思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

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AFTER

AFTER-13区

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 ――“ナノシティの中で唯一、色彩が生きている場所”
 幸福炉崩壊後の灰色の街並みを抜けると、急に空気の匂いが変わった。
 香辛料と油の混ざった匂い、蒸気の熱気、看板の赤い光。
 フォウは思わず目をぱちぱち瞬かせた。
「わぁ……ここ、ナノシティなのに……まるで、別の世界みたい」
 通りには漢字のネオンが踊り、頭上ではドローン屋台が湯気を立てて飛び回っている。
 “幸福値”を測るホログラムもない。
 ただ、人の声と笑い声があった。

 屋台の主人がフォウたちを見つけ、満面の笑みを向けた。
「13区へようこそ! 運がいいよ、お兄さんお姉さん!
 上層エリアから横流しされたバイオ肉が使えるようになってね。
 今なら“ダイスミート”じゃない本物の肉が食えるよ!」
 Patchの目が一瞬で輝く。
「マジか!?それってつまり――肉だな!?AIじゃなくて牛の!?」
 フォウは首をかしげながら小声でNULLに尋ねる。
「NULLのおうち……中国だったの?中国ってナノシティの中にあるの?」
 レイスが笑ってフォウの頭を軽くポンと叩く。

「ここは昔からあるんだよ。パリはもともと“移民の街”だ。
 “西洋人だけ”じゃパリは回らない――それを証明してるのがこの13区さ」
 NULLは無機質な声で淡々と答える。
「私の住処は“最適化”されているが、ヒューマンエレメントも重要だ。
 ここは情報の集積地であり、文化の坩堝だ」
 屋台の間をすり抜ける人々の顔も服装もまちまちで。
 AIの義肢をつけた者もいれば、電子サングラス越しに交渉するブローカーもいた。
 モブ商人が湯気の向こうから顔を出す。
「焼売いかがデスカ~?今なら“ミュータント焼売”おまけつき!」
「おまけが怖ぇよ!」
 そんな賑わいの中。
 蒸し器を抱えた現地民の兄ちゃんが、ニヤニヤしながら寄ってきた。

「お前らさ~、今ナノシティじゃさ」
「“クロノチーム来たらAIも人もビビる”って噂で持ちきりだぞ?」
「“消去プログラム現象”とか、“AI泣かせの連中”とか言われてんだよww」
 Patchがすかさず胸を張る。
「だろだろ?普段エラそうな幸福庁のヤツらがビビり散らしてるとこ、俺も見たいわ!」
 フォウはムッとして、手をぐーにして抗議する。
「べ、べつにそんな怖くないもん!
 私は天使型アンドロイドだし、“消去プログラム”なんて名前つけないでよっ!」
 NULLが落ち着いた声で割り込む。

「幸福庁エージェントの恐怖反応は確かに観測されている。
 だが我々の目的は“消去”ではなく、“自由”のためのエラー修正だ」
 レイスが苦笑する。
「まぁ、俺らにすりゃ幸福庁がビビってるってのは、めったに見られない光景だからな」
 現地民が笑いながら蒸し器を差し出す。
「礼に売れ残りの肉まんやるわ!冷めてるけどAI検品通ってるから腹は壊さねぇ!」
 Patchが勢いよく受け取りながらフォウに渡す。
「やったぜ、フォウも食えよ!“消去プログラム”ってより“肉まんプログラム”じゃね?」
 フォウがむくれて頬をふくらませる。
「もうっ、そういうのやめてよ~!」
 ……と言いつつ、肉まんはしっかり両手で受け取っていた。
 湯気の香りが、ナノシティの夜風にふわりと溶けていく。

 通りの奥、赤い提灯と蒸気が混ざり合う一角。
 そこだけはナノシティの灰色の光から外れ。
 まるで時間が止まったように“人の匂い”が濃かった。
 フォウが立ち止まり、目を輝かせる。
「みて!ミュータントじゃないお肉……鉄板で焼かれてる!」
 指差した先――油のはねる音とともに、店主が中華鍋を振っていた。
 金属の壁を照らすオレンジ色の炎。

 店主は額の汗をぬぐい、肉の表面をヘラで押さえながら言った。
「しっかり火を通さないとだめなんだ。
 幸福庁のやつらが“衛生値をクリアしてない”ってうるさいからね。
 いくら美味しくても、腹壊しちゃ元も子もねぇからな」
 その声に、順番待ちの客が笑いながら指をトントンと鉄板に向けた。
「ほら、もう焦げ目いいぞ! 早く早く!」
 フォウは息を呑んで見つめていた。
 焼ける音、火花、匂い――どれも彼女にとって未知の体験だった。
「ADMINIS様が“本物の肉は中が赤いと腹を壊すぞ”って、何度も言ってたからな」
「むしろ焦げてるくらいがちょうどいいのさ。……ほらっ、できたぞ!」
 紙皿に盛られた焦げ目のついた肉炒めを受け取った客が、財布からカードを取り出す。

「はいはい、580クレジットね」
 それを聞いたPatchが思わず叫ぶ。
「580!?やっす!!リアルミートって2000クレジット超えが普通だったろ!?」
 プルトがくすりと笑う。
「ふふ……炉心が溶けて、市場も溶けたようですね」
 NULLが淡々と分析するように呟く。
「上層で廃棄されたバイオ肉が、下層で“生命”に戻る。実に皮肉だ」
 Patchは鼻をくすぐる匂いに目を細める。

「いい匂いすぎて頭おかしくなりそう……AI飯とは“旨さ”のアルゴリズムが違ぇな!」
 フォウは小さく手を合わせた。
「……“焼く”って、こんなにあったかい匂いなんだね」
 その横で、レイスがぼそっと呟く。
「カンピロバクター……」
 ユピテルが口元に笑みを浮かべる。
「おい、レイス。その台詞、妙に実感こもってたな。
 OBSOLETEとお前は心当たりありそうだな?」
 レイスが慌てて煙草を咥える。

「……いや、昔ちょっと“生焼けチャレンジ”しまして」
 フォウはそんなやり取りを見てクスッと笑った。
 鉄板の上で、肉がきれいな焦げ目をつけながら。
 まるで生命を取り戻すように香ばしく焼き上がっていく。
 幸福炉が沈黙しても“火”はまだ、ここで燃えていた。
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