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ELDORADO
ELDORADO-30世紀の雷神
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外界に、異様なほど明るい声が響いていた。
フォウがリュックを背負いながら、満面の笑みで言う。
「今回はね、下層エリアのみんなが食べられる食材を、たくさん取ってくる遠足だからっ!」
虹色の廃液湖を抜け、彼女が見つけたのは――
ネオンピンクと紫が入り混じった、不気味に光る果実。
「わぁ、キレイ!」
フォウは瞳を輝かせながら、手のひらでその果実を転がす。
表面はツヤツヤ、匂いはまるで桃。
だがどう見ても、色味が“人間が食べてはいけないタイプ”のそれだった。
「……あ、このフルーツいけるかも! NULL、スキャンお願いっ!」
フォウはリュックから、ヒビの入った医療スキャナーを取り出した。
ピピピ……と電子音。
NULLの無機質な声が流れる。
「分析終了。バラ科スモモ属小高木」
「俗に“モモ”と呼ばれる果実が変異したものだ」
「種子の構造=可食。色素=神経系毒素の可能性あり。
中毒リスク:経口摂取で幸福幻覚発生率42%。
推奨評価:“毒抜きを行い、水等で成分を薄めて摂取”することを推奨する」
フォウは満面の笑顔で両手を叩いた。
「やったぁ!桃ジュースにしよっ!リュック詰めとこっ♪」
異形フルーツをどんどん詰め込む。
リュックがみるみるうちにネオン発光体と化していく。
その様子を、レイスは耳から廃液を垂らしながら見ていた。
「……なあ、なんかさ」
「地平線のナノシティがこっち見てドン引きしてない?」
彼は耳をトントンと叩きながら、遠くの黄金の輪を見つめた。
確かに、ナノシティを囲う巨大なドームの光が、いつもより“曇って”見える。
サタヌスが肩にバスタオルをかけ、豪快にツッコむ。
「ドン引きに決まってんだろ!」
「虹色の廃液で泳いで、犬かき天使と毒フルーツ採ってんだぞ!?」
「俺ら、幸福値測定器がブッ壊れる側の人間だって自覚しろよ!!」
プルトはその隣で、石の上に腰を下ろしていた。
濡れたローブを広げ、自然乾燥モード。
ぼんやりとした笑みを浮かべながら、ナノシティを見上げる。
「……自分たちで“外界”をこうしておいて、ドン引きするなんて」
目を不気味に笑みを深め、地平線の光輪を眺める。
「ずいぶん都合のいい“神様”たちですね、ふふ……」
フォウのリュックから、ネオンカラーの異形フルーツが一つ転げ落ちた。
湖面の毒液に落ちると、バチッと小さな電流が走る。
「本日の収穫品……っと。ハイパー桃(幻覚リスク42%)。
ブヨブヨ玉(爆発性あり)とパチパチナッツ(電撃効果)。」
雷鳴が遠くで響いた。
黄金の輪の中の幸福都市は、彼らを見下ろして黙っている。
それはまるで、神々が人間のピクニックを“理解できずに”いるようだった。
幸福庁・第3管理塔。
冷たく白い監視室の中で、モニターが不気味な色を放っていた。
映し出されているのは、外界――毒の湖。
崩壊した都市、そしてそこを我が物顔で暴れ回る「不死身の異常者」たち。
ADMINISは硬直した。
「……これは、なんだ」
画面内では犬かきしながら「ひゃぁ~~っ」と泳ぐフォウ。
仰向けに浮かびながら耳から毒液をポタポタ垂らすレイス。
その隣で雷をまとい、爆発的な勢いで泳ぐユピテル。
さらに岸では、サタヌスがほぼ裸で腹を抱えて爆笑していた。
石の上ではプルトが、天に魂を飛ばしたような顔で天日干し中。
……全員、生きていた。
いや、“生きているような何か”になっていた。
「……不死身だからって、やっていいことと悪いことがあるだろォッ!!」
ADMINISは頭を抱え、思わず立ち上がる。
「雷で煮え立つ湖にちいかわが浮いてるんだぞ!?
