追放勇者ガイウス

兜坂嵐

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4章-アルキード王国

王女の異変

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--アルキード王国首都「ラピア」
 いつものどかな雰囲気のこの国だが。
 まるで迫りくる災厄を示すかのように空は暗雲が立ち込めている。
 ロディは気味が悪い空模様を見上げながら、もうすぐ雨が降るなと。
 バゲットが入った紙袋を抱え直し、片手で傘を差す準備をした。
 そして大通りを歩いていると見知った顔を見つけたため、声をかけることにする。

「レオノーレさん、こんにちは」
「ええこんにちは。最近、兵隊さんが訓練している声を聴きますね」
「ええ、リアナ姫が訓練させているとか……戦争が始まりそうで、みんな不安な顔してます」
「そうですね、アルキード王国は勇者頼みなところがありますから」
 レオノーレの言葉はいつも少し冷たい、でも事実だ。
 アルキード王国はよくも悪くも勇者に左右される国。
 なので王国自体の軍事力はお世辞にも高いとは言えない。
 兵士もあまり強くないし、冒険者もそんなにいない。
 騎士団も弱くはないが、それでも他国に比べれば見劣りするだろう。

 もしも大陸のデリンクォーラ帝国やフーロン皇国が侵略してこようものなら。
 為す術もなく蹂躙されてしまうかもしれない。
「僕がなんとかしないと……」
 決意を込めて呟いた言葉は雨に紛れるほど小さい。
 レオノーレは黙って目を伏せた、呆れられたのか?
 いや違う、その顔は地平線の彼方を向いていた。

「私たちでは大陸行きの船に乗ることは難しいでしょう。
 ですのでこのアルキードで戦うしかないのです」
「……そうですね」
「それに私、それなりの特訓はしておりますので多少なら戦えますよ?」
 彼女は護身用に武器の扱い方も学んでいると聞く。
 ただ、彼女が傷つくところは見たくないし危ない目にも遭わせたくない。
 そう思ったロディは彼女の提案を受け入れることにした。
 そうして2人で、暗雲渦巻き出したアルキード王国を歩く。

---一方、アルキード城・リアナの部屋---

「ふむふむ。さすがマルたん!もうすぐこの国が滅ぼせそうなのねぇ~♪」
 王女の私室ではリアナが楽しそうに手鏡に話しかけていた。
 その顔は普段の人形のような愛らしいものから。
 無邪気さの中に確かな悪意が見え隠れするようなものに変化していた。
 そして同時に、部屋の空気が一変する。
 禍々しい雰囲気が立ち込め始めたのだ。
 しかしリアナは気にする様子もなく、さらに上機嫌に続ける。

「あ~楽しみっ♪楽しみだなぁ~!早く会いたいよぉ~!」
「ああ。私もだ姫様……いや、ウラヌスよ」
 五魔将が一人、暴風将軍ウラヌス。
 彼女は本物のリアナ姫を殺し「人間の皮をかぶった化け物」になり。
 アルキード王国を内側から崩壊させようと企んでいるのである。
 そしてガイウスは勇者として問題児だから追い出そう!
 と国王に提案したのも、このウラヌスなのだ。
 つまり彼がアルキード王国から追放された元凶は彼女であると言える。
 だが当の本人は悪びれもせずに言う。

「ま、あの王様は無能だしぃ?私はお仕事しただけだもーん♪」
 どこまでも自己本位な女である、まあ彼女も魔族なのだから当然ではあるが。
 ちなみになぜわざわざそんなことをするのかと言うと、理由は単純明快だ。
 人間など簡単に騙せる、ならば利用しない手はないだろう?ということである。

「侮るなよ?ロディ少年はガイウスの弟だ。おもわぬ形で足を掬われる可能性はあるからな」
「大丈夫よぉー、そのガキ。ギルドにも入ってなきゃ武器もそこそこ、つまりザコでしょ♪」
 そしてこれだけ余裕ぶっていられるのも理由がある。
 ロディが勇者の功績を押し付けられた弟分なのも把握しきっており。
 剣の腕は中の下程度。更にギルドにも入っていないというのを把握しているからだ。
 なので自分は安全圏にいると思い込んでいるからこその態度であった。

「まあ、いいさ……次に会うときは燃えるアルキードを共に眺めようか」
「いいねーロマンチック♪紅茶キメながら人間の悲鳴で乾杯とかサイコ~♪」
 そしてウラヌスは手鏡をベットに放り投げ、マルスとの通信を終える。

「さって~ティータイムの時間ね。
 あんな銀の剣も握ったことないようなガキンチョにウラちゃんが倒せるわけないわ~ん♡」
 そんな調子のいいことを言いながらウラヌスは私室を出ていく。
 ドアを出る頃にはその顔は「リアナ・アルキード」のものに変わっていた。
 そのまま廊下に出ると護衛の騎士が待機しており、彼にお茶を持ってくるように命じた。

 騎士は慌てて厨房へと向かう、その間ウラヌスは城のバルコニーへと出た。
 そこでは国民たちが不安げに空を見上げている。
 その様子を見ながら優雅にくつろぐのが最近のマイブームなのである。
 人間が怯えている顔ほど面白いものはない。
 とはいえ、そろそろ飽きてきた頃ではあるのだが。
(はぁ……もっとこう、スリルが欲しい……)
 なんて思いながらカップを傾けると中身がなくなったことに気付きため息をつく。
 どうやらおかわりが必要らしい……面倒だが仕方ない、自分で取りに行くか。
 そう思い出ていくとティーワゴンを押すメイドと目が合った。
 どうやら仕事を覚えたての新人らしい、おどおどしながら頭を下げられる。

