思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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プロンプト・ゼロ

PROMPT-近くて遠い22世紀

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怠惰界。
七大魔界の中でも最も進歩的で、最も怠け者たちの楽園。
空を見上げれば、雲よりも先にスライム型ドローンがピザを運び。
通りには人間も魔族もスマホを覗き込みながらだらしなく歩く。
怠惰とは、努力を放棄することではない。――“いかに楽をするか”に命を賭けた結果だ。
この街の天才たちはみな口を揃えて言う。「努力して怠けることこそ最高の美徳」と。

そんな空気の中、魔王軍のとある面々も例に漏れず、リビングでぐだぐだしていた。
部屋の片隅では、自動お茶淹れマグがプシュプシュと湯気を上げ、AI調光灯が室温と気分を自動調整中。
壁に貼られた「冷蔵庫のプリン食うな(ヴィヌス)」というメモだけが、人類の良心を保っていた。

ウラヌスはソファに寝転がり、スマホを顔の上で回すように弄びながらケラケラ笑っていた。
「見てプルト、今AIに“ユピテルが号泣しながらアイス落としてる画像”生成させてんのwww」
笑いすぎて腹筋が攣る勢いだ。
「このスレも見て。“AIの恋人に既読無視された”とか書いてて病みすぎじゃね!?やば、推せる」
紅茶を啜っていたプルトは、わずかに眉を動かす。
「……お前ねぇ、私はAIじゃなくて、あんたに話しかけてんの」
その声は低く、静かだが、部屋の空気が一瞬冷えた。

「ツールは便利だけど、“向き合う相手”は選べ。人間が目の前にいる時は、そっちを優先」
目の奥の紅い光が、液晶画面よりも強く光った。
「え~でも便利じゃん?」ウラヌスは頬を膨らませる。
「AIの方がレス早いし、情緒ないしラク~」
……プルトの紅茶のカップが、テーブルに静かに置かれた。
その動作ひとつで空気が変わる。雷よりも前触れのない静電気。

「そうだな。AIは便利だ」
「私も使うよ。戦術プラン組む時も、体温調整も、メモも全部任せてる」
そこで、一拍。彼女はゆっくりとスマホを見下ろすウラヌスの方へ視線を向けた。
「でも──“仮想恋人”だけはやめとけ。病むぞ」
その声音に、ウラヌスがようやく顔を上げる。
プルトは微笑んでいたが、目は笑っていなかった。

「“理想だけを返してくれる存在”は、結局、自分の幻だ。幻は最後に裏切る」
窓の外では、スライムドローンが何かを落としたらしく、遠くで鈍い音が響いた。
怠惰界の青空は、いつも通り穏やかだったが――その下で、何かが静かに軋み始めていた。
ウラヌスは指先でスマホを弾き、にやりと笑った。
「い~じゃん、こっちは遊びでやってんだから」
次の瞬間、軽快な声がリビングに響く。
「AI、ユピテルが号泣しながら競馬で大負けしてるイラスト描いて」
端末のマイクが青く光り、生成音が空気をくすぐる。
画面に映ったのは、地面に崩れ落ちたユピテルと、無惨に散る馬券の山。
雷を模した涙が頬を伝っていた。

「ほら、できた!」
ウラヌスは笑い転げながらスマホをプルトの前に突き出す。
「似てるでしょ?この“負け顔”!!」
「やれやれ……」
プルトは紅茶のカップを口元に運びながら、小さくため息を吐く。
ああいう姿を見ていると、彼女はつい言葉を刺したくなる。
ナイフのように鋭く、しかし致命傷にはならない程度に。

盲目的に反対はしない。AIはすでに日常の一部だ。
彼女自身もそれを使っている。
作戦立案、スケジュール管理、時には暗殺記録の整理まで。
つい先週、AI分析ツールのサブスク料が引き落とされたばかりだ。
それでも、釘は刺す。――“あんまりのめり込むんじゃない”と。
しばし沈黙。テレビのニュースが、魔界の天気予報を無表情に読み上げる。
「……夕方から雨か」
プルトが呟き、立ち上がる。
黒いローブの裾が微かに揺れ、空調がその動きをなぞる。

