追放勇者ガイウス

兜坂嵐

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3章-異国 虎龍

麒麟の嘶き

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---シェンタオ・ 居酒屋「好好」
「いいの?こんなにたくさん」
「俺と師匠が出します。いっぱい食べてください」
 ガイウスたちはちょうど夕方ということで。
 ハオが女将さんと顔なじみという居酒屋で夕食をご馳走になっていた。
 店内はレトロな昔ながらの居酒屋といった雰囲気で、客は自分たちを除けば数人程度だ。
 女将さんは人当たりの良さそうな笑顔で料理を次々に運んでくる。

「あたしこのエビ」
「ルッツ、そんなに初日で食った乾焼蝦仁がうまかったの?」
「美味しいよ、バルも食べなよ」
「じゃあ……僕も乾焼蝦仁と、この焼き鳥を」
「あいよー!」
 女将は注文を受けると忙しなく厨房に入っていく。
 そしてハオがエビの丸揚げを食べつつ言った。

「……で、あんさん。マルスのことだけど」
 やっぱり来たか、ガイウスは水を飲みながら思う。
 ハオは何か言いたげではあるが、エビの丸揚げを咀嚼しながら言葉を紡ごうとしている。
「うん?」
「マルスは……もう寛寧様じゃないネ」
「……」
 ハオはそれだけ言うとまたエビにかじりつく。
 バルトロメオも何か言いたげにしていたが、結局何も言えずに焼き鳥を頬張った。
 -寛寧ではない。
 その一言で充分だ。

「……あいつとはお互い因縁があるみてぇだな、ハオ」
「じゃちょっとでいいから話してヨ、勇者の時の話」
「勇者の時?あー簡単に言えば……すごい猫かぶりだったな」
 ガイウスは女将さんから注文した回鍋肉を受け取りながら答える。
 ハオもエビの丸揚げを食べつつ言った。
「猫かぶり?」
「ああ、虹色の目でビビられないよう勇者らしくしなきゃって言われて。優男の仮面を被らされてな」
「でも結局その仮面は、マルスに剥がされちゃったんだよね?」
 ハオのその言葉にガイウスは頷く。
 そう、俺が猫かぶりを止めたのはあいつと対峙したからだ。

 尽力虚しく、魔王軍に滅ぼされた聖王国。
 そして燃える聖王国を前に初めて対峙した炎の魔将。
「私は人の顔など覚えん。勇者なら尚更だ」
「何故?」
「覚える必要がないからだ。顔を覚えると言うことは、その顔に恐れをなした時だ」
 その凛とした声も、真っ直ぐ俺を見つめる瞳も。
「だがお前は違うようだ、勇者よ」
 マルスは人の顔を覚えないことで有名で。
 同じ五魔将同士ですら顔でなく声や名前で覚えているくらいだ。
 だが俺は違った。
 あの日見たのは、炎に煌めく瞳と顔を掴み上げ近づけてきたさい見えた。
 自分とちょうど左右逆の位置に付いた泣きぼくろ。

「私はお前の目が好きだ」
 その泣きぼくろがとても綺麗で。
「お前のその目が」
 何故か鏡に写った自分みたいだと思った直後-顔を焼かれる痛みに意識がシャットアウトした。

「あの時から、俺はマルスに……」
「惚れちゃったの?」
「わからねぇ。だが1つ言えるのは」
 アイツは俺の獲物だ、そう告げる顔は牙を研ぐ獣のように獰猛で。そして何処か哀しそうだった。
 マルスだけは己の手で討ちたい、しかしあの男の命は恐らくあと数月も待たずして散るだろう。
 だからこそ、何が何がなんでもマルスの所在を突き止めなければいけない。
 そして必ずマルスを仕留める、たとえ俺が死ぬことになってもだ!

