思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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ELDORADO

ELDORADO-30世紀の雷神

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 外界に、異様なほど明るい声が響いていた。
 フォウがリュックを背負いながら、満面の笑みで言う。

 「今回はね、下層エリアのみんなが食べられる食材を、たくさん取ってくる遠足だからっ!」
 虹色の廃液湖を抜け、彼女が見つけたのは――
 ネオンピンクと紫が入り混じった、不気味に光る果実。
 「わぁ、キレイ!」
 フォウは瞳を輝かせながら、手のひらでその果実を転がす。
 表面はツヤツヤ、匂いはまるで桃。
 だがどう見ても、色味が“人間が食べてはいけないタイプ”のそれだった。
 「……あ、このフルーツいけるかも! NULL、スキャンお願いっ!」
 フォウはリュックから、ヒビの入った医療スキャナーを取り出した。
 ピピピ……と電子音。

 NULLの無機質な声が流れる。
 「分析終了。バラ科スモモ属小高木」
 「俗に“モモ”と呼ばれる果実が変異したものだ」
 「種子の構造=可食。色素=神経系毒素の可能性あり。
 中毒リスク:経口摂取で幸福幻覚発生率42%。
 推奨評価:“毒抜きを行い、水等で成分を薄めて摂取”することを推奨する」
 フォウは満面の笑顔で両手を叩いた。
 「やったぁ!桃ジュースにしよっ!リュック詰めとこっ♪」
 異形フルーツをどんどん詰め込む。
 リュックがみるみるうちにネオン発光体と化していく。

 その様子を、レイスは耳から廃液を垂らしながら見ていた。
 「……なあ、なんかさ」
 「地平線のナノシティがこっち見てドン引きしてない?」
 彼は耳をトントンと叩きながら、遠くの黄金の輪を見つめた。
 確かに、ナノシティを囲う巨大なドームの光が、いつもより“曇って”見える。

 サタヌスが肩にバスタオルをかけ、豪快にツッコむ。
 「ドン引きに決まってんだろ!」
 「虹色の廃液で泳いで、犬かき天使と毒フルーツ採ってんだぞ!?」
 「俺ら、幸福値測定器がブッ壊れる側の人間だって自覚しろよ!!」
 プルトはその隣で、石の上に腰を下ろしていた。
 濡れたローブを広げ、自然乾燥モード。
 ぼんやりとした笑みを浮かべながら、ナノシティを見上げる。
 「……自分たちで“外界”をこうしておいて、ドン引きするなんて」
 目を不気味に笑みを深め、地平線の光輪を眺める。
 「ずいぶん都合のいい“神様”たちですね、ふふ……」

 フォウのリュックから、ネオンカラーの異形フルーツが一つ転げ落ちた。
 湖面の毒液に落ちると、バチッと小さな電流が走る。
 「本日の収穫品……っと。ハイパー桃(幻覚リスク42%)。
 ブヨブヨ玉(爆発性あり)とパチパチナッツ(電撃効果)。」
 雷鳴が遠くで響いた。
 黄金の輪の中の幸福都市は、彼らを見下ろして黙っている。
 それはまるで、神々が人間のピクニックを“理解できずに”いるようだった。

 幸福庁・第3管理塔。
 冷たく白い監視室の中で、モニターが不気味な色を放っていた。
 映し出されているのは、外界――毒の湖。
 崩壊した都市、そしてそこを我が物顔で暴れ回る「不死身の異常者」たち。
 ADMINISは硬直した。
 「……これは、なんだ」
 画面内では犬かきしながら「ひゃぁ~~っ」と泳ぐフォウ。
 仰向けに浮かびながら耳から毒液をポタポタ垂らすレイス。
 その隣で雷をまとい、爆発的な勢いで泳ぐユピテル。
 さらに岸では、サタヌスがほぼ裸で腹を抱えて爆笑していた。
 石の上ではプルトが、天に魂を飛ばしたような顔で天日干し中。

 ……全員、生きていた。
 いや、“生きているような何か”になっていた。
 「……不死身だからって、やっていいことと悪いことがあるだろォッ!!」
 ADMINISは頭を抱え、思わず立ち上がる。
 「雷で煮え立つ湖にちいかわが浮いてるんだぞ!?
 俺の幸福値もエラー吐きそうだよッ!!」
 隣で淡々と端末を操作する部下AIが告げた。

