思考終端-code:UTOPIA

兜坂嵐

文字の大きさ
57 / 90
AFTER

AFTER-未来の点心は脳波で買え

しおりを挟む
 NULLが背後で淡々と告げる。
「私はここで幸福庁の動向をチェックする。PATCHの家に向かえ」
 レイスが片手を上げて、振り向かずに返す。
「はいはい、頼むぜサーチ担当」
 ほんの数歩進んだところで、通りの片隅に奇妙な自販機が立っていた。
 赤と金のデザイン。やけに艶っぽいフォントで“AI点心”と書かれている。
 上部のホログラムには、湯気の立つ肉まんと笑顔のロボがくるくる回っていた。
 レイスが眉をひそめる。

「……なんだこの無駄に陽気な機械」
 注文はタッチパネル式。
 だが、近づいた瞬間、パネルがふっと光り、AIボイスがハイテンションで喋り出した。
「ようこそ点心の殿堂へ!
 迷っているあなたの“幸福度”をAIがスキャンします!」
 PATCHが笑う。
「うわ、出たよこれ。選ばせる気ゼロのタイプ」
 レイスが「何にしようかな」と指を動かしかけた時。
 パネル上部のセンサーがじわりと青く光った。
「脳波スキャン開始――」
「おい、勝手にスキャンすんな!」
 と抗議する間もなく、AIが元気よく結果を宣言する。

「今のあなたに最適な点心は――“カスタードまん”です!幸福度予測97%!」
「……は?」
 レイスが顔をしかめ、即ツッコミを入れる。
「違う……!俺は甘党じゃねぇし!!」
 ヴィヌスが肘をついて、わざとらしく微笑んだ。
「あら、意外と可愛いとこあるじゃない。
 レイス、カスタードまん好きだったの?」
「ちげーっての!俺は“肉まん”派だっつの!」と叫び。
 強引に肉まんのボタンを押した。

 AI音声が明るく応答する。
「“反抗期モード”検知。おすすめ変更をキャンセルします!」
「……誰が反抗期だ!!」
 彼は受け取った肉まんを片手で雑に開封しながらぼやく。
「師匠(アモン)が好きだっただけだ……AIの誤作動だろコレ!」

 ヴィヌスが首をかしげ、唇に指を当てた。
「“師匠が好き”を想像してたら、そのまま脳波スキャンされたのね。
 AIの親切、便利なようで不便だわ♡」
 フォウが小首をかしげながら、純粋な瞳で言った。
「じゃあ、レイスさんがカスタードまん嫌いなら、私がもらう!」
 レイスは溜息をつき、半分笑いながらそのカスタードまんをフォウに手渡した。
「……どーぞどーぞ。俺は“肉”だ、“肉”!!」
 
 次はPATCH。
 腕を組み、真剣な顔をしていた。
「うーん……餃子にするのは決まってんだけど。
 何味か悩むなー。ま、せっかくだし“スキャン”来るまで待つか!」
 レイスが煙草をくわえたまま眉を上げる。
「お前、自販機に人生相談すんのかよ……」

 PATCHは気にも留めず、タッチパネルの前で仁王立ち。
 10秒、20秒……その時――AI音声が上機嫌に鳴り響いた。
「スキャン完了――あなたの現在の疲労度を分析し。
 カプサイシン摂取による新陳代謝促進が推奨されます。
 本日のおすすめ:四川風麻辣味餃子!」
 PATCHは、無表情のまま購入ボタンを押した。

「……よし!」
「PATCH、ああ見えて一番サイバー屋台と相性いいな……」
 ユピテルが遠くからニヤつきながらコメントを投げる。
「単純思考、最適化適性MAXってヤツだな」
 PATCHは熱々の餃子袋を片手に掲げ、ドヤ顔で一同を見回した。
「悩むだけ時間のムダ!AIが推すなら、それ食って“新陳代謝バフ”もらっとくわ!」
 AI点心自販機の前。
 虹色の光が路地を照らし、湯気と電子音が混ざり合う中。
 フォウは目をキラキラさせながら前を行ったり来たりしていた。

「全部おいしそうだなぁ……ひとつに選べない……」
 パネルの前を右へ、左へ。
 悩むこと10秒、さらに20秒――。
 すると、自販機の上部が突如“虹色にピカピカ”と光りはじめた。

