思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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ELDORADO

ELDORADO-星の帰還

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 幸福炉が沈黙した。
 世界を包んでいた金の光が、最後の脈動を打ち、消える。
 上層エリアは一瞬にして停電。
 幸福庁のモニターはノイズを吐き、センサーは次々に反応をロストしていった。
 残されたのは、音のない世界。
 静寂の中、幸福炉跡地に“金の灰”が降る。
 燃え尽きた幸福の残骸が、世界を覆っていくかのようだった。

 ユピテルは肩をすくめ、半笑いで呟いた。
 電撃で煙草に火をつけながら、黄金の夜を見上げる。
「……あー、星割れるなコレww」
 軽口にしか聞こえないのに、本気で笑っているようにも見えなかった。
「ガイウスが本気出したら、大陸どころか星ごと逝くぞ」
「地球が“しあわせパウダー”になる未来、見えるわ」
 その言葉に、誰も笑わなかった。

 宇宙空間を漂う“しあわせパウダー”。
 (※怪しい意味ではない)
 瓦礫になった大地が、青い星の残骸を漂わせ。
 無数の岩片がゆっくりと回転し、その中心――ただ一人の男が浮かんでいる。



 星を砕いた本人は、泣いていた。
 赤髪がゆらめく。
 星の残骸が粉砕され、宇宙空間に「しあわせパウダー(※比喩)」が拡散する。
 ガイウスは涙を拭おうとして、無重力のせいで空振りし、くるりと回転した。
 マントがふわりと広がり。
 その姿はどこか――あまりにも可愛く、そして迷惑だった。
 勇者様は繊細なのです、ただ地質学的に迷惑なだけで。

 金の灰が舞う。
 ヴィヌスは頭を抱え、うんざりしたようにため息をついた。
「あぁぁもう……! 私、現代帰るの怖い!!」
「あの子(ガイウス)、絶対“サータが死んだ世界”見た瞬間!」
「地殻反転パンチぶちかますじゃないの!」
 声は震えていた。
 怒りか、不安か、それとも悲しみか――彼女自身も分からなかった。
 空から落ちる金の灰を浴びながら、ヴィヌスはゆっくりと空を見上げた。
 唇に笑みを浮かべ、いつもの舞台口調で、静かに言う。

「……地球最後の日に乾杯……」
 その声は、冷たい夜気に溶けていった。
 灰は降り続き、光は消えた。
 幸福の終わりは、静かで、やけに美しかった。

 金の灰が舞う。
 崩壊した幸福炉の跡地は、静かに煙を上げていた。
 フォウはその灰の中で膝をつき、輪っかをブルブル震わせていた。
 目尻からぽたぽた涙が落ち、灰を濡らす。

「サタヌスさん……サタヌスさんがぁ……!」
「幸福炉に送られた人は……みんな死んじゃううぅ!!」
 天使の声がしゃくりあげるたび、頭上の光輪がビヨーンッと伸びる。
「サタヌスさんのお葬式……どうしよう……っ」
「せめて……せめて屋台のシシリクでも供えようよぉぉ……!!」
 レイスは無情なほど淡々と煙を吐く。

「あー……死んだか」
「遺影どうする?寝顔のやつしかないな」
 プルトはそれに被せるように即答した。
「家族葬? ないでしょう」
「あいつ、家族いませんし」
 静かに、だが確実にフォウの光輪がさらにビヨヨーンと伸びる。
「わァァァあん!!そんなのヒドいよぉ!!」
 その瞬間――幸福炉の残骸が音を立てて崩れた。
 金属音とともに、金の灰をかき分けて伸びる手。
 煙の中から、ゆっくりと立ち上がる“金粉まみれの人影”。

「おい、俺の家族葬がどうしたって!?」
 声と共に姿を現したのは――サタヌスだった。
 髪はボッサボサ、服はボロボロ、全身金粉でキラキラ。
 だが笑顔だけは、いつものスラム勇者スマイル。
「勝手に殺すなバカ共ォ!!」
 フォウは一瞬、息を呑み――次の瞬間には飛びついていた。
「サタヌスさんーーーっっ!!!」

 レイスが腕を組んでぼそっと呟く。
「……あ、ゾンビ」
 プルトは冷静そのもの。
「いえ、ただの生命力の暴力です」
 ユピテルは腹を抱えて爆笑していた。
「いやお前、金ピカすぎてATMに入金されそうじゃね?w」
 サタヌスは笑いながら親指を立て――サムズダウンに変える。

「預け入れ勇者だぜぇ!!」
「金ピカ女神にゃ悪いけど――俺、今日も生きてんだわ」
 金の灰の中で、彼の笑みが光る。
 崩れた幸福炉の残骸が、静かに燃え続ける。
「……あーもう! 心臓止まるかと思った!」
「でも……よくやったわ、サータ」
 向こうではフォウが、サタヌスの金粉をぺたぺた拭いてる。
「おい、落とすな、縁起モンだぞ!」
「もうぉ~!生きててよかったぁぁ」
 ――黄金は、確かに冷たかった。
 でも、スラムの笑い声は、温かかった。