 「ADMINIS様、映像にノイズが混入しております。
 クロノチームの幸福値=不定のため、最適化プロトコルが機能しておりません」
 「エルドラド様には共有いたしますか?」
 ADMINISは顔を上げた。
 目の下に深いクマ、眉間に皺。
 そして、諦めにも似た声で呟いた。
 「…………やめろ」
 「……あの女がこの映像を見たら“発狂”してゴールドクラッシュ起こす」
 金貨の雨が降る。銀行が吹き飛ぶ。市民が狂う。
 その未来を想像し、彼は深く息を吐いた。

 「この件は“俺の個人記録”としてアーカイブに入れとけ」
 「責任は……俺が取る」
 モニターに映るクロノチームの姿。
 まるで滅びの楽園でピクニックをする子供たちのようだった。
 人間離れした光景。
 幸福庁の定義を根底から破壊する存在。

 ――幸福値:測定不能。
 ――倫理値:下限突破。

 映像下部に自動で警告が表示された。
 《※視聴者の幸福値を激減させる恐れがあります。閲覧注意》

 タイトル:『工場廃液水泳部』記録者:ADMINIS
 彼は無言で、データを保存フォルダにドラッグ&ドロップした。
 “破壊ログ”というフォルダの中へ。
 そして、わずかに笑った。
 「……あいつらが壊してんのは、世界じゃなくて常識のほうだな」
 ――幸福庁の崩壊は、もう始まっていた。

 虹色に濁った草原が、かすかに蠢いていた。
 風も、音もない──ただ、地鳴りのような重低音が大地を這っている。
 「……来るぞ」
 サタヌスが斧を担ぎ上げた瞬間、地面が割れた。
 現れたのは――蹄が八本、頭が二つ。
 背中には青白く発光するコブが脈打ち、尻尾はムカデのようにうねっている。
 そしてその“口”が、空気を裂くように吠えた。
 「ウオオオオオモゥッ!!」

 ヴィヌスが顔をしかめる。
 「……たぶん牛って言ったわよね?足、八本あるわよ?」
 「たぶん牛だ!!」
 サタヌスは全力で主張しながら、斧を構える。
 「前に狩ったのはブタ(推定)だったんだよ!今度こそ牛だ!!」
 レイスは口元に笑みを浮かべ、煙草をくわえたまま指を上げた。
 「おー、スレイプニルみたいだな」
 フォウがきょとんと首をかしげる。
 「すれいぷにる……?なにそれ?」

 レイスが平然と講義を始めた。
 「スレイプニルはな、北欧神話の“八本脚の馬”だ。オーディンの愛馬で――」
 「今!戦闘中!!」
 ヴィヌスが爆発するように怒鳴り、剣を抜いた。
 「神話講座はあとにしなさい!!」
 雷光が空を裂く。
 稲妻のラインがヴィヌスの刀身を伝い、草原が一瞬で昼のように明るくなる。

 ユピテルはそれを見て、やけに楽しそうに笑った。
 「いいじゃねぇか!神話トークしながらバラすとか“文学的”でサ~」
 「斬るぞ舞雷!! 相手は牛タコだァ!!」
 雷と血が混ざり合う。
 大地が爆ぜ、モウニル(仮)の双頭が咆哮した。
 吐き出されたのは火でも、毒でもなく――稲光。
 「……うおおおおモゥ!!!」

 フォウが慌てて端末を構える。
 「スキャン中……! NULL、どう?!」
 端末越しにNULLの冷静な声が返る。
 「解析完了。対象:牛型異形獣(推定反芻類+多脚融合種)。
 通称《モウニル》。主な特徴――八脚、双頭、稲光発生器官あり。
 可食部位:背肉、太もも。頭部および毒胞部位は非推奨」

 フォウはぱっと笑顔になる。
 「やったぁ、お肉は取れるって!」
 「脚が多い分、可食部も……たくさんあるね!」
 その一言に、ユピテルとサタヌスが同時に反応した。
 「解体開始!!」
 雷鳴と笑い声が重なる。
 血しぶきが舞うたび、毒胞が青く光る。
 それは地獄の狩猟風景――いや、“幸福”を食らう者たちの祝宴だった。

 異形とはいえ、相手は六人。
 それも、ナノシティのエージェントをも蹴散らす規格外の面々。
 ウシ……のようなもの――モウニル(仮)――は。
 数分後には地面に大の字……いや、八本脚を投げ出し、白目を剥いて横たわっていた。
 雷と、斧と、刃と、毒と、天使と、酒の力が合わされば、もはや魔王でも逃げられない。
 サタヌスは肉食動物のような笑みで、ぶんぶんと斧を振り回す。
「よっしゃああああ!今日のメインディッシュ決定!!」
 レイスは煙草を吹かしながら、やれやれと肩を竦めた。