「おすすめ判定中……判定中……。
 ユーザーの購買意欲が多数同時に検出されました。
 複数の“幸福値MAX”メニューを提案します――」
 画面いっぱいに点滅する“おすすめ”アイコン。
 餃子、焼売、肉まん、カスタードまん、チャーシューまん、果ては“AI割引点心”まで。
 ――すべて“オススメ”。
 ヴィヌスがくすくす笑いながら肩をすくめた。

「さすがフォウ、AIも選択肢絞り切れなくて困ってるみたいね♡」
 フォウは目を輝かせ、両手を合わせた。
「やったぁ! じゃあ……おすすめ全部ください!」
 PATCHが腹を抱えて笑う。
「それただの“全種類買い”だろ!でも、たまにはいいか!」
 レイスは呆れたように煙草をくわえる。
「……エラーズの名は伊達じゃねぇな。AIもお手上げだ」とぼやく。

 その横で、サタヌスが屋台に突撃してきた。
「あー!フォウが大人買いしたから俺スキャン体験できなかったー!」
 プルトがジト目で即座に刺す。
「したかったんですか?お前……」
 サタヌスは鼻をかきながら、照れ隠しのように呟いた。
「だって、興味あるじゃん?
 AIが“お前に合う点心”選んでくれるとか、ちょっとワクワクするじゃんかよ!」
 PATCHがその言葉に笑いながら袋を整理する。
「AI点心童貞かよ、お前。まぁ次は順番な」

 フォウは点心の山を前に、ほわほわと悩んだ顔になる。
「うーん、買い過ぎちゃったかも……。
 オブ祖さんも呼んで、みんなで食べようよ!」
 ヴィヌスがぱっと手を叩く。
「いいわね。それならついでに聞くけど、あの人、何が好きなの?」
 PATCHは餃子袋を抱えながら答えた。
「姐さん、小籠包好きなんだよなー。
 あの“じゅわ~”ってスープ出てくる感じ、めっちゃ好きらしい」

 PATCHは自分の分を手に取りながら、苦笑いする。
「俺は苦手。うまいけどさ、あちぃじゃん?
 油断して食うと口ん中ベロベロにやられんのよ」
 ヴィヌスは楽しげに笑い、フォウの頭を撫でた。
「じゃあ、姐さんには小籠包多めで盛り付けておきましょ。
 ……PATCHは四川餃子ね、“辛いものは汗をかくために食べる”んでしょう?」
 フォウはコクコクと頷きながら、包みを抱えた。

「うん、みんなで分ければ、いっぱいあっても楽しいもん!」
「……いや、あの量は物理的に食い切れねェだろ」
「幸福値MAXの先に、満腹値MAXが見えるぜ……」
「それも悪くないでしょ?この街で“満たされる”なんて、贅沢なことよ」
 AIはフォウの欲を“エラー”と呼び、仲間たちはそれを“幸福”と呼んだ。
 ナノシティの夜に、湯気と笑い声がひとしずく、こぼれた。

 パリ地下鉄――閉鎖されたホームの奥、錆びた線路とジャンクの山。
 天井から吊るされた照明はバッテリー駆動、ちらちらと不安定な光を放っていた。
 PATCHの家――それは、廃線の終着駅を改造したハッカー基地。
 脇には屋台で買った点心の包みが山積みになっていた。
 フォウが両手いっぱいに点心を抱えながら入ってくる。

「わぁ……なんか、すごいにおい! 機械とごはんの匂い!」
 レイスが周囲を見渡し、思わず口笛を吹いた。
「ここがお前んち? まるでハッカーの家じゃん」
 PATCHはあっけらかんと笑って肩をすくめる。
「いや、ハッカーだぞ俺?」

 ヴィヌスが素で二度見し、思わず声が裏返った。
「は!!?そんなバカなのに!?」
 わりと本気のトーン。
 プルトがジト目で腕を組む。
「“バカは隠れ蓑”ってやつですね……?」
 NULLがモニター前で静かに分析を述べる。
「幸福庁との戦いにおいて極めて有益なスキルだ。なぜ今まで伏せていた?」
 PATCHは頬をかいて、照れくさそうに笑った。
「え~?だってさ、大ピンチの時だけ“かっこよくなるやつ”ってさ。
 一番カッコいいじゃん?ドーン!って決めたかったんだよなー」
 フォウが目をキラキラさせて手を叩く。