「しかし参ったな」
 バルトロメオの一言にガイウスが首を傾げると、ハオも焼き鳥を食べながら言う。
「だってさ…… マルスって五魔将だろ。
ガイ君がユピテルと戦ったとき何も出来なかったよね僕達、雑魚だって」
「バル……」
 ユピテルに雷を避けきれなかったことを「雑魚」と馬鹿にされたことをバルトロメオは根に持っており。
 言った直後に「ハッ」とわざとらしく笑う。

「あのなあ……」
「確かに寛寧様めっちゃめちゃ強くなってたネ、オーラでわかるヨ。ありゃ強い」
 ガイウスが呆れているとハオも同調する。
 確かに、五魔将を全員相手取るには今の戦力では厳しい。
 しかし……。
「じゃあハオとシャオヘイが大龍祭まで稽古つけようカ?」
「ぶふっ!?お、俺もですか師匠!」
「教える立場になれば仙道も多少はわかるようになるヨ。それに、シャオヘイもそろそろ基礎は出来てるしネ」
「で……でも俺槍とか使った事ないですよ!」
「大丈夫!ハオが教えるからネ」
 ハオとシャオヘイの師弟関係に微笑ましくなりつつ、ガイウスはふとバルトロメオを見た。

「?何さ?」
「バル。あんな王様気取りが言うこと気にすんな。ユピテルは討った、それで十分だろ?」
「!」
「ハオ。稽古の件だが頼む、今のアイツは焦ってる。加減なんてものがない」
 アイツだけは俺が仕留める。そう改めて告げるガイウスの瞳は赤く染まっていた。
 万華鏡のよう目くるめく虹瞳。喜べば黄色、哀しめば青、嫉妬すれば緑、そして赤は。
 怒りの証だ、ああ……こいつは本気だ
 バルトロメオはその瞬間、背筋が凍るのを感じた。

 -この勇者が本気で怒ったら、僕はきっと死ぬ。でもそれでいい、それがいい!

「うん!じゃあ明日から稽古しようネ」
 ハオは嬉しそうに頷くと、シャオヘイに「頑張ろうね」と笑いかけるのだった。
「さてと、そろそろお勘定だよ」
「お値段は……あれ?こんな安いの」
「サービスよ。私のお店、貴方達が消火しなかったら燃えちゃってたもの。そのお礼よ」
「ありがとうございます!女将さん、また来ますね!」
「ええ、いつでもいらっしゃいな」
 -こんなにいい人達が住む街を焼いたのか……あのマルスは。
 ルッツやバルトロメオは改めて、1年前のガイウスが戦っていた存在の凶悪さと。
 自分が今いる場所の平和さを噛み締めるのだった。

 宿に向かう途中の道は提灯の暖かい光に優しく照らされている。
「バル、さっき言いそびれちまったが。六将に敵わないことを気にすることはないぜ」
「うん……マルスってのもきっと化け物だろうなぁて」
「ガイウスさんから聞きました。六将は胸の核で疑似的に神族に近付けてあると」
「自分を神様と勘違いしてる馬鹿どもだ、魔将殺しは神殺し。勇者しか出来ん」
「神殺し……」
「そう、だから俺は必ず仕留める。それが勇者の使命だ」
 空には月が浮かび、ふっと目をやった向こうはちょうど建物の間が開けて海が見えていた。
 海の彼方の故郷-アルキード王国。
 国外追放された今は海を見たとき時折思い出す程度だが、それでも故郷は故郷だ。

「さて、明日から稽古だな」
「はい!」
「うん、シャオヘイの稽古に付き合うよ」
「よろしくお願いします!」
 5人が月夜を歩きながら笑い合う。
 その後ろ姿を宿の女将が微笑ましそうに見送っていた。

----

 その日の夜、眠り込んでいたガイウスだったが目が冴えて起きてしまった。
 青白い月の中、その瞳は差し込む光と同じ水色に輝く。
「……起きちまった」
 仕方ない、こういう目が冴えた時は適当に歩き回るしかない。
 そう階段を降りるとちょうど交代に来た宿番の夜魔が気付いたように声を上げる。

「お客さん、電話。ガイウスって人呼んでるて」
「……こんな深夜に?誰だよ全く」
 宿番に急かされ、ガイウスは受話器を取る。
「はい」
『あ、もしもし?僕だよ』
「……誰だよ」
いきなり馴れ馴れしく喋りかけられ、思わずそう返すと電話の向こうで笑う声がした。
『メルクリウスだよ、忘れた?』
「!」
 その一言に、一気に眠気が覚めた。
 メルクリウス-忘れるわけがない名前だ。
 一年前共に魔王軍と戦い、そして瓦解した仲間の一人である。

