思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

文字の大きさ
56 / 90
AFTER

AFTER-生きてる味

しおりを挟む
 路地裏のネオンが滲む夜の13区。
 レイスがふと立ち止まり。
「前来たときはなかった店、増えてるな」と、ぼそり。
 PATCHが人だかりに気付いた。
「なあ、あの店って前からあったっけ?」と指差す。

 通りの一角に、行列ができていた。
 その先では、巨大な肉の塊がじりじりと回り続け。
 香ばしい煙と油の匂いが、灰色の都市に“生”の熱を呼び込んでいる。
 中東系の店主が手際よく肉を削ぎ落とし。
 焼きたてのパンに、たっぷりの野菜と一緒に挟み込んでいく。
 待っている人々の目は、どこかギラギラしていて。
 “管理”も“幸福値”も関係ない、素の“食欲”そのもの。

 フォウがきょとんとした顔で見上げる。
「あれ、なに?」
 サタヌスが満面の笑みで即答する。
「ケバブ!肉と野菜をパンにぶっこんで、スパイス効いてて最高!」
「PATCH、早く買ってこい!行列短いうちが勝負だぞ」
 PATCHは「ケバブってなんだ!?名前からして強い!めっちゃうまそうだぞオイ!」と
 財布を握りしめて飛び出す。

 店主は豪快に肉を切り分けながら。
「いらっしゃイ!フランス語は苦手ネ。でも、味は絶対負けないヨ」
「パンに挟む?ライスにする?日本式も作れるよ!」
 目尻の皺まで笑いながら、異国の言葉が混じった声が夜の路地に響く。
 PATCHはメニューに目を泳がせてから。
「え~…わかんねぇ!とりあえず一番人気で!」と元気よくオーダー。
 店主は肉をたっぷり挟んだケバブを紙で包み、PATCHに手渡す。

「なんだこれ、うめぇ!?」
 PATCHがケバブを一口かじるたび、目を丸くして叫ぶ。
 口元も手もスパイスと肉汁でベトベト、けれど、そんなこと気にもならない。
「たぶん初めてケバブ食べるやつ、みんなこういう顔すんだろうな」
 サタヌスがどこか満足げに笑う。
 13区の喧騒も、管理も忘れて“ただの人間”になっていた。



 フォウはふと足元に視線を落とす。
 自分たちの周りには、食べ終わったケバブの包み紙、油で染みた紙ナプキン。
 空き缶や使い捨てスプーンが無造作に転がっている。
「ひろわないの?」
 フォウが素直に訊ねる。
 レイスが煙草をふかしながら答える。
「拾わなくていい。これも誰かの仕事になる」
 その言葉の向こう。
 薄暗い路地の壁際を、古びたカートを押した老人が通りかかる。
 足元の紙くず、油に濡れたケバブの包み紙。
 そしてさっき誰かが無造作に投げ捨てた空き缶。

 老人は誰に呼ばれるでもなく。
 当たり前のようにその缶を拾い上げ。
 カートの中の大きな袋に静かに放り込んだ。

 誰も声をかけず、誰も驚かない。
 都市のどこかで“誰かが捨て”、“誰かが拾う”。
 ――それだけの、当たり前の風景。
 フォウはその背中をじっと見つめ。
 “都市の生命線”がこうしてつながっていることを初めて理解する。

 ケバブの包み紙は、ここに誰かが食べて生きた証。
 そして顔も知らぬ誰かが、それを拾ってまた生きていく。
 管理も、幸福も、そうして「生きる」を繋いでいく。
 フォウはもう一度、足元のゴミと。
 屋台の灯りと、目の前で頬張る仲間たちを見比べた。
 “生きている”って、案外こういうことかもしれない。

「ケバブ、食べたい……」
「これからNULLんち行くンだぞ、天使ちゃン? 点心で我慢しな」
「うぅ~……」
 フォウは完全に駄々っ子の顔。
 首根っこを掴まれて、ずるずるとユピテルに引き摺られていく。
 通りすがりの屋台の人たちが笑っていた。
 その頭上で、突然ホログラム看板が煌々と点滅した。
 ピカピカの中華フォントが回転し、AIボイスがギンギンのテンションで鳴り響く。

「点心のテイクアウトはいかが?
 AI兵でも食えるエナジー餃子がおすすめ!
 本日限定!発光ミュータント焼売!サイバー水餃子!謎肉まん!
 全種セットで幸福値+10デス!!」

「うっわ、ギラギラしてんなー! 逆に食欲湧くわ!」
 モブ商人がにこやかに割り込む。
「お兄さん、お姉さん! AI割引もOKヨ!ラッキー餃子当たれば幸福値+10!
 今ならフォーチュンクッキーつけるアルヨ!」
 Patchがテンション上がってスマホを取り出す。
「おっ、ここの餃子マジで旨いぞ!
 カプセル餃子、油少なめにしてもらえんのがイイんだよ!」

