追放勇者ガイウス

兜坂嵐

文字の大きさ
29 / 40
4章-アルキード王国

聖夜へ向けて

しおりを挟む
「……でももう関係ないよね。私クビになったし、父さん達のお店継ぐって決めたから」
「アネット……」
 ロディは最後のリボンをリースに結び付けると、それをレオノーレに手渡した。
 3人でやったおかげで、昼下がりに終わると予想していたリース作りは午前中で終わった。
「ありがとう!」
 アネットは嬉しそうにリボンを持っていくと店の奥へ消えていく。
 その様子を2人は微笑ましく眺めていた。

 そしてアネットの話を思い出す。
 リアナ姫が黒い魔族と話していた、というものだ。
 しかもその黒い魔族とリアナ姫は定期的に「おしゃべり」しているらしい。

「黒い……魔族」
「どうしたの?」
「いや。アネット、その姫の部屋の鏡ってどんな形だった?」
「……確か丸い円い形で、縁にレースが付いてたかな。あ!でも布で隠してあったよ!」
「そうか、ありがとう」
 ロディは考える、リアナの部屋にある鏡は魔法の道具だって聞いたことがある。
 まだまだアルキード王国にラピアしか街がなかった頃。
 ラピア周辺の森にはエルフが住んでいて。エルフの職人が王族のため特別に作った鏡があるらしい。
 いつもは普通の鏡だけど、魔力を流すと遠くにいる相手と会話ができる鏡。

「レオノーレさん、大神官様に連絡を取れない?」
「……ええ。電話はありますか?」
「教会前に電話がある」
「案内してください」
 2人は正午の鐘を聴きながら、教会前の電話まで走った。
「もしもし、メルクリウス大神官様」
『あぁレオノーレ。巡礼は終わったかい?』
「もうじきに。相談がございまして電話させて頂きました」
(え?さっきの声が大神官様?おじいちゃん想像してたのにスゲー若い)
 ロディは電話口の声に驚いた。
 てっきり老齢のしわがれた声が返ってくると思っていたからだ。
 だがレオノーレの話し相手は20代と思しき若々しい声だった。

「リアナ姫の様子が急変し、更に黒い魔族と鏡を通し会話していると聞いたのです」
『……まずいね、魔族の可能性が非常に高い。魔王軍残党の何者かが、姫に取り憑いているのかもしれない』
「ええ、ですから大神官様」
 レオノーレはそこで一旦言葉を止めると、決意に満ちた目で言った。

「私はリアナ姫様にかけられた呪いを解きます。そして彼女を救いたいのです」
『……分かった。アルキード王国での滞在を許可しよう、ただし教会からあまり離れないように』
「ありがとうございます!」
『聖水の使い方は教えただろう?アルキード王国にはガイウス君の弟君がいる、彼と協力してくれ』
「弟君でしたらここに……ロディ、大神官様です」
 てっきりレオノーレと彼の会話で終わると思っていたのを。
 いきなり受話器を渡され、予想外の事態に固まりながらも。なんとか会話を続ける。
「も、もしもし」
『……君が勇者の弟君か』
「……はい、ロディ・アルドレッド……でございます」
『僕は聖教大神官メルクリウス・ゾルクォーデ、よろしく頼む』
「あ……よ、よろしくお願いします!」
(この人があの有名な大神官様!)
 ロディは内心驚いたがそれを表に出すのは失礼なのでぐっと堪える。
 だが電話越しではその緊張が伝わったらしい。

『そんなに畏まらなくてもいいよ、大神官でなく個人として。ガイウス君の弟と会話したかっただけさ』
「はい。メルクリウス……様つけたほうがいいですよね?だ、大神官様」
『はは、好きに呼んでくれ。レオノーレのことは頼むよ。
 大人しく見えて向こう見ずというか、怖いもの知らずなところがあるから』
「はい!」
 ロディは会話を終えると、受話器を元に戻しながら首を傾げる。
 あのメルクリウスって人、自分を知ってる感じだった。
 出会った覚えはないのに……。