俺の幸福値もエラー吐きそうだよッ!!」
隣で淡々と端末を操作する部下AIが告げた。
「ADMINIS様、映像にノイズが混入しております。
クロノチームの幸福値=不定のため、最適化プロトコルが機能しておりません」
「エルドラド様には共有いたしますか?」
ADMINISは顔を上げた。
目の下に深いクマ、眉間に皺。
そして、諦めにも似た声で呟いた。
「…………やめろ」
「……あの女がこの映像を見たら“発狂”してゴールドクラッシュ起こす」
金貨の雨が降る。銀行が吹き飛ぶ。市民が狂う。
その未来を想像し、彼は深く息を吐いた。
「この件は“俺の個人記録”としてアーカイブに入れとけ」
「責任は……俺が取る」
モニターに映るクロノチームの姿。
まるで滅びの楽園でピクニックをする子供たちのようだった。
人間離れした光景。
幸福庁の定義を根底から破壊する存在。
――幸福値:測定不能。
――倫理値:下限突破。
映像下部に自動で警告が表示された。
《※視聴者の幸福値を激減させる恐れがあります。閲覧注意》
タイトル:『工場廃液水泳部』記録者:ADMINIS
彼は無言で、データを保存フォルダにドラッグ&ドロップした。
“破壊ログ”というフォルダの中へ。
そして、わずかに笑った。
「……あいつらが壊してんのは、世界じゃなくて常識のほうだな」
――幸福庁の崩壊は、もう始まっていた。
虹色に濁った草原が、かすかに蠢いていた。
風も、音もない──ただ、地鳴りのような重低音が大地を這っている。
「……来るぞ」
サタヌスが斧を担ぎ上げた瞬間、地面が割れた。
現れたのは――蹄が八本、頭が二つ。
背中には青白く発光するコブが脈打ち、尻尾はムカデのようにうねっている。
そしてその“口”が、空気を裂くように吠えた。
「ウオオオオオモゥッ!!」
ヴィヌスが顔をしかめる。
「……たぶん牛って言ったわよね?足、八本あるわよ?」
「たぶん牛だ!!」
サタヌスは全力で主張しながら、斧を構える。
「前に狩ったのはブタ(推定)だったんだよ!今度こそ牛だ!!」
レイスは口元に笑みを浮かべ、煙草をくわえたまま指を上げた。
「おー、スレイプニルみたいだな」
フォウがきょとんと首をかしげる。
「すれいぷにる……?なにそれ?」
レイスが平然と講義を始めた。
「スレイプニルはな、北欧神話の“八本脚の馬”だ。オーディンの愛馬で――」
「今!戦闘中!!」
ヴィヌスが爆発するように怒鳴り、剣を抜いた。
「神話講座はあとにしなさい!!」
雷光が空を裂く。
稲妻のラインがヴィヌスの刀身を伝い、草原が一瞬で昼のように明るくなる。
ユピテルはそれを見て、やけに楽しそうに笑った。
「いいじゃねぇか!神話トークしながらバラすとか“文学的”でサ~」
「斬るぞ舞雷!! 相手は牛タコだァ!!」
雷と血が混ざり合う。
大地が爆ぜ、モウニル(仮)の双頭が咆哮した。
吐き出されたのは火でも、毒でもなく――稲光。
「……うおおおおモゥ!!!」
フォウが慌てて端末を構える。
「スキャン中……! NULL、どう?!」
端末越しにNULLの冷静な声が返る。
「解析完了。対象:牛型異形獣(推定反芻類+多脚融合種)。
通称《モウニル》。主な特徴――八脚、双頭、稲光発生器官あり。
可食部位:背肉、太もも。頭部および毒胞部位は非推奨」
フォウはぱっと笑顔になる。
「やったぁ、お肉は取れるって!」
「脚が多い分、可食部も……たくさんあるね!」
その一言に、ユピテルとサタヌスが同時に反応した。
「解体開始!!」
雷鳴と笑い声が重なる。
血しぶきが舞うたび、毒胞が青く光る。
それは地獄の狩猟風景――いや、“幸福”を食らう者たちの祝宴だった。
異形とはいえ、相手は六人。
それも、ナノシティのエージェントをも蹴散らす規格外の面々。
ウシ……のようなもの――モウニル(仮)――は。
数分後には地面に大の字……いや、八本脚を投げ出し、白目を剥いて横たわっていた。
