その水はやがて皇国へ流れ着くのだ。
ネプトゥヌスはそれを横目で見つつ、愛馬に鞭打ち駆け抜けていく。
長い金色の髪がまるでたてがみのように風にたなびく。
その姿はさながら天の遣いの如く美しくも残酷だった。
-----どこかの竹林
竹の風に揺れる音だけが響く中、ネプトゥヌスが「皇の右腕になった」と人づてに聞いた男。
マルスは胡坐をかいて目を閉じていた。
赤い肌に角は誰が見ようと魔族のそれなのだが。
その出で立ちは和装に下駄に肩に掛けた布と仙人かなにかのようだ。
彼のそばには小さな丸机が置いてあり、その上には一枚の和紙と筆が置かれている。
マルスは目を瞑ったままで筆を取り、和紙にさらさらと何かを書き記した。
そしてふぅー、と長い溜息を吐くと目を開く。
その眼差しに感情はなく、どこか空虚に見えるのであった。
(……まだだ。今の身で私は名を残せん)
マルスは1つの強い夢がある、魔王について行ったのも単にその夢の為だ。
歴史に名を刻むのだ、名声でも悪名でも何でもいい。
50年先も、100年先も「マルス」の名が語り継がれるような。
「歴史」という大きな物語に名を残すのだ。
人は忘れっぽい生き物だ、1年前まであれだけ恐れていた魔王の存在を既に忘れている。
だが自分は違う、マルスの名は未来永劫語り継がれるだろう。
その日まで「悪名」を積み上げていくのだ、それこそが自分の使命だ。
「……さて」
和紙にはこう書かれていた。
『轟雷は驕りによって討たれた。ユピテルの名は己が傲慢に身を焼かれた』
つい先週ガイウスたちに討ち取られた同胞の名が、真新しい墨で書かれている。
そしてそれを竹の筒に入れると、マルスは立ち上がり和紙を懐へしまう。
動くことはしない、あの女は自分からやって来るだろうと思っていたからだ。
そして彼の予感は正しく、すぐに竹林にネプトゥヌスの声が響く。
「ご機嫌よう、マルス」
「……ネプトゥヌスか。ユピテルの件か?」
「ええ、後ろ盾のユピテルが処刑されてしまったので、言い方は悪いですが保護されに来ましたわ」
「保護か。あの気位の高い貴様が、それも私へ助力を願うとはよほど参っているのだな」
「そうなんですのよぉ~本当に困ってしまいましたわぁ~」
わざとらしい演技をしながらネプトゥヌスは言う。
五魔将に助けなど必要ないだろう、 あの強さがあれば大抵の敵はどうにでもなる筈だ。
だが万が一に備えて保険を掛けているということだろうか?
それとも単に面倒事から逃げ出してきたか、とにかく今は現状確認といこう。
「ウラヌスとプルトは?彼女たちは何処へ」
「ああ、ウラヌスはアルキード王国に潜伏。プルトは例の件を行わせている」
「そうですの……顔合わせをしたかったのですが」
「なんだ。私しか出迎えなかったのが不満か?……ふっ」
始めて其処でマルスが笑みを見せた、先ほどまでの物静かなものでなく。
口の端を釣り上げ、まるで嘲笑うかのような笑みだ。
「ユピテルは死んだ、ガイウスと連れ共を見くびるからだ。
私はそうしない、何者であろうと相対する」
「ふふ、さすがですわね」
「ふん、当然だ。ところでネプトゥヌスよ……」
「はい?」
「他に何か言うことはないのか?」
「……あ、えっと……」
急に真顔になり、問い詰めてくるマルスに対しネプトゥヌスは言葉を詰まらせるしかなかった。
正直なところ、騎士団が自分の素性を調べだす前にとデリン・ガルを急ぎ足で出てきた。
持ち金がない。もっといえば食事していない、持ち前のプライドから言い出すことはなかったが。
「私は仙道の賜物で平気だがな、丁度いい。そこの林で筍でも掘ってくるがいい」
「わたくし、タケノコ掘りにフーロンへ来たわけではないのですのよ!?」
「なら空腹で倒れるがいい、誇り高き魔族ならば死を選ぶべきだ」
「ぐっ……わかりましたわよ!食料を分けてくださるのでしょうね?」
「いいや、この私がわざわざ施しを与えると思ったのか?」
「くっ……!」
なんという屈辱、このような辱めを受けるくらいならいっそ……。
いや待て、冷静になれ。ここでキレたらそれこそ思う壺だ。
それに怒ったらますます腹が減る、前からこの男とは反りが合わない。
なら自分なりのやり方でやらせてもらおう……!