「レオノーレさん、メルクリウス大神官様と兄ちゃんって知り合い?」
「ええ。大神官様は1年前-勇者パーティーとして魔王を討たれました」
「はあ!?ガチモンの勇者様じゃないっすか!」
「ええ、若年20代で大神官となられたのもひとえに彼の並々ならぬ実力と、その類い稀な才能のお陰でしょう」
「勇者様だったのか……いや、でも納得。声だけでわかる、絶対強い人だわ」
 ロディは何故か妙に納得してしまった。
 電話越しに聞いた彼の声は柔和で、気品に溢れたものだったが同時に。
 絶えず威圧的な存在感があった。あの声だけで並々ならぬ強さと、その覇気を感じさせるものだ。

「ところでロディ」
「なんすか?」
「私は連合式のクリスマスしか知りません、この国のクリスマスはどんなものですか?」
「えーとね……お祝いというか、可能な限り家族全員で集まって過ごす日かな」
「家族で?」
「うん。殆どの家庭は大体そうする。この国じゃクリスマスを一緒に過ごせないのはとても不幸なことで」
 ガイウスが国外追放されて帰れなくなってしまったことを。
 話しているうちに思い出し、じんわり泣けてきた。
「ロディ……どうしましたか?」
「うん……ごめん」
「お昼にしましょうか、目は見えませんが……今のあなたがどんな顔をしているのかは分かります」
「うん……」
 そして2人はひとまず今のモヤモヤした気持ちを晴らそうと家へ戻る。
 今年はガイウス居ないんだったな、と肩を落とすロディの後ろのほうでウシがのんびり鳴いた。

「ロディ、食事中に言うのもなんだと思うのですが」
「大丈夫です。粗方食べ終えたので」
「このあと時間はありますか、教会裏へ行きましょう」
「え!?教会裏ってまさか」
「……聖水の使い方を教えるだけですが?」
 いやらしいことを想像したな、とパンをスープへつけながらジト目になるレオノーレに。
 ロディは顔を赤くしてしまう。だって事実なのだ。
 今年で15歳、そういうものに興味がないとは否定できない。
「いや、その……はい」
「素直でよろしい」
 たった1歳差なのになんでこうも違うのか、そう思いながらロディはスープを飲み干す。
 そして2人はレオノーレの案内で教会裏へと向かった。

「聖水って、神父さんが撒いてるお水のこと?」
「はい、近い内に私達は魔族と戦うでしょう。貴方にもお教えします」
 聖水はロディも見たことがある、ものぐさなガイウスと違って。
 勤勉な彼は毎日きちんと教会へ読み書きを教わりに行っていた。
 そして神父やシスターが教会前に水を撒き、清めているのを何度も見た。

 どんな小さい教会にも「ヨアニス像」と呼ばれる。
 聖教の信仰対象である「ヨアニス神」を模した、水瓶を抱えた女神像がある。
 その水瓶から流れる水が聖水だ。
「ヨアニス様、お借りします」
「んんー…どう見てもただの水だよ?」
「はい。人間には」
 色や匂いを確かめるが、どう見たって綺麗な水だ。

「退魔の水です、人間には清水ですが……魔族には身を焼く猛毒となります」
「リアナ姫は人間じゃないってことですか、だったら……!」
「ええ、おそらく」
 その言葉を聞いた瞬間、ロディの顔が引き締まる。
 人の命を奪うものとの戦いが始まるのだと本能が告げているのだ。
 一方で不安になる、そう……ロディに兄貴分のような。
 実力でネジ伏せるほどの力が在ればすぐにでも乗り込めた、
 リアナ姫を騙る悪魔を討てた、だがロディは「剣の腕はそこそこ」程度。
 身も蓋もない言い方をすれば強くないのだ、気づいたところで倒せる自信がない。

「でも僕には無理だよ……レオノーレさん、気付けてもどうにもならない」
「そうでもありません。見なさい」
「ん?」
 レオノーレが手本を見せると聖水をコップに汲むと、剣の刃へかける。
 そして口の奥でなにか祈りの句を唱えると、青白く輝き出したのだ!