「お前……」
『パーティー解散して以来だね、大神官になってから忙しくてなかなか連絡出来なくて悪かった』
「いや、別に気にしてねぇよ。しかしメルクリウスか」
『うん……ガイウス君、会いたいんだけど時間ある』
「俺に?」
 ガイウスは訝しげに尋ねるが、メルクリウスは神妙な声で続ける。

『サタヌスもヴィヌスも会いたいそうだよ?また四人で旅しよう、雲隠れした五魔将もすぐ見つけられる』
「……」
『それに今の仲間たち、君とレベルが釣り合っていないんだろ?』
「!」
 メルクリウスは、ガイウスが今仲間と旅をしていることを知らない。
 だがその口調からして全て見透かされているような、そんな気がした。

『君、大龍祭で何かするつもりだね?でも……今の仲間たちじゃ無理だ』
「!お前……」
『だから僕やサタヌスたちと一緒にやろうよ、五魔将討伐を』
 違う。何がそうか分からないが-違う!
 今受話器越しに話しかけて来る声はメルクリウスじゃない。
 いや確かにあの腹黒メガネの声だが、こんな深夜までアイツは起きていないし。
 新しい仲間が出来たと知っても「僕達より弱い」なんて言わない。

「お前本当にメルクリウスか?」
『ふふふ……メルクリウスだよ?どうしたんだい』
「違う。あいつ早く寝るからこんな時間まで起きてない、お前は誰だ?」
『……』
 ガイウスの一言に、メルクリウスは押し黙る。そしてしばらく沈黙が続いた後-。

『どうしてそんな雑魚なんかとつるんでるんですか?』
 数秒後聞こえたのは先ほどのメルクリウスと同じと思えないほど低く、そして冷淡な声だった。
『あんなへなちょこどもとつるんで何が出来るんですか』
 -この声、聞き覚えがある!

「プルト!!そうだな……アサシンなら声真似も出来るか」
『お前が陛下を討ち魔王軍という組織は消滅した。
 しかし私は感謝していますよ、あの組織嫌いでしたから』
「勝手なこと言いやがる」
『まぁいい、お前はもう必要ない。直に大陸を炎が包む、シェンタオの比でない炎だ。
 そうなればお前でも収束は出来ない』
「!」
『せいぜい仲間ごっこ楽しまれてください』
 小さく、息を漏らすような笑い声の後電話は切れた。

「……そりゃ生きてるよな、あの陰湿女が野垂れ死ぬわけない」
 プルトはアサシンの長という顔が強く、魔王軍への愛着はさほどでなかった。
 しかしそれはあくまで『組織』への愛着であり、『個人』にはある。
 大方ユピテルを殺されてしまった恨み節を言いに来たという魂胆だろう。

「俺への当てつけか。相変わらずの性悪女だな」
「お客さん、誰からだった?」
「知り合いだよ。元気そうだったぜ」
 ガイウスは電話番の夜魔にそう答えると、そのまま部屋に戻ったのだった。

------

 フーロン首都「パーダオ」
 深紅の城に、それを龍のように取り巻く鮮やかな建物たち。
 この国の統治者である皇(すめらぎ)が住まう城では兵士の訓練が行われていたのだが。
 突然現れた人物によって中断されることになる。
 その人物とは黒髪に切れ長の目をした美青年で、彼を見るや兵士は一斉に敬礼する。
「こ、これは皇(すめらぎ)様!」
「楽にせよ、訓練を続けてくれ」
「はっ!」
 兵士が去ると同時に青年が歩き出すと、兵士たちは慌てて整列し再び訓練を始めた。
 青年はその様子を一瞥すると城の中に入っていく。
 しばらく廊下を歩き、とある部屋の前で立ち止まると。
 そのドアをノックした。中から返事が聞こえた。