「こ、これはリアナさま……ご……ご機嫌麗しゅう」
「そこのネコ型のケーキ取ってちょーだい、あとお茶」
「は、はいっ!」
 使用人は急いでケーキを皿に盛り付け。
 それと一緒に淹れたての紅茶をテーブルに並べた。
 するとリアナはフォークを手に取りケーキを食べ始める。
 しかし一口食べるたびに眉間にシワを寄せた。
 やがて飲み込むとため息をつきながら一言呟く。
「これ貴女が作ったもの?砂糖が足りないわ」
 その表情にはありありと不満の色が見て取れた。
 それを言われたメイドは泣きそうな顔になる、文句を言われるとは思わなかったのだろう。
 だがリアナはそんなことを気にせず、続けてこう言った。

「それとこの茶葉も安物ね、ちゃんといいやつ買いなさいよね~」
 その言葉にとうとう耐えきれなくなったのか、涙目になったメイドが走り去っていく。
 だがリアナはそれを咎めることもなく、鼻歌を歌いながら去っていくのであった。
 そしてそれを見る影が1つ。
「おかしい……前の姫様ならメイドを虐めたりなどしなかったはずだ……」
 影の正体は騎士団長だ。
 彼はリアナのことを幼いころから知っているため今の態度に疑問を抱く。
 彼女は本当に自分の知るリアナなのか?という疑念さえ抱くほどに……。
 しかし彼の仕事はそんなことではない。
 今すべきことはこの異常事態について調査することだ。
 とりあえず彼は城下町に出向き聞き込みを始めることにした。

 ロディとレオノーレも、せっかく城下町に来たのに土砂降りなうえ。
 廃墟のように静まり返ってることに気が沈んだのか、お互い無言で歩いていた。
 心なしか、いつも無表情なレオノーレも寂しそうに見える。
「……こんなときに、お買い物しても楽しくないですね……」
「……うん……」
「せめて何か楽しいことがあればいいのですが……」
 2人は力なく笑いあった、やはりどうしても気持ちが沈んでしまうようだ。
 そんな2人の向こうから鎧姿の男性が歩いてきた。
 ペリースの色と顔つきでロディはすぐ彼が何者か気付いた。
 アルキード騎士団長だ、いつもは兵士を訓練させてるはずだが?
「あ、団長さん。こんにちは……雨ひどいですね」
「これはロディ殿。ええ……まったく、これでは訓練もままなりません」
「なにかお手伝いしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。少し……リアナ殿下について聞き込みを」
「姫について?」
 思わぬ答えにレオノーレも興味を示した様子で。
 ひとまずこの土砂降りで立ち話は難だと軒下に集まり。
 改めて話すことにする。団長の肩は雨で濡れ、ペリースは湿っていた。

「ゴホン。実を言うと、最近。
 殿下がメイドを苛めるようになってきたのです」
「えぇ?リアナ様って意地悪なとこあるんだ」
「いえ、今までの殿下なら絶対しなかったことです。
 咎められることはあっても、苛めたりすることはなかったはずなんですが……」
 確かにそれはおかしいな?と聞くと、団長は静かに頷くのだった。
 まるで別人のようだ、でもどうしてそうなったのかわからない。
 思い当たる節がないわけじゃないけど、それが理由とは思えない。
 もしかしたら別の原因があるのかもしれない。
 でも今は情報が少なすぎるしわからないことばかりだ。
 リアナのメイド苛めが始まったのはいつから?と聞くと。
 ガイウスが追放されてからだと言う。

(確かに兄ちゃんはリアナ様と仲がよくないって聞いてたもんなー。
 兄ちゃんに国外追放を言い渡したのもリアナ様だし。
 ん……?納得いくはずだけど違和感がある……)
 どうも変だ。ガイウスへのストレスから来る8つ当たりなら。
 彼を追放すれば自然と収まる筈なのに、なぜメイドを苛めるのか?
 今のリアナ様は何かがおかしい。
 もしかすると誰かが入れ替わっているのではないか?だとしたら誰なんだ?
「とにかく、私はもう少し探りを入れてみます。
 2人もどうか気を付けてください」
 そう言って立ち去る団長の背中を見つめながら改めて雨の城下町を見やる。
 向こうの空は青空が広がっており、数分もすれば晴れるだろう。

「やっぱり殿下に聞くべきですかねぇ」
「難しいでしょう、貴族は非を認めたくないものなのです。
 素直に話してくださるとは思えません」
 そりゃそうだな、と内心同意しつつどうしたものかと考える。
 何もできないなんて嫌だな……よし決めた、ちょっと怖いけど行動しようじゃないか!
 決心して立ち上がり歩き出すと、レオノーレはどうしたんだ?と言うように少し首を傾げた。
 普段が冷淡で近寄りがたいからか、どこかあどけない仕草に見える。
 思わず笑みがこぼれてしまうが、すぐ少年は表情を引き締めた。
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