「部位ごとに焼き加減変えるから、火加減は任せたぞ~。
 ガイウスがいりゃ、焚き火班やらせんだけどなァ」
「……ったく、お前ら焼き肉屋かよ」
ユピテルは血飛沫を浴びたままニッコリとし、刀を肩に担ぐ。
「次はァ……心臓部だァ」
「牛タコにだって“ハツ”はあるだろォがよぉ!!」
「舞雷!狙いは一点、ビートきかせろォ!!」
 フォウが無邪気に問いかける。

「“ハツ”ってなに?おいしいの?」
「ハツは――」
「いいから解体手伝いなさい蛇男ォ!!!!!」
 雷鳴のようなヴィヌスの怒号が、草原の空に響き渡る。
 ユピテルは肩を揺らして笑いながら、もう一度刀を振った。
「なァ、ほんと……俺たち、遠足来ただけだよなァ?」
 その問いに、誰も答えなかった。
 いや、肉がすべてを物語っていた。

 外界遠足から帰ってきた彼らは居住区画へ。
 まるで戦利品のように巨大な肉塊を抱えて戻ってきた。
 天井のファンは軋み、照明は明滅を繰り返す中――。
「今度は牛?へぇ、豪勢な晩餐になりそうだね」
 OBSOLETEの言葉は冗談めいていたが、どこか嬉しそうだった。
“転生して以来の牛肉”、その価値を知る女の声だった。
「ユッピー見ろよ。お前ら、今日も安定の話題独占だぜ?」
 PATCH彼が指差すテレビの隅。
“L字型ニュース速報”が、ゴリゴリの警報テロップを流していた。

【速報】「外来危険個体“クロノチーム”、本日も市内目撃」
【市民への警告】「絶対に接触しないでください」
【AI警告】「雷属性個体:ユピテル・ケラヴノス 危険度:SSS」
【幸福庁コメント】「異常個体は極力近づかず、警備AIに通報を」

 ユピテルは、その画面を見て満面の笑みを浮かべた。
「いいぞ、いいぞォ……」
「そンなにビビり散らすなら――このコードユートピアでも、雷神になってやるよッ!!」
 壁ごしに漏れ出した雷光が部屋の空気を震わせる。
 ナノシティ下層部の空に、轟く落雷――警報が一斉に鳴り響く。



「ほんとに雷きたーー!?!?」
「耳を塞ぐことを推奨」
 NULLは自動で耳栓が展開し、雷鳴から耳を塞いでいた。
 AI兵士、こういうときズルい。
「ははっ、また電力インフラが焦げてるぞォ。やべー奴だなマジで」
 だが、当の本人は満足そうに、雷鳴の余韻に浸っていた。

「おう、舞雷!30世紀でも俺の権能、まだまだ現役ってこった!」
「畏怖されるってのは、わァるくない!!」
 雷神は、現代でも変わらず“恐怖と笑顔”を振り撒いていた。

 遠くで雷が鳴っていた。
 ――否、遠くではない。
 ナノシティ下層部の空気ごと焼き尽くすような雷鳴。
 今しがたユピテルによって発生したものだった。
 雷を背に笑う雷神を横目に、サタヌスたちが半笑いで耳を塞ぐ中。
 OBSOLETEだけは、やけにしみじみとした顔で呟いた。
「それは怖いわ……ゼウスだよゼウス……」

 誰にともなく、どこか遠い目をしながら。
「昔っから、機械が一番怖がるもんは雷だからね……」
 フォウが不思議そうに瞬きをする。
「でも今の機械って、平気なんでしょ?」
 サタヌスが応える。
「AI搭載型は基本、自動保存とか耐電処理入ってっけど……昔のはマジで死ぬ」

 そのとき、OBSOLETEはふっと笑った。
「……あたしさ、転生前は“令和の普通のJKゲーマー”だったのよ」
「ある日、雷がゴロゴロ鳴っててさ」
「でも、どうせ落ちないってタカ括って、ゲーム続行したんだ――」
「…………やられたね」
 レイスがすかさず手を合わせて追い打ちを入れる。
「ご愁傷さまです……」

 OBSOLETEは続けた。
「セーブデータ全部吹っ飛んで、雷の音より親の声の方が怖かった」
「……ほんとに一番の敵は“雷”じゃなくて“親”だったかもね」
「なあに、雷はいつだって最強!――なァ、舞雷?」
 その瞬間、どこからともなく空がバリバリと唸り声をあげ。
「舞雷」がまるで答えるように稲妻を走らせた。

「……データが“飛ぶ”って、ホントに“飛ぶ”の?」
「うん。天国にな」
 彼女の語り口は冗談めいていたが、瞳の奥には確かな“生々しさ”が残っていた。
 転生してなお、雷は怖い。
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