「はい」
「マルス、入ってよいか」
「ええ、どうぞ」
 ドアを開けるとマルスが座っていた椅子から立ち上がる。
 マルスの方が1回り程背が高いので、目線を合わせるよう猫背気味に歩いてくる。
「近々、アルキード王国に攻めこむと言う話はどうなりましたか?」
「ああ、順調に進んでおる。他ならぬお前の進言であるからな……ただ」
「なんでしょう?」
「麒麟が現れたと聞く」
「麒麟が!?」

 -麒麟。
 このフーロンでもっとも神聖なものと言われる霊獣である。
 大変徳高きものとされ滅多にお目にかかれるものではない。
 しかしその存在を知らぬ者はこの国にはおらず、皆敬っている。
 その麒麟が姿を現すときは英雄が訪れる時と言われており、民衆はみな歓喜しているという。

「麒麟は神の御意志が姿を変えたもの。この祝賀の空気を壊したくはない」
(聞いておらんぞ……アルキードを侵略させる計画だったというのにぃ……!)
 内心焦るマルスだったが、表面上はあくまで冷静だ。
 だが頭の中では焦りまくっていた、何せ麒麟は神の化身。
 五魔将とは言え魔族ごときがどうにかできる存在ではないからだ。
 だが意地がある、そう簡単に計画を諦めるわけにはいかないのだ。
 幸い今は好機、ならばやることは決まっている。

「麒麟は救国の英雄の到来に現れるのですよね?ならば尚更にございます!」
「ふむ。申してみよ、アルキードは小国、滅ぼさねばならぬ理由を」
「えぇ、アルキード王国は勇者信仰のメッカ、しかし私は知っております。
 勇者など名ばかりのクズ揃い。そのくせ実力は鳴り物入りという厄介者なのです」
「……続けろ」
「溜まった借金を返済しないばかりかドサクサで踏み倒す(事実)
 どうしようもない女好きで、行く先々で女絡みで騒動を起こす(事実)
 デリンクォーラではユピテル王子に斬りかかり狼藉騒動を起こす(半分事実)
 ……たしかに彼らは魔王を討ちました、しかしそれ以上にあの国は問題がありすぎます」
「……それで?」
「そのような者達が『世界を救う』なんて戯言抜かして旅立っても、世界は救われませんよね?
 ですから考えたんですよ……あんな腐った国は滅ぼしてしまうべきだと!どう思われますか?」
 天狐皇は思案する時の癖である、顎を擦りながらマルスを見つめる。
 その目でマルスは手ごたえがあったと感じ取った。
 彼は表情の変化に乏しい、代わりにその目で感情をよく表す。
 そして、彼は今-迷っている。もう一押しだ。

「それにアルキード王国にはあの災厄と言われる『虹瞳』が現れたとか」
「虹……確かによくないな」
「ええ。このフーロンにおいて虹は凶事の証、これは天の怒りに違いありません」
「……」
 虹は吉兆と言われることが多いが、このフーロン皇国では意味合いが異なる。
 この国では虹は大蛇と見做され、人の世を乱すものとされている。
 そして虹の瞳を持つ者は、その身に神を宿すと言われているのだ。

「あの国は救ってはなりません、滅ぼし、新たな国を建国するのです!それこそが天の意志!」
「……ふむ。マルスよ、今すぐはやめておこう。
 民は来る大龍祭に沸いておる、 今攻めれば国は大いに乱れるであろう」
「ええ。僭越ながらこの私も大龍祭を心待ちにしております。
 武闘演舞には国中の戦士が集います、その時が好機でございましょう」
「よし。余も楽しみにしておるぞ?」
「……はい」

 天狐皇はそう言い残すと部屋を出ていった。
 その背中をマルスはじっと見つめ、上手く行ったぞと笑みを浮かべた。
 炎が見える。その炎はアルキード王国を包み-やがては大陸を呑み込むだろう。
 大龍祭は民衆が楽しむ最大のイベント、その日こそ決行の日だ。
「……私は歴史に名を刻むのだ。勇者を殺した唯一の男として」
 そう独り言を呟くと、マルスはまた机に向かう。

 二人が立ち去ったあと、其処を小高い丘から獣が見下ろしていた。
 馬と龍を合わせたような不思議な獣-麒麟は哀しそうに目を伏せた。
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