雷と、斧と、刃と、毒と、天使と、酒の力が合わされば、もはや魔王でも逃げられない。
サタヌスは肉食動物のような笑みで、ぶんぶんと斧を振り回す。
「よっしゃああああ!今日のメインディッシュ決定!!」
レイスは煙草を吹かしながら、やれやれと肩を竦めた。
「部位ごとに焼き加減変えるから、火加減は任せたぞ~。
ガイウスがいりゃ、焚き火班やらせんだけどなァ」
「……ったく、お前ら焼き肉屋かよ」
ユピテルは血飛沫を浴びたままニッコリとし、刀を肩に担ぐ。
「次はァ……心臓部だァ」
「牛タコにだって“ハツ”はあるだろォがよぉ!!」
「舞雷!狙いは一点、ビートきかせろォ!!」
フォウが無邪気に問いかける。
「“ハツ”ってなに?おいしいの?」
「ハツは――」
「いいから解体手伝いなさい蛇男ォ!!!!!」
雷鳴のようなヴィヌスの怒号が、草原の空に響き渡る。
ユピテルは肩を揺らして笑いながら、もう一度刀を振った。
「なァ、ほんと……俺たち、遠足来ただけだよなァ?」
その問いに、誰も答えなかった。
いや、肉がすべてを物語っていた。
外界遠足から帰ってきた彼らは居住区画へ。
まるで戦利品のように巨大な肉塊を抱えて戻ってきた。
天井のファンは軋み、照明は明滅を繰り返す中――。
「今度は牛?へぇ、豪勢な晩餐になりそうだね」
OBSOLETEの言葉は冗談めいていたが、どこか嬉しそうだった。
“転生して以来の牛肉”、その価値を知る女の声だった。
「ユッピー見ろよ。お前ら、今日も安定の話題独占だぜ?」
PATCH彼が指差すテレビの隅。
“L字型ニュース速報”が、ゴリゴリの警報テロップを流していた。
【速報】「外来危険個体“クロノチーム”、本日も市内目撃」
【市民への警告】「絶対に接触しないでください」
【AI警告】「雷属性個体:ユピテル・ケラヴノス 危険度:SSS」
【幸福庁コメント】「異常個体は極力近づかず、警備AIに通報を」
ユピテルは、その画面を見て満面の笑みを浮かべた。
「いいぞ、いいぞォ……」
「そンなにビビり散らすなら――このコードユートピアでも、雷神になってやるよッ!!」
壁ごしに漏れ出した雷光が部屋の空気を震わせる。
ナノシティ下層部の空に、轟く落雷――警報が一斉に鳴り響く。
「ほんとに雷きたーー!?!?」
「耳を塞ぐことを推奨」
NULLは自動で耳栓が展開し、雷鳴から耳を塞いでいた。
AI兵士、こういうときズルい。
「ははっ、また電力インフラが焦げてるぞォ。やべー奴だなマジで」
だが、当の本人は満足そうに、雷鳴の余韻に浸っていた。
「おう、舞雷!30世紀でも俺の権能、まだまだ現役ってこった!」
「畏怖されるってのは、わァるくない!!」
雷神は、現代でも変わらず“恐怖と笑顔”を振り撒いていた。
遠くで雷が鳴っていた。
――否、遠くではない。
ナノシティ下層部の空気ごと焼き尽くすような雷鳴。
今しがたユピテルによって発生したものだった。
雷を背に笑う雷神を横目に、サタヌスたちが半笑いで耳を塞ぐ中。
OBSOLETEだけは、やけにしみじみとした顔で呟いた。
「それは怖いわ……ゼウスだよゼウス……」
誰にともなく、どこか遠い目をしながら。
「昔っから、機械が一番怖がるもんは雷だからね……」
フォウが不思議そうに瞬きをする。
「でも今の機械って、平気なんでしょ?」
サタヌスが応える。
「AI搭載型は基本、自動保存とか耐電処理入ってっけど……昔のはマジで死ぬ」
そのとき、OBSOLETEはふっと笑った。
「……あたしさ、転生前は“令和の普通のJKゲーマー”だったのよ」
「ある日、雷がゴロゴロ鳴っててさ」
「でも、どうせ落ちないってタカ括って、ゲーム続行したんだ――」
「…………やられたね」
レイスがすかさず手を合わせて追い打ちを入れる。
「ご愁傷さまです……」
OBSOLETEは続けた。
「セーブデータ全部吹っ飛んで、雷の音より親の声の方が怖かった」
「……ほんとに一番の敵は“雷”じゃなくて“親”だったかもね」