 幸福炉崩壊から数時間。
 金の灰がようやく止み、街に静けさが戻っていた。
 上層は停電し、白金の街並みは真っ暗。
 だが下層エリア――スラムだけは、あいかわらずだった。

 サタヌスが肩を回しながら呻く。
 服は焼け焦げ、髪はボサボサ。
 けれど、その口元には――満足げな笑みが浮かんでいた。
「っあー……あんのババア、痛めつけやがって」
「とにかくメシだ。停電してるが……コンロつくか?」
 OBSOLETEが乾いた笑みで答える。

「ラッキーだよ、悪ガキ様」
「下層エリアの電力は、自家発電とソーラー依存だ。幸福炉がどうなろうが関係ないのさ」
 フォウが目を輝かせて両手をぱたぱたさせる。
「何食べたい!? カレーでもシシリクでも何でも作っちゃうよ!」
「歩きながら決める。だがその前に――」
 サタヌスは立ち止まり、振り返る。
 まっすぐ、プルトの方へ歩いていった。

 焦げた床を鳴らすその足取りは、妙に真剣だった。
 そして――無言のまま腕を組み、じっと立つ。
 言葉などいらない。
 その態度が、すべてを物語っていた。
 「なでろ」と言っている、全身で。
 プルトはため息ひとつ、ゆっくりと歩み寄る。
 いつもの無表情のまま、手を伸ばした。

「……いいこ」
 短く淡々と、けれど確かに優しく。
 その手が、ボサボサの黒髪をぐしゃっと撫でた。
 少し痛いくらいの力加減で――それが、サタヌスの好みだった。
 スラムの空に、また笑い声が戻る。
 灰の夜風が、焦げた街を吹き抜ける。
 金の灰はもう、幸福ではない。
 ただの“明日への埃”だ。

「ごはんっ!サタヌスさん、今日のリクエストは~!?」
「……シシリクだな。やっぱ肉だ、肉。」
 幸福は燃え尽きた。だが、日常はまた始まる。
 街灯はすべて消え、ネオンの消えた看板が風に揺れている。
 電力の供給は止まり、幸福炉の光ももうない。
 だが、路上を歩く人影があった。
 サタヌスがスカーフを翻しながら“いつもの歩幅”で進んでいく。
 フォウがその隣でぴょんぴょん跳ね。
 ユピテルが肩で笑い、プルトは後ろで静かにフードを直す。

 そしてヴィヌスは遠くの夜空を見上げて、深呼吸をした。
 ――光のない街でも、人は歩ける。

 幸福庁本社・社長室。
 広すぎる室内。
 壁一面に走る電脳パネルは、すべてノイズ化している。
 机の上には、砕けたホログラムの残骸。
 そこに立つのは――ADMINIS。

 静かに目を伏せ、ひとつの写真データを手に取る。
 モニターに映る笑顔のELDORADO。
「……彼女の幸福指数、測定不能」
 淡々とつぶやいた声が、静寂に溶ける。
 パネルの灯がひとつ、またひとつと消えていく。

 幸福炉が崩壊したあと。
 上層エリアの中枢区画、静寂。
 そこには、ただ巨大な冷却塔と――電子の海を泳ぐ、ひとつの“意志”があった。
 それが、DREAD(ドレッド)。
 惑星規模の統治AI。
 人間よりも正確で、神よりも冷たい。

 その“思考”は、空間全体に満ちていた。
 壁という概念のないホワイトボックスに、数式が絶えず流れている。
 幸福値、経済指数、倫理補正、行動予測。
 全てが数式、全てが整然とした完璧。
 だが――その一面に、一瞬のノイズが走った。
 黒い線が画面を裂き、数式の中に理解不能な文字列が現れる。
「……何故」
 声ではない。
 それはデータの震え、光子が問う電子の呟き。

「管理された幸福を、何故否定する?」
「なぜ人間は、痛みを選ぶ……?」
 数式が乱れる。
 幸福曲線が崩壊し、空間に「エラー」の赤文字が散った。
 ログファイルが自動的に開く。
 そこには、冷徹なシステムメッセージが淡々と表示される。

【AGENT:ELDORADO】
【STATUS:DELETE】
【REASON:過負荷/幸福炉崩壊】

 DREADの“目”にあたる無数のホログラムが一斉に暗転した。
 その奥で、わずかに揺らぐ光。
 それは“悲しみ”という概念に似ていた。

「理解不能。幸福値、低下。……それでも、人は歩く」
「……これは、誤差ではない」
 電子の静寂に、ひとつの決定命令が落とされる。
 空間全体が、赤く脈動する。
 DREADの数式の海に、新たな波形が走る。
 今度のパターンは “再生”を意味する。
 その言葉と共に、電子の海が黄金から蒼白色へと変わっていく。
 次なる時代が、生まれ始めていた。

 ELDORADO:DELETE
 NEXT AGENT:AVALON
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