「ではマルス、あとで筍がないなんて言わないでくださいねぇ~」
ネプトゥヌスは怒りを噛み殺しつつ、竹林の中へ消えていった。
その様子をマルスはほくそ笑みながら見送るのだった。
(ふふふ、ネプトゥヌスまで来たか……これで私の計画が更に進むというものだ)
マルスの思惑、それはフーロン皇国の指導者「皇(すめらぎ)」に取り入り。
アルキード王国への悪しき工作を行おうというものだった。
五魔将は全員ルチア皇女を覚醒させるため動いており、今も各地に散って活動しているのだ。
「魔王様が討たれ早一年……ガイウス、ヴィヌス、メルクリウス、サタヌス。
あの4人は必ずやルチア皇女を目覚めさせに来るはず。
そして奴等がルチア皇女の前へ来たときこそ、我が宿願が果たされるとき」
独り言ち、マルスは目を閉じ再び瞑想に戻るのだった。
–その頃、ネプトゥヌスはと言うと。
「……この竹林、景色がちっとも変わりませんわね!?
目印らしい目印もありませんわよ!?」
頭を抱えていた、無理もないだろう。
何しろ手ぶら同然で飛び出してきたのだから。
せめて換金しやすい宝石類を持ってくれば良かったものを、彼女はそれをしなかった。
何故なら質屋を通し目を付けた賞金稼ぎに狙われるかもしれなかったからだ。
まぁその用心深さが却って今の空腹を生んでいるわけだが。
「はぁ……とにかく筍とかいうものを掘ればいいんでしょ、これでしょうか」
フーロンの民は他国にない文化が多く在る。
例えば今の彼女のように、まだ成長していない竹を掘って食べるといったものだ。
爪を土で汚しつつ思う、魔王の腹心たる五魔将がなんてざまだと。
だがプライドで腹は膨れない、背に腹は代えられないのである。
「……こんな泥臭いことをするだなんて、惨めですッ……おのれマルスゥ!!」
彼女は燃えた、空腹と屈辱から来る怒りによって。
マルスは彼女をからかっているわけではなかった、本当に食料はないのだ。
この竹林は瞑想するための場所で、食べられるものと言えば竹の芽しかないのだから。
怒りに任せ本来なら鍬で掘り出す者を素手で掘っているとようやく出てきた。
もうこの際味付けはどうでもいい、空腹を満たすためネプトゥヌスはそれを口に運ぶ。
「う~ん……味気ないですわね」
しかしそれは想像通り、味付けしていないため大して美味しくない。
だが贅沢は言っていられない、今はただ腹を満たすことが重要だ。
「はぁ……」
筍を齧りながら彼女は思う、自分は何をしているのだろうと。
魔王が討たれて早一年、魔族達は新たなる王を戴こうと動き出しているというのに。
自分ときたら空腹で野垂れ死ぬ寸前ではないか。
このままフーロンに居続けてもいずれ嗅ぎつけられる、そうなれば終わりだ。
だからといって都を離れるわけにも……そこで案が浮かんだ。
あの男の同僚になるのは嫌だが、確実な方法が浮かんだのだ。
「……マルスに話しましょう、我ながら不本意ですが仕方ありません」
水を飲み、腹を満たしてネプトゥヌスは庵へ向かう。
その足取りは重く、顔は苦虫を嚙み潰したようだった。
一方、マルスは囲炉裏の炎をジッと見つめながら考え事をしていた。
「そろそろだな……」
パチパチと薪が爆ぜる音、薄暗い部屋に暖かな光が揺らめく。
ゆらゆらと揺れる火を見つめながら、すっと火の方に指をさす。
火はまるで彼に操られるように渦を巻いて。遠くの景色を写していく。
そして、程なくし向こう側から「繋がった」相手の声が聞こえてきた。
「はいはいは~い。本日は晴天なり……かわいさ無形文化遺産のウラちゃんよ~★」
「ウラヌスよ、アルキード王国には潜り込めたか?」
「もうマルたんノリわる~い、それが人にものを頼む態度かしらぁ?」
「いいから答えろ、どうなんだ?」
「……まぁいいけどぉ、ちゃんと通信以外は潜伏に徹してるわよ~ん。
でもちょっとつまんないわね、いつまでやるのコレ~?」
「私が皇様に取り入り、アルキード王国に侵攻させるまでは。
それまでは演技に付き合ってもらうぞ?」
「うへぇ~マジめんど~い、アタシは自由にやりたいのにさぁ~?」
「貴様の勝手は今に始まったことではない、さっさとやれ」
「ハイハイ、りょーかいしましたっと♪じゃあね~」
かれこれ数ヶ月ぶりに通信したが相変わらずの調子であった。
ウラヌスは誰相手にもあんな感じである、まぁ元気な証と受け取ろう。
「さて、私も動くとしよう」
ウラヌスとの通信を済ませマルスは静かに立ち上がり。
竹林の外に出ると夜空を見上げる。
空には主-ルナを写し取ったような満月が浮かんでいた。
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