「なあに、雷はいつだって最強!――なァ、舞雷?」
その瞬間、どこからともなく空がバリバリと唸り声をあげ。
「舞雷」がまるで答えるように稲妻を走らせた。
「……データが“飛ぶ”って、ホントに“飛ぶ”の?」
「うん。天国にな」
彼女の語り口は冗談めいていたが、瞳の奥には確かな“生々しさ”が残っていた。
転生してなお、雷は怖い。
フォウがリュックを背負いながら、満面の笑みで言う。
「今回はね、下層エリアのみんなが食べられる食材を、たくさん取ってくる遠足だからっ!」
虹色の廃液湖を抜け、彼女が見つけたのは――
ネオンピンクと紫が入り混じった、不気味に光る果実。
「わぁ、キレイ!」
フォウは瞳を輝かせながら、手のひらでその果実を転がす。
表面はツヤツヤ、匂いはまるで桃。
だがどう見ても、色味が“人間が食べてはいけないタイプ”のそれだった。
「……あ、このフルーツいけるかも! NULL、スキャンお願いっ!」
フォウはリュックから、ヒビの入った医療スキャナーを取り出した。
ピピピ……と電子音。
NULLの無機質な声が流れる。
「分析終了。バラ科スモモ属小高木」
「俗に“モモ”と呼ばれる果実が変異したものだ」
「種子の構造=可食。色素=神経系毒素の可能性あり。
中毒リスク:経口摂取で幸福幻覚発生率42%。
推奨評価:“毒抜きを行い、水等で成分を薄めて摂取”することを推奨する」
フォウは満面の笑顔で両手を叩いた。
「やったぁ!桃ジュースにしよっ!リュック詰めとこっ♪」
異形フルーツをどんどん詰め込む。
リュックがみるみるうちにネオン発光体と化していく。
その様子を、レイスは耳から廃液を垂らしながら見ていた。
「……なあ、なんかさ」
「地平線のナノシティがこっち見てドン引きしてない?」
彼は耳をトントンと叩きながら、遠くの黄金の輪を見つめた。
確かに、ナノシティを囲う巨大なドームの光が、いつもより“曇って”見える。
サタヌスが肩にバスタオルをかけ、豪快にツッコむ。
「ドン引きに決まってんだろ!」
「虹色の廃液で泳いで、犬かき天使と毒フルーツ採ってんだぞ!?」
「俺ら、幸福値測定器がブッ壊れる側の人間だって自覚しろよ!!」
プルトはその隣で、石の上に腰を下ろしていた。
濡れたローブを広げ、自然乾燥モード。
ぼんやりとした笑みを浮かべながら、ナノシティを見上げる。
「……自分たちで“外界”をこうしておいて、ドン引きするなんて」
目を不気味に笑みを深め、地平線の光輪を眺める。
「ずいぶん都合のいい“神様”たちですね、ふふ……」
フォウのリュックから、ネオンカラーの異形フルーツが一つ転げ落ちた。
湖面の毒液に落ちると、バチッと小さな電流が走る。
「本日の収穫品……っと。ハイパー桃(幻覚リスク42%)。
ブヨブヨ玉(爆発性あり)とパチパチナッツ(電撃効果)。」
雷鳴が遠くで響いた。
黄金の輪の中の幸福都市は、彼らを見下ろして黙っている。
それはまるで、神々が人間のピクニックを“理解できずに”いるようだった。
幸福庁・第3管理塔。
冷たく白い監視室の中で、モニターが不気味な色を放っていた。
映し出されているのは、外界――毒の湖。
崩壊した都市、そしてそこを我が物顔で暴れ回る「不死身の異常者」たち。
ADMINISは硬直した。
「……これは、なんだ」
画面内では犬かきしながら「ひゃぁ~~っ」と泳ぐフォウ。
仰向けに浮かびながら耳から毒液をポタポタ垂らすレイス。
その隣で雷をまとい、爆発的な勢いで泳ぐユピテル。
さらに岸では、サタヌスがほぼ裸で腹を抱えて爆笑していた。
石の上ではプルトが、天に魂を飛ばしたような顔で天日干し中。
……全員、生きていた。
いや、“生きているような何か”になっていた。
「……不死身だからって、やっていいことと悪いことがあるだろォッ!!」
ADMINISは頭を抱え、思わず立ち上がる。
「雷で煮え立つ湖にちいかわが浮いてるんだぞ!?