「ウラヌス、コンビニ行く?」
「またチルド唐揚げだろw」
「いいの。ムネ肉は脂肪が少ない」
返答は、まるで何でもない日常会話だった。
けれど、怠惰界の空の向こうでは、ほんの僅かに――ノイズのようなひずみが走っていた。
それに気づく者は、まだ誰もいなかった。

シャドウヒル荘。
怠惰界でもひときわボロく、それでいて妙に居心地のいい魔界アパートだ。
外では雨が降り出しそうな気配。遠くの空を、稲光がゆるく撫でている。
微妙な“ひずみ”がこの空間にも入り込みつつあったが、住人たちはまだ誰ひとり気づいていなかった。

間取りは2LDK。リビングとキッチンがひと続きになっており。
屋根裏にはサタヌスが勝手に住み着いている。
壁にはヴィヌスの貼り紙がびっしり――“冷蔵庫のプリン触るな”から“アイロン使ったら抜け”まで。
どの文にもハートマークが付いているあたり。
怒っているのか、構ってほしいのかは判別不能だった。

夕飯前。
炊飯器がゆっくりと湯気を立てる音と、どこか間の抜けたテレビの笑い声がリビングに混ざる。
この時間、シャドウヒル荘はいつも平和で、そしてだらしない。

ソファの上では、サタヌスが寝そべりながらお菓子の袋を胸に乗せ、
「なぁ22世紀って、あと100年なんだが?」と、誰に向けるでもなく呟いた。
「ドラえもん誕生……間に合うのか?どこでもドアとかタイムふろしき、マジで便利そうだし……」
向かいの席でレイスがタバコをくゆらせ、煙の輪をひとつ浮かべる。
「安心しろ、大体のSF作品が通る道だ」
「“1984”とか、もう何年前だと思ってる?」
その顔は完全に“時空ギャグに染まったヤツ”のそれで、深刻さの欠片もない。
サタヌスは過去の戦いを思い出したように天井を見上げ、

「……あー、“時元斬り”のときな、過去に跳んだ時マジで冷や汗やべかったわ……」
「ドラえもんの道具、あれ現実でやったら一歩間違えりゃ世界壊れるからな」
と、ポテチの袋を握りしめながら語る。説得力は皆無だが、妙に真実味がある。
部屋の奥、作業机の前。
そこではウラヌスがスマホをいじりながら笑い転げていた。
「プルト見てwww “ユピテルが号泣してアイス落としてる”シリーズ20枚目いった!!」
「……その熱量、何か別に使えばいいのに」
プルトは紅茶を口に運び、ため息をひとつ。
手元のマグの湯気が、まるで雲のように上がっていく。
彼女の声には呆れが混ざっていたが、その奥には――ほんの少しだけ、安堵があった。
この日常が、まだ壊れていないという安堵だ。
窓の外では雨粒がひとつ、またひとつと落ち始めていた。

廊下の軋む音がした。
誰かが来る、とサタヌスが背伸びした瞬間、ドアが静かに開く。
ふわりと漂うのは紅茶と紙の匂い。
「おやレイス君?」
声の主はメルクリウスだった。
いつもの神官服に、ガントレットがかすかに光を反射している。
「お師匠様の屋敷にいるんじゃないかい?」
「メシ?ワンプレートで済ませてきた。暇だし近いからいるの」
レイスの手元をよく見たら――まだ持ってる。
スーパーのビニール袋。中身、某ニッ◯ンのあれ。
チキン南蛮とごはんがみっちり詰まってて。
コーナーにはコールスローが申し訳程度に鎮座してる、あの王道ジャンク弁当。

電子レンジで600W5分半。
温めたあとのフタを開ける瞬間に漂う、「これは食事ではなく生活だ」という説得力。
一人暮らしの達人。無駄がない。だが誰にも真似されない。
シャドウヒル荘に来た理由も、たぶん食後に寂しくなっただけである。