 ユピテルが半眼で呆れる。
「……お前、さっきまで“AI飯は味が無ぇ”とか言ってなかったか?」
 だってここ、味のアルゴリズム更新してんのよ!
 3.1パッチで“焦がしニンニクプロトコル”入ったらしいぜ!」
「……プロトコル、って味のことなんだね」
 Patchは屋台ロボのホログラムに向かって親指を立てた。
「みんな分まとめて買っとくから、俺んちで食おうぜ!」
 AI点心ロボが喜々として反応する。

「オーダー確認! チーム“CHRONO”様ご来店ありがとうございます!
 特別メニュー“幸福庁非対応餃子”をお包みします!」
 NULLが腕を組み、モニタ越しに呟く。
「AIでも消化できるなら、私も“最適化”してみよう」
「お前が食ったらエネルギー効率上がりすぎて爆発すンぞ」
「いーじゃん、爆発したらそのまま“エナジー餃子”の宣伝になんだろ?」

 レイスが苦笑しながら煙草をくわえる。
「……お前ら、文明崩壊後のナノシティでよくそんな元気出るな」
 フォウは包みを大事そうに抱え、ほかほかの湯気を眺めながら微笑んだ。
「……“幸福値+10”って、ほんとに上がるかも」

 パリ13区の裏通り。
 屋台の喧噪が遠ざかると。
 湿ったコンクリートの匂いと排気の熱気が支配する空間に変わる。
 建物の隙間を縫うように張り巡らされたケーブルの先。
 ひとつだけ異様に光を放つ塔が立っていた。

 それが、NULLの拠点だった。
 無骨なタワーコンピュータ群が並び、ケーブルが床から壁まで這っている。
 だが、冷たく機械的な空間のはずが――どこか、あたたかい。
 原因はすぐに分かった。
 排熱装置の上で、野良猫が丸くなっていたのだ。

「猫まで“AIの恩恵”受けてるじゃねぇか」
 NULLは無表情のまま返す。
「高さがあるのと、排熱で暖かいらしい。猫目線では天国のようだ」
 フォウは目を輝かせながら、コンソールの光を見回す。

「わァ……だからNULLは物知りなんだね」
 NULLは、無機質な声で淡々と応じた。
「私はここで毎日、市場や幸福庁の動向を調べている。
 AI兵の本業は索敵。単純タスクであれば、人間の処理速度を越えることも可能だ」
「そっか……探すのが得意なんだね」
 レイスがテーブルに肘をつき、タワーPCのモニターを顎で指す。

「そういや、あの太陽さん(ELDORADO)」
「社長だったよな?NULL、株価見せて」
 レイスの声に、NULLは淡々とターミナルを叩く。
「了解。これが現在の株価チャートだ」とウィンドウを拡大表示する。
 画面いっぱいに真っ赤なローソク足グラフが連なり。
 右肩下がりのチャートが止まることなく下へ突き刺さっていく。
「主要銘柄:幸福庁グループ、ELDORADO財閥、ナノシティ証券」
「――いずれも本日ストップ安で取引停止」
「インデックスは前日比マイナス27パーセント。サーキットブレーカー発動中」



 ヴィヌスが画面を覗き込み、口元だけに冷たい笑みを浮かべる。
「……燃えてるわね♡」
 グラフの背景に、火花のエフェクト。
 “HALTED”“SUSPEND”の赤い警告ウィンドウがポップアップする。
 ユピテルが茶化すように肩をすくめる。
「投資家の幸福値、0どころかマイナス突入だなァ」
 レイスが苦笑いで「火葬場で焼かれてもこうは下がんねぇぞ」と呟く。

 NULLは無表情のままグラフの一角を指差す。
「唯一、プラス成長なのは……猫の幸福値チャートだ」
 タワーPCの上、トラ猫が無防備にあくびをしてまた丸くなる。
 レイスは煙草をくわえ、ふっと笑った。
「……ま、株も戦争も、上がる時より落ちる時のほうが人間らしいってな」
 猫が「ニャ」と短く鳴き、排熱ファンの上で伸びをする。
 NULLはちらりと見上げて、静かに言った。
「株価は下がり続けても、猫の幸福値は安定しているようだ」
「……そりゃ、人間より最適化されてるからな」

「ふふ、そうね。“生きる”ことに関しては、猫の方が賢いわ」
 タワーの熱で眠る猫たち、データの渦を見つめるAI。
 崩れゆく市場で、唯一“穏やか”なのは、彼らの呼吸音だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安
ファンタジー
ごく普通のフリーター・岩倉運命は謎の少年に刺され、命を落としてしまう。そんな岩倉運命だったが、サダメ・レールステンとして転生を果たす…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...