俺の幸福値もエラー吐きそうだよッ!!」
隣で淡々と端末を操作する部下AIが告げた。
「ADMINIS様、映像にノイズが混入しております。
クロノチームの幸福値=不定のため、最適化プロトコルが機能しておりません」
「エルドラド様には共有いたしますか?」
ADMINISは顔を上げた。
目の下に深いクマ、眉間に皺。
そして、諦めにも似た声で呟いた。
「…………やめろ」
「……あの女がこの映像を見たら“発狂”してゴールドクラッシュ起こす」
金貨の雨が降る。銀行が吹き飛ぶ。市民が狂う。
その未来を想像し、彼は深く息を吐いた。
「この件は“俺の個人記録”としてアーカイブに入れとけ」
「責任は……俺が取る」
モニターに映るクロノチームの姿。
まるで滅びの楽園でピクニックをする子供たちのようだった。
人間離れした光景。
幸福庁の定義を根底から破壊する存在。
――幸福値:測定不能。
――倫理値:下限突破。
映像下部に自動で警告が表示された。
《※視聴者の幸福値を激減させる恐れがあります。閲覧注意》
タイトル:『工場廃液水泳部』記録者:ADMINIS
彼は無言で、データを保存フォルダにドラッグ&ドロップした。
“破壊ログ”というフォルダの中へ。
そして、わずかに笑った。
「……あいつらが壊してんのは、世界じゃなくて常識のほうだな」
――幸福庁の崩壊は、もう始まっていた。
虹色に濁った草原が、かすかに蠢いていた。
風も、音もない──ただ、地鳴りのような重低音が大地を這っている。
「……来るぞ」
サタヌスが斧を担ぎ上げた瞬間、地面が割れた。
現れたのは――蹄が八本、頭が二つ。
背中には青白く発光するコブが脈打ち、尻尾はムカデのようにうねっている。
そしてその“口”が、空気を裂くように吠えた。
「ウオオオオオモゥッ!!」
ヴィヌスが顔をしかめる。
「……たぶん牛って言ったわよね?足、八本あるわよ?」
「たぶん牛だ!!」
サタヌスは全力で主張しながら、斧を構える。
「前に狩ったのはブタ(推定)だったんだよ!今度こそ牛だ!!」
レイスは口元に笑みを浮かべ、煙草をくわえたまま指を上げた。
「おー、スレイプニルみたいだな」
フォウがきょとんと首をかしげる。
「すれいぷにる……?なにそれ?」
レイスが平然と講義を始めた。
「スレイプニルはな、北欧神話の“八本脚の馬”だ。オーディンの愛馬で――」
「今!戦闘中!!」
ヴィヌスが爆発するように怒鳴り、剣を抜いた。
「神話講座はあとにしなさい!!」
雷光が空を裂く。
稲妻のラインがヴィヌスの刀身を伝い、草原が一瞬で昼のように明るくなる。
ユピテルはそれを見て、やけに楽しそうに笑った。
「いいじゃねぇか!神話トークしながらバラすとか“文学的”でサ~」
「斬るぞ舞雷!! 相手は牛タコだァ!!」
雷と血が混ざり合う。
大地が爆ぜ、モウニル(仮)の双頭が咆哮した。
吐き出されたのは火でも、毒でもなく――稲光。
「……うおおおおモゥ!!!」
フォウが慌てて端末を構える。
「スキャン中……! NULL、どう?!」
端末越しにNULLの冷静な声が返る。
「解析完了。対象:牛型異形獣(推定反芻類+多脚融合種)。
通称《モウニル》。主な特徴――八脚、双頭、稲光発生器官あり。
可食部位:背肉、太もも。頭部および毒胞部位は非推奨」
フォウはぱっと笑顔になる。
「やったぁ、お肉は取れるって!」
「脚が多い分、可食部も……たくさんあるね!」
その一言に、ユピテルとサタヌスが同時に反応した。
「解体開始!!」
雷鳴と笑い声が重なる。
血しぶきが舞うたび、毒胞が青く光る。
それは地獄の狩猟風景――いや、“幸福”を食らう者たちの祝宴だった。
異形とはいえ、相手は六人。
それも、ナノシティのエージェントをも蹴散らす規格外の面々。
ウシ……のようなもの――モウニル(仮)――は。
数分後には地面に大の字……いや、八本脚を投げ出し、白目を剥いて横たわっていた。
雷と、斧と、刃と、毒と、天使と、酒の力が合わされば、もはや魔王でも逃げられない。
サタヌスは肉食動物のような笑みで、ぶんぶんと斧を振り回す。
「よっしゃああああ!今日のメインディッシュ決定!!」
レイスは煙草を吹かしながら、やれやれと肩を竦めた。
「部位ごとに焼き加減変えるから、火加減は任せたぞ~。
ガイウスがいりゃ、焚き火班やらせんだけどなァ」
「……ったく、お前ら焼き肉屋かよ」