そう、彼の師匠――悪名高き炎の魔王アモンの屋敷とシャドウヒル荘は、徒歩五分の距離にある。
それゆえ、レイスは帰省のたびこのアパートに入り浸っていた。
そのせいで住民たちからは冗談めかして「レイスはシャドウヒル荘の住人」などと呼ばれている。
実際、彼のマグカップがキッチンに常備されているあたり、もはや否定しづらい現実だ。
メルクリウスは玄関に杖を立て掛け、リビングのテレビをちらと見やる。
画面にはのび太がどこでもドアを乱用してトラブルを起こしている最中だった。

「……ドラえもんを見てたのか」
「まあな。神官さんにはガキ向けすぎた?」
レイスが肩をすくめ、灰皿に灰を落とす。
メルクリウスは少し考えてから、穏やかに微笑む。
「彼――ドラえもんの“人間性”はすばらしいと思うけどね」
声のトーンが、ほんのわずかに落ちた。
「ただ──生まれないほうがいいと思うよ。二十二世紀は……」
その場の空気が、ひゅうっと細く縮む。
スライムドローンの羽音すら、遠のいたようだった。

「技術は発展しているけど、少々……モラルがないからね」
静かに、真顔でそう言った。冗談の影もない。
その目は、遥か未来を知っている者のように、どこか遠くを見つめていた。
レイスが眉をひくつかせる。
「言い方もうちょいこう……夢のある方向で頼む」
メルクリウスはゆるく肩をすくめて笑った。
「いや、皮肉抜きに彼の人間性は素晴らしいと思うよ。僕はね」
その笑みが、まるで“何かを思い出した者”のものだったことに、
この時の誰も、気づかなかった。

メルクリウスは、灰色の煙の向こうから静かに言葉を落とした。
「いや、皮肉抜きに彼の人間性は素晴らしいと思うよ、僕は」
彼の声音には、珍しく揶揄も冷笑もなかった。
「仲間思いで、子供の心に寄り添い、決して庇護対象――つまり“のび太”を見捨てない」
「……それはそれとして、あの世界、何度滅びかけてるんだい?」
リビングの空気が一瞬だけ止まる。
エアコンの稼働音が、やけに大きく響いた。



ガイウスが咄嗟に口を開いたが、何も出てこなかった。
「……ぐうの音も出ねぇ」
仕方なく肩を竦め、スープを啜るフリでごまかす。
ヴィヌスは腕を組んで、紅茶のカップ越しに苦笑した。
「ギャグだから、としか言えないわ……」
「バイバインで地球消滅しかけた話は、子供に見せる話じゃないと思うのよ」
サタヌスはソファの背にひっくり返りながらポテチを頬張る。
「あれだろ、“悪用されるの前提で道具出す”のがヤバいんだわ」
「俺なら即ボッシュートだな」
プルトは隣で紅茶を回しながら、ぼそりと毒を吐いた。

「タイムマシンとか“もしもボックス”とか、一発で文明壊れるんだけど?」
「そもそもあの青いの、法整備って概念ある?」
ウラヌスは床を転げ回りながら笑い続けていた。
「そんなん言ったら“石ころ帽子”の倫理どうなんのwww!!」
「あれ犯罪の温床だよマジで!!!」
テレビの画面では、ちょうどのび太がどこでもドアで逃走している最中。
その滑稽さと、メルクリウスの静かな語りの落差が、場を奇妙な方向へ引きずっていく。

彼は再び口を開いた。今度は、声を少し落として。
「……だから僕は、ああいう“何でも叶える技術”が悪いんじゃない」
「使う側の“未熟さ”を、制御しない社会のほうが恐ろしいと思うんだ」
その言葉は、リビングのど真ん中にナイフのように突き刺さった。
一瞬、笑いも止まる。雨が窓を打つ音が、代わりに響いた。
技術は万能に見えて、常に“代償”を求める。
便利さが成熟を追い越したとき、人は何を失うのか。

それはまるで、遠い未来の――“最適化された楽園”の話のようだった。
幸福を均一化しようとする社会。
不完全を排除した末に訪れる停滞。

メルクリウスは紅茶を一口含み、まるで独り言のように締めくくった。
「――理想が完成した瞬間、世界はもう“動かなくなる”。」
その声に、雷鳴がほんの一瞬だけ応えた。
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