「聖水の力を使いました。これで一時的とは言え聖剣並の切れ味にすることが出来ます」
「す、すごいや……!僕にもできるかな!?」
「できますとも、私が教えますから頑張りましょう」
 こうして二人は特訓を始めるのだった……しかし、
 その様子を鏡から覗く者がいた。
 誰であろうリアナ姫-もとい彼女の皮を被ったウラヌスである。

(ふん、ウラちゃんを倒そうっての?乳臭いガキに聖女くずれが、笑わせるわ)
 そんな二人を鼻で笑うと踵を返し、ウラヌスは自室へ戻る。
 「面白いこと」を優先する彼女にとって取るに足らないザコを相手するなど時間の無駄。
 それにもうじきアルキード王国はクリスマスを迎えるのだ。
「ひ、姫様……おやつの時間です」
「はいは~い今行くわん、今日はなに?」
「クリスマスプディングです……また前みたいにお皿を投げたりしないでくださいね?」
「しないわよぉ、もう。あんたが生意気なことしなきゃ私は優しいの、いい?」
「はい……」
 すっかり何度か癇癪を起され委縮したメイドを尻目に。
 ウラヌスは鼻歌を歌いながら食堂へ向かう。
(ふふん……もうすぐよ。もうじきこの国は私のもの)
 クリスマスまであと数日、だが今年のアルキード王国は。
 迫る脅威を示すように暗雲が立ち込めていた……。

----

「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですかロディ?強化術は掴めそうですか」
「さっきよりは……クリスマスまであと数日なのに!あぁもう」
「クリスマスですか。この国でも聖教由来の祭りが根付いているのですね、教徒として少し誇らしいです」
 あれから数日間、二人は聖剣並の切れ味を発揮する聖水による強化術を会得する訓練していた。
 レオノーレは教えるのが上手いのか、ロディもコツを掴んできたようで徐々に上達してきている。
 しかしそれでもまだ実戦レベルには程遠い。

 何よりロディが焦る理由がある、聖夜祭が近いのだ。
 聖夜祭には普段は閉ざされているアルキード城の正門が開き。
 国民が自由に城へ入れるようになる。
 そしてアルキード王国は国を挙げての祭りになる、。
 それが恐らくリアナ姫にちらつく不穏な気配を見破る、最初で最後のチャンスになるだろう。
「でも……やっぱり僕には無理だよ、レオノーレさん」
「……無理とは?何がですか?」
「僕は強くないんだよ、だから聖水の力があっても倒せっこないよ……」
 そう言って俯くロディを見て、レオノーレはふむと考え込む。
 確かに彼はガイウスと異なり死線を潜ったこともない。
 自分よりはるかに格上の悪魔を倒す「大物殺し」も経験がない。

「確かに……今の貴方では厳しいかもしれません」
「なら!」
「ですが……それは貴方が弱いという証明にはなりません」
 レオノーレはそう言うとロディの肩に手を置く、その手から伝わる温もりに彼は思わず顔を上げた。
 その瞳はどこまでも真っ直ぐだ。
「貴方は弱くなどありません、ただまだ自分の力を使いこなせていないだけ。
 大神官様も言われておりましたよ?活かすか活かさないかは自分次第だと」
「だから……僕でも強くなれる?」
「なれます。私が保証します、貴方は強い子ですもの」
 そう言って微笑むレオノーレにロディも釣られて笑う。
 そして改めて思うのだ、この人が居てくれて良かったと。

「ありがとう、レオノーレさん」
「どういたしまして。では続きを始めましょうか」
 こうして2人はまた訓練を始めるのだった-。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...