「すごーい!PATCHって、いろいろ出来るんだね!」
 サタヌスが点心を口いっぱいにほおばりながら叫ぶ。
「俺もハッカーごっこしたい!」
 ヴィヌスは呆れ顔でため息をつく。
「カッコつけてる暇があったら、次からは早めに助けなさいよ?」
 レイスが苦笑して肩をすくめた。
「ま、頼りにしてるぜPATCH。次の“ドーン!”はちょっと早めに頼むな」

 ホーム中央に置かれた丸テーブルの上には、それぞれの“推し点心”がずらりと並ぶ。
 四川餃子、発光焼売、カスタードまん、小籠包、謎肉まん。
 パリの地下とは思えないほど、温かく賑やかな空気が満ちていた。
 PATCHはジャンクパーツを寄せ集め、数分で「自動餃子あたため機」を組み上げた。
 コンセント代わりに使っているのは、旧式の鉄道電源ケーブル。
 点心を入れると、ランプが光り、ゆるく湯気を吐いた。

「ほら見ろ、完璧だろ? DIYってのは勢いが命!」
 ユピテルが半笑いで突っ込む。
「いや、勢いだけで電力繋ぐなよ。マジで爆発すンぞ」
 PATCHはケラケラ笑いながらPCの前に座り、キーボードを叩いた。
「ちなみに、みんなのデバイス、幸福庁の追跡アプリ抜いといたから!
 今夜だけは好きに食って、好きに笑えよ。
 明日からまた大変だけどさ――“今”はウチが一番自由だぜ!」
 彼の言葉に、一瞬だけ場が静かになった。
 ヴィヌスがそっと微笑んで、頷く。

「……バカだけど、本物ね」
 レイスが煙草の煙を吐きながら、小さく笑った。
「やっぱ下層は、面白ぇ連中の宝庫だな」
 NULLは端末を閉じ「幸福値:測定不能」と呟いた。
 笑い声と蒸気が地下のトンネルに響く。
 幸福炉の光が消えた世界でも、人間たちはこうして“夜”を、作り直していた。

 賑やかな地下鉄ホーム。
 古い線路の上に並べられたテーブル。
 湯気を上げるサイバー点心、笑い声、そして金属の響き。
 PATCHはみんなに焼売を配りながらPCラックに腰をかけ、ターミナルを開いていた。
 指先がリズミカルにキーボードを叩き、青い光が彼の横顔を照らす。

「これおいしい!PATCHくんすごい!」と無邪気に笑う。
 その明るさが、暗いホームに灯りをともしていた。
 ――ただ一人、プルトを除いて。
 彼女はその賑やかさの中で、静かに視線をPCラックの奥に滑らせていた。
 PATCHのメインPC。
 古びた筐体の角――そこに、かすかに残る刻印。

 DEUS.

 剥がれかけたロゴの金属プレート。
 長い年月を経て、文字の半分は消えていた。
 だが、それでも読み取れる。
 プルトは餃子をつまみながら、低い声で呟いた。
「……デウス」
 ひとつ息を吐き、鼻で笑う。



「神、か。ふ……」
「この並行世界の神は――お世辞にも、善神ではないようですね」
 誰にも聞こえない声。表情は変わらない。
 だが、その瞳だけが、氷のように冷たく光った。
 PATCHの明るい笑い声、ヴィヌスの冗談、レイスの煙草の煙、フォウの無垢な微笑み。

 そのすべての裏で、古びたPCの“DEUS”ロゴが青く光った。
 プルトは視線を外さず、餃子をひとくち。
 その小さな動作の裏に――誰にも見えない“警戒”と“覚悟”があった。

 “DEUS”――
 かつて、この世界を造り変えた最大手の“神”にして“黒幕”。
 幸福炉も、幸福値も、管理AIも。すべてはこの企業から始まった。
 PATCHの手元にある古いマシン。それはただのPCではない。
 “神の遺産”だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安
ファンタジー
ごく普通のフリーター・岩倉運命は謎の少年に刺され、命を落としてしまう。そんな岩倉運命だったが、サダメ・レールステンとして転生を果たす…

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

処理中です...