ユピテルは血飛沫を浴びたままニッコリとし、刀を肩に担ぐ。
「次はァ……心臓部だァ」
「牛タコにだって“ハツ”はあるだろォがよぉ!!」
「舞雷!狙いは一点、ビートきかせろォ!!」
フォウが無邪気に問いかける。
「“ハツ”ってなに?おいしいの?」
「ハツは――」
「いいから解体手伝いなさい蛇男ォ!!!!!」
雷鳴のようなヴィヌスの怒号が、草原の空に響き渡る。
ユピテルは肩を揺らして笑いながら、もう一度刀を振った。
「なァ、ほんと……俺たち、遠足来ただけだよなァ?」
その問いに、誰も答えなかった。
いや、肉がすべてを物語っていた。
外界遠足から帰ってきた彼らは居住区画へ。
まるで戦利品のように巨大な肉塊を抱えて戻ってきた。
天井のファンは軋み、照明は明滅を繰り返す中――。
「今度は牛?へぇ、豪勢な晩餐になりそうだね」
OBSOLETEの言葉は冗談めいていたが、どこか嬉しそうだった。
“転生して以来の牛肉”、その価値を知る女の声だった。
「ユッピー見ろよ。お前ら、今日も安定の話題独占だぜ?」
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ユピテルは、その画面を見て満面の笑みを浮かべた。
「いいぞ、いいぞォ……」
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壁ごしに漏れ出した雷光が部屋の空気を震わせる。
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「ほんとに雷きたーー!?!?」
「耳を塞ぐことを推奨」
NULLは自動で耳栓が展開し、雷鳴から耳を塞いでいた。
AI兵士、こういうときズルい。
「ははっ、また電力インフラが焦げてるぞォ。やべー奴だなマジで」
だが、当の本人は満足そうに、雷鳴の余韻に浸っていた。
「おう、舞雷!30世紀でも俺の権能、まだまだ現役ってこった!」
「畏怖されるってのは、わァるくない!!」
雷神は、現代でも変わらず“恐怖と笑顔”を振り撒いていた。
遠くで雷が鳴っていた。
――否、遠くではない。
ナノシティ下層部の空気ごと焼き尽くすような雷鳴。
今しがたユピテルによって発生したものだった。
雷を背に笑う雷神を横目に、サタヌスたちが半笑いで耳を塞ぐ中。
OBSOLETEだけは、やけにしみじみとした顔で呟いた。
「それは怖いわ……ゼウスだよゼウス……」
誰にともなく、どこか遠い目をしながら。
「昔っから、機械が一番怖がるもんは雷だからね……」
フォウが不思議そうに瞬きをする。
「でも今の機械って、平気なんでしょ?」
サタヌスが応える。
「AI搭載型は基本、自動保存とか耐電処理入ってっけど……昔のはマジで死ぬ」
そのとき、OBSOLETEはふっと笑った。
「……あたしさ、転生前は“令和の普通のJKゲーマー”だったのよ」
「ある日、雷がゴロゴロ鳴っててさ」
「でも、どうせ落ちないってタカ括って、ゲーム続行したんだ――」
「…………やられたね」
レイスがすかさず手を合わせて追い打ちを入れる。
「ご愁傷さまです……」
OBSOLETEは続けた。
「セーブデータ全部吹っ飛んで、雷の音より親の声の方が怖かった」
「……ほんとに一番の敵は“雷”じゃなくて“親”だったかもね」
「なあに、雷はいつだって最強!――なァ、舞雷?」
その瞬間、どこからともなく空がバリバリと唸り声をあげ。
「舞雷」がまるで答えるように稲妻を走らせた。
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彼女の語り口は冗談めいていたが、瞳の奥には確かな“生々しさ”が残っていた。
転生してなお、雷は怖い。
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普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
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そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
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